13話
堤の上で石田三成は拳を握りしめていた。
「なぜだ……なぜ沈まぬ!」
怒声はもはや兵を動かさず、泥にまみれた兵たちは肩で息をしながら土を積み続けていた。だが水は逆に彼らの陣を呑み込み、士気は日に日に削られていった。
大谷吉継は静かに目を閉じ、病に蝕まれた身体を支えながら低く呟いた。
「この戦は、地形と人心を知らぬ者の敗北だ」
その声は怒号にかき消されそうだったが、重みは失われなかった。
長束正家は帳簿を閉じ、冷徹に告げた。
「兵は疲弊しております。これ以上は続けられません」
数字ではなく現場の現実が、三成の苛立ちを空しくした。
城内では断片的な声が交錯していた。
正木丹波守の短い指示、柴崎和泉守の米俵を数える音、甲斐姫の弓弦の響き、酒巻靱負の舟を漕ぐ水音。
民のざわめきと兵の息遣いが重なり、忍城は浮かぶように耐えていた。
栗田長親はそのすべてを見ていた。
――もし防水シートがあれば、米俵を守れるのに。
――もし衛星通信があれば、外の状況を一瞬で知れるのに。
その思考は、民の声に押し流された。
「のぼう様、我らはまだ生きております!」
「殿、共に耐えましょう!」
長親は初めて声を張り上げた。
「……そうだ、我らはまだ生きている!」
その言葉は戦術でも策でもなかった。だが民の心を支える響きとなり、広間にざわめきが広がった。
豊臣方は撤退を始めた。水攻めは失敗し、忍城は浮き城として立ち続けた。
怒号、ざわめき、矢の音、舟の軋み。
そのすべての断片の中で、悩むだけだった殿が初めて声を張り上げた。




