2話
広間の空気は重かった。
城主・成田氏長は小田原へ出陣し、忍城の守りは残された者たちに託されている。豊臣方はすでに関東へ大軍を進め、石田三成が忍城攻めの総大将に任じられたとの報が届いていた。
家臣たちが円座に並び、視線を一斉に栗田へと向ける。
「長親殿、軍使がまもなく参りましょう。降伏を迫られるはずです」
正木丹波守が静かに言った。冷静な声だが、その奥には緊張が潜んでいる。
「兵糧は限られております。民の口をどう養うか、早急に決めねばなりません」
柴崎和泉守が続ける。言葉は淡々としているが、切迫感が広間を満たした。
栗田は喉が渇いた。『信長の野望』なら兵糧の残量は数値で表示され、あと何日持つか一目で分かる。だが現実には、米俵の数も正確には把握できない。湿気で傷む、虫が湧く、炊くにも時間がかかる。数字ではなく、匂いと重さでしか分からない。
「長親、あなたはどうするのです」
甲斐姫が鋭い声を投げかけた。美しい顔立ちに似合わぬ冷ややかさ。映画では勇ましく殿を支える姿が印象的だったが、今の彼女は試すように栗田を見ている。
「……まずは、民を安心させることが大事だと思う」
ようやく絞り出した言葉は、頼りなく響いた。
沈黙が広間を覆う。家臣たちは互いに目を合わせ、何も言わない。甲斐姫はわずかに眉をひそめ、視線を逸らした。
その瞬間、栗田は悟った。映画の中では、長親の天然さが人を動かした。だが現実では、ただの頼りなさにしか見えない。
それでも、彼は心の中で呟いた。
――生き延びなければならない。




