第三話 チュートリアルⅢ
『BOSS出現』
見間違えたかと思ったが、たしかに、そう表示されている。
「この子が……?」
全身の筋肉が強張る。少女の上に表示される「BOSS」の文字と矢印を凝視し続けた。
「どうしたの、お兄さん逃げないの?」
「おい、この子は、人間の子供じゃないか……」
嘆声が、落石のように、舌の上を転がってきた。
何かのエラーだろうか。俺は宙に向かって声を放つが、応答はない。
まさか魔物が化けてるのか?
ジュリアが首を傾げる。俺の方に一歩詰めようとするので、とっさに腕を掴んだ。
「い、痛い」
「ごめん……」
ジュリアは怯えるだけ。
モンスターが化けている様子もない。本当にただの少女だ。俺と鬼ごっこをして無邪気に喜んでいた、双子の兄を亡くした幼い少女だ。
「どうしたの? 顔色悪いよ」
「おい! なんなんだよ、これ!」
事態の異常性を、より強く認識しはじめる。
討伐を拒否して踵を返そうとした。すると、見えない壁のようなものがあって、その場を離れることができなかった。右に、左に、と四方を試したが、どの方向にも移動できない。
『チュートリアルを完了させましょう』と表示が繰り返されるだけだ。
「どうしたら終わるんだ……」
俺の嘆きに、ようやくテキストメッセージが返事した。
『オートモードまで5……』
カウントが始まり、それはすぐに『4』に変化する。
俺はとにかくその場所から離れようとして、また、見えない壁にぶつかった。地面に飛ばされる。チュートリアルから離れることができない。ゲームと同じだ。チュートリアル中のイレギュラーな行動は許されなかった。
飛び上がり、透明の壁を叩く。
「この子は魔物じゃない! 討伐対象なんかじゃないんだ!」
額から脂汗が滴り落ちる。
「おい、待ってくれ!」
俺の手の平が開き、少女の小さな体躯を捉えている。
カウントが『1』から『0』になった瞬間、ジュリアが燃えた。
悲鳴がこだます。苦痛で顔が歪んでいた。絶叫が空に吸い込まれていく。一部は、俺の体を亀裂となって走る。
「た、助けて……」
さっきの鬼ごっこと違い、本当の懇願だった。瞳で繋がる。目に涙が浮かんでいる。
懇願が悲鳴と交じる。
皮膚が焼け落ち、赤色の肉が露出しはじめた。
やがて、少女は、土に溶けるようにして消えた。その場に雪崩れ落ちる。何度も地面を叩き、無力を嘆いた。
震えがとまらなかった。俺はその場で嘔吐した。