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アレッサンドラ 第1章②:決意の朝

 その日の朝。


 朝日が差し込み始めた頃、アレッサンドラの寝室の扉が静かに開いた。

 新しく配属された侍女のソニアが、重いカーテンを開けていく。

 まだ不慣れな手つきで、彼女は慎重に動作を進めていた。


「姫様、おはようございます」


「ん……」


 アレッサンドラは寝返りを打ち、苦しそうに目を開けた。

 昨晩、緊張で眠れなかったことは演技ではない。


「ソニア……」


 彼女は弱々しい声で呼びかける。


「また、例の頭痛が……」


「まあ」


 ソニアが心配そうに近寄ってくる。

 着任時に、姫の体調について詳しく説明は受けていた。

 幼い頃から体が弱く、度々体調を崩し、特に頭痛に悩まされることが多いと。


「やはり天候の変化に影響されたのでしょうか」


「そうかもしれないわ……」


 アレッサンドラは額に手を当て、顔を歪める。

 先日の雨で湿度が上がっていたことは、彼女の計画にとって好都合だった。


 ソニアは教えられた通りに、そっと額に手を触れる。


「熱は……ありませんが、お顔色が優れません」


「ごめんなさい。今日は図書館での勉強も……無理かもしれないわ」


 アレッサンドラは毛布に身を包んだまま、小さく息をつく。


「静かに……休ませて」


「医者をお呼びいたしましょうか?」


「いいえ」


 アレッサンドラは強く首を振る。


「いつもの頭痛よ。誰も呼ばなくていいわ」


「ですが……」


「ソニア」


 アレッサンドラは疲れた表情の中にも、優しさを込めて語りかける。


「私の体調のことは聞いているでしょう?」


「はい……」


 ソニアは小さく頷く。


「幼い頃から時折、激しい頭痛に見舞われると……」


「そう、だから分かるの。今日は大事を取って、静かに休まないと駄目」


 アレッサンドラは毛布の中で身を丸める。


「だから今日一日、誰も部屋に入れないで。物音で目が覚めると、頭痛が悪化するから」


 ソニアは少し迷った様子を見せたが、やがて決意を固めたように頷いた。


「承知いたしました。私がしっかりと見張らせていただきます」


「ありがとう……」


 アレッサンドラは安堵の表情を浮かべる。


「鍵を内側から閉めるわ。誰も入ってこられないようにするから」


「では、王妃様にもお伝えいたします」


 ソニアは丁寧にカーテンを引き、部屋を再び薄暗くする。


「どうぞごゆっくりお休みください」


 扉が静かに閉まり、まだぎこちない足音が遠ざかっていく。

 アレッサンドラは鍵を回す音が廊下に響くのを待ってから、しばらく息を潜めていた。


 やがて、城内に賛美歌が響き始める。

 継母の朝の礼拝の時間だ。

 ソニアも他の侍女たちと共に、そこにいるはず。


 アレッサンドラは静かに起き上がり、質素なドレスに着替え、髪を束ねる。

 小さな鞄を手に取ると、部屋の扉に耳を当てて外の気配を確認する。


 完全な静寂を確認してから、彼女は内側から鍵を開け、素早く部屋を出る。

 懐から取り出した合鍵で、外から確実に扉を閉める。

 この日のために、几帳面な鍵番から寝室の合鍵の在りかを聞き出し、こっそりと複製を作っておいたのだ。


 城の西棟にある図書館まで、誰にも見つからないように急ぎ足で向かう。

 大きな窓の前は、姿勢を低くして通り過ぎた。


 図書館に着くと、アレッサンドラは素早く奥の書架へと向かった。

 古い設計図が記された文書の中に、ひっそりと描かれていた地下通路の存在。

 幾度となく一人で探索を重ね、ようやく見つけ出した脱出路だった。


 本棚に手をかける前、アレッサンドラは小さく「生命の歌」を口ずさむ。

 母との最後の絆。

 その歌声が、いつも彼女に勇気を与えてくれる。


 静かに、しかし確実に、彼女はある特定の場所を押し込んだ。

 かすかな機械音とともに、重厚な書架が内側へと動き始める。

 軋む音に、思わず息を止める。


 廊下に足音。


 アレッサンドラの背筋が凍る。

 しかし足音は通り過ぎ、次第に遠ざかっていった。

 安堵の息をつきながら、彼女は現れた薄暗い通路を見つめる。


 通路は思ったより広く、天井は大人が楽に立てる高さがあった。

 湿った空気が、どこか洞穴を思わせる。

 奥から微かな風が吹いてくる。


 アレッサンドラは小さな燭台に火を灯した。

 決意を胸に通路へと足を踏み入れる。

 背後で書架が静かに閉じていく音が、彼女の新たな冒険の始まりを告げていた。


 そこは、まさに本で読んだような秘密の通路だった。

 石造りの壁には苔が生え、薄暗い足元には小さな水たまりが点々と続いている。

 ところどころに枝分かれした道もあったが、迷うことはなかった。


 設計図には、この通路が城の裏手にある森へと続いていると記されていた。

 かつての母の寝室からほど近い場所に、出口があるという。


 アレッサンドラは一筋の光を頼りに、ゆっくりと歩を進める。

 彼女の足は止まらない。


 そして——光。


 通路の先に、森の木漏れ日が差し込んでいた。

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