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なぜ俺はくそゲーに転生してしまったのか?  作者: 棚上げファクトリー
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理の壊れたこの世界で

(第一話 俺は寝ていた)

ある朝、目を開けると、

そこには見慣れた安アパートの木目の天井ではなく、

真っ青な空が広がっていた。


 上半身だけ身をおこし、周りを見渡す。どうやら俺は石で作られた台座のような物の上に寝ていたようだ。周りにはストーンヘッジのような謎の巨石たちが、俺の寝ていた台座の周りをとり囲むように円状にたっている。周りに人影はない。


「・・・夢だな。」

 そう思った。ただ目が覚める気配がしない。たまにあるんだ。こういう事が。

 夢の中で、なぜかゾンビとかに追いかけられている時に、夢だと気づいて、「俺!目を覚ませ!」と念じるんだけど、一向に目が覚めないあの悲壮感。いい夢の時は「まだ覚めないで~。」と思った瞬間に起きるくせに。今回もそれだなと思った。

 ただ、いつもの覚めない夢のように、何か自分に危機が迫っているわけでもないし、天気はいいし、風が運ぶ草木の匂いもするし、妙に静かだし、やけにリアルだし。


「夢・・・じゃない?そんなことあるのか?」

 寝ている芸人を、突拍子のない場所へ連れていくテレビの企画は何度も見ているが、俺はそもそも芸人ではない普通のサラリーマン。そんな一般人にドッキリ企画とかでこんな事をしたら、さすがに昨今のコンプライアンス的にアウトだろう。

 「いや、まて。あの動画配信サイトだったら・・・」と思いつくも、自身が動画配信しているわけでもないし、知ってる限り、周りにも配信者はいないから、ドッキリ企画に巻き込まれる事はないだろう。

あとは・・・、そうそう借金とかしてないし。そういったトラブルもない平凡な人生を送っていたから、怖い人達の嫌がらせで連れ去られて放置されている可能性も、たぶん、ないだろう。


「やっぱ夢だな。」

 とりあえずそう思う事にして、近くにあった小高い丘に登って周りを見渡してみる事にした。何かわかるかもしれない。

「気持ちいいな。」

 いい天気だ。風が心地よく頬をなでる。丘に登って周りを見渡してみたところ、所々に木々が生える草原が広がり、遠くに結構標高がありそうな山々が連ね、かなり先だが海が見えた。のどかな風景。丘を下った先に視線を落とすと、草の生えていない道らしきものがあるのが見えた。


「とりあえず、あの道っぽいところまでいってみるか。」

 なだらかな丘を下りつつ、「今日は会議があるから、早く目を覚まさないとヤバイのだが。」そんなことを考えながら歩きだした矢先。

ガサガサッ。草むらから何かがピョンっと飛び出してきた。


「・・・兎?」

フォルムは兎。

「いや、ちがう!」

兎から可愛らしさをマイナスして、凶暴さをプラスしたような顔つき。なにより気持ちの悪い紫色。俺はこいつを知っている。

「・・・ウサギガー?」

 そう。こいつは俺が「趣味」でやっていたゲームの中に出てくるウサギ型のモンスター「ウサギガー」にそっくりだ。全く愛を感じられない適当な名前が特徴的だが、何と言っても特技がやばい。かなり初期に出てくる雑魚敵なのに、通常攻撃の10%でプレイヤーキャラの首をはねる、つまり即死攻撃である「首はね」をつかう初見殺しモンスター。「ゲームを始めて町の近くで経験値稼ぎをしていたら首をはねられた」までがテンプレートと呼ばれるくらいのクソモンスター。

 こんなやつを序盤から雑魚敵として出したら、普通のゲームだったらメーカーに殺意を覚えるプレイヤーが続出したはずだが、元々このゲーム自体「そういうゲーム」として有名だったので、「ほほう。今回はそうきましたかw」と、そのクソっぷりを逆に楽しんでプレイしていたのが懐かしい。

 とにかく。今はそんな回想をしている場合ではない。実際、目の前にいるこいつからは殺意しか感じ取れない。とりあえず距離はまだ離れているが、もしあのウサギガーだったら、普通はここでいきなりゲームオーバーになる可能性が高い。

 っていうかゲームオーバーって何?

 死?

 そうこうしているうちに、じわじわと間合いを詰められる。いつ襲い掛かられてもおかしくない距離。


「とにかく逃げなくては・・・」そう思った瞬間、お腹のあたりに衝撃を受け、そのまま後ろに吹っ飛ばされ、1メートルくらい後ろで尻もちをつく。痛い!お腹とケツが、ものすごく痛い!

 いや夢だろ?いやいや、夢にしては痛すぎるだろ!?

 どうやらウサギガー(?)に体当たりを食らったらしい。まずい。まったく反応できなかった。

「・・・やられる?」

 ウサギガー(?)は俺の弱さを確信したのか、不敵な笑みを浮かべ、よだれを垂らしながら、ゆっくりと捕食者の顔つきで近づいてくる。

 

 俺にできる事は?

「もしこいつがあのウサギガーなら・・・。」一つだけ思いつく。

 でも効かなかったら?いや、他に方法がない。どうする?

 ・・・。

「もうどうにでもなれ!」

 覚悟を決めたのか、それとも諦めたのか、あとから振り返ってみてもよくわからないが、俺はウサギガー(?)が、目の前まで近づいてくるのを確認してから、両手を広げ、そしてその手を相手の前で思いっきり打ち付けた。所謂「ねこだまし」だ。

 その瞬間、ウサギガー(?)は一瞬ビクンと体を硬直させ、そして泡を吹いて昏倒し息を引き取った。

「・・・やっぱこいつウサギガーだったのか?」


 そう。凶悪なウサギガーだが、ゲームでは唯一弱点があった。それがスキル「ねこだまし」。このスキル「敵を驚かせ低確率で逃げ出させる」とスキル内容に記載されている主人公が最初から使える唯一のスキルなのだが、バグなのか設定ミスなのか、本来の効果は全く発揮しない。初期のころは何度使っても何もおきず、早々に死にスキルの代表と化していたのだが、その後の検証により、何故かこのウサギガーに使った時だけ「相手を逃げ出させる」のでなく、「100%即死させる」効果がある事が判明。初期のレベリングを簡易化させる人気スキルへと昇華したのだ。

 ごく一部のプレイヤーからは、序盤の難敵ウサギガー攻略のために「メーカーが故意に忍び込ませたスキルなのでは?」という好意的な声もあったが、大半のユーザーは「そんなこと、このメーカーがするわけない。」「ただのバグ。故意ならスキル効果の文章変えとけ!」と全否定していた。


 そんなわけで、無事初戦に勝った俺だが勝利の余韻に浸れずにいた。未だに引かないお腹とケツの痛みが、これが現実だという事を如実に物語っているからだ。

 そして俺は思った。

 これは所謂「転生モノ」なのではないかと。

 そして俺は思った。

 よりにもよって転生先が、なぜ「このくそゲー」なのかと。


(第2話 俺は悩んで、そして思いついた)

 見事ウサギガーらしきやつを倒した俺だが、その後、しばらくはその場でうずくまる事となった。お腹とケツの痛みは少しして引いたのだが、あんなモンスターがヒョコヒョコ現れてくるような場所を、サクサク探索する気にはなれなかったのだ。初戦の敵が、たまたま攻略法が確立しているウサギガーだったからよかったものを、これが普通の雑魚敵相手だったら、果たして勝てたのか?

