不思議な青年の来訪
システィナが村へ行けるようになって、一ヶ月ほど経った。
来ないと思っていた物資は二〇日目にやってきて、僅かな食料や生活用品を置いていく代わりに、システィナが作った灯りの瓶詰と流水の瓶詰を対価だと言って持っていった。塔にいたときも、システィナが作っていた瓶詰は衣食住の対価だと言われて持って行かれていた。
しかしシスティナは、気にしないことにしている。瓶詰を渡しておけば、やってきた騎士たちは何もしない。黙ってやり過ごして、この森で平穏に暮らして生きたい……それが今のシスティナの願いだ。
「今日は何をしようかな? 畑に水をあげたら、スライムさんと森ネコさんと素材採取に行くのもいいよね。それか、質のいい土を探す……っていうのも楽しいかも! そしたら、いつもと違う空き瓶ができるかもしれないし」
今日もシスティナはわくわくしている。
畑は、エルドの雑貨屋で購入した野菜の種を植えて育てているものだ。大根、ニンジン、キャベツの三種類。収穫が終われば、リルカに料理の仕方を聞こうと思っている。きっと、最高に美味しいものができるはずだ。
「美味しくなあれ〜」
システィナが家の前の畑で作物の世話をしていると、パキッと枝を踏んだ音がした。
「――っ!? 森ネコさん――え?」
魔物かもしれない! そう思ったシスティナはとっさに家の前で日向ぼっこしていた森ネコを呼ぼうとして――目を大きく見開いた。なぜなら、そこにいたのは魔物ではなく青年だったからだ。
「ひ、ひと……?」
森のシスティナの家に来る人物といったら、騎士しかいない。しかし、目の前にいる青年は騎士ではない。
どことなく物静かな青年。
艶のあるストレートの黒髪で、宝石のような水色の瞳はどこか眠たげ。黒を基調にした服は仕立てがよく、けれどシスティナには見慣れない無機質な装飾品がたくさん付いている。こんなに装飾品を付けている人は、初めて見た。
きっと身分のある人なのだろう、とシスティナは判断する。
そして青年はシスティナを見るなり、無遠慮に溜息をついた。
「原因はお前か」
「……えっ!?」
青年の突然の物言いに、システィナは訳がわからず頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。が、その『原因』とやらは青年の不調なのではという考えに辿り着く。自分の体質のせいで青年のマナを吸い取ってしまっているのでは!? と。
「駄目です! わたしに近づかないでください!!」
システィナが叫びつつ後ずさると、青年はなぜか無遠慮に距離を詰めてきた。その表情は何を考えているかわからない。けれど、機嫌がよいわけではないことだけはシスティナにもわかた。
「ええっ!? どうして近づいてくるんですか!? わ、わたしに用ですか……? わたしに近づくと、体調を崩しちゃうんですよ!」
「……なぜだ?」
「えっ」
純粋に理由を問われて、システィナは驚いた。今までは問答無用で呪われているからだと蔑まれることしかなく、それがなぜなのか、という風に聞いてもらえたことがなかったからだ。
たったそれだけの問いに、とも思うだろうが……システィナには十分嬉しい言葉だった。
「わたしも知ったのは最近なんですけど、マナを……吸い取ってしまうみたいで」
「……ああ、マナ喰いか。それならいっそ、始末した方が早いか?」
「!?」
青年はまったく驚かずに納得したが、一気に話の風向きが変わってきた。元々突然でよい風向きではなかったけれど、今は間違いなくやばいとシスティナの脳内が警鐘を鳴らしている。
「わたしにできることならなんでもするから、殺さないで……! そうだ、わたし、瓶詰を上手に作れるの! だから……」
「へえ……?」
瓶詰という単語に、青年の表情がぴくりと動いた。さっきまでまともな会話もできそうになかったのに。
瓶詰の何がこの青年の心を揺さぶったのか。
システィナは生きるために、必死に何と答えたらいいか考える。
「わたし、瓶詰職人……だから」
「お前、そんな小さいなりで瓶詰職人なのか」
「そ、そうです!」
システィナは必死に頷いて見せた。
