面白い話はどうですか?
「この国のことを教えてくれ」
皇帝に最初にされた質問はこれだった。
これを質問と言うのかは謎だが、皇帝からは悪い印象は受けなかった。
多くの帝国民と違って、中立的な人間族に見えた。
「なんともザックリとした質問ですね」
少し意地悪い返答をしてみたが、反応は無し。
私に対して何とも思っていないのだろう。
好かれても嫌われてもどちらでも良いが、無関心は少しイラつく。
皇帝は何を考えているのか分からないが、こちらの意地の悪い返答に反応を示さない。
少し待ってみても何の反応のない。
仕方ないので、こちらから歩み寄ってみる。
「では、面白い話でもしましょうか?」
「ああ、頼む」
反応が淡泊すぎて困る。
まだ人形に話しかける方が、楽しそうだ。
一息置いて、皇帝の目をまっすぐ見つめる。
「例えば私たち獣人族ですが、他種族同士で子供を授かった場合は、半々で産まれます。例えば犬人族と鳥人族が結婚して10体の子供を産んだ場合は、犬人族の子供が5体。鳥人族の子供が5体となります」
「子供の人数が奇数の場合はどうなる」
「他の家族でバランスをとります」
私の返答に皇帝は何とも言えない顔になる。
私には馬鹿にされているように見えた。
自分の事を天才だとは思わないが、馬鹿とは思ってない。
この人とは合わないと確信する。
「正確に言えば、世界がバランスをとっているって感じでしょうか」
今回向けられた顔は分かる。
頭のイカれた相手を見る顔だ。
私は心から思った。
こいつが嫌いだと。
「公国民管理課で調べれば分かりますよ。毎年、結婚・死亡と人口の変動があっても、各種族の合計数が一致しているんです」
「そうか」
素っ気ない返答に心から思う。
こいつ嫌い。
「それは絶対なのか?」
「絶対ですよ。面白いですよね?」
今度は返答がない。
考え込んでいるのかもしれない。
一応こっちは質問しているのだから、最低限返答はしてほしい。
「人間族と子供を作った場合はどうなるんだ?」
さっきの問いの返答は?と思ったが言葉を飲み込む。
人間が傲慢なのか、この皇帝様が傲慢なのか知らないがイラついているので今はどうでもいい。
「人間族との間に子供を授かった場合は、10人中7人が人間族として生まれてきます」
再度考え込む。
返答も相槌もなく。
私はまた思う。
こいつ嫌い。
「人間との間では、そもそも多くの子供を授かるのは難しいようです。現状獣人族と人間族の家族はごく稀なので、そこまで確かではありませんが……。人間族と獣人族がこのまま仲良くして、種族関係なく結婚することが増えれば、いずれ獣人族は滅んでしまうでしょうね」
「そうか」
皇帝様は会話というものを知らないのだろうかと疑いたくなる。
そして思う。
こいつ嫌い。
「他にはないのか?」
「…………先程までの話で何か感想や意見はないのですか?」
「そうだな」
その返答がどんな意味なのか分からない。
同意なのか、考えるための相槌なのか、本当に感想や意見がないのか。
表情や声色だけではこの皇帝の心や頭の中は読めない。
ああ、本当にこいつ嫌い。
「他には何かないのか?」
皇帝のあらゆることに不満を抱きつつも、努めて愛想笑いを続ける。
心の中では嫌いの感情が増していく。
それでも立場がある人からの問いなので、少し考える。
「公国と帝国では王族の意味が違っているって言うのは、面白い話になるでしょうか?」
「内容によるな」
「公国では一定の期間で、王族を務める種族が変わります。入れ替わりの時期に指名された種族は、現在の王族と婚姻を結び、その後生まれてた子供のうち、指名された種族の子供が王位を継ぎます」
「一つの種族だけが権力を持たないための工夫と言うわけか」
「対外的にはそうですね」
「対外的には?」
「私たちはそもそも自分たちの種族以外に仲間意識はありません。結婚して親族になれば別ですが、基本的にはありません。しかし、国として代表は必要ですからね。旗印となる者、王族が必要だった」
「王族である必要はなかったのではないか?」
「そうですね。始めは公国の者もそれは考えました。各種族の代表が集まり、都度議論をしていました。しかし帝国との戦争がはじまり、指揮を一本化するのが適切だと判断したそうです。それも最初は各代表の代表みたいな適当な感じだったらしいですが、帝国とのやり取りに疲れた者たちが押し付け合いを始めたそうです。それで順番に担当しようということになりましたが、それも代表の代表という立場だと逃げようとする者も多く、責任を持たせるために王族というどこから見ても分かる責任から逃れられない立場を作ったそうです」
