12話
堤の上に立つ石田三成の顔は険しく、怒声はもはや空しく響いていた。
「なぜ沈まぬ!なぜ崩れぬ!」
兵たちは泥にまみれ、肩で息をしながら土を積み続ける。だが水は逆に彼らを呑み込み、士気は日に日に削られていった。
大谷吉継は静かに目を閉じ、病に蝕まれた身体を支えながら言った。
「三成、戦は力だけでは決せぬ。忍城は人心に支えられている」
その声は低く、怒号にかき消されそうだったが、重みは失われなかった。
長束正家は帳簿を開き、数字を指でなぞった。
「兵糧は尽きかけております。これ以上は我らが持ちません」
冷徹な現実が、三成の苛立ちをさらに深める。
城内では正木丹波守が兵を集め、戦術を練る。声は短く、鋭く、兵の心を引き締める。
柴崎和泉守は米俵を数え、民の口をどう養うかを必死に考えていた。
甲斐姫は弓を放ち続け、矢の音が水面に散る。
酒巻靱負は舟を操り、孤立した民を救い出す。水音と櫂の軋みが、彼の声に代わって響いた。
民のざわめき、兵の息遣い、敵の怒号。断片的な音が交錯し、忍城は浮かぶように耐えていた。
栗田長親はそのすべてを見ていた。声も音も断片的に耳に届き、現代人の思考が場違いに割り込む。
――もし非常食の自販機があれば、民の不安も減るのに。
――もし防水シートがあれば、米俵を守れるのに。
――もし衛星通信があれば、外の状況を一瞬で知れるのに。
忍城は沈まない。豊臣方は疲弊し、苛立ちを募らせる。
城と堤の間に漂うのは、怒号とざわめき、そして場違いな殿の呟きだった。




