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遺伝子の猟犬

作者: Osmunda Japonica

2187年、人類は地球と複数の宇宙コロニーに分かれて暮らしている。最も革新的な科学技術の一つである遺伝子操作は、人類社会に大きな変革をもたらした一方で、深い分断も生み出していた。地球では遺伝子操作に厳しい制限が設けられているが、企業が実質的な統治者となった宇宙コロニーでは、規制のない実験が日常的に行われている。そこでは遺伝子操作された「設計人間」が生み出され、時に兵器や労働力として扱われていた。この物語は、古代アイルランド神話の英雄クーフーリンの遺伝子を組み込まれた若者セタンタが、自分のアイデンティティと自由を求めて戦う姿を描く。神話の英雄が未来で再び戦いに身を投じる中、彼は自らの運命を選び取ることができるのか―遺伝子は宿命なのか、それとも可能性なのか。

第一章: 特別な少年


ニューアルスター宇宙コロニー、2187年。「セタンタ!また廊下を走っているのか!」教師のロックウェル先生の声に、17歳の少年セタンタ・オニールは立ち止まった。彼の動きは一般の10代とは違っていた—あまりにも速く、あまりにも正確だった。「すみません、先生。時間に遅れそうで」セタンタは微笑みながら答えた。ロックウェル先生はため息をついた。「お前はいつも急いでいるな。でも今度からはゆっくり歩け。規則だ」セタンタはうなずき、今度は普通の速度で歩き始めた。だが、「普通」という言葉は彼には当てはまらなかった。


放課後、セタンタは特別訓練施設に向かった。そこには厳しい教官スキャタッハが待っていた。長い黒髪を後ろで束ねた女性は、表情を変えずに彼を見つめた。「今日は15分遅刻だな、セタンタ」「すみません、教官。授業が長引いて...」「言い訳はいらない。今日の訓練を始めよう。基本的な体力テストから」セタンタは黙ってうなずいた。基本的な体力テストと言っても、一般の成人でも達成できないようなものだった。彼は長距離走、重量挙げ、反射神経テストをこなしていった。どれも彼にとっては簡単すぎるほどだった。「素晴らしい」スキャタッハはデータを確認しながら言った。「今日は特別なテストをする。怒りの感情をコントロールするテストだ」セタンタは眉をひそめた。「怒りのコントロール?」「そうだ。お前の中の特別な能力は感情、特に怒りと結びついている。『戦の歪み』と呼ばれる状態だ」セタンタは首を傾げた。彼は自分が特別な存在だということは知っていた。幼い頃から、他の子供たちよりも速く走り、強く、賢かった。しかし、彼が「なぜ」特別なのかについては、断片的な情報しか与えられていなかった。「教官、私のことをもっと教えてください。なぜ私だけがこんな特別な訓練を受けているんですか?」スキャタッハは一瞬ためらった後、答えた。「お前は『コンコール計画』の一部だ。古代の戦士の遺伝子を現代の科学技術で再現するプロジェクトだ」「古代の戦士?」「アイルランド神話に登場する英雄、クーフーリンだ。超人的な戦闘能力を持ち、特に怒りに触れると姿を変え、人間を超えた力を発揮した伝説の戦士だ」セタンタは混乱した。神話の英雄?遺伝子?彼はこれまで自分が特別な訓練を受ける優秀な学生だと思い込んでいた。「つまり...私は実験体なんですか?」彼の声は震えていた。スキャタッハは彼の肩に手を置いた。「違う。お前は人間だ。ただ、お前の中には特別な可能性が眠っている。それを引き出し、コントロールする方法を学んでいるんだ」セタンタの心は複雑な思いで満ちていた。自分のアイデンティティについての新たな疑問が次々と浮かんでくる。だが今は、訓練に集中する必要があった。「では始めましょう、教官」彼は決意を新たにした。


