第六話 アビスの森Ⅲ
俺たちは魔物を退けたあと、森の中を歩き続けた。やがて、そこだけ草木が退いたような、開けた場所に着く。
薄闇が辺りを覆っていた。じきに夜も深くなる。
「今日はもう遅いから、ここで野営をしましょう」
疲れているのか、レームが地面に座り込んだ。座位のまま手刀を振るう。近くの針葉樹から小枝が落ちた。
「集めてきて」
仕方なく、地面に落ちた小枝を集めにいく。山なりに築き、発火のスキルで火をつける。二人で火を囲むと、レームはすぐに横になった。
「ずいぶんと俺のことを信用してるみたいだな」
「別に丸もし襲われても私の方が強いし」
それもその通りか、と納得し目を瞑る。夜空は澄明で、星がよく見えた。
「この森は魔物が出たりしないのか?」
「安心しなさい。私一人で百人力だから」
「まぁ強そうだよな、お前」
「壊滅した一個旅団並み」
「それはどっちなんだよ……」
時々、ぱちぱちと焚火の音が鳴った。
「なぁ、どうしてあんな変な魔物がいるんだ?」
あの腐った魔物のことだ。ゾンビみたいな。
「それが謎なの。実際に私が出会ったのは、あの一匹だけ。倒したちゃったし」
「ふぅん」
レームが突如として身体を起こす。
「水が飲みたい」
そう呟くと、指先に光をつけて、俺から遠ざかっていった。湖を見かけたから、多分そこへ向かったのだろう。しばらくして、水飛沫と、レームの悲鳴が聞こえた。
「まさか……」
俺は立ち上がる。松明を作って、湖に急行した。
小学校のグラウンドより小さな湖だった。水面にレームの上半身だけが見える。俺は慌てて彼女の腕を掴み、抱きかかえるようにして引っ張り上げた。
「大丈夫か」
「……うん」
水面から水を汲み上げようとして、落ちてしまったらしい。ギリシアの神様みたいに、水面に映る自分の顔に見惚れてたのだろうか。
レームは水浸しだったが、取り乱している様子はなかった。むしろ、動揺していたのは俺の方だった。
「憎まれ口をたたく私のことなんて、どうでもいいと思ってた」
びしょ濡れのレームが服を絞りながら言った。腹部の白い肌が覗けていた。
「そんなことねぇよ。それに、人の命には敏感なんだ」
「何かあったの?」
「十歳離れた姉が幼い俺を連れて入水自殺を試みたことがあってさ。新興宗教にハマってたから、罪を全部洗い流すための儀式ってやつで」
「そう……」
「結局、俺だけが助かった。けど、俺は本当ならあのとき死んでてもおかしくなかった」
「二度目の生を送ってるのね」
正確に言うと、これで三度目だ。
「もしかして、あなたの固有スキルはそれに関することかもね」
「その固有スキルって何なんだ」
「固有スキルっていうのは、他の人間には習得不可能な魔法のこと。顕現する人間はごくわずか。その多くは、トラウマや願望に起因する」
「お前にもあるのか?」
「私は顕現しなかった」
そのあと焚火の場所まで戻り、一夜を明かした。