アレッサンドラ 第4章③:ヴィトの正体
「……フン、お前なんかがいなくなって、やっとオレも自由になれるぜ」
ヴィトは、ぎこちない笑みを浮かべる。
「せいせいするぜ。これで自由になれんだから」
その強がりの声は、かえって切なさを際立たせていた。
アレッサは、寂しそうにヴィトを見つめる。
「……本当に、そう思ってるの?」
アレッサの静かな問いかけに、ヴィトは一瞬、目を伏せた。
「あ、当たり前だろ! お前みてーなうるせー奴がいなくなって、やっと……」
言葉が途切れる。
風が過ぎ、白薔薇の滝の水しぶきが舞う。
まるで、二人の間に降る涙のように。
「……そうだな」
ヴィトの声が、急に冷静に響く。
「本当は、オレの方が自由になんかなれねーんだ」
白薔薇の滝に目を向けたまま、ヴィトはぽつりと呟く。
「オレは、お前が言う『生命』とは違う」
アレッサの直感が警鐘を鳴らした。
普段とは違う、何か深い意味が込められているような、その響き。
「ヴィト、あなた何言って……」
「オレの本当の姿は『絶望』なんだ」
『絶望』
その告白が、空気を凍らせる。
「ヴィト? それはどういうことなの?」
アレッサの声が震える。
「そう。『生命』なんて、オレとは正反対の名前だ」
ヴィトは頭のクローバーの王冠を見上げる。
金色の髪に絡まる白い花が、陽を浴びて輝く。
「お前、不思議に思わなかったのか? なんでオレがこの森にずっと一人でいるのか」
ヴィトの声は、いつになく落ち着いていた。
「オレは人間じゃない。オレは誰かの呪いに応じてソイツに取り憑き、破壊の怪物になる存在だ。そして今、まさにそのために異世界から召喚されてる」
その声には、もう強がりはなかった。
「異世界? 破壊の……怪物?」
アレッサの声が震える。
「ああ。でも……オレ、ずっとずっと抗ってた」
ヴィトは微かに笑う。
「……お前と離れたくなかったから」
水しぶきの向こうで、光が揺らめく。
いつもと同じ白薔薇の滝なのに、その姿が突然、遠いものに感じられた。
「だから、この森から出ないで、ずっとここにいたんだ」
ヴィトは静かに続ける。
「お前がいたから、オレは『絶望』じゃなくて、『生命』でいられた」
光の粒が、二人の間を漂う。
「名前なんてなかったのに、お前が……『生命』なんて、オレには眩しすぎる名前をくれた」
ヴィトは、頭のクローバーの王冠に触れる。
「お前と出会って、初めてオレは『生きてる』って感じられたんだ」
アレッサは言葉を失う。
目の前の少年が、絶望の化身だったなんて。
そんな残酷な真実を、受け入れることができない。
「お前は遠いところへ嫁に行く。そしてオレもこれ以上運命に抗うことはできない」
ヴィトは静かに膝をつき、足元のクローバーに手を伸ばす。
「この森の思い出くらいは、持っていけよ」
器用な指先が、白いクローバーを編み始める。
小さな輪が、ゆっくりと形を成していく。
「花の指輪なんて、らしくねーけどな」
照れ隠しのように言いながら、クローバーの指輪をアレッサに差し出す。
「これで、お前もオレのこと忘れねーだろ?」
その瞬間、ヴィトの姿が闇に包まれ始めた。
異世界からの召喚に、もう抗う理由がないとでも言うように。
「ヴィト、待って! まだ……」
「なあ、アレッサ」
闇に飲まれながら、ヴィトは優しく微笑む。
「オレに『ヴィト』って名前を付けてくれて嬉しかった。ありがとな」
その笑顔は、アレッサが初めて見る、ヴィトの心からの微笑みだった。
「この森から出るなよ。オレが、お前を最後まで守ってやるから」
最後の言葉を残し、ヴィトは闇に消えていく。
「生きて、幸せになれよ……」
「ヴィト!!」
アレッサンドラの叫びは、もう届かなかった。




