妖精の依頼 5
一人で家に戻り作業部屋でひとまず瓶詰を作っていると、『こんにちは……』といきなり声をかけられた。
「ひゃっ!」
突然のことに驚いてシスティナが飛び上がると、声をかけてきた人物も驚いたようだ。
『わわっ!』
「え、え、え、妖精さん!? あ、もしかしてアンリエッタさんの……?」
『はい。家の瓶詰を作ってもらえるって聞いて……。あ、僕はシロといいます。あと、アンリエッタもいます』
シロは『あそこに……』と棚の方を指さした。見ると、アンリエッタが素材類を楽しそうにみているところだった。
『ああ、ごめんなさいね。人間の家って見ることもないし、なんだか楽しくて。名前は聞いたみたいだけど、この子はシロ。いつも寝てばっかりで、家というか、眠るための瓶詰がほしいんですって!』
アンリエッタの紹介でやってきたのは、男の子の妖精シロ。
腰より長いサラサラの白いストレートヘアに、どこか眠そうな赤い瞳が印象的だ。オーバーサイズの衣服を着ていて手足は見えず、露出しているのは首から上だけ。
どこか神秘的で、掴みどころのなさそうな妖精だ。
まさか家というより寝室をリクエストされるとは思わなかったけれど、瓶詰は心地よくて過ごしやすい場所を作るものだから問題はない。
「わかりました、作ってみます!」
『本当? 楽しみだなぁ~!』
『システィナの瓶詰はマナがたっぷりで心地いいから、シロもびっくりしちゃうはずよ!』
「そ、そんなに期待されると緊張しちゃうんですけど……」
もちろん全力で頑張るし、アンリエッタに褒めてもらえるのはとても嬉しい。しかしシスティナは、家の瓶詰作りはまだまだ未熟なのだ。期待に添えられるだろうかと少し不安に思いつつも、さっそく瓶詰作りに取り掛かることにした。
「寝るための瓶詰……寝心地のいいベッドが必要だよね? ベッド以外にサイドテーブルとかもあった方がいいのかな? でも、どこでも寝転がれてころころできる……っていうのもすごくいいと思うんだよね。寝返りを打ってベッドから落ちちゃったりしたら元も子もないだろうし……」
まずはどんな瓶詰がいいか頭の中で考えていく。
シロは綺麗な長い髪の持ち主なので、変に物を置くよりシンプルなベッドの方が寝やすいかもしれないと考える。髪が引っかかったら寝づらいはずだ。ベッドの上にあるものは、枕くらいで十分だろう。これがシスティナやアンリエッタのベッドであれば、可愛いぬいぐるみがあってもいいなんて考えてしまうけれど。
「ベッドマットにふわふわの布団。それから瓶詰内の照明と、少し温かくなる調整をした方がいいかな? でも、寝てるうちに温かくなるからそういうのはない方がいいかも。そもそも火の魔石の欠片とか持ってないし……まずふわふわの素材がいるよね?」
何かいいものはないだろうかと、システィナは素材を入れている箱をガサゴソ探す。布団の布地にするものは、システィナのレースのハンカチがあったのでそれを使うことにした。
「あとはふわふわ素材……森に何かいいものがあればいいんだけど。さすがに葉っぱを敷き詰めるのじゃ、カサカサしちゃいそうだもんね」
システィナが独り言をつぶやいていると、『いいのがあるじゃない!』とアンリエッタが手を叩いた。
「え?」
『あなたの使い魔に、森ネコがいるじゃない。抜け毛を敷き詰めて、布団にしたらいいのよ』
「え、ええ~!?」
まったく考えていなかったので、システィナは驚いて目を見開いた。しかし確かに、森ネコの毛はふわふわしているので、素材として使えるならちょうどいいのかもしれない。
『別に故意に抜けと言っているわけじゃないのよ。ブラッシングして、抜けた毛を使えばいいのよ。私たち妖精は体が小さいし、瓶詰はもっと小さいのだから』
ほんの少量でいいので、何日もかけて森ネコの毛を貯める必要もない。システィナはなるほど確かにと頷いて、いつも自分が使う櫛を手にして森ネコの下へ走った。
使い魔の瓶詰の定位置になっている、一階の棚の上。
「森ネコさん、ブラッシングしてもいい?」
『にゃう!』
システィナが尋ねるとすぐ、瓶詰から元気な声が返ってきた。システィナは森ネコを外に出して、ベッドに腰掛けて手招きをする。
「おいでおいで」
『にゃっ、にゃっ!』
森ネコはすぐやってきて、ベッドの上にころんと寝転んで見せた。ゆっくりブラシをすると、ゴロゴロゴロ……と喉が鳴る。
「もしかして、ブラッシング大好きだった!? ごめんなさい、もっとしてあげたらよかったね。今日から毎日してあげるし、してほしいときはちゃんと教えてくれると嬉しいな」
『にゃう』
システィナの言葉が通じたのか、森ネコが嬉しそうに体をくねらせた。背中、お腹、足と、あますことなくブラッシングをしていった結果――もこもこの毛をたくさんゲット。
