ある少女の、おまじない。
手の平に人という感じを三回書き、飲み込む。先程から私はこの行為を繰り返している。その様子をラテルが訝しげに見ていた。
「⋯姉ちゃん、さっきから何してんの?」
「⋯おまじない」
前世の世界では有名なおまじないであり、緊張を解すものだ。そう私は非常に緊張している。確かにさっきまでは何とかなるかも、なんて考えていた。
だがしかし、接客力が上がってる訳でも、コミュ力が上がっている訳でもないのだ。私は家族や一度仲良くなった人とは普通に話せるが、初対面の人や慣れていない人との会話が苦手でテンパるタイプのコミュ障だ。
だから前世では友達なんて殆ど出来なかった。学生時代にはクラスが一年事に変わる形態だったので当然交友関係など築けない。というか一年でどうやって友人を作れるのだ。
そんな学生時代を過ごし、社会人になったら友達できるかな、なんて淡い期待を抱え入社し、数年で死亡。
我ながら交友関係が狭い、というか全く無い。今世の一周目で後輩ちゃんと仲良くなったのは最早奇跡だと思う。
思考の海に沈んでいたその時、玄関の方からカランコロン、というドアベルの音が響いた。
「あら、トルトさん、おはようございます〜今日もいつもので宜しいですか?」
「おはようございます。はい、いつもの物でお願いします。」
母の声に答えたトルトさん、という男性は燕尾服をキッチリと着用し、メガネを掛けた青年だった。燕尾服を着ているという事は何処かの貴族の執事なのだろう。
「ほら、二人も挨拶なさい。常連さんのトルトさんよ〜。」
どうやら常連客だったらしい。だから母の対応の仕方も少しフランクな物だったのだろう。
「おはようございます!」
「お、おはようございます。」
元気にハキハキとした声で挨拶をしたのがラテルで、オドオドと自信なさげに挨拶したのが私である。やはり上手く喋ることが出来なかった。不甲斐ない。
「おはようございます。二人共ちゃんと挨拶出来るなんて凄いな。」
屈み込み私達と目線を合わせ、微笑みながらゆったりとした声で話すトルトさん。これは子供の接し方に慣れている様に見える。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます。」
ラテルよりは小さくて頼りない声にはなってしまったが今度こそ普通に話すことが出来た。私にとっては大きな成長だ。
「今日はご両親のお手伝い?」
その問いにはラテルが「はい!」という返事で答えた。流石コミュ力の塊である。
「それは凄いね、二人共頑張ってな!」
そう言い人好きのする笑みでニコッと笑ったトルトさん。「あ、ありがとうございます!」と今度は私が返事をする事が出来た。自分にしてはちゃんとした返事を出来たことにニマニマとした表情になってしまった。
崩れた表情のまま自分の世界に浸っているといつの間にかトルトさんは立ち上がっていた。もう一度こちらに振り返り「それじゃあ、また。」と言った後、母に案内され席へと移動していった。