「飛躍しているな」
「どの種族も自分の種族本位ですからね」
「それでも、ここまでの協力関係を築いている理由はなんだ?」
やっとまともに会話をし始めた気がする。
この話題がそんなに興味をそそる話だとは思えないが、人間族には何が刺さるか分からないものだ。
「敵ではないから。争う理由がないから。そして一番は、手を取り合う方が便利だから」
「利害関係の一致が理由だと?」
「端的に言えばそうですね。マイナスが少なく、プラスが多いなら手を取り合う。ただそれだけ。法律でも一応記載はありますが、要約すると出来るだけ手を取り合ってできるだけ仲良くしようって内容です」
「それだけで、このような国ができるのか?」
「個人では感情を優先しますが、種族間では合理的に考える種族ばかりですからね。例外は龍人族くらいですね」
「今もまだ龍がまだいるのか?」
「人間族の者は龍人族は絶滅したと思われているんですよね?でも、龍はまだいますよ。数は少ないですし、直接会話をした者はごく稀ですが。姿を見たことがある者は多いです」
「そうか」
また会話が終わってしまった。
表情は変わらないが、今回は視線が少し下を向いている。
これだけ理解できないのに、興味を見いだせない者は初めてかもしれない。
出来れば皇帝にも私に興味を示さないで欲しい。
無関心は嫌だけど。
しばらくの沈黙ののち、皇帝が口を開く。
「あなたは会ったことがあるのか?」
「あります。友人です」
「そうか」
表情が少し緩んだところを見るに、興味を引く内容だったのかもしれない。
それにしても、公国の事を教えてくれと言われても帝国の人が知らなそうなことはあまりない気がする。
彼らには技術力があり様々な物を作り出している。
でも、公国はありのままで生活している。
帝国の様に目新しい物を作ることはない。
法律も緩く、信仰と呼べるようなものもない。
神を信じていないわけではないが。
公国のこと以外なら、面白い話もあるにはある。
せっかくだし、話してみても面白いかもしれない。
「他にはそうですね……。あなた方人間族が私たちを悪魔だ、魔物だと言うようになった経緯をご存じですか?」
「?それは、宗教上ではないのか?」
「そうなのですが、最初に言い始めたのは宗教は関係なく、帝国の建国者様が理由かもしれないのです」
「そうか」
本当に返答では感情を推し量れない。
先程の話題は返答からして、やっぱり帝国でも知られていない話らしい。
私も寿命が長い龍人族の友人に聞くまで知らなかった。
公国の古い文献を漁っても出てこなかった昔話。
「帝国の初代皇帝陛下は異世界人だそうですよ」
楽しそうに話すと皇帝は何も言わず、黙って聞いている。
「初代皇帝陛下がこの世界に来た時代は、魔族と呼ばれる種族と、人間族と、獣人族が争っていたそうです。魔族は我らには毒となる瘴気と呼ばれるものをバラまいていたとか」
「我々の引き継いでいる建国の歴史とは少し違うな」
「でもこれは龍人族の友人が見た現実の話だそうです。現代では扱う者がいないと言われる魔法と言う技を使って勇者は呼び出されたそうです」
「どんどん歴史とかけ離れた、おとぎ話のようになっていくな」
「本当に、おとぎ話みたいですね。魔法なんて語り継がれてもいませんし、痕跡もありません。公国の文献でも、記述はありませんからね」
「帝国でも同じだな」
残念。
もしかしたら、帝国の文献には詳細な記載があるのではと少し期待していた。
友人曰く、生まれてからしばらくは寝ていたし引きこもっていたりで、魔法に関してはあまり知識がないらしい。
しばらくが何十年か何百年か知らないけれど、私たちからしたらかなり長い時間なんだろう。
そんな引きこもりの友人が外に出るようになったのは、勇者と呼ばれる少年に会ってかららしい。
ちなみに友人が少年と言っていたので私も少年と言っているが、友人の話を聞く限り勇者は青年だろうと推測している。
20代半ばの黒い髪に黒い瞳の青年。
その勇者の他にも黒い髪と黒い瞳の少年少女がいたらしい。
帝国を建国した際には、新しい名前を名乗り始めたらしいので以前の名前は分からない。
それこそ友人は聞いたことがあるらしいが、だいぶ前の記憶なので忘れたらしい。
面白い人間族だったと言っていたのに、少し薄情。
「まあ、その勇者が私たちの祖先を見て魔王の仲間と勘違いしたそうです。その誤解が解けないまま、勇者の仲間の1人で、初代大司教様が経典に書き記したのが始まりだったと言っていました」
「それは、なんと言えば良いのか……」
珍しく言い淀んでいる。
この男はきちんと人間族なのだと、再確認できた気分。
