パーティで好きにしてもいいですか?
案の定、あの後説教タイムが始まった。
パーティが後に控えていたおかげか、願いが叶ったのか早めに終わった。
一旦部屋に戻ると、紅茶とケーキが用意されていた。
急いで席に着きたい気持ちを抑えて、慎重に机に向かう。
今、ヒールのせいで転けて怪我でもすればこの癒やしの時間が無くなる。
椅子に座るとコルセットの締め付けを思い出したけど、一口食べた所で辛さと疲れが吹き飛ぶような気がした。
二口目を頬張ったときに、丁度マーニが部屋に入ってきた。
「お戻りだったのですね」
「ついさっきね。甘いもの用意してくれてるなんてさすがね」
「会談で何かがあったのは聞いております。なぜか姫様が説教されているのも聞きましたので」
「なぜかの所は聞いてないの?」
「王族の皆様が不機嫌だったとは聞きました。王族の方は誰も詳しく話したがらないので、余程のことがあったのだと皆噂しております。そのため、城の雰囲気もよくありません」
「……パーティは最悪のものになりそうね」
「頑張ってくださいね」
そのための甘いものだと分かると、さっきまでの幸せな気分が失せる。
会談前にトランペットの音色を聞いて、良いことがありそうな1日だと思ったのに久しぶりに勘が外れたかも。
「早く召し上がらないと、パーティに遅れますよ」
「遅れても問題ないわよ。父様の機嫌を損ねたから家族だけで会うと、また説教されるもの」
「だからわざと遅れて行くのですか。パーティが最悪なものになりそうなら、機嫌が治らないのではないのですか?」
「パーティ前に軽く説教されるよりはマシでしょ?」
わざとらしくため息を吐かれても、聞こえてないふりをしてケーキを食べる。
コルセットのせいでお腹は苦しくても、気持ちは満たされる。
甘いものは正義だ。
たまに紅茶を挟みながら、ゆっくりとデザートタイムを楽しみ終えてからパーティ会場に向かう。
外はすでに真っ暗になっていて、風の音がよく聞こえる。
王城から少し離れたところにある大ホールからは、楽しそうな音楽が聞こえてくる。
しかし近づいても、いつものようにダンスをしている靴音や楽しそうな話し声が聞こえてこない。
「やっぱり行きたくない」
「我儘を言ってもこれだけは絶対参加です」
「体調を崩したことにしない?」
「今更無理ですね。それに、姫様がのんびりしていたせいで、何度か使いが呼びにこられていましたよ」
マーニから睨まれているのが、背中越しからも分かる。
監視しないと私が逃げ出す気でいるのがバレている。
外からでも分かる嫌な雰囲気の会場に着いたが、正面からではなく側面の扉からこっそり入る。
正面から入れば、入場の際に名前を呼ばれて注目される。
そんなの面倒臭いし、嫌。
会場に入るとやはり、会場の雰囲気は最悪だった。
会場の真ん中のダンススペースには誰もいない。
ダンススペースで左右に分かれて獣人族と人間族が立っていた。
お互いに交流をしている様子は全くない。
父様とハルイナ姉様とコアイル姉様と皇帝は話をしているようだが、それもお世辞にも雰囲気が良いとは言えない。
兄様たちは貴族たちの相手をしていて、甥っ子や姪っ子は同じ世代の子たちと楽しんでいる。
会場内を見回すと、コーミル姉様が1人で立っているのが見えたので近づく。
「あら、やっと来たのね」
「コーミル姉様、遅くなり申し訳ございません」
「本当に悪いと思っているのかしらね」
「少しは思っていますよ」
「少しだけなのね」
困ったようにコーミル姉様が笑う。
「コーミル姉様は皇帝陛下と話さなくていいの?」
「私は歳が離れ過ぎているから、今回は2人が優先で良いかなって」
「皇帝陛下はお気に召しませんでしたか?」
「そうね……。イケメンではあるんだけどね。こう、何だろう、いつものようにビビッとこなかったのよね」
と、言うことは皇帝陛下は姉の勘内ではクズではないようだ。
まあ、革命を成した英雄がクズであれば帝国も浮かばれない。
姉様と話していると1人の男性が、近づいてきた。
会談で会った、ラリスだった。
視界の端で姉様の表情が微妙に強張ったが、気にしないでおこう。
「アフィリア様。ご挨拶申し上げます」
「ラリス、パーティはどうですか?楽しめていますか?」
「残念ながら、礼儀作法が分からないのでどうしてよいのか」
「この雰囲気では他の人を真似ながらもできませんしね」
乾いた笑いで誤魔化すラリス。
ラリスと話し始めてから、人間族の方から視線を感じるが気づかないふり。
「ラリス。こちら私の姉で第1王女のコーミル・シャウツキットです」
手を使って姉様を示しながら紹介する。
