ー第4項 魔王級の退職代行により契約書の束縛が消滅し、晴れて自由の身となる話
第4項 魔王級の退職代行により契約書の束縛が消滅し、晴れて自由の身となる話
数分後。
幻覚が徐々に薄れ、元の殺風景な役員室が戻ってきた。
床には、白目を剥いて泡を吹いている黒川部長が転がっている。
社員たちは「いい夢見たなー」と伸びをしながら、それぞれの席に戻っていく。彼らの顔からは、憑き物が落ちたような明るさがあった。
「さてと」
ケンジは、黒川の机の上に置かれた契約書を手に取った。
そこには、まだ黒川の署名と社印が残っている。これがある限り、法的にはケンジは会社の「備品」扱いだ。
「これ、どうにかならないかなぁ」
ケンジが呟くと、元のサイズに戻ったモフ助が肩に乗ってきた。
『ん? そんな紙切れ、どうとでもなるぞ』
モフ助が、契約書のインク部分を「チュッ」と吸った。
すると、どうだろう。
紙の上に書かれていた「甲は乙の全権利を有する」といった奴隷条項の文字だけが、まるで最初から存在しなかったかのように消滅したのだ。
残ったのは、単なる雇用契約の日付と名前だけ。
『概念食いの応用だ。「束縛」の意味を持つ文字だけ食ってやった。これでこの紙はただの紙くずだ』
モフ助が得意げにふんぞり返る。
「すごいな、お前。最強の弁護士じゃん」
ケンジは感心しながら、懐から用意していた退職届を取り出した。
それを、気絶している黒川の顔の上に、そっと置く。
「一身上の都合により、退職させていただきます。有給は全部消化しますんで」
返事はない。だが、ケンジには確信があった。もう二度と、この会社が自分を縛ることはできないと。
ケンジは荷物をまとめると、軽やかな足取りで役員室を出た。
廊下ですれ違う社員たちが、彼に敬礼のような眼差しを向ける。
「佐藤さん、お疲れ様です!」
「あ、お疲れー。先帰るね」
ブラック・ホールディングスの正面玄関を出ると、外は突き抜けるような青空だった。
十年ぶりに感じる、本当の自由の味。
「……腹減ったな、モフ助。なんか美味いもん食いに行こうぜ」
『おう! 俺は高級な嫉妬とか、濃厚な劣等感が食いたいぞ!』
「だから、そういうのじゃなくてさ……ラーメンとか」
一人と一匹は、喧騒の街へと消えていった。
こうして、社畜・佐藤ケンジは、物理的にも社会的にも解脱を果たし、名実ともに「自由な探索者」となったのである。




