ある屋敷の。お菓子について。
紅茶、マドレーヌ、マカロン、カヌレ、チョコレート、ドーナツなど、点検完了である。本来菓子類の補充は不要である。所作として、菓子を一気に掴むのはルール違反である。そのため貴族のお茶会で菓子は殆ど無くなることはない。それなら何故補充の確認をしているかって?その理由はお嬢様の過去にある。
記憶を思い出す前のお嬢様は今まで語った通りひどい有様だった。そんなお嬢様に食べ物を大切にするなんて考えはなく(人や物への思いやりもない)、機嫌が悪いとティーカップやお菓子をその場にいた使用人に投げる始末。機嫌が良くてもなげることはあるが。まあ私も紅茶を投げられたことがある、
咄嗟に手で庇った為に顔や身体には少ししか当たらなかったものの、手にはかかった。盛大に。勿論熱かったし、火傷だってした。とはいえ今はもう治っている。軽いやけどですんでいたらしい。
とはいえ火傷は火傷。家族にはとても心配された。話すつもりはなかったのだが、凄い圧で話せと言われたものだから、お嬢様によって出来たものだと言うと家族は激怒した。そして『仕事をやめろ』と言われたのだ。弁明するのに時間がかかったが何とか仕事を継続することが出来た。
うちの家族は少し圧が強い面がある。圧が強いといっても声が大きいとかそいう訳ではないのだが、否むしろ寡黙な方だろう。とはいえ一度怒ると止めるのが大変なのだ。そして全員が静かに怒るタイプ。⋯私の苦労が伝わっただろうか。
静かに怒るタイプは一番怖いとよく言われる。そんな一番怖い状態の人間三人へ一気に説得するのだ。だが父と母は意外と攻略が簡単だ。きちんとした理由があれば納得してくれる。怖いタイプとはいえ元の性格が利己的な為渋々という形になるが何とかなるのだ。その反対に弟が一番説得がしにくい。
弟はまだ幼いが故に業務上の利点や私の想いを悟ってくれない。そのため『こうこうこういう理由があるから辞めたくないんだ。』と伝えても『怪我をするような職場なら辞めたほうが良い』というような返答が返ってくるのだ。これでは会話のキャッチボールではなく、会話のドッジボールだ。
最終的には土下座する勢いでお願いして何とかなるのだが、おかげで姉としての尊厳は砕け散っている。解せない。
まあ話は戻るがお嬢様の暴走が原因で、菓子の補充は必須になったのだ。最近は特に無くても問題が無いのだが奥様の指示でいまだに保険として用意されているのだ。
だがこうして用意しても結局は使用せずに終わり、廃棄処分になる。なんて勿体ない。こういう勿体ないものをお嬢様が孤児院などに持って行くお優しい令嬢になるという展開になりそうなものだ。貴族ものではよくある展開だ。
しかし最近この廃棄処分になるものは使用人が食べても良いことになった。新人達が口々に勿体ないなぁと呟いていたのが発端だ。そこからベテラン達にもその思いが広がり、執事長にまで伝わり、その後にご当主様に執事長が使用人達への配給を提案し、許可を貰えたのだ。
発端の新人達は特に喜んだ。もちろんベテランたちも。貴族の食べ物は庶民のものと比べ物にならないほどの味だ。私も思わず頬がゆるむほどの味だった。食べている間は業務中のピリピリした空気感とは違い、使用人一同の空気が緩んだ。食べ物の力は本当に凄い。
持ち帰りも自分の量だけなら可能な為、弟にも渡している。飛び跳ねるほど喜んでくれるからついつい渡してしまうのだ。
そういうわけでお嬢様のお茶会やおやつの時間になると使用人たちは浮足立つのだ。
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