14話
天正十八年六月。小田原城が落ち、北条氏政・氏直は秀吉に降伏した。関東一円の戦は終わりを告げ、忍城もその余波に呑まれることとなった。
石田三成は堤の上に立ち、泥にまみれた兵を見下ろした。
「……小田原が降った以上、ここも和睦に従うしかない」
怒号を張り上げていた声は消え、苛立ちだけが残った。
大谷吉継は静かに頷いた。病に蝕まれた顔に淡い影を落としながら、低く言った。
「忍城は沈まぬまま残った。だが戦は終わった。これ以上は無益だ」
長束正家は帳簿を閉じ、冷徹に告げた。
「本戦が終わった以上、ここでの攻防は意味を失いました」
忍城の広間にも報せが届いた。
「小田原が落ちた……北条は降伏に応じた」
正木丹波守は深く息を吐き、柴崎和泉守は米俵を積み直す手を止めた。甲斐姫は弓を置き、民の肩に手を添えた。酒巻靱負は舟を岸に繋ぎ、泥にまみれた手を静かに洗った。
成田長親はただ立ち尽くしていた。悩む殿の姿は変わらない。だが民の声が彼を支えていた。
「殿のおかげでここまで耐えました」
「忍城は落ちなかったのです」
長親は小さく頷いた。
「……我らは生き延びた。だが和睦に従い、城を開け渡そう」
その言葉に広間は静まり返った。涙と笑いが交錯し、忍城は浮き城として記憶された。
翌日、成田勢は城を去り、豊臣方が忍城を受け取った。
落ちなかった城は、和睦によって開城した。




