第七話 ネクロマンスⅠ
何時間寝たか分からないが、森を抜けた頃にはすっかり太陽が照り付けていた。
小屋に到着すると、レームが大声で帰宅を報告する。
「ただいま」
「心配したんだぞ!」
レームの声を聞き、サンズのじいさんが小屋から飛び出してきた。家具を根こそぎなぎ倒すような、物騒な音が伴っている。
「何してたんだ!」
「しばらく森の調査に出掛けるって言わなかったっけ?」
「てっきりすぐ帰るものだと」
叱咤の場面を目撃した俺は揶揄いの表情をレームに向ける。剣呑な目付きが返ってきた。
「本当にありがとうございました。この子が無事帰ってきたのは、冒険者様のおかげです」
「彼は何もしてないわよ。むしろ私が助けたわ」
「余計なことを言うなよ」
レームが舌を出す。
「私が留守にしてる間、特に何も異変はなかった?」
「近くの村で噂になってたが、どうやら王都が大変なことになってるらしい」
「大変なこと?」
「流行り病だ。それで人々がパニック状態になってるんだと」
「それよりジュリアの姿が見えないみたいだけど、来ないの?」
「水を汲みにいってから帰ってないみたいなんだ」
「ジュリアって?」
「近隣にあるクレイ村の子でね、いつも水を届けてくれるの」
もしかして、という疑念が頭に浮かぶ。あの水汲みの少女もジュリアと名乗っていた。
「……その水って、もしうかして井戸水じゃないか」
「そうだけど」
さらに質問を重ねようとしたところで、視界に闖入するものがあった。あの忌々しいテキストメッセージだ。
『クエストをクリアしました』
それはすぐさま『装備をゲットしてみましょう』という表示に変わる。
「次の指示が?」
「装備を手に入れろって。矢印が出てる」
俺は矢印の方向を差す。先に通ってきたクレイ村だ。俺があの水汲みの少女を殺した——。
「近隣のクレイ村に装備を売る店があるから多分そこを示してる」
そこでレームがぽんと手を叩いた。
「それはそうと、とりあえずご飯にしましょうか。木の実もとってきたし」
魔法なのか、何もない空間から木の実が現れる。
「あんたも何か持ってる?」
「スライムの肉なら」
「うわっ、気持ち悪っ……」
それから三人で食卓を囲んだ。
パンとシチュー。それから、籠の木の実をすり潰して作ったジャムが出てくる。
「何だか、今日はいつもよりおいしく感じるわね」
レームがパンを口に詰めながら言った。
「やっぱりアレかしら。自分より下の人間が食卓にいる優越感でそう感じるのかしら」
「……そんな最低なスパイスは聞いたことがない」
「何を食べるかより、誰と食べるかよね」
「そういう意味じゃないだろうが」
俺は声を荒らげる。
「どうしていちいち大声で訂正するのかしら」
「ツッコミだ、知らないのか」
「聞いたこともないけど」
「覚えておけ、俺の出身地の文化だ」
「ふーん。さぞかし辺境の地なんでしょうね」
食事を終え、レームの部屋に移動する。「話がしたい」という理由で、同じ部屋に通されるのは、落ち着かない。
「またあんたと一晩を過ごすのね」
「悪かったな」
ベッドは一つしかないので、俺は床に寝た。
着替えをすませたレームが、ベッドの上に横たわる。白の薄いワンピースだ。シュークリームの箱を開けたときのような、甘い匂いが漂っていた。
レームがくるっと壁の方を向いた。空間の広がりから目を背けたかったのかもしれない。その背中は、壁よりも壁らしい印象だ。
「……さっき話してたジュリアって少女のことだが」
「何? 幼い子だから興味があるの?」
「井戸水を汲んでたところを俺が殺したんだ」
「どういうこと?」
「チュートリアルの小ボスだった」
どんな反応があるか、と構えていたが、レームのそれは淡泊だった。まるで、鉛筆の芯が折れたくらいの反応だ。
「そう」
「驚かないのか?」
レームが身体を回転させ、俺へ顔を向けた。ベッドの上から視線が降り注ぐ。
「彼女ね、ゴーレムなの」
「ゴーレム?」
「魔法で生まれた人造人間って言えば分かりやすいかしら」
「魔法で?」
「ええ、だから気に病む必要はないわ」
「でも、人間そのものに見えた」
「それはそう見えるだけ」
頭が追いつかなかった。
「じゃあ、誰がジュリアを魔法で生んだんだ?」
「それは知らない。ずっとこの地にいたわ」
人間の境界について、一瞬思いを馳せ、すぐさま意識をレームに戻した。
「気になってたんだけど、そのポケットの書物は?」
「ああ、俺の住んでた場所に伝わる魔物にまつわる本だよ。ゾンビって言うんだ」
「へぇ、興味あるわね」
「レームはどうして冒険者になったんだ?」
「私ね、双子の妹がいるの」
「双子の妹?」
「そう。お腹の中にいるときはね、一つだったんだ。でも生まれて二つの肉体に分かれたとき、お互いを憎むようになった。噂だと、今は王都にいるみたい」
レームが蹲りながら言う。
「その双子の妹を探すために冒険者になってたの。各地を旅して、資金を集めて、でも結局見つからなかった」
「そうだったのか」
レームが胸元に手を伸ばし、欠けたペンダントを取り出した。
「同じものを妹も持ってる。私たちが別れるとき再会を約束して二つに割ったの」
でもその誓いは未だ成されていない。だからなのか、レームの声はどことなく悲し気だった。
「あなたさえよかったら、しばらくの間ここにいてもいいけど」
「チュートリアルさえなかったらな」
「……そうだったわね」
冗談なのか何なのか分からなくて、黙る。
「これは仮説だけど、何者かがあんたを操って、冒険者にしようとしてる」
「どうして?」
「それを確かめようとしてるんでしょう。とにかく今はそのチュートリアルプログラムを進めなさい。おそらく、どこかの段階であなたに接触しようとするだろうから」
レームが壁を向いたまま言った。彼女の表情は分からなかった。
「私も一緒に村まで行くわ。あなた一人じゃ心配だし」