ある少年の、夢。
夢を見ていた。幸せな夢だった。父や母、姉と一緒にいつも通りの日々を送る夢を。両親の手伝いをした。家族皆で食卓を囲んだ。姉と一緒に遊んだ。
牢の中で眠っている時には、いつもそんな、少し前までは普通だった事を夢に見ていたんだ。今思うとこれは現実逃避というものだったのだろう。
そのせいだろう、寝たら起きる、そんな当たり前の事が怖くなった。温かい夢から冷たい現実に戻されるあの瞬間が恐ろしくて堪らない。
その日も同じ様な夢を見ていた。珍しく家族皆が非番な日、皆で散歩に出かけた、そんな夢だった。父も母も姉も、自分も笑っている。夢の中、という事も忘れて(こんな日々がずっと続けば良いのに。)何て、馬鹿な事を夢の中の自分は思っていた。
けれど、夢っていう物は覚めるもので、やっぱり現実に引き戻された。開いた目の先に見えるのは暗い天井で、ふと横を見ても錆びた鉄格子あるだけだった。
その後、やる事も無いわけだからしばらくぼーっとしていた。その時だった。いきなり衛兵が鉄格子の鍵を開けたのだ。
その衛兵は普通は子供に向ける無いような、そんな冷たく鋭い目つきでこちらを見つめた後、口を開いた。
「⋯お前の処遇が決まった。着いて来い。」
その言葉は何とも完簡潔で、言ってしまえば言葉足らずなものだった。普通の子供ならこんな状況に陥ったらきっと泣き出すのだろう。
そんな中で僕が泣きも動じもしなかったのはきっとそういう状況に慣れてしまったからだろう。理不尽な姉の死、両親を自ら手に掛けた事、牢に閉じ込められている事。たった三つの事。それでも、その少しの出来事で人は変わってしまう事もあるのだ。
衛兵の言う通りに従い、牢を出て歩く。⋯否、歩くと言うよりは小走りだ。衛兵は大人、対して僕は子供。歩く歩幅に差がありすぎる。衛兵が歩く速度を揃えてくれるなんて事はなかった。
薄暗く寂れた地下牢の廊下から明るく豪華で綺羅びやかなお城の廊下へと変わっていく景色に少し驚いた。何故か自分は宮殿の地下に投獄されていたという事実と単純に宮殿の豪華さに驚かされたのだ。
自分の予想ではあの魔力暴走を起こした場所の近くに投獄されていると思っていのだ。理由は簡単、所詮自分は庶民だからだ。だからこそ大規模な魔力暴走だったとはいえ宮殿の地下に投獄されるとは考えていなかった。
幼い頃から全ての人間が知る貴族と平民の格差。貴族の子供は『平民は動物と同じ様なもの』と教えられながら育ち、平民の子供は『貴族には人の心が無いのだ』と言われながら育つ。
そんな風に教育された子供も勿論、その親と同じ様な価値観になる。その子供が大人になり自分の子供に同じように教育するのだ。それが何世帯にもずっと続いて現在も同じ様な価値観のような人間が多いのだ。
とはいえうちの家庭はそういった価値観が薄かった。今どき珍しい家庭だったのだろう。
そんな風に考えていたら謁見室の前についていたらしい。




