3話
城門前に、豊臣方の軍使・長束正家が姿を現した。石田三成の命を受け、忍城に降伏を迫るためにやって来たのだ。甲冑に身を包んだ兵を従え、堂々とした態度で城内へ進み入る。
広間に通されると、家臣たちは緊張した面持ちで並んだ。正木丹波守、酒巻靱負、柴崎和泉守――皆が視線を鋭くし、長束の言葉を待つ。
「忍城は小田原城の支城。北条氏はすでに包囲され、降伏は必至。抵抗は無意味。速やかに城を明け渡されよ」
長束の声は冷たく、揺るぎない。
さらに彼は続けた。
「条件として、甲斐姫を人質として差し出していただく」
広間にざわめきが走る。家臣たちは息を呑み、甲斐姫は毅然と顔を上げた。だがその美貌に、栗田の胸は別の意味で高鳴っていた。映画で見た通りの凛々しさ。現実に目の前にいる彼女を、敵に渡すなど到底許せない――いや、渡したくない。
「長親殿、いかがなされますか」
正木丹波守が問いかける。
甲斐姫は静かに言った。
「長親、私は構いません。城と民のためなら」
その言葉に、栗田は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を覚えた。彼女の覚悟を前に、ただの会社員である自分が何を言えるのか。だが、ここで黙っていては男が立たない。
「……いや、それはならん!」
声が広間に響いた。自分でも驚くほど大きな声だった。
「甲斐姫を人質に差し出すくらいなら、戦う!」
家臣たちは目を見開いた。「のぼう様!」と声を上げ、動揺と期待が入り混じった空気が広がる。
長束正家は冷笑を浮かべた。
「愚かな選択だ。石田様の軍勢を前に、忍城が持ちこたえられるはずがない」
だが栗田は、甲斐姫の横顔を見ていた。美しさと覚悟に心を奪われ、格好をつけたい衝動に突き動かされていた。
――生き延びるためではなく、彼女を守るために。
「戦う!」
栗田は改めて宣言した。




