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アレッサンドラ 第3章③:花舞う飛沫

「へへっ、どうだ?」


 ヴィトが得意げに笑う。


「オレが言った通りだろ? 水が光の花びらみてーに散るんだぜ?」


 確かにその通りだった。

 滝の飛沫は陽を受けて、無数の花びらが舞い散るように輝いている。


 水の粒が空中で弾け、光の層を作る。

 その光は揺れ、踊り、降り注ぐ。

 まるで天から零れ落ちる、聖なる贈り物のようだった。


「ふふ、本当ね」


 アレッサは微笑む。


「珍しく大げさな表現じゃなかったわ」

「なんだと!?」


 ヴィトは真っ赤になって飛び上がる。


「てめぇ、また馬鹿にしてんのか!?」

「あら、事実を言っただけよ」


 アレッサはいたずらっぽく笑う。


「だって、いつもあなたったら大げさでしょう? 『すっげー巨大な鷲の巣』は結局小鳥の巣だったし」

「う……」

「『伝説の果実』は普通の木イチゴだったし」

「うっ……」

「『神秘の宝石』だって、ただの川石じゃない」

「うるせー!」


 ヴィトは地団駄を踏む。


「あれは遠くから見たから大きく見えただけだし! 木イチゴだってめっちゃ甘かっただろ!? 石だって光があたると綺麗に光るじゃねーか!」


 必死に言い訳するヴィトに、アレッサはくすりと笑う。


「でも、今回は違うわね」

「へっ?」

「本当に、あなたの言った通りの景色だもの」


 アレッサは滝を見上げる。

 水しぶきが太陽の光を受けて、光る花びらのように降り注ぐ。その一瞬一瞬が、まるで奇跡のようだった。


「へへっ、そうだろ?」


 ヴィトは急に嬉しそうな表情を見せる。


「やっとオレ様の凄さが分かったか?」

「ふふ、調子に乗るのは変わらないのね」

「なっ!」


 アレッサの言葉に、ヴィトは慌てて咳払いをする。


「べ、別に調子なんか乗ってねーし! 事実を言ってるだけだろ!」

「はいはい」

「うっせー! そういう言い方やめろよな!」


 ヴィトは不満そうに唇を尖らせる。


「……つーか、お前さ」


 そして、少し落ち着いたように続けた。


「なんか、さっきから考え込んでんな」

「え?」

「だって、滝ばっか見てるじゃん」

「気のせいよ」


 アレッサは軽く首を振る。

 でも、確かにヴィトの言う通りだった。


 光に照らされた水しぶきを見ていると、どうしても思い出してしまう。

 あの日、風にそよぐ白薔薇の話。

 今は亡き母の優しい微笑み。


 風が吹いた。

 水しぶきが舞い、アレッサの頬に冷たい雫が落ちる。


「なんだよ、黙り込んで」


 ヴィトが不安そうに声をかける。


「つまんねーのか?」


 その声には、かすかな寂しさが混じっていた。


「ううん、違うわ」


 アレッサは微笑む。


「むしろ、素敵すぎて言葉が見つからないくらい」

「……!」


 ヴィトは思わず目を見開く。


「お、おだてたって何も出ねーぞ!」

「ふふ、素直じゃないのね」

「だって……」


 ヴィトは言葉を濁す。


「お前がそんな風に褒めるの、なんか変だし……」

「あら、私が褒めちゃいけない?」

「そうじゃねーけど……」


 ヴィトの言葉は、次第に小さくなっていく。


「なんか、照れるじゃねーか……」

「ねぇ、この滝に名前はあるの?」


 突然の質問に、ヴィトは首を傾げる。


「は? 名前?」

「ええ、あなたが見つけた大切な場所でしょう?」

「べ、別に大切ってわけじゃ……」


 言いかけて、ヴィトは言葉を飲み込む。


「ま、まあ、名前なんて考えたこともねーよ」

「じゃあ、私が名付けてあげましょうか?」

「はぁ!?」


 ヴィトは驚いて声を上げる。


「な、なんでお前は何にでも名前つけんだよ!」

「だって、素敵な場所なのに名前がないなんて、寂しいでしょう?」

「うっ……」


 その言葉に、ヴィトは反論できない。


「『白薔薇の滝』、どうかしら?」


 アレッサは、まるで大切な宝物を名付けるように、静かに言う。


「な、なんだよその名前!」


 ヴィトは慌てて抗議する。


「だってよ、オレが見つけたのに! オレが『光の花みたい』って言ったのに!」

「そうよ」


 アレッサは優しく微笑む。


「あなたが教えてくれたから、この名前を思いついたの」

「え?」

「この滝の水しぶきが、花びらのように舞うって、あなたが最初に教えてくれたでしょう?」

「そ、それはそうだけど……」


 ヴィトは言葉に詰まる。


「べつに、そんな大げさな名前じゃなくても……」

「大げさ?」


 アレッサはくすっと笑う。


「さっきまであなたが『すっげー!』って言ってたじゃない」

「そ、それは……」

「それに、この光、本当に白い花びらみたいだから」


 アレッサは滝を指さす。


「お前にもそう見えんのか?」


 ヴィトは少し緊張した様子で尋ねる。


「ええ。まるで空から無数の花びらが舞い落ちてくるみたい」


 その言葉に、ヴィトの瞳が輝く。


「ほ、ほんとか!?」


 慌てて取り繕うように咳払いをする。


「い、いや、べつにお前にもそう見えたからって嬉しいわけじゃ……」

「ふふ、分かってるわ」


 アレッサは優しく微笑む。


「あなたが見せてくれた景色だもの。私が名付けてもいいでしょう?」

「っ!」


 ヴィトの耳が真っ赤になる。


「て、てめぇ! ズルいぞそれ!」

「ズルい?」

「だってよ……そんな言い方されたら……」


 ヴィトは言葉を濁し、地面を見つめる。


「……好きにしろよ」


 小さな声で呟く。


「でも、お前以外には教えねーからな」

「え?」

「ここは、オレたちの……特別な場所だろ?」


 滝は永遠に流れ続け、水しぶきは花の輝きとなって降り注いでいた。

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