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アレッサンドラ 第1章④:名前の意味

 巨木のうろの中、ヴィトは木の枝をいじりながら、ちらりとアレッサを見た。

 彼の「宝物」——色とりどりの石、鳥が落とした羽、形の面白い木の枝が、大切に並べられている。

 そのすべてが、この小さな世界を彩っていた。


「あのさ……」


 ヴィトは生意気な口調をひそめ、少しぼそぼそとした声で言う。


「なんでオレに『ヴィト』なんて変な名前つけたんだよ?」


 アレッサは眉をひそめる。


「変じゃないわよ」

「変だろ! なんかダセェし、カッコよくねーし!」


 ヴィトは腕を組んでふんっと顔をそむける。


「文句ばっかり言うなら、やめてもいいわよ?」


 アレッサはわざと拗ねたように言ってみる。


「ちっ、別に気に入ってねーし!」

「ふぅん?」


 アレッサがじっとヴィトを見つめると、彼は少し視線をそらした。


「……まあ、そんなに気に入らないなら、他の名前を考えてもいいけど」

「い、いや! それはそれでムカつく! もういい! 説明しろ!」


 ヴィトは焦ったように言いながら、適当に拾った小石をアレッサの方へポイッと投げる。

 アレッサは慣れたようにそれをキャッチし、くすりと笑った。


「ヴィトにはね、『生命』って意味があるの」


 ヴィトは一瞬、ぴたりと動きを止める。


「……は?」


「母が教えてくれたの。古い言葉らしいけど、とても大切な言葉なのよ」

「生命……?」


 ヴィトは眉をひそめ、まるで初めて聞く言葉みたいに繰り返した。

 手を自分の胸に当て、何かを確かめるようにする。


「それって……生きてるやつ全部のことか?」

「そうよ」


 アレッサは微笑む。


「お母様はね、生命はこの世界で一番尊いものだって教えてくれたの。すべての命は繋がっていて、支え合って生きているって」


 ヴィトはしばらく黙り込んだ。

 膝を抱え、天井を見上げる。

 木のうろの隙間から、青い空がちらりと覗いていた。


「オレも……生命なんだ?」


 まるで自分が何者なのかを確認するように、ぽつりと呟く。


 アレッサはそっとヴィトの頭を撫でた。


「もちろん。あなたは、この森の生命そのものみたいよ」

「っ!?」


 ヴィトはびくっと肩をすくめる。


「な、なんだよ急に! 気持ち悪ぃな!」


 バッとアレッサの手を振り払うが、耳の先がほんのり赤い。


「ふふ、別にいいじゃない。頭撫でられるくらい」

「よくねーよ! 子ども扱いすんな!」

「ふぅん? じゃあ、大人みたいに扱えばいいの?」


 アレッサが腕を組んでじろりと睨むと、ヴィトはむっと口を尖らせた。


「うっせぇ! もういい!」


 ふいっとそっぽを向き、適当な木の実を手に取る。


「でもさ……なんでそんな大事な名前をオレにつけたんだ?」


 アレッサは少し考えたあと、優しく微笑んだ。


「あなたと出会えたことで、私は新しい生命を見つけたような気がしたから」


 ヴィトの手が止まる。


「……はぁ?」


 赤くなる耳を隠すように、ぶっきらぼうな声を出す。


「なんだよそれ! わけわかんねぇ!」

「わけわかんない?」


 アレッサはにやりと笑い、ヴィトの額を指で弾いた。


「いっ……! な、なにすんだよ!」

「だって、あなたがわけわかんない顔してたから」

「オレはいつもカッコいい顔してんだよ!」

「はいはい」


 適当に流され、ヴィトは更に不機嫌そうに顔をしかめる。


「……もう帰るのか?」


 日が傾き始めた空を見上げながら、ヴィトがぽつりと呟いた。


「ええ。そろそろ戻らないと、皆が心配してしまうわ」


 アレッサが立ち上がると、ヴィトは口をとがらせた。


「……また来るのか?」


 その声には、希望と不安が入り混じっていた。

 アレッサはヴィトの額を再びぺしんと叩く。


「痛っ!」

「もちろん来るわ。約束する」


 ヴィトは額を押さえながらアレッサを睨みつけた。


「テメェ! オレのことオモチャみてぇに叩きやがって!」

「そうかしら? 私はスキンシップのつもりなんだけど」


 アレッサがしれっと言うと、ヴィトはふんっと鼻を鳴らした。


「ま、まあ、仕方ねぇな。別に来てもいいぜ? オレは寂しくなんかねぇけどな!」

「ふふ、素直じゃないんだから」

「うるせー! 早く帰れ!」


 風がそよぐ。

 森の奥で何かがざわめいた気がした。


 ヴィトの笑顔は太陽のように輝いていて、アレッサはふと、彼がこの森に溶け込んでいるような気がした。


「じゃあ、またな!」


 ヴィトの声を背に受け、アレッサは思う。


 ——私は、この森で、本当に新しい何かを見つけたのかもしれない。


 そう感じながら、彼女は森を後にした。

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