 

 あらためて自分を見直す。見慣れない派手目の色の服を着ている。現実世界でこれを着ていいのは、そういうイベントくらいだろうと思われる。これはたぶん「布の服」。つまり最弱の初期装備防具だ。

 そして武器。

 ない。

 ゲームでは最初、町からスタートして、少額だが所持金を持っているので、それでナイフと木の盾を購入してから町を出るのが定石だった。というか、無装備では最弱の敵にも勝てないくらいの難易度だった。

 そんなことを思い出しながら、布の服のポケットを探ってみたものの、お金らしきものはない。唯一、先ほど倒したウサギガーがいつの間にか宝石のような石、ゲームでいう「魔石」に代わっていたので、一応拾っておいた物があるだけだ。これをギルドに届けるとお金がもらえるはずだが、この世界もそのシステムでいいんだよな?じゃないとどうしようもないんだけど・・・。


「っていうか、どうせ転生するなら、あのゲームがよかったのに!」つい声にでた。

 昨日からプレイし始めたあのゲーム。美女達とキャッキャしながら旅をしていくあのゲームなら、もう少し異世界を楽しんでみようという気にもなれるのだが。あのゲームと比べると、このゲームでは落差がありすぎてムカついてくる。本当に勘弁してほしい。


 そんなことを考えていたら、違う意味で頭が痛くなってきたので、そのまま留まっていたわけだ。ただ流石にこのまま、ここにいるわけにもいかない。正確な今の時間はわからないが、このゲームには夜がある。夜は昼より更に凶悪な敵が徘徊するはずだ。昼に無双できるようになっても、夜だと瞬殺されるクソバランス。つまり夜になるまでに安全な場所へ移動できなければ詰む。

 

 そんな中、ある事を思い出す。

「もしこれが、あのゲームそのままだったとしたら・・・。」

 ある意味、禁断の手ではあるが元々よくわからない状況だし、使える手は全て使っておいた方がいい。

元々このゲームは「製品版がベータ版」といわれるくらい、バグの多いゲームだった。先のウサギガーのようなプレイヤーが得をするようなバグもあったが、先に進めなくなるような大問題のバグも多数あった。そんなバグの中で一部のプレイヤーが利用していたバグ。

 通称「すり抜けエンディング」。

 このバグを使うと一切のストーリー攻略をせずエンディングを迎える事ができるという、有名なRTAプレイヤーが発見したバグだ。内容は確か、最初の町の近くの遺跡に・・・。

「あっ、さっき寝てた場所だ!」

 そうだ思い出した。俺が起きたあの場所。本来はストーリーを進めると、他の場所に転移できるワープポイントになるのだが、ワープ機能を開放する前の夜。正確には夕方から夜にグラフィックが変わる瞬間にある石に方向キーを入れ続けると、夜になった瞬間に石をすり抜け、バグった場所に飛ばされるのだ。その後、ある場所で座標指定してエンディングMAPに飛べば、そのままエンディングに突入できたはずだ。

 どのくらいこの世界が、ゲームを踏襲しているかはわからないし、エンディングを迎えたところで何が起こるかわからないが、転生モノでエンディングを迎えたら、現実世界に生還できる可能性は高い気がする。このくそゲーとリアルに関わるのは正直しんどい。どうせこのまま町を探しても、着く前に敵と出会って死ぬ可能性が高いんだから、だったらバグだろうと何だろうと、使った方がまだ生存率が高いだろう。


 そんなわけで一旦来た道を戻り、先ほどの遺跡まで帰ってきた。すり抜け可能な石は確か、円状の巨石の切れ目から入って台座の奥にある石。そう。これだ。

 時刻はだいぶ日が沈んできているので、もうすぐ夕方のはず。俺は一縷の望みを託し、この場で夜を待つことにした。一応遺跡の中で巨石に隠れながら周りを見張ってはいたが、この辺りには草むらや木々がないので、もし敵が接近して来てもわかりやすいのだけが救いだ。


 やがて辺りは沈みかけの日の光で赤く染まり、もうすぐ夜が訪れる事を示していた。

「っていうか、もしバグが使えなかったら詰んだな。」

 実はここで夜を待ち始めてから、少しした時点で思い出してはいたのだが、怖いから考えないようにしていた事がある。この場所、ゲームでは昼間は安全地帯となっているのだが、夜になるとなぜか大型のオーク達が集まり、知らずに夜にワープしてくるとボコボコにされるという罠みたいな場所なのだ。


「・・・今さら町へ行けないしな。」

 日は一刻と沈み、もうすぐ日が落ちる。俺は目当ての石に抱き着くようにしがみつき、事が起きるのを待った。

 そしてその瞬間。ロウソクの火がフッと消えるように、辺りを闇が支配した瞬間。俺が抱き着いていた石に、一瞬緑色の数字の羅列のような模様が浮き出たと思ったら床がなくなる感覚。俺は落ちた。

 現実世界で落とし穴というモノに落ちた事はないが、実際落ちたらこんな感じなのかもしれない。なんだかチカチカする幾何学模様であふれているだだっ広い空間を、俺は落ち続けている。落ちているという恐怖はあったが、ゲームで見ていたとおりの場所なので何だか安心した。

 とにかくオークの群れに囲まれる事はなくなったという安堵もあり、しばらくは上手くいったと喜んでいたのだが、さすがに、同じ状況のまま落ちて続けていると「これ無事に着地できるのか?」そんな不安がよぎってきた。

 時間だとどのくらいだろう?だいぶたった気もするが、たぶん1~2分くらいか。俺の不安は杞憂に終わった。。地面もあり、無事、着地する事はできた。頭から地面に突き刺さるという点だけ目をつぶればだが。


 頭が突き刺さっている地面は、ものすごく柔らかい素材だったので怪我をする事はなかった。突き刺さった頭を地面から引き抜いた俺は、記憶をたどりながら、エンディングへと向かうワープポイントを探し始める。

 足場の変な素材は、どうやら急に力をかけるとへこみ、逆にゆっくり力をかけるとへこまないようだ。なので、どうしてもゆっくり進む事になる。逸る気持ちはあるが、まともに歩けないのだからしょうがない。。


「確か色が違う扉がこの辺りに・・・」

 あった。あの扉だ。これでこのくそゲーともおさらばだ。期待に胸が躍りすぎて、軽くスキップなんかしたりしたもんだから、片足が床に埋まってみたりして。

 それでも俺は無事その扉の前に立つ。後は座標指定をしてワープするだけだ。扉のノブに手をかけると扉に「X・・・Y・・・」という文字が表示された。

「そうそう。ここで座標を指定すれば・・・。」

 ん?座標指定ってどうすんだ?ただこの問題はすぐに解決した。頭の中でエンディングMAPの座標を思い出すと、自動的に目の前の表示がその座標に変わった。

「よし!いける!」

 俺は扉を開け、そしてくぐった。


 その先に広がっていたのは真暗な空間。先ほど通った扉はもうない。一応、床のようなものはあるみたいだが、真暗すぎて迂闊に動けない。やがて無音だった空間に、無駄に壮大な音楽が流れだした。そうそう。このゲーム。「エンディングの曲だけはいい」って評判だったな。

 目の前の何もない空間にエンドロールが流れ出す。実際ゲームをクリアした時は「このご時世に、真っ黒な画面にエンドロールが流れるだけかよ!」って突っ込んだけど今は感慨深いな。

 当然スキップ機能などないエンドロールをただ眺め続けていると、やがてメーカーのロゴと一緒に表示される「END」の文字。

「さー、これで何か起きるだろ?ってか現実世界に戻してくれ!」

 しかし何も起きない。クリアしてもダメならどうしたらいいんだ!?

 暫くするとメーカーロゴと「END」の文字が消えた。

 そして表示された文字。

「れれ」

 一瞬何のことかわからなくなった。なんだ「れれ」って?