「ご挨拶申しげます、ラリスと申します」
「最低限の礼儀作法はお持ちのようですね」
「会談後、仲間から叱責されました。時間がなかったので、最低限の礼儀作法だけ教えてもらいました」
事前に教えておくべきことを今さら。
ラリスを使った嫌がらせだったのかもしれない。
平民出身でも優秀だから、皇帝は彼を宰相の役職に就けここに連れてきた。
どれだけ優秀でも、平民出身ということが許せない人は多いのだろう。
最悪、破綻になっても良いとまで思われていた可能性は高い。
姉様が気づいていないことはないだろうから、今なお怒りが治らないのは軽んじられた事が許せないのだろう。
「では、ダンスも経験はありませんか?」
「え、あ、ダンスなんてまったく」
「では、私のことは信頼できますか?」
質問の意図が分からず困惑するラリス。
姉様は分かったようで、呆れたような顔をする。
「私はあなたが信頼するに足る者ですか?」
「アフィリア様は、素晴らしい方だと思います」
「ありがとう。では、一曲踊っていただけますか?」
「え、いや……」
「女性からのダンスの申し出を断るのは、女性に恥をかかせる行為ですよ」
「えっ、あ、あっ、はい」
断ろうとしていたラリスを逃さず追い込む。
手を差し出し、笑顔で手を取るように圧力をかける。
おずおずと不慣れな手で、私の手を取る。
その優しく触れてくれている手を引いて、会場の中央にまで出てくる。
手を離して向かい合う。
ラリスの緊張がよく分かる。
「私を信じてくださいね」
「は、はい」
緊張するラリスに微笑んで、半歩近づく。
ラリスの右手をとり、肩に手を置く。
「ラリスの左手は私の腰に置いてください」
無言で頷くライスが少し可愛く見えてきた。
そういえば、見た目から勝手に年下か、同い年くらいに思っていたがもしかして歳上の可能性もあるのではと今になって思う。
身長は高いヒールを履いている私より少し高い程度なので、185cm以上はあるかも。
平民出身のためか、細身ではあるが筋肉がしっかりついた体。
この至近距離で見ると、遠くから見ていた時より大人びて見える。
年齢を確認すべきか悩んでいると、丁度新しい曲が流れる。
「手足の力を抜いて、背筋を綺麗に保つことだけ考えて下さいね」
もはや首振り人形のように縦に振るだけのラリス。
顔が強張っていて、ちょっと怖い。
ゆっくりリードしながら躍り始める。
顔の強張りとは正反対に体の力は抜けていて、私のリードに素直に従ってくれる。
「目線は下げないでください。私を笑顔で見ていてくれますか?」
段々足元に下がっていた視線が上がり、私を捉えるが笑顔が怖い。
強張った顔で無理やり笑顔を作っているので、気持ち悪くもある。
「どういう経緯で、皇帝陛下と知り合ったのですか?」
緊張を解すために、話をしよと質問すると意外にも正解だったらしく、強張った顔が解れた。
「陛下とは戦場で出会いました」
「戦場でですか?」
「はい。陛下は皇族の家系の方でしたが、一番危険な最前線に送られました。陛下のお父様は前皇帝のお兄様でした。お父様は陛下が生まれる前に病気で亡くなってしまいました。なので、皇位は弟君が継いだので、次の皇位継承権の順位がかなり下になってしまって。戦争で不満が溜まる国民へ、皇族も身を削っているとのアピール。それと国民から人気があった陛下が戦場で命を落とすことがあればとの思惑から陛下は戦場に送られたらしいです。でも陛下はその状況で最善を尽くされて、戦場でも貴族・平民問わず話を聞いてくれていたんです。何の力も持たない平民である自分の声を聞いてくれた」
嬉しそうに話す彼の声。
表情には初めて自然な笑みがある。
「あの方だけが、現状を憂いて、周りの声を聞いて下さった。その声を聞いて陛下は行動してくださった。私たち国民のために命を賭けて下さった。だから、私たちは陛下についていくと決めたんです」
「素晴らしい方なのですね」
「それはもう!最高の方です!」
食い気味に返答されてしまった。
ここまで慕われるかたが、あの場でのラリスへの悪意を見逃すのだろうか。
何かしらの魂胆があって、見てみぬ振りをしたのかもしれないと、頭をよぎった。
そういうのに鈍感なのかも知れないけれど、今は何とも言えない。
曲が終わる。
半歩は離れてお辞儀をする。
ラリスも慌ててお辞儀をするが、手の位置が少し違う。
コーミル姉様の元へ戻ると、何故かラリスも付いて来た。
「コーミル姉様、どうでしたか?」
「さすがね。あんなに自然にリードできるなんて」
「体を動かすのは好きですからね。昔先生を泣かせるほど頑張った甲斐がありました」
