第一話 チュートリアルⅠ
長方形の枠に囲まれたテキストメッセージが、空中に表示されていた。
『ラージア大陸へようこそ。まずは動作確認をしてみましょう』
右方向に矢印が表示されているので、右腕を突き出す。左、上、下、と続くので、律儀にそのまま腕を動かす。
『クリア』の文字。
次に『スキルを使ってみましょう』という表示だ。左上に小さく『チュートリアル』とある。この表示がどこから行われているのか分からない。
というか、ここがどこなのかも分からない。
孤独を分け合うように、目の前にスライムがいた。青くて、ぷるぷるしている。サイダーのゼリーみたいだ。頭上に矢印が浮かんでいた。
こいつを倒せ、ということなのだろう。
気になるのは、スライムの顔だ。どことなく力感があって、踏ん張っているように見えた。
「風に負けそうじゃん……」
俺が手を下す必要もなさそうだが、目の前に『スキル』というパネルが表示される。昔プレイしていたMMOみたいだ。
丸枠が二つだけ表示されていて、片方は薄暗く、隣の炎のマークだけが有効だった。
どうすれば発動するのだろう、とスライムを眺めているうちに、その身体が燃え出した。複雑な手順は必要ないらしい。ただ念じるだけだった。
スライムが炎に包まれる。水分が蒸発しているのか、みるみる表面積が小さくなっていき、消滅した。
また『クリア』の文字が表示される。それから『素材をゲットしてみましょう』の文字。
スライムが消えた場所に何か落ちていた。
近付くと、『スライム肉』と表示される。拾い上げ、ポケットの中に突っ込む。ぬるぬるして、粘り気を感じた。
「どこが肉なんだよ……」
次の矢印が表示される。その方向に歩いていくと、またスライムがいる。同じ要領で討伐する——。
二十五歳フリーターの俺は、さっきまで都内を歩いていたはずだが、気付くとこの世界にいた。
最後に覚えているのは背中の感触。鋭利な刃物が突き刺さったような感触だ。俺は友人に誘われて、ゾンビオフ会に向かうところだった。
だが現実は『強力な魔物を1体討伐してみましょう』の文字。
そいつを倒せば、この不毛な状況からも抜け出せるのだろうか。
また矢印が表示されるので歩いていく。今度はなかなか辿り着かない。ゲームだったら移動は最小限にしてくれるはずだが、そうはいかなかった。肉体が最たる資本という、自明な世界だ。
やがて、清閑な農村に辿り着く。木造の家屋が建ち並んでいた。人気はない。今まで意識していなかったが、時間帯は早朝のようだ。
ここにモンスターが現れる仕様なのだろうか。
警戒して周囲を見渡すが、それらしき存在は見つからない。
村の中を歩き進めると、民家から離れた場所に、石造りの井戸が現れた。小さな体を使って、釣瓶で井戸水を汲む少女もいた。
この世界に来て、初めての人間だ。密かな喜びが胸の内にある。話しかけて自宅まで案内してもらおう、そこに大人たちがいれば、もっと詳しい情報が引き出せるかもしれない、なとど考えていると、少女が先に声をかけてきた。
「お兄さん、だれ?」
「……この辺を旅してる冒険者だよ」
「ふーん。強い?」
「おう! さっきもスライムを倒してきた」
「でもスライムは絶滅危惧種だよ?」
……スライムって絶滅危惧種なのかよ。どこにでもいるんじゃないのかよ。
「だから勝手に倒しちゃダメだよ」
「どうなってんだよチュートリアル……」
少女は十歳くらいだろうか。丈の長いチュニックを着て、夜行のための特別な道しるべみたいに、綺麗なブロンドの髪をしていた。水瓶に水を入れると、それを大事そうに抱えた。
「お兄さんの名前は?」
「夜見累」
「私はね、ジュリア」
「もしかして遠い場所から来たの? 旅人?」
「……ああ、そうだ」
俺は頷く。
「この国はなんて名前?」
「ゾルゲ王国だよ。この村はクレイ村。土が名産なの」
「土が名産なのかよ……」