 そこで俺はまた思い出した。ってかこっちにきてから、ゲームをしていた記憶は思い出せるのに、肝心な事を断片的に忘れていて、後から思い出す事が多い気がする。とにかく、今はそんなことはどうでもいい。そうだ思いだした。

 このゲーム、普通にクリアするとこの後「勇者は願いを叶え、また旅立っていった」と表示されて本当にクリアとなるのだが、「すり抜けバグ」を利用してクリアすると、フラグがたっていないからバグるのか「れれ」という謎の文字が表示されて終わってしまうのだ。


「まじか・・・。」

 しばらく何も考えられない。


 っていうか俺はこの後どうしたらいいんだ?この真暗な空間でずっと過ごすのか?そんな恐怖が襲ってきた頃。表示された「れれ」という文字も消え、あたりは真暗になった。


 そして俺は、いつの間にか木目の天井を眺めていた。


「ここは!」

 一瞬現実世界への帰還を期待したが、それはすぐに期待外れだとわかった。

 そうだ。ここはそう。ゲームで最初に主人公が起きる宿屋。そのベッドの上だ。

 主人公は死ぬとなぜか、泊まっている宿屋に戻ってくるから、嫌でも見覚えがあるこの部屋を眺めつつ、せっかく思いついた作戦が見事に失敗した事実、この先どうしたらいいのかという不安、そんな思いがごちゃまぜとなって頭の中を駆け巡り、また思考が停止する。

「ながいたびがはじまる」

 ふと、そんな名言を思い出し、何だか泣けてきた。



(第3話 俺はこの先を考える)

 バグ利用エンディング作戦は見事に徒労におわったわけだが、一つだけよかった事がある。とりあえず町まで来れたことだ。あのまま歩いて町まで来ようとしたところで、途中の雑魚敵にボコボコにされる可能性が高かった。そうならなかっただけでも良しとしよう。

 さて、俺には一旦状況を整理する時間が必要だ。


①どうやら俺はあのゲームの中に転生(?)したらしい。

 転生というと元の俺は死んでる可能性が高いのだが、思い返してみても昨夜は普通に寝ただけで死んだ記憶はない。寝ている間に急な病気や、事故にあったとかじゃなければ死んではいないはずだ。

 ただ未だ眼が覚めない上に、周りの物を触った感覚や匂い、何よりウサギガーにやられた時の痛みを思い出すと、一旦これは現実に起きている事と受け止めざるを得ない。


②するべきこと。

 俺はここで生きていくために、まずしなければいけない事がある。早々に700G稼ぐことだ。具体的なのには訳がある。このゲーム、開始して1週間が経過すると、ここの宿屋の女将に宿代を催促されるという、なんとも地味なこのゲームらしいクソイベントが発生する。その請求額が700G。これで1週間分らしく毎週発生する。

 ただこれが厄介で、ゲーム中、事前にそんなイベントが起こるというアナウンスは一切されないから、初見だと、稼いだお金で装備品を購入してしまったりしていて残金が足りないところにイベントが発生。いきなり宿屋を追い出される事も往々にしてある。

 その場合、ステータス欄に「宿無し」と表示されるのだが、このゲームで死んだあとの復帰場所がなぜか宿屋だからか「宿無し」のまま死ぬと、ゲームオーバーと表示されタイトルに戻されてしまうのだ。ちなみにイベントフラグがたった時に、宿屋に立ち寄らなければイベントは発生しないが、その場合は強制的に宿無しになる。

 なぜ復帰場所が宿屋なのか?普通、教会や王様の前とかじゃないのか?なぜそんなところだけこだわっているのか?疑問だらけだが、そうなのだからしょうがない。

 今ゲーム内で何日経過しているかわからないが、昨日?の事を考慮すると、少なくとも1日以上は経過していると思う。残りの期間で700Gを稼がないと宿無しになる。

 ゲームオーバーは控えめに考えても、=(イコール)死だろう。この世界で敵にやられた時、ゲームのように宿屋で復帰できるかどうかはわからないから、試しに死んでみたりする予定はないが、少なくともゲームと同じなら、死んで復帰できる場所を確保しておかないのは大変マズイ。つまり宿代稼ぎが第一優先。この後、支払い日を女将に確認しなくては。


③その先の事

 昨日はバグ利用で表示されなかったが、普通にクリアすればエンディングの最後に「勇者は願いを叶え、また旅立っていった」と表示されるのは間違いない。文面そのままで受け取れば、クリアすれば現実に戻れる可能性は高いと思う。っていうか、今はそれしか宛がない。途中で、このくそゲーを脱出できる他の方法が見つかれば、そっちに方向転換すればいいだけの話。現時点ではゲームクリアを目標にしておこう。ゲームのフローチャートは覚えているから、それを頼りに最短クリアを目指すしかない。


 その上で「サブクエストは全て無視」これは決定事項だ。このゲームのサブクエストは、水増し目的以外の意図が感じられない。記憶に残るような感動的な話もなく楽しいギミックもない。無駄に広いだけの洞窟を歩かされた挙句、見つけた宝箱からはわずかなお金しか手に入らず、目的を果たして戻ってくるだけのような、どうしようもない、うっすいお使いものばかりだ。

 さらに怖いのがバグ。あるクエストに至っては、受注した瞬間にフリーズする。このフリーズが怖い。もしフリーズしたら、たぶんこの世界では時間が止まるようなものだから、つまりこれも、=(イコール)死に近い。


 つまりサブクエストを受けるのはデメリットでしかないのでメインストーリーだけ攻略すればいい。最初に向かうべき場所は町の北にある遺跡だ。あそこでワープポイントを復活させれば、昨日のワープポイントから次の町へ移動できる。よし。方向性は決まった。後はやるだけだ。


 やる事が決まった途端にお腹が空いている事に気づいたが、あいにくお金はない。という事で、まずは冒険者ギルドへ行ってメンバー登録してウサギガーの魔石を買ってもらおう。その後は飯を食ってウサギガー道場だ!

 そう思い立ち、とりあえず部屋を出て1階に降りる。この宿屋は2階に宿泊できる部屋が数部屋あり、1階は食事ができる場所になっている。

「ずいぶんお寝坊だね~」宿の女将から素敵な朝の挨拶を承る。俺は会釈だけして早々に宿屋を出た。どうやらお昼前といったところか。


 この町の冒険者ギルドは宿屋の裏手にあるので、すぐに着いた。入って中央奥にある受付に並び、まずはギルドへ登録してもらう事に。登録しないと魔石の買取をしてもらえないのだ。

 登録時にゲームでは語られなかった試験があったりしないか少し不安だったが、ゲームと同様に名前を聞かれ、変な水晶玉に手をかざしたくらいで即登録された。その後、ギルドの利用方法を教えられたが、元々魔石の買取くらいしか利用しないつもりなので適当に聞き流した。ただ、あの変な水晶玉。あれで何がわかるのだろう?何も説明がなかっただけに、ちょっと気持ち悪い。

 

 無事登録がおわり冒険者証をもらえたので、その足で受付の横にある買取カウンターに向かう。ウサギガーの魔石を出すと、ちょっと驚かれつつ、すぐに買い取ってもらえた。ウサギガーの魔石 1個50G。ゴブリンの魔石が1個10Gらしいので、割と高く売れた。


「これはラッキーかも。」

 攻略法さえ知っていればウサギガーは最弱のモンスター。ゴブリンの方がよっぽど怖い。そのゴブリンの魔石の方が安いという事は、つまり・・・。

「この世界ではまだウサギガーの攻略法が出回っていない」という事だ。

 ウサギガーの攻略法は「ねこだまし」をするだけ。なので冒険者であれば誰にでも出来る。1度でも他の冒険者に見られてしまえば、すぐにマネされて狩りができなくなるかもしれないが、ウサギガーが「恐怖のモンスター」のままであれば、ウサギガーの狩場には他の冒険者はあまり立ち寄らないだろう。うまく立ち回って攻略法を広めずに狩りをすれば、ウサギガー狩りだけで700G稼げるかもしれない。


 とりあえず目途がたったので、その足で宿屋に戻り1階にある飯場で昼セットを注文する。もらったお金を早々に使ってしまうのは、なんだか子供みたいだが、腹が減っては元気もでないし、元気があれば何とかなるのだ。

 パンと肉と野菜が入ったスープがセットで5G。こっちの世界に来て初めての食事。腹が減っていたのもあるのだがこれが旨い。しっかり煮込まれたトマト煮っぽい味。少しだけしょっぱい味付けもパンをつけて食べると調度いい。

 あっという間に平らげた後、皿を片付けに来た女将に、それとなく次の宿代の支払日を聞いたら6日後の朝までとの事。本格的に狩りにいけるのは5日間。なので1日あたり140G。食事代や装備品購入の事を考えると200Gくらいほしいから、ウサギガーの魔石を一日4つ以上集めるのがノルマか。


 宿屋を出て町の出口へ向かう。途中武器屋に寄って、手持ち45Gの内30Gをつかって木の盾だけ購入した。お金を持っていても死んだら意味がない。モンスターから攻撃をされた時に避ける事しか手段がないのは精神的に少々辛い。最弱の木の盾でも防御手段があるというのは何となく安心できる。あと、この盾は腕に装着できるタイプだから、必殺の「ねこだまし」の時に邪魔にならないのもいい。

 どうせ当面倒すのはウサギガーだけで、他の敵とは戦う予定はないから武器はいらない。何となくそれっぽい理由をつけて、自分を納得させ武器屋を後にしたが、もう手持ちGではナイフすら買えないのが現実だ。無い物はしょうがない。

 俺は半ば強引に自分を納得させつつ町を出た。さあ稼ぐぞ!