「すごいふわふわ。これを加工したら、絶対寝心地最高のお布団ができるはず……!!」
システィナは意気込むと、すぐにもふもふの毛を持って作業場へと戻った。
『あら、大量じゃない』
『すぴー……』
アンリエッタはすぐに喜び、当の本人シロは作業机の上ですやすや眠って夢の中の住人になっている。気持ちよさそうではあるけれど、作業台の上なので少し辛そうだ。
(本当に寝るのが好きなんだ……)
システィナはついつい瓶詰のことを考えると睡眠を疎かにしてしまうタイプなので、しっかり寝れるシロは偉いんだなぁと思う。
そして瓶詰窯を使って、元となる瓶を作り、中に素材を入れて寝床を作っていく。ふわふわの森ネコの毛は、システィナのマナを使って加工したらさらにふわふわになって、優しい香りがした。
瓶詰の中一面をベッドにして枕を置いて、布団をかけて……小さな調整できる照明を星のように吊るしたら完成だ。
「できた!」
【シロの瓶詰】
妖精シロがゆっくり眠るためだけの瓶詰。
システィナの声に気付いたシロがゆっくり起き上がって、大きな欠伸をひとつ。そしてすぐに瓶詰にべたーっとくっついて、赤い目をキラキラさせている。
『なんだかシンプルな造りね』
『見た目より寝心地が大事』
アンリエッタに返事をしながら、シロがいそいそと瓶詰の中に入っていく。すると、シロの体が
柔らかなベッドに沈んでいくのがわかる。そして目を閉じて、三秒もかからず夢の中。
「…………気に入ってもらえたんですかね?」
『そうみたいね。ちょっと、シロ! 寝る前にきちんとシスティナに対価を支払いなさい!!』
アンリエッタが声を張り上げると、ハッとした顔でシロが瓶詰から出てきた。その顔は寝そうになっていて、起こして申し訳ない気持ちにすらなってくる。
『対価、何がほしい?』
『お金よ、お金。シロなら持っているでしょう?』
『ええ? それって人間の通貨の? 持ってないけど……』
「持ってないの?」
二人のやり取りを見て、システィナは雲行きが怪しくなってきたぞと苦笑する。とはいえ、別にお金がないならないでもいいのだけれど……。
『私、シロならお金があると思ってシスティナに紹介したのに。ごめんなさい、システィナ。きちんと確認しなかったばっかりに』
がくりと肩を落としてしまったアンリエッタに、システィナは慌てて「大丈夫ですから!」と首を振る。
「別にお金が必要というわけでもないので……」
『……? システィナは、どうしてお金がほしいの?』
「街でお肉を買うためよ!」
『買い物がしたいってこと? それなら、あれを売ってお金にしたらいいんじゃない?
そう言ってシロが指さしたのは、システィナが作っておいた灯りの瓶詰だ。いくつも作ったので、使っていないものが棚に並んでいる。
「でも、買い取ってもらえるのかな……?」
正直、システィナは瓶詰作りこそ大好きだが、ほかの瓶詰や物価などを知らない。なので、自分の瓶詰を買い取ってもらえるかもわからなかった。
『大丈夫。システィナの瓶詰は、とても素敵だよ』
ふわりと微笑みながらシロが言い、隣にいるアンリエッタもその通りだとばかりに頷いている。その言葉で、システィナの目頭が少し熱くなる。
「ありがとうございます。お金が必要なときは、作った瓶詰を売ることにします」
『それがいいわね』
今はひとまず対価の件は保留にし、システィナが何か必要なときに貰うことになった。
『これで気兼ねなく人間の村に行って、買い物ができるわね』
「あ……」
アンリエッタの言葉に、システィナは口ごもる。お金がないことは懸念材料の一つではあったのだが、システィナにはそれ以上に行きたくない理由があるのだから。
「ねえ、アンリエッタさん。本当に村に行かなきゃ駄目……?」
『食生活は大事だって話したばかりじゃない。それに、妖精の洞窟を通れば本当にあっという間に村へ行くことができるのよ?』
妖精の洞窟の通行許可を報酬にしたのに、こんなに喜ばれないとは思わなかったとアンリエッタは苦笑する。
『お金だって瓶詰を売れば得られるのに、ほかに何か心配事でもあるの? 不安ですって、顔に書いてあるわよ』
「……わたし、あまり人に近づきたくないんです。わたしが近くにいる人は、なぜかみんな具合が悪くなって――」
そこでシスティナはハッとして息を飲んだ。
システィナは呪いの子と呼ばれてきた。それは周囲にいる人が体調を崩し、バタバタと倒れていってしまったことがあるからだ。自分を産んだ母親に至っては、システィナを産むと同時にその命を落としてしまっている。
全てシスティナのせいなので、できる限り人に近づきたくないと思い、今まで生きてきた。
そして浮かぶ疑問、不安。
