5話
忍城の周囲に、豊臣方の旗が次々と立ち並んだ。石田三成の軍勢は二万。槍の穂先が陽光を反射し、地鳴りのような足音が田園を揺らす。
「長親殿、敵は布陣を終えました。初撃は近いでしょう」
正木丹波守の声は硬い。広間にいる家臣たちの顔も緊張に覆われていた。
栗田は心の中で苦笑した。
――ゲームなら兵力も士気も数値で表示される。勝算を計算できるのに。
――コンビニがあれば、ペットボトルとおにぎりを買って民に配れるのに。現実は、米を炊くにも火の管理が必要で、時間がかかる。
「長親、民は不安に震えております。どう言葉をかけますか」
甲斐姫が問いかける。美しい瞳は冷ややかで、苛立ちを隠さない。映画ではこの場面で彼女が自分に心を寄せるはずだったのに、現実の彼女は一歩も譲らぬ厳しさを見せていた。
城下では民衆がざわめいていた。誰かが「のぼう様」と呼んだが、それは鬨の声ではなく、頼りなさをからかうような、しかし憎めない響きだった。笑い混じりの呼び方が場の緊張をわずかに緩める。映画では、この呼び名が人々を結束させる力になった。だが現実では、ただの呟きに過ぎない。
さらに栗田は思い出す。
――映画で見た通り、城代が亡くなり、後を継いだのが長親だった。だが小田原城にいる成田氏長たちは、この変化についていけているのだろうか。俺が「のぼう様」として立っていることを、果たして認めているのか。
外から鬨の声が響いた。豊臣方の先鋒が動き出したのだ。槍衾が揺れ、太鼓が鳴り響く。
栗田は深く息を吸った。映画では、この瞬間に人々が笑顔で自分を支えた。だが現実の俺はただの会社員。頼りなさを隠せない。
それでも、彼は心の中で呟いた。
――この城を守る。甲斐姫を守る。生き延びるために。