(第4話 俺は称号を与えられた)

 最初、この世界に来たときは戸惑ったが、考えてみればゲームで散々プレイしていたわけで、ある程度攻略法はわかっている。ウサギガーの時のように、この知識が活かせれば何とかなるに違いない!そう無理やり自分を鼓舞しつつ、ウサギガーの生息地に向かう。

 ゲームで散々お世話になったその場所は、町から出て西に向かった草原の先、岩場の近くだ。他にもウサギガーの生息地はあるのだが、そのエリアまでに他の雑魚敵に遭遇する確率が一番低いのがこのルート。ただこのルートも絶対に他のモンスターと会わないわけではないので気はつかう。

 もし敵に出会ったら即逃げるつもりだ。なにせ武器がない。たまに後ろを振り返ったり、周りを見渡してみたりしたが、他の冒険者も見かけない。

 しばらくすると遠くにゴブリン達を数匹見つけたので、体勢を低くしつつ、気づかれないよう走り抜ける。どうやら気づかれずにすんだみたいだ。まさにリアル鬼ごっこ。緊張感が半端ない。


 今回ウサギガーを狩って、魔石を入手するのが第一の目的ではあるが、それと同じくらい重要なのがレベル上げだ。このゲームはある種バランスが崩壊していて、レベルが低い内は1戦闘で死にかけるくらい難易度が高いのだが、レベルさえ上げてしまえば急に無双状態になる。

 原因は主人公の成長速度。たぶん設定ミスっぽい。レベルアップによるステータスの成長スピードがすごすぎるので、もし強敵が現れてつまずいたとしても「レベルを上げて物理で殴る」が最適解として浸透している。

 逆に魔法は不遇で、見た目は派手なのだが詠唱に時間がかかり、なおかつ威力もそこそこ。結局魔法を使うくらいなら、レベルアップによってダメージが飛躍的に上がっていく物理攻撃の方が、手っ取り早くて楽なのだ。


 移動中、異世界転生モノにありがちな事を色々試してみる。まず自分のレベル確認方法。これは「ステータスオープン」と唱えると目の前に半透明のウィンドウが現れ、そこに表示される事がわかった。現在、当然レベル1。ゲームの頃から次のレベルアップまでに必要な経験値が表示されずわからないので、とにかく敵を倒してちゃんとレベルアップしていくか、ちょこちょこ確認していくしかない。

 その下に力や知性、敏捷などのステータスがならんでいるが、どうやらゲームの主人公と同じ値のようだ。ちなみにこのウィンドウは「もう表示しなくていいですよ」的な感じに念じると消えた。

 

 後はアイテムボックス。使える事がわかった時は歓喜した。異世界転生といえばアイテムボックス。せっかくなら一度使ってみたかった。

 「アイテムボックスオープン」と唱えると、半透明のウィンドウが現れ、そこに「入れる」「出す」と表示されるので、ここは声に出さずにどちらかを念じると、入れるモードか出すモードに切り替わる。入れるモードの時に入れたいアイテムを手で触って「入れ」と念じれば入る。

 出すモードの時は、入っている物がウィンドウに表示されるので、出したいものを念じるだけで手のあたりから現れる。これは便利だ。すげーな異世界!

 

 あと便利といえばこの体。現実世界では、長年のデスクワークのせいで、主に目・肩・腰に重大な爆弾を抱えていて毎日どこかが痛かったり、だるかったりする日々だった。

 その点この体は、どこも痛くないし、だるくもない。軽く走ってみても息切れ一つしない。すごいぞ!主人公ボディ!!

 ちなみに顔もゲームの主人公の顔になっていた。最初、宿屋のガラスにほんのり映っている自分の顔を見た時は幽霊的な何かかと思い焦ったが、見慣れたゲームの主人公の顔なので自分の顔だと何となく納得した。

 この主人公の顔、メーカー公式では「感情移入しやすいよう、あえて平凡な顔にした」と書かれていたが、プレイヤーからは「モブキャラですか?」やら「誰得?」やら「冒険者ギルドの受付の方が主人公っぽい」やら、とにかく不評だった。

 実際その顔になっては見たものの、良くもなく悪くもない地味な顔なので、特に感慨もなく意外とすんなり受け入れる事ができた気がする。

 そうこうしているうちにウサギガーの生息地に到着。後は一体一体「ねこだまし」で倒していけばいい。辺りを見回してみたところ・・・いた。大木の根本に一体。さっそく見つからないよう遠回りをしつつ、なるべく慎重に後ろから近づくが、途中でウサギガーが気づき襲い掛かってくる。

 その瞬間に「ねこだまし」。崩れ去るウサギガー。残る魔石。

 魔石をアイテムボックスに入れてから次を探す。ゲームの知識で行動パターンは大体把握しているので慣れさえすれば簡単だ。


 その後も順調にウサギガー達を見つける事ができ、5体倒したところでレベル2へ。元の数値から飛躍的に上がるステータス。やっぱりゲームそのままだ。順調順調。

 とりあえず次のエリアに進む前にウサギガーを狩れるだけ狩って、できるだけレベルを上げておくつもりだ。出来れば次のエリアの雑魚も余裕で倒せるレベル10まで上げたい。実際ゲームでも、この辺りである程度多めにレベルを上げるのが定番だ。多少時間はかかるが、その方が後々楽なのだ。今回は自分の生死も掛かっているので妥協はできない。

 そう決めた頃には、辺りが夕日でオレンジ色に染まっていた。夜になる前にそろそろ町へ帰ろう。


 帰り道、雑魚敵に見つからないように慎重に進む。一応レベル2なので武器さえ持っていれば、この辺りを周回しているゴブリンくらいなら倒せるはずだが、武器は持っていないしゴブリン狩りは危険なのでしない。

 というのもこのゲーム。たしか100体に1体くらいのペースで、通常個体が変異したネームドモンスターが、普通に魔物の群れに紛れている事があるのだ。ネームドモンスターは元の個体と比べて劇的に強いので、普通にゴブリンを狩っていたら、いつの間にか瞬殺されていたなんて事はあるあるだ。

 一応外見が少し大きかったり色が違ったりするので、見た目でわかるから、基本的に見かけたら逃げればいいのだが、群れている事の多いゴブリンだと見落とす可能性が高いので危険なのだ。

 ネームドが発生するモンスターは決まっていて、ウサギガーはネームドが発生しない。首切りの事を考えると、攻撃を受ける前に先制しなければいけないリスクはあるが、ネームド発生の不安なく狩れる事も人気の理由だ。


 帰り道はゴブリン達にもあわず無事町に帰還。さっそく冒険者ギルドに立ち寄りウサギガーの魔石5個を渡す。「こんなに倒されたんですか!?」と驚く職員。一般的には危険なモンスターという認識のようなので、命知らずな冒険者とでも思われたのだろうか?250Gをゲット。

 午後だけでノルマを上回る成果に大満足だ。昼間、飯場のメニューを見た時に気になっていた麦酒たぶんビールでも飲んでみるか!


