4話
長束正家が退去すると、広間には重苦しい沈黙が残った。だがその沈黙は、やがて決意へと変わっていった。
「長親殿、戦うと決められた以上、我らも腹を括らねばなりません」
正木丹波守が静かに言った。冷静な声だが、その奥には覚悟が宿っていた。
「兵糧の管理は私が引き受けます。米俵の数を洗い出し、民の口をどう養うか算段いたしましょう」
柴崎和泉守が続ける。
栗田は心の中で苦笑した。
――ゲームなら兵糧残量は数値で表示される。あと何日持つか一目で分かるのに。
――コンビニがあれば、ペットボトルとおにぎりを買って配れば済むのに。
現実は、湿気で米が傷み、虫が湧き、炊くにも火の管理が必要だ。数字ではなく匂いや重さでしか分からない。
「城の守りは私が担います。槍働きは得意ですから」
酒巻靱負が力強く言い放つ。その声に、雑兵たちが「のぼう様!」と呼びかけ、士気を高めようとしていた。
甲斐姫は一歩前に出た。
「長親、私は戦います。女であろうと、この城を守るためなら刀を取ります」
その美しい瞳は揺るぎなく、栗田の胸を射抜いた。だが心の奥で呟く。
――映画では、この瞬間に彼女が俺にトキメクはずだったのに。現実の彼女は冷ややかで、試すような視線しか向けてこない。
城内は慌ただしく動き始めた。兵糧の確認、武具の整備、民衆の避難。誰もが不安を抱えながらも、長親の「戦う」という言葉に従っていた。
だが栗田は違和感を覚えていた。
――映画では、民が自分を慕って集結する場面があった。天然のカリスマとして人を惹きつけるはずだった。なのに現実では、民の目は不安と疑念に曇っている。
さらに思い出す。
――映画で見た通り、城代が亡くなり、後を継いだのが長親だった。だが小田原城にいる成田氏長たちは、この変化についていけているのだろうか。俺が「のぼう様」として立っていることを、果たして認めているのか。
栗田は広間の隅で深く息を吐いた。映画では天然のカリスマとして人を惹きつけた長親。だが現実の自分はただの会社員で、頼りなさを隠せない。
それでも、彼は心の中で呟いた。
――この城を守る。甲斐姫を守る。生き延びるために。