ネオテクノロジー社の最高経営責任者、クーランド博士は広大なオフィスの窓から宇宙の星々を眺めていた。彼の背後では、若い研究員がホログラム画面を操作していた。「セタンタの最新データです、博士」研究員は緊張した様子で報告した。「彼の能力は予測値を大幅に上回っています。特に身体能力と知性は驚異的です」クーランド博士は満足げにうなずいた。白髪混じりの髪と鋭い目をした60代の男性は、遺伝子工学の第一人者だった。「素晴らしい。だが最も重要なのは『戦の歪み』の制御だ。あの状態をコントロールできなければ、彼は危険な存在になる」「はい。スキャタッハ教官が特別なトレーニングを行っています。しかし、完全な制御にはまだ時間がかかると思われます」クーランド博士は思案した。「時間がないんだ。政府との契約では、来月までに成果を示さなければならない。セタンタを私の施設に招待しよう。新たな警備システムの実験を見せるという名目でね」「博士、それは危険では?」「リスクなくして成果なし。彼が本当に制御できるかどうか、実地で確かめる必要がある」クーランド博士の目には野心の光が宿っていた。


セタンタは自室のベッドに横たわり、天井を見つめていた。今日知った情報が彼の頭の中でぐるぐると回っていた。神話の英雄の遺伝子?戦の歪み?なぜ彼はこのような存在として作られたのか?彼はタブレットを手に取り、「クーフーリン」について検索した。古代アイルランドの伝説的戦士についての情報が次々と表示された。セタンタという名前から、犬を殺した後に「クーランドの猟犬クー・フーリン」と名乗るようになったこと。17歳の若さで死ぬまで数々の武勇伝を残したこと。戦いの最中に「戦の歪み」と呼ばれる変身を遂げ、敵を打ち破ったこと。セタンタは自分と伝説の英雄との間にある奇妙な一致点に震えた。彼もまた17歳...そして彼の中にも「戦の歪み」が眠っているという。彼は窓の外の人工星空を見つめながら考えた。彼は単なる実験体なのか、それとも何か大きな目的のために作られた存在なのか。そして最も重要なのは—彼は自分の運命を選ぶことができるのか?明日、クーランド博士の施設への招待があると聞いていた。おそらくそこで、彼はより多くの答えを見つけられるだろう。