帝国の技術力で作った、動いて会話できる人形ではないかと少し疑い始めていた。
安堵する。
ほんの少しだけこいつの事が好きになったかもしれない。
「これは元引きこもり兼現引きこもりの友人が言っているだけなので、真偽のほどは分かりません。1つのありえたかもしれない過去くらいに思っておけば良いのかもしれませんね」
「この話は公国の者は皆知っているのか?」
「いえ、私たち家族と、傍付きの数名ですね。この話を事実とする証拠はありませんし、広めたところで、帝国との摩擦を生むだけですからね」
「あなたはこの話を聞いてどう思った?」
友人からこの話を聞かされた時にも同じことを聞かれた。
「どうも思わないです」
「なんとも思わないのか?」
「思わないです。だって本当の歴史かも分からない。仮に本当だとして、今まで死んでいった者たち、今を生きる者たちは誰も救われない。過去は学ぶこともあるけれど、誰も知らない方が良い過去もあります。まあ、それを今の王族の判断だけで秘匿することが正しいことかは分かりませんが。だからと言って、帝国の皆に名はして決議を取ることもできない。だからこれは一つのおとぎ話。ありえたかもしれない過去。ただそれだけです」
過去から学んでいかなければいけないことはたくさんあるのだろう。
でも、いずれ国民全員から罵られる結果となっても今、全員がこの話を知る必要はないだろう。
傷付き苦しんだ者たちが、抱える苦しみが終わった時で良い。
誰もが未来を見ていけるようになった時に、その時代を生きる者たちが悩み決めれば良い。
それだけの話だ。
皇帝の表情からは何を考えているか読み取れない。
そんな皇帝に私は心からの笑顔を贈る。
私の考えは伝えた。
後は皇帝が決める事。
どういう決断をしようと、私が口を出す事ではない。
「面白い話はこんなものでしょうか」
「あなたは変わっているな」
今までさんざん言われてきたので、慣れてはいるが初対面でハッキリ言われた。
これまでに会ってきたほぼ全員が同じ気持ちを味わってきただろうが、初対面では一応口を噤んでいた。
私は確信した。
私はこいつを100嫌いだと。
「私にばかり話をさせてずるいので、帝国の話もしてください」
「第4王女は帝国に興味があり、詳しいと聞いていたが」
「伝聞と暮らしている本人から聞く内容は違うと思います」
「自分の目で見てみたいとは思わないのか?」
「いずれは自分で確かめたいとは思いますが、今はまだそこまでではないですね」
「そうか」
いずれ私がおばさんになった時には、しがらみも少なくなって、帝国との関係も今より良くなっているはず。
自分の目で確認するのはその時で構わない。
「君は帝国をどう思う?」
「好きですよ」
「そうか」
ちょっと食い気味の返答になってしまった。
気分を害したかと少しヒヤッとしたが、嬉しそうに微笑んだように見えた。
一瞬過ぎてよく分からなかったけれど。
会場の明かりで少し逆光になっていたので、見えずらかったのもある。
「帝国は公国と違い4つの季節があると聞きました。季節の気温の変化なども利用して、様々な食べ物を作っていると聞きます。鳥人族と違い、空を飛べなかったのに、飛ぶための乗り物を作った。猿人族のような力は無くても、重たい荷物を運ぶための道具を作った。帝国では1つの種族しか住んでいなくても、マイナスを補う様々な工夫をしている。自分たちの最善の方法で前に進んでいこうとするところは素晴らしい事だと思います」
自分の気持ちを正直に伝えてみたが、皇帝の表情は変わらない。
ここまで来ると、あまり表情が変わらない人なのかもと思い始めた。
折角のイケメンだ。
優しい微笑みをすれば、大抵の女性なら選びたい放題だろうに。
今のままでも人気はあるだろうが、少し怖い人の印象を受けるので女性もアプローチしにくいだろう。
姉様たちの歴代彼氏を紹介してあげたい。
参考にすれば、大抵の女性は顔面の強さで言うことを聞かせられると学べるだろう。
自分の顔面の価値に気付いていないというのは、勿体ない気がする。
「そういえば、なぜ私に話しかけたのですか?」
「あなたも王女だろう」
「仲良くなっても今後あまり関りはないと思いますが」
またも表情が変わらない。
もう少し喜怒哀楽を出してほしい。
読み取る方からしたら、難易度が高すぎる。
「私はあなたに皇妃として一緒に来て欲しいと思っている」
「お断りいたします」
考えるよりも先に言葉を発していた。
表情を作ることも忘れて、ただ言葉を紡いでいた。
皇帝の表情が不敵に笑っているように見えた。
背筋を悪寒が走った。