「あの日々が報われたなら、先生も本望でしょ」
初めてダンスを習ったのは、8歳の時だった。
そのころは剣術・銃術・飛行術と体を動かすことが楽しくて仕方なかった。
ダンスは姉様たちも習っていた、公国一の講師として有名な方。
どんな動きも納得するまで追求して、疲れて倒れ込むまで続けた。
パートナーを伴っての練習でも、先生が連れてきてくれる相手役を悉く倒れるまで付き合わせた。
あの日々が報われたのだ。
鬼講師としてそしてどんな生徒でも完璧に仕上げると有名だったあの先生が、私の講師を降りたいと父様と母様に懇願していた。
初めての出来事に一時的に様々な憶測と共に、トンデモない噂が広まったのも今では良い思い出だ。
「あの」
楽しかった日々を思い出していると、ラリスに声をかけられた。
ダンス後付いてきていたことを思い出した。
「ダンスに誘ってくださり、ありがとうございました」
ああ、お礼を言うためについてきていたのか。
私が勝手にやった事なのに。
「私の方こそ、踊っていただきありがとうございます」
「人生初めてのダンスでしたが、とても楽しかったです」
「では、私とも踊ってくださる?」
まさかのコーミル姉様からのお誘い。
普段はイケメンのクズ以外にはあまり誘いをかけない、あの姉様が誘った。
表情や態度を見る限り、惚れた相手を誘っているようには見えない。
何かしらの考えがあるのだろうが、私には想像できない。
「自分でよろしければ……」
一度私と踊って緊張が解れたのか、ラリスは意外にも同意した。
2人は手を取り、中央に向かう。
それに後押しされるように、数組がダンススペースに集まる。
人間族から何人かは、獣人族に声をかけ始めている。
これで少しでも雰囲気が和らげばいいけれど。
外の空気を吸うために、気配を消してテラスに向かう。
相手は置いておいて、一曲踊ったので役割は果たしたはず。
手すりに寄りかかりながら、空を眺める。
夜空には眩いばかりの星が煌めいている。
扉が開く音がして視線を向けると、マーニが飲み物を持って立っていた。
「お酒?」
「姫様はお酒が弱いではありませんか。ジュースです」
「ありがとう」
ジュースを受け取って、一口飲む。
その一口が喉に染みる。
自分でも気づいていなかったが、緊張していたようだ。
「マーニも貴族なのだし、パーティ参加すればよかったのに」
「私はこのような場は苦手ですので」
「私には強制参加させるくせに」
「姫様は王族なので。それに私は貴族と言っても家督を継いでいるのは兄です。貴族としての勤めもさほど果たす必要のない立場なもので」
「いいなあ。私も上に5人もいて第4王女なのになぁ」
「王族と貴族では、立場や状況が違いますからね」
「理不尽」
マーニと楽しんでいると、またしても扉が開く音が聞こえた。
視線を送ると、皇帝が立っていた。
最悪。
姿勢を整え、軽く微笑む。
「休憩でしょうか。お一人がご希望でしたら、すぐに出て行きますが」
「いや、君と話したくて来た」
こっちには話はない。
王族として仲良くするメリットはあっても、個人的にはない。
でも、断るわけにはいかない。
皇帝がマーニに視線を送るが、マーニは気づかない振りをする。
武器を使わない近接戦闘においてマーニはそこら辺の騎士にも劣らない実力を持つ。
私の筆頭侍女でありながら、護衛も兼ねているためここを離れる気はないようだ。
動かないマーニを見て、皇帝は何も言わず私に視線を戻す。
「君はどう思っている?」
主語が大きすぎる問いに困惑する。
あえて主語を明確にしていないのだろうが、こういう問いは好きではない。
こういう問いは問題だから。
どう答えるのか。
最初に何を答えるかで、普段何を考えているか。
私という個体を認識・把握するための問い。
試されるのは好きだ。
自分で自分を知れることもできるから。
でも、探られるのは嫌いだ。
勝手に採点されて、勝手に決め付けられて、勝手に判断される。
「お話なら致しますが、それ以外は致しません」
「私は話をしに来たつもりだが」
「では、そのような見極めるための問いではなく、普通に質問してくれますか?」
しばらくの沈黙が続く。
風も止み、ただただ無音の時間が過ぎる。
「分かった」
仕方ないと言わんばかりの声色。
私がワガママを言ったと言わんばかりの態度に、腹が立つ。
そもそも私は皇帝の妃候補でもないのだから、最低限の交流で良いのに、仲良くしようと言ってあげてるのに。
怒りを抑え、何とか笑顔を保つ。
「それでは、どんな話をいたしますか?」




