ー第3項 幸福な幻覚の中で上司だけが悪夢を見せられ、自らの悪行に苛まれる因果応報の話
第3項 幸福な幻覚の中で上司だけが悪夢を見せられ、自らの悪行に苛まれる因果応報の話
オフィスの外では、社員たちが異様な光景に包まれていた。
「わあ、パソコンが蝶々になったぞ!」
「残業の書類が、全部花びらに……!」
「体が軽い……肩こりが消えた……」
疲弊しきった社員たちは、モフ助の放つ「強制リラックス波動」を浴びて、至福の表情で床に寝転がっていた。ブラック企業特有の陰鬱な空気が、一瞬にして桃源郷へと変わったのだ。
しかし、黒川だけは違った。
モフ助の能力は「負の感情を食い、正のエネルギーを還元する」ものだ。
だが、黒川のように根っからの悪意で凝り固まった人間には、そのエネルギーが「毒」として作用する。
彼自身の放った悪意が、行き場を失って逆流し始めたのだ。
「や、やめろ! 来るな!」
黒川の目には、極楽浄土ではなく、地獄が見えていた。
彼が今まで使い潰してきた社員たちの恨み辛みが、黒い泥のような怪物となって、足元から這い上がってくる幻覚。
「お前は俺たちを捨てた……」
「退職金払え……」
「有給消化させろ……」
亡者たちの声が、黒川の鼓膜を直接叩く。
「ひいいっ! 知らん! 俺は悪くない! 会社のためだ!」
黒川は必死に虚空を殴るが、手応えはない。
自身の影が起き上がり、黒川の首を絞めにかかる。
「ぐえっ……! さ、佐藤! 助けろ!」
助けを求める黒川。
だが、ケンジはどこか遠い目をして、空中を漂う蓮の花を眺めていた。
「部長、それもまた『空』ですよ。幻覚です。気にしなきゃいいじゃないですか」
「気にしないわけあるかぁぁぁ!!」
黒川の絶叫が響く。
モフ助が、半実体化した大きな目で(目はないが)黒川をじっと見下ろした。
『不味そうな魂だ。食う価値もねえ』
ペッ、と何かを吐き捨てるような音がした瞬間、黒川の周囲の重力が倍加したように、彼は床に叩きつけられた。
「あが……っ!」
自身の罪の重さに押し潰される黒川。
精神的な拷問は、彼が気絶するまで続いた。




