第二話。生きること甘くない。
レイン・ウィンディがそれに気づいたのは三歳の頃。唐突に、自分が違う者だった知った。いや、思い出したとか、気が付いたと言った方が正しいかもしれない。確かに彼は生きている。が、確実に死んだはずだった。友達を助けた代わりに、何トンもの重量が何十キロの速さで彼を粉々に、グチャグチャに破壊したはずなのである。
そして今、とても小さな矮躯。高い声。銀灰色の髪。何より、母が居る。これはどう言うことか。所謂生まれ変わり―――輪廻転生と言った事が起こったのだろうか。小さな手を眺め、ギュッと握る。刺さる爪が、確かに此処に在ると感じる。それはとても、とても喜ばしいことだ。ゼロからのスタート。親が居て、家がある。素晴らしい、とレインは想う。体全部使って喜びを表したい。体が子供な為か精神が幼くなっている気がするが、気にしない。今は名実ともに子供なのである。ズバッと両手をあげ万歳三唱。晴れやかな気分だ。
「あらあら、レー君どうしたの? だっこして欲しいの?」
「お母さん、だっこー」
背後から声が聞こえ、振り返るとニコニコした母―――アウローラ・ウィンディがレインに手を向ける。そこに小走りで駆けよりピョンッと飛びつく。自分の髪より明るい銀髪がふわっと揺れ、何だか甘い匂いがする。レインが前世を思い出す前も好きなにおいに心が安らぐ。穏やかな碧眼はずっと眺めていたいくらい綺麗だ。母が美人だと何だか得な気がする。
ニコニコしたアウローラは額に頬に唇に(!?)キスを落としてくるが、それがこそばゆくて、照れ臭くてレインは少し顔を赤くして笑ってしまう。
「うふふ、レー君顔真っ赤で可愛いいー」
「うぅ、お母さんの方がかわいーよ?」
キャーキャー言いながらアウローラはレインに頬擦りし小躍りする。馬鹿親子だった。レインとアウローラの毎日はこんな、見ている方が恥ずかしい日々だった。
◆◆◆
「希少種?」
「えぇ、希少種。ウィンディの一族は希少なのよ。男となれば尚更ね」
へー。とレインはよくわかっていないような返事をした。頭の中では思考が高速で始まっているが、しかし如何せん情報が少ない。食後のホットミルクをアウローラの膝の上で飲みながら質問をする。
「何で希少種なの?」
「んー………容姿、いや繁殖能力と異能?とでも言えるかしら。レー君に解りやすく言うとね、レー君にはお父さんがいないでしょ? 神様は普通、お父さんとお母さんの所に赤ちゃんを連れてきてくれるけど、ウィンディは特別に、お母さんだけの家にも赤ちゃんを連れてきてくれるの。勿論、お父さんとお母さんが居るところにも連れてきてくれるけどね」
狙う理由は様々だけどね。そう言って、そう言ったアウローラは酷く寂しそうに笑った。
「だからね、レー君。あなたには沢山の危機と苦難があるわ。沢山の人が、欲に目がくらんだ人が、人を人と思わない人が、遠くない未来に貴方を得ようとするわ。だから貴方は人を見る眼と、誰にも負けない力を得る必要がある。魔王よりも強く、英雄より正しくね」
「んん、よくわかんない。とにかく強くなればいいの?」
「ふふ、少し難しかったわね。強く正しく、自分のために生きないとだめよってお話よ」
「わかったー。僕、お母さんも守れるくらい強くなるよ!!」
「うふふ、レー君は頼もしいわね。大好きよ」
ギュギュー、と痛いくらい抱きしめられながら、異世界転生はライトノベルほど甘くないなとレインは思った。
希少種の話をした翌日からアウローラの師事による特訓が始まった。成長に邪魔を来さない程度の軽い筋力トレーニングと模擬戦闘。そして一番重要な事が命を奪うことだった。アウローラが森に罠を仕掛け兎などの小動物を生け捕りにし、足を縛って、レインに止めを刺させる。時に刺殺、時に撲殺、時に絞殺、時に毒殺……様々な方法で殺し、様々な生物を殺した。殺すことで生きる、そう実感するには余り余るほど殺した。生きるためである。そして生かすためである。レインに殺させる時のアウローラの痛々しい眼が、強くかまれた唇が、心に刺さるのだ。初めて小動物を殺したときよりも深く。
今はまだ、殺さないと守れない程度の強さしかない。けれど必ず、殺さなくても生きていけるほどの強さを得ようと益々精を出すのだった。