第二章: クーランドの猟犬


次の日の午後、セタンタはクーランド博士の私設実験施設に到着した。宇宙コロニーの中心部から少し離れた場所にあるその施設は、最先端技術の粋を集めた巨大な複合体だった。「ようこそ、セタンタ君」クーランド博士は笑顔で彼を迎えた。「今日は特別な実験を見せてあげよう。我が社の最新警備システム『ハウンド』だ」セタンタはうなずき、博士の後に続いた。今日はスキャタッハ教官も同行しており、彼の少し後ろを歩いていた。広大な実験場に入ると、そこには4体の金属製の犬型ロボットが待機していた。それぞれ人間の腰ほどの高さがあり、表面には青い光が流れるようなデザインが施されていた。「これが『ハウンド』だ」クーランド博士は誇らしげに説明した。「最新のAI技術と生体センサーを搭載し、侵入者を即座に感知して排除できる。もちろん、許可された人物は認識して危害を加えることはない」セタンタは興味深く犬型ロボットを観察した。「これがなぜ『猟犬』なんですか?普通の警備ロボットではダメなんですか?」クーランド博士は微笑んだ。「良い質問だ。犬は古来より人間の忠実な伴侶であり、守護者だった。そのイメージを現代技術で再現したんだ。さて、デモンストレーションを始めよう」博士はタブレットを操作し、実験を開始した。ハウンドたちは活性化し、部屋の中を巡回し始めた。「今から侵入者のシミュレーションを行う」博士は言いながら、別のボタンを押した。すると、実験場の端から人型のダミーが現れた。ハウンドたちは即座にそれを検知し、猛スピードで向かっていった。彼らは瞬く間にダミーを取り囲み、無力化するための動きを見せた。「素晴らしい反応速度です」セタンタは感心して言った。「そして完全なチームワークだ」クーランド博士は付け加えた。「一体が捕らえている間に、他の個体が別の角度から攻撃する。逃げる隙を与えない」しかし、デモンストレーションの最中に何かが起きた。ハウンドの一体が突然異常な動きを見せ始めたのだ。その動きは不規則になり、警告音が鳴り響いた。「何が起きている?」スキャタッハ教官が身構えた。「システムエラーだ。すぐに修正を...」クーランド博士がタブレットを慌てて操作していたその時、異常を起こしたハウンドが突然彼に向かって飛びかかった。セタンタは咄嗟に反応した。彼は信じられない速さで博士の前に飛び出し、ハウンドを空中で迎え撃った。しかし、彼の体に衝撃が走った瞬間、何かが変わった。怒りと恐怖が彼の中で爆発し、血管を熱い溶岩のように流れていった。彼の視界が赤く染まり、体が膨張するような感覚に襲われた。筋肉が変形し、皮膚の質感が変わり、彼は人間の姿を超えた何かへと変貌していた。「戦の歪み...」スキャタッハ教官がつぶやいた。変貌したセタンタは、ハウンドを片手でつかみ、信じられない力で引きちぎった。残りのハウンドも彼に向かってきたが、彼はそれらを次々と撃破していった。その動きは人間のものではなく、まるで古代の戦神のようだった。暴走は数分で終わった。実験場は破壊され、ハウンドたちはバラバラになり、セタンタは徐々に元の姿に戻りつつあった。彼は自分の手を見つめ、何が起きたのか理解しようとしていた。「申し訳ありません...」彼は震える声で言った。「私...制御できませんでした...」予想に反して、クーランド博士の顔には恐怖ではなく興奮の色が浮かんでいた。「驚異的だ...」博士はつぶやいた。「完全な『戦の歪み』の発現...そして自発的に元に戻るなんて...」セタンタは混乱していた。彼は破壊行為を行ったのに、博士はなぜ喜んでいるのか?「博士、あなたのハウンドを壊してしまいました」セタンタは改めて謝罪した。クーランド博士は彼に近づき、肩に手を置いた。「心配するな。むしろこれは素晴らしい進展だ。お前は私のハウンド以上の価値がある」博士はにやりと笑い、こう続けた。「お前が新たな『クーフーリン・プロジェクト』の中心だ。クーランドの猟犬という意味でクーフーリンと呼ぼう。古代の英雄と同じようにな。お前の遺伝子は、次世代の超人兵士たちの基盤となる。不死の英雄を量産できるんだ」セタンタ—いや、今やクーフーリンと名付けられた少年は、その言葉の意味を完全には理解できなかった。ただ、彼の運命が大きく変わったことだけは確かだった。


第三章: 秘密と疑問


その日以来、セタンタの生活は一変した。彼は学校に通うのをやめ、クーランド博士の施設で常時訓練を受けるようになった。「クーフーリン」という新たな名前は、彼にとってまだしっくりこなかった。鏡を見るたびに、彼は自分が誰なのか考えずにはいられなかった。「今日は特別な武器を見せよう」クーランド博士は暗く照らされた実験室で言った。彼は長い金属製のケースを開け、中から奇妙な形の槍を取り出した。それは普通の槍とは違っていた。真っ直ぐではなく、複雑に曲がり、青い光のパルスで脈打っていた。「これが『ゲイ・ボルグ』だ」博士は誇らしげに言った。「ナノマシンとAI制御システムが融合したバイオウェポン。一度標的を選定すると、決して外さない。そして最も重要なのは、これがお前の遺伝子と同調するように作られているということだ」クーフーリンは慎重に武器を手に取った。触れた瞬間、彼の体内で何かが共鳴するのを感じた。まるで槍が彼の体の延長であるかのようだった。「なぜこんな武器が必要なんですか?」彼は尋ねた。「宇宙は危険な場所だ」クーランド博士は答えた。「政府は我々を守るために、最強の戦士と武器を必要としている。お前はその両方を兼ね備えているんだ」クーフーリンは納得できなかった。博士の言葉には何か欠けているように感じた。彼は最近、ニュースで「遺伝子改造人間」についての議論を目にしていた。地球と宇宙コロニー間で、遺伝子操作技術の使用について激しい対立があるようだった。「博士、私は何のために作られたんですか?」彼は真剣に尋ねた。「単なる実験か、それとも...兵器ですか?」クーランド博士は彼を長い間見つめていた。「お前は人類の未来だ。遺伝子操作技術の可能性を示す証拠だ。そして...そうだな、必要ならば兵器にもなりうる」その答えはクーフーリンの心に重くのしかかった。