 意気揚々と宿へと戻り、飯場で肉の串焼きと麦酒を注文。こっちにきて初めての麦酒はキンキンとまではいかないながら冷えており、一日の疲れと相まって卒倒しそうなほど美味しかった。串焼きともよく合う。後は豆と根菜を煮たやつを食べて、狩り初日の晩餐はしめやかに終わった。それにしてもこの店は当たりかも。どの料理も相当旨い。


 翌日以降は飯場で朝食を食べ、昼ごはんをテイクアウトし、早々に同じ狩場へ。夕方まで狩りをして、帰りにギルドに寄って換金し、夜ご飯という名の晩酌をして床につく。こんな生活を5日間繰りかえした。

 結果、目標の宿代700Gは余裕で稼ぎ、ロングソードと革製の鎧も購入できた。これでゲーム的にはここら辺で最強装備。レベルも5に上がりステータスは飛躍的にあがったが、まだまだネームドを倒せるレベルではないので、これからもウサギガー道場にお世話になるつもりだ。


 冒険者ギルドではウサギガーの魔石ばかりを大量に持ち込む俺を、最初はすごい新人が現れたといった雰囲気で迎えてくれていたように思うのだが、3日目には「なぜこいつはウサギガーばかり?」という、奇異の目で見られるようになった。

 一部のギルド職員からは陰で「うさぎの人」という称号を拝命いただいているのも知っている。でも構わない。俺は俺のやり方で早くこのくそゲーから脱出するんだ。

 そんなわけで本日1週間分の宿代を払い、朝食を食べ、また狩りに行く。狩るのはもちろんウサギガーだ。何が悪い!?


(第5話 俺は油断していた)

 来る日も来る日もウサギガー道場。レベルも順調に上がっているし、所持金にもかなり余裕ができた。今のところ、まだウサギガーの攻略情報が出回っている様子はないが、ちょこちょこ探りをいれてくる冒険者もいるので、あまり悠長にもしていられない。

「そろそろ北の遺跡でワープポイントを解放するイベントをこなしてもいいかも。」

 そんなことを考えながら一匹のウサギガーを追う。最近レベルが8に上がってから、たまにウサギガーが俺を見て逃げ出すようになってきた。これはゲームでも同じで、レベル差があればあるほど敵が逃げやすくなっているようだ。

 俺を見た瞬間に逃げ出したので、それを追う。「ねこだまし」をするには、ある程度近くないと効果がない。ウサギガーの逃げ足は速いが、レベル8の俺はそれよりもちょっと速い。徐々にウサギガーとの距離を縮めていったが、ウサギガーはその先の岩肌にできた小さな洞窟に飛び込んでいった。

 一瞬どうするか迷ったが、覗いたかぎりそんなに大きな洞窟ではなく、入ってすぐ先が行き止まりになっているようなので、そのままウサギガーを追って洞窟に突入する事にした。

 ウサギガーは行き止まりで右往左往している。俺は近づいてから会心の「ねこだまし」。ウサギガーが魔石に変わる。


「よし。戻るか」

 魔石を回収し洞窟の入り口へ戻ろうとした時、入口に人影が見えた。

「・・・!?」

 俺は慌てて近くにあった岩で身を隠しながら入口を伺う。もしかして同業者?まさかウサギガーの狩り方を見られた?一瞬そんな不安が頭をよぎったが、事態はもっと最悪だった。

 そこに立っていたのはゴブリン。ただしゴブリンにしては巨体で全身にペンキをぶっかけられたかのような青色。

「・・・やばい。」

 そいつがゴブリンのネームド「ブルーゴブリン」であることはすぐに分かった。この辺りの昼間では最強クラスのモンスター。

 このゲームはネームドモンスターを倒したところで、レアアイテムがドロップするような事はなく、ただ魔石がもらえるだけ。一応ネームドの魔石は高額で買い取ってもらえるとはいえ、討伐難易度に見合っているとは言えず、ゲームでは極力無視していたのだが。なぜ今回、こんな場所で出会ってしまったのか?

 あわよくば気づかずに、そのまま外に出て行ってくれないかと息を殺しながら見守っていたが、どうやら俺の存在は、何となく気づかれているようだ。ニヤニヤしたり奇声を発したりしながら、こちらの方に歩いてくる。


「・・・やるしかないのか?」

 普通この辺りのネームドを狩れるのは、目標としているレベル10くらいから。ただ動画配信サイトで見たブルーゴブリンの低レベル攻略では、確かレベル7で攻略していたはず。今の自分のレベルより1レベル低い。つまり1レベルのステータス上昇値を考えれば「勝てないわけではない」という事。ただ、その時のプレイヤーの神業的な動きを、実際、今の自分ができるかどうかは別問題。なぜなら俺はこっちの世界にきてから「ねこだまし」しかしていないのだ。ロングソードを腰から下げてはいるが、たまに試しに振り回しただけで、実戦で使った事はない。


「どうする!?」

 結局、この問いは無駄に終わった。ブルーゴブリンがとうとう俺を見つけて突進してきたからだ。もうやるしかない。かろうじて剣をぬき、それっぽく構える。

 ブルーゴブリンは突進の勢いのまま、手に持っているこん棒で殴りかかってきたのを、何とか後ろに飛び退ってよける。

「・・・落ち着け。俺!大丈夫。敵の動きは読める。」

 あの攻略動画のようにはいかないが、主人公ボディの性能のおかげで、何となくそれっぽい動きは出来る。

「ななめ攻撃から兜割り・・・」

 予想通りブルーゴブリンはこん棒を真上に掲げてから、俺の頭めがけて振り下ろしてきた。

「このタイミングで」

 俺はこん棒を横によけながら剣をふるう。俺のロングソードがブルーゴブリンの脇腹を切り裂く。レベルアップで動体視力も上がっているのか、何とか敵の攻撃に対応できそうだ。

「・・・いけるぞ!」

 もともとブルーゴブリンは攻撃特化型なので攻撃力は半端ない。ただHPや防御力は通常ゴブリンよりは高いが、他のネームドと比べるとそれほど高くない。つまり一撃もらってしまうと即床ペロするくらいダメージを受けるが、ある程度の攻撃力を確保できれば、こちらのダメージは通るというわけだ。

 これが防御特化のネームドモンスターだと、レベルが足りない時点でダメージがそもそも通らないので、勝てないという事態になっていた。まだ希望は残っていそうだ。

 あとは相手の攻撃を回避し続けて反撃していければ勝てる。もちろん何の情報もなしに攻撃を回避し続ける事は難しい。そこで攻略情報だ。有志達による攻撃パターンの解析が進んでいたので、そのパターンさえ覚えておけば勝率を各段に上げる事ができる。

「初回攻撃を受けた後は「咆哮」のあとに「横殴り」・・・」必死にパターンを思い出す。

 ブルーゴブリンは格下だと思っていた相手の不意の反撃に激怒し咆哮をあげた。これでブルーゴブリンの攻撃力が更に上がってしまったはずだ。

 そして予想通りの横殴り。

「これを盾で受けて袈裟切りを・・・」

 攻撃は読めていた。

 主人公ボディの性能で敵の攻撃に左手の盾を合わす事もできた。

 ただゲームと違ったのは、単純に俺に戦闘技術がない事。

 こん棒が盾にあたった瞬間、そのまま衝撃を殺せず、身体ごとふっとばされ、洞窟の横壁にたたきつけられた。

 全身を襲う激しい痛み。口の中が切れたのか、血の味がする。革の鎧のお陰で上半身のダメージは軽減できたが、攻撃を盾で受け止めた左腕の感覚がない。

 かろうじて右手に握りしめていたロングソードを敵に突きつけその後の追撃を防いだが、明らかにまずい。こいつが攻撃特化だとわかっていたが。・・・ここまでとは。


「盾で防いだのに大ダメージってどんだけだよ。」

 俺は完全に油断していた自分を後悔した。ウサギガーを追ってそのまま洞窟に入った事も、ゲームの知識だけに頼って自身の実力を過信していた事も。しょせん戦闘経験のないねこだまし野郎なのに。もっと慎重にできたはずなのに。

 そんな俺を見て勝利を確信したブルーゴブリンは、雄たけびを上げると、とどめを刺すべくこん棒を振り上げ、そして振り下ろした。


 だめだ。足がうまく動かない。躱せない。やられる。こんな最後か。死んだら宿屋で復活できるのか?それともゲームオーバー?

