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アレッサンドラ 第1章①:森の中の出会い

 木漏れ日が降り注ぐ森の中を、アレッサンドラは慎重に歩いていた。

 質素な茶色のドレスに歩きやすい革靴という装いは、普段の華やかな姿とは程遠い。

 ウェーブのかかったブラウンの長い髪が、朝の光を受けてやわらかく揺れる。


 遠くで小鳥のさえずりが響いた。

 聞き慣れた鳥の声とは違う、不思議な旋律だった。

 アレッサンドラは思わず立ち止まり、その音に耳を澄ます。


「うわっ! 人間が来たぞ!」


 突然の大声に、アレッサンドラははっとして振り返った。

 木の上から、一人の少年が身を乗り出している。


 陽に輝く金髪に、若葉のように鮮やかな緑の瞳。

 擦り切れた半袖シャツに短いズボン、裸足の姿は、まるで森の精霊のようだった。


「ちょっと! いきなり大声を出さないで! びっくりするじゃない!」


 思わず叫ぶと、少年はくすっと笑った。

 その笑い方が妙に自然で、森の空気に溶け込んでいるように見えた。


「へへっ、面白れー奴」


 少年は軽やかに枝から枝へと飛び移る。

 金色の髪が陽光を受け、光の粒を撒き散らしているかのようだった。


「でもよ、この森にぶらっと来るなんて、よっぽどのバカだぜ!」

「な、なによ! 人のことをバカ呼ばわりするなんて、失礼ね!」


 アレッサンドラは思わず足を踏み鳴らした。

 ブラウンの瞳が怒りに震える。


「それに、見知らぬ相手に意見する前に、まずは名乗るのが礼儀でしょう?」


 その言葉に、少年の表情が一瞬曇った。

 木の上での動きが止まる。

 緑の瞳に影が差したように見えた。


「う……」


 少年は言葉に詰まり、視線を逸らした。

 その反応に、アレッサンドラの胸がチクリと痛む。

 意地悪く言い返したつもりが、図らずも彼の心の傷に触れてしまった気がした。


「名前なんてねーよ。ずっとここで一人だし……」


 強がった声の奥に、隠しきれない寂しさが滲んでいた。


 少年は突然木から飛び降りる。

 まるで話題を逸らすかのように。


「きゃっ!」


 アレッサンドラが思わず声を上げると、少年は意地の悪い笑みを浮かべた。


「へっ、そんなことで驚くとか弱っちい奴だな! オレはここの木とは全部友達なんだぜ? お前みたいなヘタレとは違うんだからな!」


 その言葉に、アレッサンドラは小さく息を吐いた。

 強がるほどに、彼が孤独なのだとわかる。


「名前がないと不便だわ。私があなたに名前をつけてあげる」

「は……?」


 少年の緑の瞳が大きく揺れた。


「あなたの名前は『ヴィト』。生命という意味よ」


 ヴィトの瞳が一瞬にして輝く。

 強がりは消え、喜びが顔を覗かせた。

 金色の髪が朝の光を受けて、まるで光輪のように輝いていた。


「ヴィト……オレの、名前……」


 しかしすぐに、照れ隠しのように声を荒げる。


「べ、別にそんなのどうでもいいけどさ! 気に入らなかったら変えるからな!」


 その慌てた様子に、アレッサンドラは思わず微笑む。

 純粋な喜びを隠そうとする仕草が、妙に愛おしかった。


「……あんたの名前も聞いとくか」


 ヴィトは気取ったように咳払いをする。


「ま、オレに名前をつけたヤツだしな」

「アレッサンドラよ。覚えられるかしら?」


 彼女はスカートの裾を優雅に持ち上げ、最も丁寧な礼をしてみせた。

 ちょっとした意地悪心も込めて。


「なっ!?」


 意表を突かれたように、ヴィトの頬が赤くなる。


「そ、そんな面倒くせー名前、覚えらんねーよ!……アレッサ! そう、アレッサで十分だろ?」


 ヴィトは木の枝に腰掛けながら、ぶっきらぼうに言った。


「長ったらしい名前なんか、面倒なだけだぜ」

「ちょっと! 勝手に……」


 言いかけて、アレッサンドラは口をつぐんだ。

 響きは決して悪くない。

 むしろ、どこか心地よかった。


「なんだよ、気に入らねーのか?」


「……まあ、アレッサでいいわ」


 彼女は肩をすくめる。


「でも、もう少し丁寧な言葉遣いを覚えなさい」

「うっせーな!」


 ヴィトは軽やかに枝から飛び降りた。


「そんなことより、もっとすごいもん見せてやる! ついて来いよ、アレッサ!」


 森の奥へと進むにつれ、木々はより大きく、より古くなっていく。

 太陽の光も徐々に深い緑色に染まり、空気は神秘的な雰囲気を帯びていた。


「おーい、何ぼーっとしてんだよ!」


 ヴィトの声が、彼女の思考を途絶えさせる。


「特別に中も見せてやるぜ。ほら、早く来いよ!」


 アレッサンドラは微笑んだ。

 この瞬間を大切にしよう。

 森の不思議な少年——ヴィトの物語に、身を委ねてみることにする。

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