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アレッサンドラ 第1章③:秘密基地

「はぁ……はぁ……」


 アレッサは息を切らしていた。

 あの生意気な少年に振り回されて、随分と森の奥まで来てしまったようだ。


「なんだ?もう疲れたのか?」


 木の上から、からかうような声が降ってくる。


「だーれが!」


 ブラウンの髪をかき上げながら、アレッサンドラは見上げる。

 ヴィトは得意げな笑みを浮かべていた。


「情けねーな。そんなんじゃ、先はとても無理だぜ?」

「なによ、その言い方!」


 アレッサは思わず足を踏み鳴らす。


「だいたい、人をからかって楽しいの?」

「楽しいに決まってんだろ!」


 ヴィトは枝から枝へと軽やかに飛び移る。


「お前みてーにカリカリするヤツからかうの、最高なんだぜ」

「もう! 捕まえたら承知しないんだから!」

「はっはっは! でもまあ」


 ヴィトは木から飛び降り、アレッサの前に着地する。


「ここまでついて来れたんだから、特別にいいもの見せてやるよ」


 森の奥へと進むにつれ、木々はより大きく、より古くなっていく。

 やがて、樹齢数百年はあろうかという巨木の前で足を止めた。


「どうだ? すげーだろ?」


 巨木の幹には大きな空洞があり、その中は不思議な温もりに満ちていた。


「なに? まさか、怖くなっちまったのか?」


 ヴィトは意地悪くからかう。

 けれど、その瞳は期待に輝いていた。


「子供の隠れ家みたいなものでしょう?」

「なっ!? 隠れ家だと!?」


 ヴィトは憤慨したように抗議する。


「ばっ、バカにすんな! これはオレの『秘密基地』なんだぞ!」

「あら、同じことじゃない」


 アレッサの言葉に、ヴィトは真っ赤になって飛び跳ねる。


「ぜーんっぜん違うっ! 見せてやる、とびっきりすげーものを!」


 そう言うや否や、ヴィトは空洞の中へと駆け込んでいった。

 アレッサはため息をつきながら、その後に続く。


 中は思ったより広く、天井も高い。

 木の実や色とりどりの石、珍しい形の枝が、まるで宝物のように並べられていた。

 乱雑に置かれているようで、どこか整然としている。


「……意外と、綺麗にしてるのね」


 ぽつりと呟くと、ヴィトは得意げに鼻を鳴らした。


「そりゃそうだろ! オレの基地だぞ? ピカピカに決まってんだろ!」

「ふぅん……」


 アレッサはゆっくりと歩きながら、壁際に並べられた「宝物」たちを眺めた。

 白い石、小さな鳥の羽、綺麗な色の貝殻、そして――深い青色をした透明な石。


「ほら見ろよ!」


 ヴィトが得意げに、白い石を手に取って突き出す。


「夜になると光るんだぜ!」

「本当に光るの?」


 アレッサは半信半疑で石を覗き込む。


「なんだよ、その疑り深い目は!」

「だって、ただの石にしか見えないもの」

「へっ、夜になれば分かるさ」


 ヴィトは意地の悪い笑みを浮かべる。


「お前がそこまで長居できるならな!」

「もう、生意気な子ね」

「あ! これも見せるんだった!」


 ヴィトは次の宝物を手に取る。


「これはな、鳥がくれた羽なんだ。でも普通の鳥じゃねーぞ?」

「なに? また自慢話?」

「違うっ! これは、虹色に光る羽なんだ!」


 少年は次々と宝物を取り出していく。

 強がった態度の下に、隠しきれない喜びが溢れている。


「なんだよ、そんなに珍しそうに見て」

「だって珍しいじゃない。こんな羽、見たことないもの」

「な、すげーだろ? それと見ろよこの部屋。ちゃんと掃除してあんだぜ」

「本当ね。随分と綺麗にしてあるわ」

「そりゃそうだろ!」


 ヴィトは胸を張る。


「オレの大切な場所なんだから、当たり前だぜ」


 その態度は生意気な子供そのものなのに、時折見せる横顔には、年相応のあどけない気配が漂っていた。


「あ! これなんか絶対気に入るぜ」


 ヴィトが手に取ったのは、深い青色をした透明な石。


「森の音が聞こえてくるんだ。お前にも聞こえるかな?」


 からかうようなヴィトの声には、しかし抑え切れない期待が滲んでいた。


「まさか。そんな石があるはずないわ」

「またそうやって信じねー顔して!」


 ヴィトは怒ったように石を突き出す。


「ほら、試してみろよ。耳を当てて」


 アレッサは石を受け取る。

 恐る恐る耳に当てると――


 不思議なことに、確かに遠くで風が奏でるような音が聞こえてきた。

 それは森全体が奏でる神秘的な調べ。


「ど、どうだ?」

「ええ……確かに不思議な音楽が聞こえるわ」


 その言葉に、ヴィトの顔がぱっと輝く。


「やっぱり! お前にも聞こえたんだ!」


 思わず嬉しそうな声を上げ、慌てて咳払いをする。


「ま、まあ、当たり前だけどな!」

「あら、嬉しかったの?」

「べ、別に!」


 顔を真っ赤にしながら、ヴィトは立ち上がる。


「そうだ! もっとすげーもの見せてやる!」

「まだあるの?」

「あるに決まってんだろ!」


 ヴィトは得意げに腕を組む。


「この先にな、すげー滝があんだぜ。水が光の花びらみてーに散るんだ。まるで、なんつーか……空から花が舞い落ちてくるみたいなんだよ」

「まさか! 嘘ついてるんじゃないでしょうね」

「嘘じゃねーよ! 本当だって!」


 ヴィトは怒ったように抗議する。


「それに、もっとすげー池だってあるんだ。昼でも夜でも、水面に星が浮かぶんだぜ」

「昼間から星? そんなの絶対あり得ないわ」

「なんだとぉ!? オレが嘘つきだって言いたいのか!?」

「そうじゃないけど……常識的に考えて」

「へっ、おまえの常識なんて、この森じゃ通用しねーんだよ」


 ヴィトはすまし顔で言い放つ。


「空に星がなくても、池の中には星がいっぱい浮かんでるんだ。これでも信じねーってのか?」


 少年は次々と不思議な場所について語る。

 その一つ一つが、アレッサの心をより強く惹きつけていく。


「なぁ、アレッサ」


 不意にヴィトが真面目な顔をする。


「お前さ……なんでオレに『ヴィト(生命)』って名前つけたんだ?」


 アレッサはその問いに、一瞬言葉を探した。

 彼の真剣な瞳が、じっとこちらを見つめている。


「それはね——」


 秘密基地の中で、ゆっくりと静かな時間が流れ始めた。

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