ここで殺されるわけにはいかないのだ。システィナは癒しの瓶詰めを完成させて、自分のせいで倒れてしまった人たちに渡したいと考えている。
それが叶うまでシスティナは死ねないし、絶対に癒しの瓶詰めを完成させてみせるつもりなのだ。
「……で、いったいどんな瓶詰めを作ってるんだ?」
青年が一歩大きくこちらに歩いた際、カラン……と、瓶詰同士のぶつかる音がした。いち早くその音を捉えたシスティナの耳がそれを目に伝えて、音の発信源に視線を巡らせる。
見ると、青年の腰に瓶詰めホルダーが下げられていて、いくつかの瓶詰めが装着されていた。しかし瓶詰の数が多く、ホルダーでは収納数が足りずに紐でぶら下げられいる瓶詰もある。どうやら、音の発生源はそのぶら下がった瓶詰のようだ。
それはシスティナの見たことのない瓶詰めで、感じていた恐怖なんて一瞬で吹っ飛んで――目を奪われてしまった。
「すごい! 薄青色の瓶詰に、こっちは赤色? どうやって瓶詰でこの色を作りだしてるの? すごい、こっちは長い瓶詰。丸もあるの? 中で星がチカチカしてるのは……どうしよう、わたしが読んだ瓶詰の本には載ってなかった。すごく珍しい瓶詰だ!」
突然勢いよく喋り出したシスティナに、青年は驚いた。つい先ほどまでおどおどしていたのに、こんな度胸があったのか……と。
「こっちの小さな瓶詰なんて、なんの瓶詰かさっぱりわからない……。瓶詰に入った水から、空気の泡が出てるだけ? ということは、観賞用の瓶詰? でも、観賞するにはちょっと小さいし、そもそも観賞用の瓶詰を持ち歩いたりしないよね。水関係の生活用の瓶詰かな? それても、わたしが知らない戦闘用の瓶詰……とか?」
システィナの独り言は止まらない。
「好奇心が強いな」
「あ……っ!」
青年の言葉に、システィナはさあああっと顔を青くする。たった今まで震えていたのに、瓶詰を見つけた瞬間いつもの調子で喋ってしまった。しかも、青年のことをすっかり頭からおいやって。
システィナは嫌な汗をかきながら、地面を見る。とてもではないが、青年がどんな顔をしているか見られる気がしない。
「ご、ごめんな――」
「これは偵察の瓶詰だ」
「え……?」
その言葉に、システィナはばっと顔を上げた。
「興味があるなら、使ってみるか?」
「え、え、え……いいん、ですか?」
「ああ」
青年は瓶詰ホルダーから偵察の瓶詰を取ると、システィナに渡してくれた。使っていいなんて聞き間違いかとも思ったが、本当だったなんて。
「偵察の瓶詰は、その瓶の中から生まれた生物が命令を一つだけ聞く。……そうだな、蓋を開けて『この家から一番近い薬草の群生地を探せ』と命令するといい」
「……! そんな命令で、いいんですか?」
あまり青年にメリットのない命令な気がしてシスティナが聞き返すが、青年は特に問題ないようで頷いた。
「わかりました」
システィナが瓶の蓋を開けると、こぽこぽと小さく生まれていた泡がぶわわっと大きくなって、瓶詰の中から小鳥が生まれた。
「えっ!? どこから鳥が!? だって、瓶詰の中に鳥なんていなかったのに!! てっきり、この水がスライムみたいな魔物の使い魔なのかと思ってたのに……。どういう仕組みになってるの!? もしかして、外から見えてた中の様子は偽物だった……とか? でも、どうやったらそんな加工ができるんだろう? でも、目くらましの――」
「シャベルより先に命令してくれ」
「え? あっ!」
青年の言葉に、システィナはハッとする。自分の手を見ると、指先に乗っている小鳥が困った顔をしていた。
「ご、ごめんなさい! 小鳥さん、『ここから一番近い薬草の群生地を探してきてくれますか?』……これでどうかな?」
『ピィ』
言葉を理解した偵察の小鳥が、翼を羽ばたかせて飛んで行った。
「群生地を見つけたら戻ってくるから、待機だ」
「はい。ありがとうございます!」
偵察結果を持って小鳥が帰ってくるのが今から楽しみだ。システィナがわくわくした気持ちで小鳥の飛んで行った方を見ていると、青年が声を発した。
「それで? お前の瓶詰を見せてくれるんじゃなかったのか?」
「あ……っ! そうでした」




