表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

苦恋【最終話】

僕はとにかく泣いた。

周りには、所川さんの手術に立ち会った先生たちが

数人いたが、そんな目を気にせずに僕は泣いた。

ようやく泣き終わり、携帯でタクシーを呼び帰った。

僕のアパートからは、所川さんのぬくもりが

跡形もなく消え去り、冷たい風が吹き込んでいた。

ふと僕は部屋の壁に飾ってあったカレンダーを見た。

そして、計算してみた結果、今日が所川さんが先生に

余命宣告されてから、ちょうど半年後だった。

やはり、余命という壁は乗り越えられなかった。

僕は、ついさっきまで所川さんが使っていた

コップやアクセサリーをじっと見つめた。

また涙が瞳の奥深くから、流れて頬を滴った。


泣き疲れたのもあったのか、気づいたら寝ていた。

朝僕が目覚めたのは10時だった。

僕は焦った、なぜならいつも6時半に起きるからだ。

僕は慌てて携帯を手に取り、会社に電話した。

「もしもし、佐藤ですが。」

「あぁ、佐藤くんか。やっと電話に出てくれたね。」

電話の相手は部長だった。

「実はね、昨日あなた最愛の人を失ったじゃないか。だから今日、明日、明後日、明明後日、なんなら今週全部、もう休んでくれて全然いいからね。佐藤くんは休むことも知らずにずっと働いてくれていたからさ。こんなこともあって、余計精神病んでいるだろうし。気にしないで、ゆっくり休んでね。」

「いや、部長…」

「それじゃ。」

ガチャ…

僕が話す前に電話は切られてしまった。

部長は普段から優しい人だが、まさかこんなにも

優しい人だとは思ってもいなかった。

僕は部長の優しさを噛み締め、とりあえず今日と

明日までくらいは休むと決めた。

昨日、僕は最愛の所川さんと永遠の別れをした。

僕のせまいアパートが、また広く感じる。

僕はまた少し泣きながら、部屋を片付けはじめた。


まず手に取ったのは昨夜見つめていた所川さんの

コップ、そしてアクセサリーなどだった。

所川さんが私物を入れていた緑色の大きな箱に

所川さんの私物を入れ始めた。

これは、あのとき遊園地で買ったキーホルダー。

そしてこれは、あのとき撮った夜景の写真。

そしてこれは、あのときお揃いで買ったパーカー。

次々と、所川さんと一緒に出かけた先で買ったものが

出てきては、僕は瞳に涙を浮かべていた。

そして、そろそろ私物整理も終わりかけていたとき

一枚の写真が落ちていることに気がついた。

それは、この僕のアパートで同棲をすることになった

初日に撮ったツーショットだった。

所川さんの、なんとも言えない美しい笑顔。

写真越しに、その笑顔は輝いていた。


そして私物整理が終わり、僕はひと息つくために

コーヒーを飲んで、休んでいた。

コーヒーを飲みながら、改めて部屋を見つめてみた。

所川さんがいなくなった部屋は寂しい。

それに、虚しい、悔しい、恋しい、などと

いろいろな感情が部屋中にただよっていた。

僕はベッドに腰をおろし、思い出を振り返った。


まず、希望に満ち溢れていた同棲初日。

これから、いろいろな場所へ行こうと約束もした。

そして、初めて出かけたのはデパートだった。

「この服、お揃いにしませんか?」

と、笑顔で言ってきた所川さんを忘れられない。

そして、2人で見にいった夜景。

住んでいる街並みが一望できる美しい景色だった。

そこで撮った写真をもう一度思い浮かべてみた。

夜の街灯りより明るかった所川さんの笑顔。

僕も、生きてきた中で上位に幸せだった瞬間だった。

そして、たくさん乗り物に乗った遊園地。

帰りに、キーホルダーをお揃いで買ったりもした。

あとは、映画館で恋愛映画をたくさん見て

こういうカップルになりたいねとも話したりした。

あとは目的も決めず、電車に乗ったりして

たどり着いた見知らぬ地の風景を楽しんだりした。

山の近くまで行き、山を見上げて自然の空気を

胸いっぱい吸って、青空を見つめたりもした。

夜の波音だけが響き渡る海で初めてキスをした。

僕は頭の中に映し出された所川さんとの思い出を

全て出し切り、気がついたらまた泣いていた。


そんな思い出を振り返っていると、ふと思った。

ありがとう、と。

僕はあの事故から車椅子生活を送っている。

トイレやお風呂、ベッドに横たわるときなど

車椅子から立ち上がるとき、必ず所川さんは

僕に優しく綺麗な手を差し伸べてくれた。

嫌な顔ひとつせずに、むしろずっと優しい笑顔で

「はい、大丈夫ですからね。」と言いながら

手を差し伸べ続けてくれていた。

そう思うと改めて所川さんに感謝を伝えたくなった。

だが、日頃からお互い感謝の気持ちは言っていた。

「ありがとう」と言い合わない日はなかった。

僕は窓を明け、青空を見つめながら所川さんを思い

「本当に、ありがとうございました。」と言った。


そして、3日ほど会社を休んだ後

所川さんの葬儀などがあった。

本当のお別れもした。

僕は終始、ずっと泣いていた。

そして久しぶりに会社に出社した。

僕の隣の席、所川さんの席の机の上には

もうなにもなかった。

アパートにいてもそう、会社にいてもそうだった。

もう所川さんの存在はなくなってしまったのだ。

たまに「あ、所川さん」と隣に話してしまうことも

あるのだが、隣には誰もいないのがまた寂しい。

だが、悲しみと共に時はずっと流れていく。


僕は30歳になった。

事故にあったのが24歳、所川さんと出会ったのが

だいたい25歳だった。

そして僕が26歳の終わりくらいのときに所川さんは

夜空に輝く、星のひとつになってしまった。

所川さんと永遠の別れをしてから、約4年。

今こうして小説的に日記を書いて振り返っていた。

時の流れというものは本当に速いものである。

あと、つい最近、所川さんの命日だった。

しっかりお墓参りに行き、しっかり拝んでいる。

僕はもう彼女や恋人は作らないと決めている。

車椅子で下半身不自由なこの僕をここまで優しく

心の奥底から愛してくれた所川さんを

僕の永遠の彼女、というか大切な人にしたいからだ。


そろそろまた明日も仕事なので、ここらで

この日記を書き終わらせておこうと思っている。

やはり所川さんのいない部屋や会社は慣れない。

というか、絶対慣れないに決まっている。

そのくらい、僕の最愛の人であったからだ。

最後に僕から言っておきたいのが

【どんな出会いも、少なからず大切にしてほしい】

ということを、この日記を読んでいる人全てに

心から、僕が伝えたいことである。

僕は所川さんと出会えて本当に良かったと思う。

そのおかげで今も頑張って人生を歩めている。

人を変えるのは人、人が変わる理由も人。

だとあくまで僕は所川さんの出会いから思っている。

なので、どんな出会いもほんの少しだけでもいいから

大切にしてほしいと思っている。


さて、全て書きたいことは書けた。

明日も所川さんのいない会社へ行くとしよう。

きっと所川さんも空から出社してるはずだから。

読んでくれてありがとう。

この日記から、何か感じてくれたら僕は嬉しい。

それでは。


所川さん、本当に、本当にありがとうございました。



















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