会談を始めていいですか?
今日も侍女が来る前に、目が覚めた。
最近は楽しみがあって珍しく早起きだった。
でも、今日は起き上がる元気が出なくて、布団から出られなかった。
しかし扉をノックする音が聞こえたと思ったら、マーニがいつものように部屋に入ってきた。
それと同時に強制起床。
いつも通り軽々持ち運ばれる。
「今日はいつにも増して、寝起きが悪いですね」
「今日なんて来なければよかったのに……」
「まだパーティに参加したくないと駄々をこねるのですか?」
「パーティに参加するのはもうどうでもいいけど……」
「けど何ですか?」
あの日から続いた戦闘機との数分間の飛行時間が終わってしまうのが、淋しいなんて言えば怒られそうだ。
あんなに次の日が楽しみで、楽しい日は無かった。
父様からの説教もどうでもよくなる程、私にとって幸せな時間だった。
それが、今日で終わってしまう。
今日が終われば、彼らは帝国に帰ってしまう。
「お腹すいた」
マーニに大きなため息をつかれた。
多分、けどの続きが分かっているのだろう。
わざとらしく誤魔化したのに呆れてもいるのだろう。
それでも触れずにいてくれるらしい。
いつもなら父様の代わりに説教されそうだが、今日はお許しがでた。
「軽食を用意させていますが、しっかり食べる時間はありません。申し訳ありませんが、夜のパーティまではお食事を我慢してください」
「コルセットなんて物は無くなってしまえばいいのに!」
「普通の女性は綺麗に見えるために、頑張るんですよ」
「パーティの時だけ頑張っても無駄だろ!普段から努力しやがれ!」
呪詛を吐いても何かが変わる訳もなく、マーニはいつも通り手加減なくコルセットを絞める。
思いきり絞められ、ドレスを着せられた瞬間にサンドイッチが届いた。
「今ですか」
「今以外にいつ食べるのですか?」
「コルセット着用前とか?」
「そんな時に食べれば、着ける時にしんどいのは姫様ですよ」
何を言ってもマーニには勝てないので、渋々サンドイッチに手を伸ばして口に運ぶ。
一口目でしんどい。
それでも何とか一つは食べ終わる。
二つ目を口に運ぶ余裕はない。
「これは絶対拷問だ!」
「我儘ばかり言わないでください。髪型は希望ありますか?」
「もう全て好きにしてください」
「では、大人しくしていてください」
「はーい」
まるで赤子のように諭されたので、今日はもう言われた通り大人しくしよう。
できるだけ。
準備さえ終われば、どうせ否でも応でも笑って座っているだけになる。
髪型が決まれば次は化粧をされた。
その後はアクセサリーを付けられて、準備は完了。
これだけのことに数時間もかかるのだから、パーティ好き達の気持ちは分からない。
準備が整ったが、まだ会談までは時間があった。
「先に、向かっとくかな」
「早すぎませんか?」
「遅いよりは早過ぎる方がいいでしょ。最近は連日のお父様の機嫌が悪いし、少しはご機嫌取らないとね。少しはストレスをかけないように行動しないと」
「普段からその心がけをしてください。国王が不憫でなりません」
「姉様達にも言われたわ。でも、楽しいことは辞められないのだから、仕方ないわ」
「少しは反省なさってください」
「期間限定なのだから、少しくらい大目に見てほしいわね」
「現在の公国と帝国の関係を考えれば、皆が神経質になるのは仕方ないですね。姫様の行動が非常識すぎますよ」
「失礼ね」
部屋を出ると、ゆっくりと会場に向かう。
普段よりかなり高いヒールで、バランスを崩さないように慎重に歩く。
今日も公国の空は晴れ渡っている。
警備をする騎士達の緊張感が、遠くからでも伝わってきそう。
そんなに緊張する必要はない気がする。
この7日間、彼らは何もしてこなかった。
お祭りを楽しみながら、情報収集をする者はいたらしいが、それも王家に関係ない普通のことばかり。
情報収集というより、気になる疑問を聞いていただけのようだった。
彼らの中にも、私のように興味津々な物に突き進んで行く者がいるのだろう。
なんてことを考えながら歩いていると、綺麗な音色が聞こえてきた。
