11話
堤の上で石田三成が怒鳴った。
「なぜ城は沈まぬのだ!土を積め、もっと急げ!」
泥にまみれた兵たちが肩をすくめ、怒号に押されるように土を運ぶ。苛立ちが風に乗り、城内まで届くかのようだった。
大谷吉継は黙ってその光景を見ていた。病に伏した顔色のまま、冷静な眼差しだけが鋭い。
「忍城は地形が強い。力攻めではなく策を練るべきだ」
その声は低く、三成の怒声にかき消されそうだった。
長束正家は帳簿を閉じ、兵糧の数字を頭の中で繰り返していた。声に出す必要もない。数字そのものが重圧となり、三成の苛立ちをさらに深める。
城内では正木丹波守が兵を集め、戦術を練っていた。声を張り上げる間もなく、甲斐姫の弓弦の音が響く。矢が飛び、敵兵の叫びが水面に散る。
酒巻靱負は舟を操り、孤立した民を救い出す。声を張り上げる暇もなく、ただ水音と櫂の軋みが響いた。
民のざわめき、兵の息遣い、敵の怒号。断片的な音が交錯し、忍城は浮かぶように耐えていた。
栗田長親はそのすべてを見ていた。声も音も断片的に耳に届き、現代人の思考が場違いに割り込む。
――もし発電機があれば、夜でも城内を明るく保てるのに。
――もし冷暖房があれば、民の疲労も減るのに。
――もし医療キットがあれば、負傷者をすぐに治療できるのに。
正木丹波守は戦術を練り、柴崎和泉守は兵糧を守る。甲斐姫は民を励まし、酒巻靱負は舟を漕ぐ。敵方では三成が怒号を浴びせ、吉継が諫め、正家が数字を突きつける。
忍城と豊臣方、双方の声が交錯し、戦は持久戦の様相を深めていった。




