ある少女の、波乱。
目の前にいるのは可愛らしい黒猫に抱きついて戯れるルクスちゃん。隣には興味が無さそうに立っているラテル。そして私はというと、目を丸くして驚いている。
「⋯ねぇ、ルクスちゃん。前に言ってた猫ってその子?」
頭を振ってなんとか気を取り直し、問うてみると全身を使って抱きついているルクスちゃんが顔を上げ、こちらに振り向いた。
「そう!可愛いよねー!名前はクロっていうんだって、昔からここに住み着いてるみたい!」
ルクスちゃんが撫でるとゴロゴロと喉を鳴らして喜んでいる様子の猫は確かに愛らしい。だが少々、いやかなり大きすぎでは無いだろうか。伏せているクロは私の身長の数倍はある大きさだ。立ち上がったらどうなることやら。
興味なさそうにしているラテルの腕を掴み、小さな声で話しかけた。
「⋯ラ、ラテル。猫ってあんなに大きなものだっけ?私の記憶の数倍はあるんだけど。」
いきなり話しかけられたラテルは少し驚きながらも答えてくれた。
「え、うん。マジクキャットって種類なら大きくなるよ、ここまで大きいのはあんまり見ないけど。」
まじか、異世界やべー、と思いながらも「へぇー」と返事をした。元から猫の品種には詳しく無いけれど前世の世界でこんな大きさの猫はいなかったはずだ。⋯いないよね?
「ランペちゃんも一緒に遊ぼう!!」
「え、うん。わかった。」
大きく手を振ってこっちに来るように言うルクスちゃんの言葉通りに近付くとやはり猫クロは大きい。あまり動かない事から大人しい子のようだ。
「これ持って!」
そう言われ渡されたのは猫じゃらし。渡してきたルクスちゃんも猫じゃらしを持っている。そしてルクスちゃんは大きく猫じゃらしを振り「ほれほれー!!」と猫の方に向けた。
すると伏せていた猫は獲物を狙う姿勢へとなり、ルクスちゃんの方へと飛びかかった。「ルクスちゃん!?」と焦る私を他所にルクスちゃんは猫の猛攻を避けて笑っている。
(ルクスちゃん、恐ろしい子!)
そう考えながらも私は絶対に振らないと決意したその時、強風が吹き、猫じゃらしが空を舞った。あ、死んだ。瞬時にそう思った。案の定、猫はこちらに正確に言うと私の上部に浮遊している猫じゃらしに飛びかかってきた。
(最後に見えたのは、美しい青空と一つの猫じゃらし。そして巨大な肉球でしたー。)
そう考えるのと同時に私は肉球に潰された。
「姉ちゃーん!!」 「ランペちゃんー!!!」
かなりの勢いと衝撃があり痛かったが、爪が出ていなかった事だけが幸いだった。なんとか生きてる。思考の隅っこでラテルとルクスちゃんの声が聞こえた気がしたが、反応は出来なかった。
「お前、そっち持って!!」
「わ、わかった!!」
外で二人が持ち上げようとしているようだが猫の力の方が圧倒的に強いらしく全く動く気がしない。あぁ、今世は肉球に潰されて死ぬのかなぁと考え始めた。諦めかけたその時、聞いたことの無い男の声が聞こえてきた。
「おい猫!こっちだ!!」
その言葉と同時に身体に掛かっていた圧迫感は消え、視界が明るくなった。起き上がり、周りを見てみるとラテルが心配した顔で見ているのと、ルクスちゃんが「ごめんねー!!」と叫んでいるのが直ぐに見えた。
更に周りを見回してみると何かを抑え、尻尾を振っている猫がいる。その近くにいたのは見たことのない男子生徒。私の視線に気付いたのかこちらに振り向いた。
「おっ、無事だったか、良かった!」
ツリ目気味のその男子生徒は手を振り、屈託の無い笑みを向けた。