 そんなことが一瞬で頭をよぎった最中、ブルーゴブリンのこん棒が俺の体を貫通した。


 貫通?

 いや。

 ・・・素通りした!?

 何故か砕け散る俺の1メートルくらい左にある岩。何が起こったかわからず、きょとんとしているブルーゴブリン。


「・・・知っている。俺は知っているぞ。このバグ!」

 元々当たり判定が適当なゲームだったが、ある一定の確率でその当たり判定が更にずれる事象。通称「ファイナルタイム」

 発生条件はわかっていないが、この事象が発生すると、避けたはずの攻撃が被弾したり、ありもしない方向に攻撃したら敵にダメージが入るといったカオスな状況となるため、よく動画配信でネタにされていた。

 ・・・つまり。

「ここだ!」

 ブルーゴブリンから右へ1メートルくらいの何もない空間にロングソードを突き刺すと、確かな手ごたえとともにブルーゴブリンの胸元から吹き出る血しぶき。

 何が何だかわからないブルーゴブリンは、再度俺に向かってこん棒を振り下ろす。

 だが当たらない。

 ファイナルタイムはいつ始まるかわからないが、いつ終わるかもわからない。この勝機は逃さない。俺は無我夢中で何もない空間を突き続けた。

 ブルーゴブリンによって振り下ろされる「視覚的には直撃をくらうであろう」こん棒が、ものすごい圧を伴って俺の身体を通過する。そんな物騒な物が、いつ当たるようになるかわからないのに「避けてはいけない」という恐怖で、半ばバーサーカーのようになりながら。何度も何度も突き続けた。

「うああああああああうああ!」

 言葉にならない奇声をあげていないと正気が保てない。

 気が付けば、血だらけで立ち尽くしていたブルーゴブリンが、静かに倒れ、やがて魔石となった。

 勝った。

 俺は勝った。

 ふと気が抜けると立っていられず、その場に倒れ込むように横になる。いつまたモンスターがリポップするかわからないこの場所で、いつまでもこうしているわけにはいかない事はわかりつつも、しばらく起き上がれそうにない。

 横になっていると、忘れていた全身の痛みがぶり返してくる。左手は動かそうとすると激痛が走り動かない。ただ、この痛みがまだ生きていると実感させてくれているような気がした。

「助かった。・・・まじで死ぬと思った。」

 大きく息をすって吐き出す。

「さあ、立て。俺。せっかく助かった命だ。」

 ここで寝ていてモンスターに襲われたら元も子もない。

 もうあんなのはごめんだ。

 帰ろう。早く町へ帰ろう。

 俺は気合をいれて何とか立ち上がり、動かせない左手を庇いながら町へと向かって歩き出した。途中でモンスターに襲われたら、まず助からなかったと思うが、誰にも遭遇せずに町までたどり着く事ができた。今日は運がいいのか?悪いのか?


 町に着く頃、身体の痛みは左腕以外少し治まっていたが、帰還できた安堵感からかどっと疲れた。眠い。左腕は痛いけど物凄く眠い。

 最後の力を振り絞って宿屋に戻り、いつもより長く感じる階段を登り自室へたどり着くと、もう立っていられない。そのままベッドに突っ伏して寝た。


(第6話 俺は出会いそして逃げた)

 ゲームをプレイしている時「なんで宿屋に泊まっただけでHPが完全回復するんだよ!?」と思った事はなかったが、今日、俺はそう思った。

 昨日ブルーゴブリンに襲われ大怪我をしつつ宿屋まで何とか帰った後、そのまま寝てしまったわけだが、翌朝目が覚めると、昨日の事が夢だったんじゃないかと思うくらい身体の痛みがない。激痛が走って動かせなかった左手も、まるで何事もなかったかのように普通に動く。まさに完全回復をしていて逆に焦った。

「どうなってんだ?この身体?」

 昨日あれだけの事が起こった恐怖で、若干精神崩壊しかけていた俺は、

「もうモンスターなんて見たくもない!村人Aとして一生ここで過ごす!」

 帰り道にそんなことばかり考えていたのだが、今朝起きたら気持ち的にもすっきりしていて「また今日も一日がんばるぞ!」なんて思ってる。

「そういえば宿屋に泊まると状態異常も治ってたな・・・。」

 なんというか気味が悪い。俺の身体が俺のじゃない感じというか。主人公キャラの身体なんで俺のじゃないんだが。


 自分の理解を越えた回復力に軽く引いていると鳴るお腹。そういえば昨晩は何も食べてない。元気すぎる俺の身体に困惑しつつ1階へ降りる。

 昨晩の飯抜きを挽回するために、本日のスペシャルメニューの中から選んだ大盛の料理を食べながら、「ステータスオープン。」

ぼそっとつぶやくと表示されるステータスウィンドウ。

「やっぱり。」

 レベルが9に上がっている。ネームドモンスターは強い分、経験値は多いのだ。そうだ。魔石も換金しないと。たしかブルーゴブリンの魔石はそれなりの金額で買ってもらえたはずだ。この後の予定はギルドに行く事に決まった。

 それにしても今日も旨いな。ここの料理。量が多いと言われたのでラーメンのような料理を選んだのだが、これが大正解。大盛のガッツリ太麺と濃厚スープの上に、煮た肉の塊と野菜とニンニク(?)が、これでもかってくらいのっていて最高に旨い。お陰でお腹パンパン。昼ごはんはいらないかもしれない。


 重たいお腹をさすりながらギルドに向かい、ウサギガーとブルーゴブリンの魔石を換金してもらったのだが、ちょっとした騒ぎになった。

 いつも通りウサギガーの魔石を渡した時は、ギルド職員も「まただよ」という感じで受け取っていたが、ブルーゴブリンの魔石を渡すと急に無言になり、その後一度裏に行き戻ってくると興奮したように、「これ!ブルーゴブリンの魔石ですか!?」と確認してきた。どうやらブルーゴブリンの魔石をもってきた冒険者が、ここ数年間いなかったらしい。

 金額は正式な鑑定の上で渡してもらえるとの事で預かり証を渡された。鑑定は明日には終わると言われた。

 それにしてもギルドは、モンスターの魔石を買い取って何に使っているのだろう?モンスターごとに魔石の色や形に違いはあるようだが、それが換金額にどう影響しているかがわからない。ゲームでは、そのあたりが一切明かされないので疑問に思った。

 あと魔石はどうせ換金にしか利用できないのだから「そのままお金を落としてくれれば、わざわざ換金する手間が省けるのに。」と思った。

 

 とにかく、今日はウサギガーの分だけお金を受け取ってギルドを出ようとしたのが、気になる掲示物に目がとまり足を止めた。サブクエストは一切受けないつもりだったので、今まで掲示板はスルーしていたのだが、よく見ると掲示板にはクエストの依頼書と一緒に色々な案内も貼り出されていた。

 その中にあった一枚の貼り紙。


「(初級)剣術講習開催!ギルドに入りたての皆様。剣術がちょっと苦手なあなた。そのまま外に出て大丈夫ですか?モンスターにやられて死ぬ前に是非受講ください。 受講料50G」


 後半の謳い文句がやや直球すぎる気もするが、昨日嫌ってほど自分に実戦スキルがない事を痛感していたので、正直このままではウサギガー以外のモンスターを狩るのは辛いなと思っていた。(初級)とあるので、それなりに基礎から教えてもらえるのだろう。これは助かる。まさに渡りに船。

 直ぐに受付に並び直し講習を受けたい旨を伝えたのだが、ギルド職員は笑いながら、

「ご冗談を。ウサギガー、ましてやブルーゴブリンを倒せる人が今さら(初級)を受けるんですか?」と言ってまともに取り合ってくれない。

 確かに結果だけ見たら、そういう反応になるんだろうが、まさか「バグを使って倒しているだけなんですよ。」なんて正直には言えない。色々考えた挙句「各地の剣術を学んでみたいと思ってるですよ。」とそれっぽい理由を伝えると、やや不審がられながらも受け付けてはもらえた。講習は明日あるらしい。