夜、自室に戻ったクーフーリンは、密かにネットワークにアクセスし、自分自身と「コンコール計画」についての情報を探し始めた。セキュリティは厳重だったが、彼の強化された知性は簡単にそれを突破した。彼が見つけた情報は衝撃的だった。「コンコール計画」は単なる科学実験ではなかった。それは軍事目的のプロジェクトで、遺伝子操作された超人兵士の創出を目指していた。さらに、アルスター社と政府の間には秘密協定があり、彼のような「資産」は法的には「人間」ではなく「知的所有物」として分類されていた。つまり、彼には人権がなかったのだ。情報を読み進めるうちに、クーフーリンは「コネヒト」と呼ばれる反政府組織についても知った。彼らは遺伝子操作技術の無制限な使用に反対し、改造人間の権利を主張する集団だった。そのリーダーはミーヴという女性で、彼女自身も遺伝子操作された科学者だった。クーフーリンは画面を閉じ、窓の外の星々を見つめた。彼の頭の中は混乱で一杯だった。彼は誰なのか?何のために生きるのか?彼には選択する自由があるのか?


翌朝、クーランド博士は重要な任務を彼に与えた。「ニューコノートステーションに潜入任務だ」博士は言った。「コネヒトの指導者、ミーヴを捕獲する。彼女は危険なテロリストで、我々の研究を妨害している」クーフーリンは動揺した。「捕獲...ですか?」「そうだ。もし抵抗するなら...排除も許可する」博士の声は冷たかった。クーフーリンは黙ってうなずいた。しかし、彼の心は既に決断を下していた。この任務を通じて、彼は真実を探し出すだろう。