少し迷ったが、興味を抱いたのに無視できない。
音の鳴る方へ向かうと、音色がハッキリしてきた。
中庭の方まで行くと、そこには軍服を着た1人の小柄の女性が立っていた。
私が近づくと足音に気付いたのか、女性が振り返る。
後ろ姿は軍服のせいか大人ぽく見えたが、顔は私と同じくらいの年齢に見える。
「邪魔してしまいましたか?」
女性は睨むような表情で私を見る。
帝国の人は私たち獣人族を恨んでいる人が多いと聞くが、この女性も私たちを恨んでいるのかもしれない。
「お初にお目にかかります。私は公国王家第4王女、アフィリア・シャウツキットと申します。お邪魔してしまい申し訳ございません」
軽く頭を下げてその場を離れる。
これで最低限の王家としての品格とやらが守られたと思おう。
それにしても初めてトランペットの音を聞いた。
帝国で金属楽器と呼ばれるような楽器は、公国にはない。
公国にある楽器は、太鼓と笛とハープだけ。
トランペットの音を色々想像していた、ここまで強い響く音だと初めて知った。
最悪の1日になる気がしていたけど、良いこともあったしまあまあ良い日になるのかも知れない。
そんな小さな期待と共に会場に向かう。
「フィーア。珍しく早いな」
振り向くと正装を纏ったシンラウ兄様だけがいた。
「ランニン姉様は欠席ですか?」
「出産予定日が近いからな。見送ることになったんだ。子供達は夜のパーティから出席する予定だ」
「私もできれば夜のパーティから出席したいです」
「無理なのを分かっていて我儘を言うなよ」
「はーい」
政に関わっていないし、妃候補でもないので頑張れば調印式は欠席できたと今でも内心思ってる。
兄様になら本音を言っても怒られな気がするけど、一応聞き分けの良い妹を演じる。
今日くらいは本当にちゃんとしないと、父様の耳に入れば後でどんな罰が待ち受けているか分からない。
「今日は珍しく可愛い姿だな」
シンラウ兄様の後ろからカザナフ兄様と奥さんのメイズ姉様が歩いてくる。
結構早めに部屋を出た気でいたけど、ゆっくりな歩行と寄り道で意外に良い時間に来れたようだ。
でなければ、ここまで部屋の間近で兄様達に合うわけがない。
「今日は公国だけのパーティではないからって、侍女たちが結構張り切ってね。ビックリするほど可愛いでしょ?」
「ええ、とても可愛いわ。珍しくではなく、普段以上にね」
「普段のこいつの何が可愛いんだよ。黙って立ってれば可愛いかもしれねえが、歩いて話すと可愛げがねえよ」
「歩いて話しても可愛いわよ」
「お前の可愛いの基準が俺には分からん」
「カザナフ兄様。本音でも言葉を選んでください。カザナフ兄様に一ミリも可愛いと思ってほしいとは思っていませんが、一応ここ通路ですよ。今日は私でも言葉を選んでいるんですから」
「お前でもそんなことできるのか」
「普段は微塵もしないだけで、できないわけではないので」
得意げに言うと、カザナフ兄様が呆れたようにため息をつく。
「なら普段からもう少しやれよ。父様がどれだけ大変な思いをしてるか分かってるんだろ」
「それはそれ。これはこれですよ」
誇らしげに言う。
カザナフ兄様が頭を抱えたので、メイズ姉様と2人で顔を合わせて笑った。
「ほら、戯れてないでいくよ」
シンラウ兄様に促され、会場に向かう。
会場の扉を開けると、私たちが一番乗りだった。
その後、コーミル姉様、ハルイナ姉様、コアイル姉様が順番に部屋に到着した。
3人とも私を見て驚いた顔をする。
場所が場所だけに何も言わないが、自分達より早く私がいることに驚いている。
全員が席に着き静かに待っていると、父様と母様が入ってきた。
両親も私を見つけると、驚く。
日頃の行いの悪さは自覚しているが、失礼にも程がある。
自覚しているつもりだったが、もしかして自分が思っている以上に日頃の行いが悪いのかもしれない。
心の中で少しだけ反省しよう。
心の中でしっかり反省会が終わったところで、扉が開く。
正装した軍人10人ほどを引き連れて、黒を基調とした正装を着た男性が入ってきた。
隣で姉様達の色っぽいため息が聞こえたので、私の個人的な感想ではなくイケメンで間違いないようだ。
