第二話 チュートリアルⅡ
話しながら、少女はまざまざと俺の方を見ていた。この世界では、ジーンズにパーカーという服装が、めずらしいのかもしれない。
それから、俺のジーンズの後ろポケットを指差した。手帳サイズの、ゾンビに関する本が丸まっている。俺はゾンビオフ会へ向かうところだったから、持っていたのだ。
「何それ?」
「ゾンビが蔓延した世界で生き残るための本だよ」
「ゾンビって何?」
ジュリアが首を傾げる。
「うーん。生きた屍かな……?」
「死体ってこと?」
「そうだよ。人を襲うだけの化け物になるんだ」
「魔物みたい」
「それにゾンビに噛まれた人もゾンビになるんだ」
そこで、彼女が目をハッと見開いた。
「じゃあ、ゾンビの世界になったら、みんな仲良し?」
「ある意味では」
意思も思想も消え失せるから。
「何が書いてあるの?」
「ゾンビから逃げるためのコツだよ。高所に行け、とか、博物館から甲冑を盗んで着ろ、とか」
「他には?」
「早く逃げるためのコツも書いてあるぞ。つま先を立てるとか、頭から足まで一直線になるように姿勢よく走るとか」
「じゃあ、それを読めば鬼ごっこも上達する?」
「するんじゃないか」
というか、この世界にも鬼ごっこは存在するらしい。
ゾンビの本をジュリアに差し渡す。彼女は水瓶を地面に置くと、それを受け取った。井戸にもたれかかるようにして、座り込む。
「なんて読むか分かんない」
ジュリアが奔放に両手を投げ出しながら、足をバタバタさせた。そういえば、言葉の問題がある。なぜか、俺はこの世界の言葉が理解できるが、この世界の住人は、日本語や英語が読めないらしい。
「これなら分かるんじゃないか?」
横からページをめくり、図解を見せる。
「ほら、走るためのコツが書いてある」
腕を振るとか、つま先を上げるとかだ。井戸のへりに座ろうとするので、俺はジュリアを持ち上げた。
「おい、危ないだろ」
「ごめんなさい」
再び、地面に座らせる。
「何かお兄ちゃんと一緒にいるみたい」
「お兄さんがいるの?」
ジュリアが頷く。俺の言葉も溢れてしまいそうな小さな体で。
「双子だったの。でも戦争に連れていかれて『肉の壁』にされて死んじゃった」
「肉の壁?」
「うん、大人たちがそう言ってた」
言葉が出てこなかった。
「鬼ごっこしよう!」
俺はわざと勢いよく立ち上がる。地面の土を顔に塗りたくる。腕を突き出し、大袈裟な動きでジュリアに迫る。
「ゾンビだぞ……逃げないとお前もゾンビにするぞ」
ジュリアも本を放り出して、逃げ出した。元気いっぱいだ。
東の空に太陽が昇りかかっている。じきに村の大人たちも起きるだろう。それまで、ジュリアを笑顔にすることに専念しよう。
「きゃー助けて!」
ジュリアが朝日の方へ駆け出す。
俺が息を切らしながらようやくジュリアに追いつき、肩に軽く触れると、「じゃあ次は私が鬼ね!」と言った。
楽しそうでよかった。
——そんなことを考えているうちに、少女の頭上に矢印が表示された。
『BOSS出現』