第四章: 真実との対峙


ニューコノートステーションは、アルスターコロニーから24時間の宇宙旅行で到達できる小さな宇宙ステーションだった。かつては鉱山施設だったが、今は様々な反体制派の隠れ家として知られていた。クーフーリンはハンガーベイに小型船を着陸させ、静かに外に出た。彼はクーランド博士から与えられた情報に基づいて、コネヒトの本部があるとされる場所へと向かった。ステーションは薄暗く、廊下は狭かった。壁には「遺伝子は運命ではない」「改造人間にも権利を」といったスローガンが描かれていた。クーフーリンは慎重に進み、セキュリティカメラを避けながら深部へと潜入していった。彼の強化された感覚は、周囲の動きを全て察知していた。やがて彼は大きな部屋の前に立った。ドアには「研究室」と書かれていた。中からは女性の声が聞こえてきた。クーフーリンは深呼吸し、ドアを開けた。部屋の中央には40代と思われる女性が立っていた。長い赤褐色の髪と鋭い眼差しを持ち、白衣を着ていた。彼女はクーフーリンの姿を見ても、驚いた様子を見せなかった。「やっと来たわね、クーフーリン...いや、セタンタ」彼女は静かに言った。クーフーリンは警戒しながら一歩前に進んだ。「あなたが...ミーヴ?」「そう。そして私はあなたが来ることを知っていたわ」彼女はホログラムコンソールに触れ、彼の写真を表示させた。「アルスター社の最新兵器...古代の戦士の遺伝子を持つ少年」クーフーリンは緊張した。「私はあなたを捕獲しに来ました」ミーヴは微笑んだ。「本当にそれが目的?それとも...真実を求めているの?」その言葉に、クーフーリンの心が揺れた。「真実...」「あなたは自分が何者か知りたいはずよ」ミーヴは言いながら、別のホログラムを起動した。「これを見て」映し出されたのは、彼自身の遺伝子データだった。それはクーランド博士の施設で見たものと似ていたが、いくつかの重要な違いがあった。「あなたは実験室で作られたのではないわ」ミーヴは説明した。「あなたは自然に生まれた子供。ただ、胎児の段階で遺伝子操作を施されただけ」クーフーリンは混乱した。「どういう意味ですか?」「クーランド博士はあなたに全てを話していないわ。コンコール計画は二種類の被験者を持っていた。完全な人工生命と、胎児期に操作された自然出生の子供」ミーヴはさらに詳しいデータを表示した。「完全な人工生命は制御しやすいけれど、『戦の歪み』のような複雑な能力は再現できない。一方、自然出生の子供は制御が難しいけれど、より高い可能性を秘めている」クーフーリンはデータを見つめた。「だから私の『戦の歪み』は完全には制御できない...それは私の人間の部分、感情の部分から来るから」「そうよ」ミーヴは言った。「そしてそれがあなたの強みでもある。あなたは単なる兵器ではない。あなたには選択する自由がある」クーフーリンの世界は揺らいだ。彼は単なる兵器ではなく、操作された人間だった。彼の中には、制御不能な人間性が残されていた。「では、私の両親は?」彼は震える声で尋ねた。ミーヴの表情が暗くなった。「残念ながら...彼らはもういないわ。計画の一部として、全ての記録は抹消されている」クーフーリンは沈黙した。失ったものに対する深い悲しみを感じたが、同時に、彼は今までずっと知らなかった真実に触れた安堵感も感じていた。「私があなたに会いたかったのは他にも理由があるわ」ミーヴは続けた。「あなたのようなコンコール計画の被験者たちは、危険な状態にある。遺伝子操作の副作用で、あなたたちの寿命は大幅に短縮されている」「短縮...?」「クーランド博士のやり方では、あなたの能力は寿命と引き換えになる。彼のプロトコルに従えば、『戦の歪み』を頻繁に使うほど、遺伝子の不安定化が進み、体が劣化していくわ。古代の神話のクーフーリンが17歳で死んだように」クーフーリンは驚愕した。「博士は...知っていたんですか?」「もちろんよ。でも彼にとってそれは『許容できるトレードオフ』なの。短期間でも超人的な兵士を作り出せれば、量産できると考えているわ。使い捨ての超人兵器として」クーフーリンは怒りと恐怖が入り混じった感情に襲われた。「私は...使い捨て?」「でも希望はあるわ」ミーヴは続けた。「私たちの研究では、遺伝子安定化プロトコルを開発している。『戦の歪み』の使用を制限し、特別な治療法を組み合わせれば、通常の寿命を得られる可能性が高いわ。あなたは運命に縛られる必要はないの」クーフーリンは長い間黙っていた。そして、決意を固めて言った。「私は選びます。私の人生は私のものです」


第五章: 反乱と解放


クーフーリンはアルスター社に戻らなかった。彼はミーヴと共に、コネヒトの活動に参加し始めた。彼の存在はすぐに知れ渡り、改造人間の権利運動の象徴となった。「私たちは新たな種族ではない」クーフーリンはコネヒトの集会で語った。「私たちは人間の可能性の延長線上にある存在だ。私たちにも選択する権利がある。私たちは兵器ではない」彼の言葉は、多くの改造人間の心に響いた。アルスター社や他の企業の研究施設から、次々と改造人間たちが脱走し、コネヒトに加わった。クーランド博士はこの事態に激怒した。「裏切り者め!」彼は怒りに震えながら、緊急会議を開いた。「クーフーリンを取り戻せ。彼は私たちの最重要資産だ。次世代モデルの開発前に、彼の遺伝子データが必要だ。必要ならば、力づくでも連れ戻せ」アルスター社は多数の保安部隊を動員し、コネヒトの拠点を攻撃し始めた。しかし、クーフーリンとミーヴは既に予測していた。彼らは拠点を次々と移動しながら、より多くの支持者を集めていった。


