第九話 ネクロマンスⅢ
「どういうことですか、明け渡すとは?」
「今すぐ全員この村から出ていってくれ」
「急にそんなこと言われましても」
師団長の男は苛立ちを隠さず舌打ちをした。
住民の間に動揺が広がっていた。
喧噪が起き、青髪の男の肩が震えた。震えが落ち着くと、口元を歪めた。視線が盛んに動き出す。住民を次々と視線で追っていく。集まっているのは全部で三十人くらいだ。
「土っていうのは本当に大切だよな。国にとっての肉体っていうか。俺は農民の一族でさ。不作だと、土地の管理主が激怒するんだよ。殴る蹴るは当たり前で、酷いときは土の中に埋められてたんだよ」
「何の話でしょうか?」
村長の頭上に小さな虫のようなものが浮かんでいた。観察を深めると、それが砂粒だと気付く。砂粒が輪を作り、住民の頭上に次々と浮かんでいく。
俺はレームを一瞥するが、固唾を飲み込んで事態を見守っていた。
「土の中で一晩過ごすっていうのがどんな気持ちが分かるか?」
「いえ……」
「冷たくてさ、音がないんだよ。まるで、死んだみたいな気分だ」
師団長のソイルの顔が歪む。住民たちの頭上に浮かんだ砂粒の輪が少しずつ形を変化させた。
「なぁ、住民たちの頭の上にある砂は何だ?」
俺は小声で隣のレームに訊ねた。
「あのソイルっていう男のスキルだと思う。だけど、何のために……」
数メートル先でソイルが話を続けている。
「そのとき、俺は固有スキルに目覚めたんだ。反省したかって、管理主が現れたんだよ」
「それでどうしたんですか?」
言葉が不穏に途切れる。
「それで、土地の管理主をぶっ殺したよ」
瞬間、住民たちの頭上に浮かぶ砂粒が矢の形になる。事態を察したレームが「やめ……」と小さく声を漏らす。
三十人近くいる住民の頭上に、土の矢が一斉に降り注いだ。住民たちの頭蓋骨はまるで花開くように出血し、噴水のように辺りが血の海になる。
「何してるんだ!」
気付いたときには小屋の影から飛び出ていた。後ろからレームが俺を呼び止める声が聞こえたが、遅かった。
「まだ住民が残ってたのか」
ソイルが俺を見る。蔑視の色が濃く浮かんでいた。
「儀式の邪魔をするならお前も殺す」
異臭が神経を圧迫した。血の海の中に、人の頭が転がる姿は、果肉が残ったベリーソースみたいだ。火の手はなかった。彼らの目的は土地であり、大地を傷つけないように、人体だけを損傷させる魔術を駆使していた。
「どうして自国の騎士団が街を襲うんだ!」
「この土地の土は上質でな。ゴーレムの素材になるんだ」
「そんなくだらない理由で街を?」
兵士は地面の土塊を眺めていた。こんなもののために、たくさんの人を殺したのだ。地面に魔法陣が浮かび上がっていた。
「何を言ってるんだ? 隣国との戦争のためだろ。この国のためにやってるんだ」
ソイルが魔法陣の中央に立つ。地面に手を翳し、目を瞑る。
ぼこぼこと土が隆起する。
隆起した土が突起物になり、下部が二股に裂ける。それは少しずつ人体を形作る。腕があり、頭がある。目も口も耳も。
土気色のそれが肌色に近付いていく。土から生み出されたのは、紛れもない人間の姿だった。俺が最初に会った少女と同じ——。
「見ろ、ゴーレムだ」
見た目は完全な人間の女性だった。近くにいた兵が肩から布をかける。
まだ表情はない。横座りのまま、動きもしなかった。
「これからここでゴーレムを量産する! 犠牲になった住民たちもきっと喜んでるはずだよ!」