「さて、この後どうするか?」

 そういえば、こっちに来てから資金集めやら何やらで、この町をゆっくり見て回ったりしていなかった。宿屋とギルドと武器屋にしか行ってない。

 身体は元気だが今日は一日町でゆっくりしよう。それくらいしても罰はあたらないだろう。

 そう決めはしたが、次の行先は武器屋だ。今朝、確認したら木の盾が見事に壊れていた。まずは、これを何とかしなくては。その後色々見て回ろう。


 武器屋に入ると、いつものおやじが満面の笑みで声をかけてきた。

「よう!ルーキー。今日は何用だ?」

 ここ数日で木の盾・ロングソード・皮の鎧と立て続けに買っていったやつが来たのだ。初回に来た時とは打って変わって愛想がいい。

 壊れた木の盾をみせ、直せないか聞いてみたが、

「これはもう駄目だな。ヒビも入っているし留め具も壊れてる。」

 若干食い気味で返答してきたので、ちゃんと見て判断したのかあやしい。そんな事を俺が考えているとはつゆ知らず、おやじはゴソゴソと奥から何やら取り出してきた。

「実は最近、色々あって流れてきた品なんだが・・・。」

 持ってきた物を覆っている布を、若干貯め気味にめくる。

「木の盾壊すようなやつは、こっちの方がいいんじゃねーか?」

 カウンターの上に置かれていたものは重厚感のある立派な盾だった。

「ま~、多少値は張るがな。」

 これは鉄の盾?ゲームでは、この店では取り扱っていない、大分先の町で売っているような装備だ。

ゲームとの微妙な変化に戸惑ったが、木の盾より大きく、前の盾と同じように腕につけられるタイプ。実際腕につけてみるとずっしりしていて、木の盾とは明らかに違う安心感があった。

「気に入ったようだな。1500Gでいいぞ。」

 1500Gか・・・。この辺りだとかなりいい値段だ。ウサギガー狩りでゆとりはあるので払えなくはないのだが、払ってしまうと今後のために貯めておいたお金から少し切り崩すことになる。

 でもそっか。ブルーゴブリンの魔石があった。あれが明日、換金できるから何とかなるかもな。

「ちなみにそいつは現品限りだ。売れたら次いつ入るかわからん。」

 おやじが追撃してくる。くそ、やり手だな。

 結局俺はおやじに1500Gを払い、そのまま鉄の盾を装備して武器屋を出た。

「壊れた木の盾はこっちで処分しておくよ。サービスでいいよ。」と言っていたが、なんだか後で普通に直してこっそり売ってそうな気がしてならない。


 武器屋から出ると時間はちょうど昼時。ただ朝の大盛ラーメンのお陰で全然お腹が空いていない。今日は夕食を早めにすれば間に合いそうだ。

 先ほど結構な出費をしてしまったので豪遊するわけにはいかないが、それでも資金はあるので今後必要になる物をこのタイミングで揃えておこうと決め、とりあえず町をぶらぶら歩いてみる事にした。

 

 武器屋は町の入り口周辺にある。このエリアには他に宿屋やギルド、薬草を扱っているような冒険者御用達といった店が並んでいる。

「そうだ。今後野営しなくてはいけなくなるはずだから、そのあたりの道具を見てみよう。」

 探してみると、それっぽいお店はすぐに見つかった。中には冒険者風の人だけではなく、普通の恰好をした人も多い。交通機関が限られているので、商人のような一般の人にも需要があるのだろうか。

 野営といえばテントと寝袋。地面に直だと寒いので、それを防ぐための敷物。それと着火用の石。薪は道中で拾っておいたのでいらない。

 調理用に鍋やナイフ、あと皿とコップ。雨が降るかわからないがフード付きの外套も買っておこう。結構かさばってしまいそうだが俺にはアイテムボックスがあるから、その点は気にせず目ぼしい物を選んでいく。現実世界でキャンプをした事はないがキャンプ動画は好きでよく見ていたので、その知識が役にたった。

「あとはアレがほしいんだけど・・・」

 今後の攻略で必須となるコンパスを探してみた。

「あった。」

 よかった。これを忘れると後で大変な事になるから、取返しがつかなくなる前に買っておきたかったのだ。

 お店の人に使い方などを聞きながら必要な物は一通り購入する事ができた。かなり散財したが必要経費だ。全てアイテムボックスにしまう。

 お店の主人は、俺がアイテムボックス持ちである事を、しきりに羨ましがっていた。どうやらこっちの世界の住人が、もれなくアイテムボックスを使えるというわけではないらしい。むしろレアスキル扱いのようだ。何となく誇らしげな気持ちになりつつ店を後にする。買物も終わったから後はゆっくり探索だ。


 冒険者のお店エリアから中心部に向かって少し歩くと、町の台所的な商店街。人通りがあり活気がある。見た事も聞いた事のない野菜や肉が売られていて、見ているだけで楽しい。

 その先の居住区らしいエリアでは子供たちが走り回って遊んでいる。その近くでお母さん方と思われる女性たちが井戸端会議中。

「どこも一緒だな。」

 居住区エリアを通りすぎると道が二手に分かれている。たしか、まっすぐいけば公園があり、左に曲がれば魔術書屋なんかがあるエリアに行ける。

 当然まっすぐ進む。せっかく、この変な世界に来たのだから、魔法の一つくらいは使ってみたいという気持ちはなくもないが、魔法を習得するためには書物と杖を買わねばならず、これがどちらも高額なのだ。そこまでしてあの威力なら用はない。

 

 ゆったりとした坂道を登っていくと公園についた。園内は整備されていて花々が植えられ、木のベンチが点々と設置されている。ここだけ見たら現実世界にあっても違和感のない公園だ。

 ただ、ここが異世界で間違いないと主張してくるかのように、あり得ないくらい大きいな木が、公園の中央に生えている。この木がとにかくでかい。ゲームで見た時もでかかったが、実際に主人公目線で見ると更にでかく感じる。

 巨木の根本付近に石碑を見つけた。

「大昔に大きな災害があったが、この木のお陰でこの町は守られた。」

 確かそんな内容が書かれていたはずだ。

「そうそう。忘れてた。」

 ここでやろうと思っていた事があったのを思い出し、公園の中に設置されていた案内板を確認する。ここの公園には湧き水のスポットがあり名水と評判らしい。ゲームでは特にそんなエピソードはなかったはずだが、宿屋の女将との会話の中で事前に聞いていた内容だ。どうやら湧き水は公園の西側の端にあるようだ。


「この先か。」

 少し歩くと看板が立てられた場所があり、そのすぐそばの岩肌に設置された石の筒から水が滾々と湧き出ていた。

「これだな。」

 買ったばかりのコップをアイテムボックスから取り出し洗う。洗ったコップでまずは一杯。

「うまい」

 ほどよい冷たさで、のど越しがよく口当たりがいい。

「よし。はじめますか!」

 周りを見渡し、誰もいない事を確認してから作戦を実行にうつす。

「アイテムボックスオープン」

 入れると念じながら手をすくうような形にして湧き水をうけると、手は濡れず水はどんどんアイテムボックスに入っていく。容器などいれなくてもアイテムボックスへ直接水を入れる事ができるし、水を直接いれても他のアイテムがびしょ濡れになったりしない事は事前に試していた。

 これまでは宿屋に併設されている井戸からもらっていたのだが、くみ上げるのに結構時間がかかるのと、意外と人通りが多く、見つかったら何となく水泥棒と思われそうな気がして、大量に貯めておく事ができなった。ここなら人に見られる事なく貯める事ができる。

「助かるな~。」

 そんな事を考えながら水を汲みつづけ、しばらくは補充しなくていい量を貯水できたところで作戦終了。


 今度こそやりたい事が全て終わったので、もう少し公園を散歩してみる事にした。先ほどの石碑の前まで戻り、あらためて巨大な木を下から見上げる。青々とした葉が生えそろい、木のてっぺんまではよく見えない。所々で鳥たちが休憩していた。

