1話
湿った布の重みを肩に感じながら、栗田は城の広間へと導かれていった。周囲の雑兵や民衆は「のぼう様」と声をかける。映画で耳にしたその呼び名が、現実の音として響く。自分が成田長親の立場にいることを、否応なく思い知らされる瞬間だった。
広間には甲斐姫がいた。凛とした美貌は映画の記憶そのまま。だがその瞳は冷ややかで、栗田を値踏みするように見つめていた。彼女の周囲には家臣たちが並び、誰もが真剣な面持ちでこちらを見ている。
「長親殿、これからどうなさいますか」
家臣の一人が問いかける。声は硬く、期待よりも不安が滲んでいた。
同じ「ながちか」なので違和感がないのが、かえって不思議だ。
栗田は一瞬、ゲームの画面を思い出した。ゲームなら、ここで「戦術」コマンドを選び、数値で方針を決められる。だが現実には、そんな便利な選択肢は存在しない。目の前の人々は、彼の言葉を待っている。
喉が渇き、言葉が出ない。炊事や兵糧の管理、戦の準備――映画では軽やかに進んでいた場面が、現実では重苦しい空気に満ちている。
甲斐姫が小さく鼻で笑った。
「長親、少し頼りないですね」
図体は大きいのに、走ればすぐ息が切れる。槍を持てば重心が取れず、鎧は肩に食い込む。映画の長親は天然のカリスマだったが、栗田はただの会社員。ゲームの能力値通り、凡庸な武将でしかない。
家臣たちは沈黙したまま、視線だけを投げかけてくる。その無言の圧力に、栗田は背筋を冷たくした。映画ではもっと和やかに見えた場面が、現実では張り詰めた緊張に満ちている。
それでも、ここで生き延びなければならない。