今、目の前にいるアンリエッタとシロは大丈夫なのだろうか――と。
シェラードが自分は強いから大丈夫みたいなことを言っていたのは覚えている。アンリエッタも同じ妖精だから大丈夫なのだろうと思ってしまっていたが、実際はわからない。
「アンリエッタさんは、わたしと一緒にいて大丈夫ですか? 具合が悪くなったりは、してないですか……? たぶん、長時間じゃなければ倒れたりはしないみたいなんですけど……」
システィナは申し訳なさそうに、けれど必死にアンリエッタに体調を尋ねる。しかし、アンリエッタはあっけらかんとしていて。
『それって、あなたがマナを吸い取っているからでしょう?』
「え?」
驚いたシスティナに、アンリエッタはきょとんとする。
『無自覚なうえに、説明が必要みたいね。私たち妖精は、集中するとマナの力の流れみたいなものが見えやすいのよ。だから、システィナが周囲のマナを体で吸収しているのがわかるの』
「わたしが、周囲のマナを……」
『あとは心配事ね。私たち妖精は元々マナが多いから、システィナにマナを奪われたくらいで倒れることはないから大丈夫よ』
『この森はとってもマナが多いから、回復も早い』
システィナにマナを吸われているくらいでは、気分が悪くなることはないとアンリエッタとシロは言う。そのことに、システィナはほっと胸を撫でおろして長い安堵の息を吐いた。
が、アンリエッタから突きつけられた事実に、システィナの頭はぐるぐるしていた。だってまさか、そんなさらりと自分の周囲の人間が倒れた原因を告げられるとは思わなかったのだ。
心の準備というか、もう、何もかも追いついていない。
『まあ、人間でマナをたくさん持ってるのは珍しいものね。でも、システィナが言った通り、短時間なら大丈夫よ』
「そうだったんですか……」
自分に対して『呪い』と呼ばれていたものが、システィナはどんなものか知らなかった。ゆえに、漠然とした不安はずっとあったのだけれど――アンリエッタの言葉で、それが少しなくなったかもしれない。
ただ、自分の中でそれを咀嚼し理解するにはもうしばらく時間が必要かもしれないけれど。
『あなたが吸い取ってなくなったマナも、寝たら回復するわよ』
『日ごろからマナを使うようなことをしてなければ、別にマナを吸い取られても支障はない。小さな村だから、そんな大層な人間はいないだろうし』
「よかった……のかな?」
例えば制作時にマナを使う瓶詰職人、戦うときにマナを使う騎士や魔法使い、そういった人物であればマナを吸い取られるのをよしとしないが、普段からマナを使っていないのであればよほど長時間吸い取られなければ問題はないのだという。
さらにマナは寝れば回復するため、何かあっても不調が長引くとか、病気になるとか、そういったことも心配しなくていいとシロが教えてくれる。
『あとは、それでも気になるなら距離を気にしてみるといいかも』
「距離ですか?」
シロの言葉に、システィナは自分の周囲を見るようにくるりと回る。確かに、不調が出るのはシスティナの近くにいる人だけだったなと思い返す。塔の外で見張りをしていた騎士たちは、問題なさそうにしていたのを覚えている。
『システィナの状態にもよるけど、触れ合ったりしなければそこまで多くのマナを吸収することはないと思う』
『そうね。大量のマナを必要とするのは、あなたがマナ枯渇になったり瀕死のときかしら。そのときは、体が生きることを求めてマナの吸収を強めるはずだから』
「えっ、わたしの状態にも関わってたんですか!?」
ここにきてまた知られざる事実が判明してしまった。
つまり、システィナが瓶詰を作ってマナをたくさん消費した後の方が、失ったマナを補填するために吸収する力が強くなってしまうということだ。
「じゃあ、瓶詰作りをした後は人に会わない方がいいってことですね!?」
『やだ、別にちょっと瓶詰作ったくらいなら大丈夫よ!』
『余裕、余裕』
激しいシスティナの主張に、アンリエッタがそんなことないと笑ってシロもそれに賛同する。どうやら、システィナと妖精二人のマナ消費は差異があったようだ。ひとまず、瓶詰を作った程度では問題ないと知れたのでよかったと安堵する。
「それじゃあ、これからもたくさん瓶詰を作ります! 好きなので!!」
『システィナの腕は確かだもの。いいと思うわ』
『頑張って』
自分の呪いのせいで瓶詰を作ることをあきらめることになっていたら、システィナはこの森の家でどう過ごせばいいかわからなかったかもしれない。
『だから、システィナは今のまま人間の村に行っても大丈夫よ』
『大丈夫』
「……ありがとうございます、アンリエッタさん、シロさん」
システィナはドキドキしつつも――大きく頷いた。




