7話
豊臣方の攻撃はさらに苛烈さを増した。太鼓の音が絶えず響き、槍衾が波のように押し寄せる。火矢が夜空を赤く染め、城壁に突き刺さるたびに火の粉が散った。
「長親殿、敵は本気です!」
柴崎和泉守が叫ぶ。兵糧の心配を抱えながらも、必死に持ち場を守っていた。
城内では民衆が混乱していた。泣き叫ぶ子ども、逃げ惑う女たち、必死に荷を抱える老人。声が届かず、指示は伝わらない。
栗田は心の中で呟いた。
――もし避難経路を示す非常灯や誘導標識があれば、民は秩序立って動けるのに。現実は暗闇の中でぶつかり合い、混乱が広がる。
――もし救急車や消防隊が駆けつけてくれれば、負傷者をすぐに運べるのに。現実は血にまみれた者を仲間が背負うしかない。
――もし無線機やトランシーバーがあれば、城内の指示も一瞬で伝わるのに。現実は伝令が走り、息を切らして報告するしかない。
甲斐姫は城壁の上で弓を放ち続けていた。矢が尽きても怯まず、槍を手にして敵兵を突き落とす。
「長親、あなたも立ちなさい!」
その声は苛立ちを含み、冷ややかだった。映画ではこの瞬間に彼女が自分に心を寄せるはずだった。だが現実の彼女はただ戦場を見据え、殿を叱咤している。
酒巻靱負は血にまみれながらも槍を振るい、雑兵たちを鼓舞した。
「のぼう様を守れ!」
その叫びは鬨の声ではなく、必死に自分を奮い立たせる小さな誓いだった。
栗田はただ立ち尽くし、戦場の音に呑まれていた。
「……防災マニュアルがあれば、もっと秩序立って動けるのに」
場違いな呟きが、炎と悲鳴の中に消えていった。