地球と宇宙コロニー間の政治情勢は複雑だった。遺伝子操作技術は人類を二分していた。一方では、病気の根絶、寿命の延長、能力の向上を約束する未来の鍵として称賛されていた。他方では、自然の摂理への冒涜、新たな階級制度の創出、そして最終的には「人間性」の喪失への道として恐れられていた。クーフーリンの反乱は、この対立に新たな次元をもたらした。彼は両方の世界に属していた—遺伝子操作された存在でありながら、人間としての尊厳と自由を求める象徴だった。メディアは彼を「新世代の英雄」「宇宙時代のロビンフッド」と呼んだ。アルスター社は彼を「危険なテロリスト」として描いた。クーフーリンは自分の名声に戸惑いを感じていた。彼は単に自分の運命を選びたかっただけだ。しかし、彼の選択は多くの人々の運命にも影響を与えていた。


戦いの中で、クーフーリンは時折「戦の歪み」の力を使わざるを得なかった。その度に、彼は一時的な衰弱を感じた。頭痛、筋肉の痙攣、時には短い意識喪失も経験した。「遺伝子の不安定化が始まっています」クーフーリンはある夜、ミーヴに診断結果を見せた。「予想より早いわ」ミーヴは心配そうに答えた。「でも私たちの治療プロトコルを始めれば、進行を止められるはず。問題は必要な装置がアルスター社の中央研究所にしかないこと…」クーフーリンは決意を固めた。「なら、取りに行くしかありませんね」

登場人物


セタンタ/クーフーリン 17歳の少年。ニューアルスターコロニーで育つ。古代アイルランド神話の英雄クーフーリンの遺伝子を組み込まれた「コンコール計画」の被験者。超人的な身体能力と「戦の歪み」と呼ばれる特殊能力を持つ。自分のアイデンティティと自由を求めて戦う。クーランド博士 ネオテクノロジー社の最高経営責任者。遺伝子工学の第一人者。「コンコール計画」の主導者であり、セタンタを次世代超人兵士開発の礎として利用しようとしている。冷徹で野心的な科学者。スキャタッハ教官 セタンタの訓練を担当する女性教官。厳格ながらも彼の才能を認め、時に保護者のような立場をとる。「コンコール計画」の内部事情を熟知している。ミーヴ コネヒト運動のリーダー。遺伝子操作された科学者であり、改造人間の権利のために戦う活動家。クーフーリンに彼の出自と真実を教え、彼を支援する。セタンタの遺伝子不安定化を治療するプロトコルの開発者。モリガン 物語の後半に登場する謎めいた三人組の女性。遺伝子操作技術の影の創始者と言われ、クーフーリンの運命に大きく関わる。古代神話では戦いと運命の女神。


世界設定


ニューアルスター宇宙コロニー 物語の主な舞台。企業が実質的な統治者となっており、遺伝子操作技術の研究が盛んに行われている。「コンコール計画」の本拠地でもある。ニューコノートステーション かつての鉱山施設から変わった小規模宇宙ステーション。反体制派の隠れ家となっており、コネヒト運動の拠点の一つ。コンコール計画 古代アイルランドの戦士、特にクーフーリンの遺伝子を基に超人兵士を作り出すためのプロジェクト。中心設備はアルスター社が管理している。コネヒト運動 遺伝子操作の無制限な使用に反対し、改造人間の権利を主張する組織。「遺伝子は運命ではない」をスローガンに掲げる。ゲイ・ボルグ クーフーリンに与えられた特殊武器。ナノマシンとAI制御システムが融合したバイオウェポンで、彼の遺伝子と同調するように設計されている。神話では、クーフーリンの必殺の槍の名前。


この物語は、古代神話を未来のSF設定に置き換えながら、遺伝子操作がもたらす倫理的問題、アイデンティティの探求、そして運命と選択の対比を探ります。神話の英雄クーフーリンの物語を下敷きにしながらも、現代的なテーマで再解釈した作品です。

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