漆黒の髪に海を思わせる青い瞳。
鋭い眼光が威圧感を与えるのが普通だったらマイナスだが、皇帝の威厳が凄いと思えば今回はプラスかな。
「私はハーイス公国第52代公王のイワウスだ。このような場に、多くの騎士を連れて来るのはいかがなものかな」
「なんだとこのーーーー」
後ろに控える軍人の1人が刀に手を置き、叫んだ言葉を皇帝が手だけで制す。
このの言葉の後は、化け物か悪魔かその他か。
なんでも良いが侮蔑の言葉だろうな。
一年なんて短い時間で信仰や感情が和らぐことはないだろう。
後ろの軍人達の目を見れば、こちらに友好的なのは3人くらいかな。
皇帝に関しては表情からは読み取れない。
ポーカーフェイスというやつなのか、元々がそうゆう人なのか。
「私の部下が失礼した。数人を残して下げさせる」
皇帝が後ろに視線を送る。
数人が頷くと、5人のみ残して残りは部屋を出ていく。
護衛が3人と文官が2人かな。
友好的そうなのは、文官の内の1人だけ。
皇帝が席に着くと、護衛3人は均等に分かれて立ち、文官と予想した2人が座る。
「私はナイディーナ帝国第38代皇帝、ディオニシャス・ラ・ナイディーナ。この度はこちらの申し出を受け、このような場を設けて頂きありがとうございます」
「この場は我々の悲願でもあった。こちらかも礼を言おう。ありがとう」
皇帝と父様がお互いに頭を下げて礼を述べる。
その数秒後、1人の文官が素晴らしい笑顔で立ち上がる。
「ではでは、挨拶も終わりましたし、停戦協定の内容確認でもしますか」
この場にそぐわないほどの軽さで次に進めようとする。
幼く見える容姿は私より年下に見える。
茶色い髪に、黒い瞳も相待って彼を幼く見せているのかもしれない。
帝国の人たちは呆れているようだが、こちら側は驚いている。
私としては気が合いそうなので、パーティで話してみたい。
「ここは友好のための場だ。その態度はいかがなものかな」
「申し訳ありません。なにぶん平民出身なもので。未だに上の方たちの言葉遣いは分かりません」
言葉だけは反省しているようだが、態度がどうも反省しているように見えない。
悪気が無いのは分かるけど、礼節を重んじる父様には通じないだろうな。
横目で様子を確認すれば案の定、バカにされているように感じたであろう父様が怒り心頭寸前。
珍しく兄様や姉様からも少し怒っている気配がする。
「分かります。上品な言葉は難しいですよね。私も小さい頃から注意されて何年も掛けて習得しました。私は第4王女、アフィリア・シャウツキットと申します。お名前を伺っても?」
空気が悪くなってきたので、誰かが発言する前に発言する。
他の軍人たちのように、悪意や憎悪を持っての行動で無いのは私には分かる。
なら折角の平和協定を、こんな些細なことで不意にするのは勿体無い。
「私はラリスと言います。平民出のため家名はありません」
「平民出ながら、このような場での大役は大変でしょう。無理せず、いつも通り仕事をしてください」
「ありがとうございます」
家族からは少し冷たい視線を向けられる。
まあ、私が王家の者として彼の言動を許可したようなものだ。
後で絶対に説教だが、なんとなくラリスを気に入ったのだから仕方ない。
これでも見る目だけは誉められるのだから、勘だと言っても許してもらえると信じよう。
それからもラリスの言葉遣いに家族は苛立っているようだったが、そのまま会談は続けられ、無事に平和協定の調印は成った。
長い長い会談は、9割以上が理解できず途中から聞いてすらいなかった。
襲ってくる眠気のせいで居眠りをしないようにすることに全神経を集中していた。
長い会談中にずっと微笑んでいなければいけないのも疲れた。
作り慣れていない表情を続けたため、顔が痛い。
家族が立ち上がるのに合わせて急いで立ち上がった。
やっと合意に至ったのだ。
そして父様と皇帝が握手をしたことで、やっと終われると心の中で安堵した。
この後皇帝が出て行ったら、説教タイムが始まるだろうから、今から心の準備をしよう。
ああ、出来ることなら短く終わりますように。