 しばらく見上げていたが、上を見すぎて首が痛くなってきそうだったので、木の周りを歩いてみる事にした。一周するだけで2~3分はかかるかもしれない。


 ちょうど石碑の反対側くらいに差し掛かったところで、石でできた祭壇のようなものを見つけた。そしてその前に膝をつき、祈りをささげている女性が一人。

 木漏れ日を受け、たまにキラキラと光る金髪を後ろでまとめ、緑色の刺繍の入った白いローブを身に着けている。傍らには魔法使いが使う杖が置かれていた。

「綺麗な子だな。」

 そう思った時、唐突に思い出した。そうだ。あの子はヒロインだ。ここで彼女を見ていると、その視線に気づかれるイベントが発生し、その後色々あって一緒に旅する事になるのだが・・・。

「まずい!なんでこんな大事な事を俺は忘れていたんだ!?」

 俺はすぐに今来た道を逆に歩き出した。気づかれないよう、ごく自然な感じに。


 このイベントを機に仲間になるあのヒロインは、プレイヤーたちからは「クラッシャー」という物騒なあだ名で呼ばれていた。見た目が綺麗でちょっと天然という設定なのだが、一緒に旅する各地で、ま~やらかしてくれる。

 天然故に彼女が完全に悪いという事は少ないのだが、盗賊団にさらわれてみたり、町の偉い人に水をかけて難題を吹っ掛けられたり、人を助けるためとはいえ町のシンボルの石像を壊してみたり、挙句の果てに彼女の行動が起因して牢屋にまで入れ、そこを爆破して出てくるというイベントすらある。

「なぜ開発者は、これほどまでの不幸を彼女に押し付けたのか?」

 そんな声があがるほど不憫なヒロインだ。


 戦闘でも役に立たない。彼女のステータスは魔法に特化しており、元々魔法が弱い世界なのでお荷物になりがちだし、ランダムで急に逃げ出すこともある。特定のボス戦でそれをやられるとフリーズするというバグまであるので「仲間にしてもボス戦には出すな」が基本運用だ。

 

 あと重要な点。これは他のどの仲間にも言える事だが、レベルアップ時のステータスの上昇値が主人公と違い「普通」なのだ。たぶんこっちが正しい上昇値なのだろうと憶測する人も多い。そのため当然仲間たちには、このゲームの基本攻略である「レベルを上げて物理で殴る」が適用されない。

 レベルが上がれば上がるほど、主人公と仲間たちのステータス差が開きまくり、ぶっちゃけゲームクリアに仲間達は必要なく、むしろ面倒な強制イベントに巻き込まれるくらいなら、仲間加入イベントは全て無視して主人公一人で進めた方が早くクリアできるのだ。


 メーカー公式サイトには「仲間との絆で勝利を勝ち取れ!」みたいな謳い文句があるのに、イベントを発生させないと誰も仲間にならず、仲間にしたところでお荷物というゲームもどうかと思うが。

 とどめに、このヒロインとの間にはラストで衝撃の展開が待ち構えている。もう、こうなると負の数え役満だ。ぜったいに関わらないほうがいい。


「よかった~。思い出して。」

 ヒロインに気づかれる前に視認できる範囲から離れる事ができ、ホッと胸をなでおろす。危機を免れた俺は逃げるように宿に戻った。彼女がこの町に来ている事がわかった今、無闇に町はぶらつけない。彼女がいつまでこの町にいるかわからないが、出来るだけ早めに次の町に行った方がいい。そう考えると明日剣術講習を受けたら、明後日からレベル上げを再開しつつ、すぐにメインストーリー攻略を進めないとだな。

 宿屋のベッドの上で、そんな事を考えていたらもう夕方だ。結局お腹も全然空かないし、今日はもうこのまま寝てしまおう。そう思い目をつぶる。

「明日の剣術講習。がんばろう・・・。」

 俺はこの時、ある一つの重大な可能性について失念していたのだが、それがわかったのは翌日になってからだった。


(第7話 俺は講習をうけた)

 翌日は前日の反省から軽めの朝食をとってからギルドに向かい、少しドキドキしながら昨日もらった預かり証を買取担当に見せた。

「お待ちしておりました!」

今日の買取担当の子はやけに元気だな。預かり証を渡すと一旦裏にいき、戻ってきた。

「こちらになります!」

 渡された袋はずいぶん重い。中身を数えてみると2000Gある!予想していたよりいい値がついた。

「またお待ちしております!」

 最後まで元気な担当に見送られながらギルドを出る。剣術講習は、ギルドの裏手にある練習場で行われるみたいなので、そちらに向かうと、開始までまだ時間はあるが、教官だと思われる「THE歴戦の戦士」といった風貌の男が、練習で使うであろう備品を運んでいた。

 練習場の端に設置してあるベンチでは、他の参加者っぽい数名がおしゃべりをしている。みんな装備品をみる限り初心者の冒険者だろうか?自己紹介なんか始めちゃったりして、このあとパーティを一緒に組もうかみたいな話までしていて、何だかキャッキャキャッキャしていた。

 俺はその中には当然混ざらず、ただひたすら開始を待つ。

「別にうらやましくなんかない。」

「別にうらやましくなんかない。」

 そう念じていると教官から集まるように声がかけられた。まずは教官の挨拶。ジークという名らしい。講習の大まかな流れは、まず剣の持ち方から振り方といった基礎。その後、木をサンドバックのような形に整えた的への打ち込み。最後に実践をふまえた教官との模擬戦闘で終わりという内容のようだ。

 そうそう。こういうのを習いたかったのだ。各自、教官の横に置いてある籠の中から練習用の模造刀を受け取り、教官の前に横一列になって並ぶ。

「それでは剣の持ち方からだが・・・」

 教官が講習をはじめた直後。

「すいませーーん!道に迷って遅刻しました~~!」

 練習場の入り口に現れた女性。

「・・・!?」一瞬目を疑った。

 入口からこちらに駆けてくるあの子。服装こそ白いローブではなく動きやすそうな軽装だが、間違いなく昨日見た「あの」ヒロインだ。

 おいおい。きみは魔法使いだろう?なぜ剣術講習にくるんだ?

「遅いぞ!始まったばかりだから列に並べ!」

「はーーーい。」

 そういうと模造刀を受け取り列の端に並ぶ。

「じゃあ!あらためて剣の持ち方からだが・・・」

 正直頭が混乱して話が入ってこないのだが、一旦ヒロインの事は忘れて講習に集中する事にする。

「集中しろ!集中しろ!俺!

 大丈夫!今のところフラグはたっていない!」

 そう自分に言い聞かせる。

 続いて剣の振り方を教官が実演し、その後、同じ動きを各自まねしていく。

「ちがう!そうじゃない!こうだ!」

 教官は各自の前を歩きながら講習生に指導していく。やがて俺の番になった。

「おー。いいぞ。お前は中々筋が良さそうだ。」

 講習生の中で、唯一ほめられる俺。

 うれしい。

 うれしいのだが、頼む。あまり目立たせないでくれ。

 その後も剣の使い方や型を一通り学んだ後、練習用の的への打ち込みをする前に、一旦休憩する事となった。休憩中は先ほどの陽キャな駆け出し達がヒロインに話しかけている。俺には話しかけて来なかったのにな。別にいいけど。


 俺はその輪には入らず、少し離れたところに陣取る。

 聞き耳を立てていると「そういえばお姉さんは、なんでこの講習受けようと思ったんですか?」と、一番若そうな女性冒険者が質問をした。

 ヒロインは相変わらずの美貌に微笑みを浮かべながら、

「あ~~。私、魔法は割と得意なんですけど~剣術は苦手なんですよ~。一人で旅をするのに魔法だけだと厳しいかな~と思って。」と少し照れくさそうに返答した。

 確かにそうだ。前衛のいない魔法使いなんてモンスターの恰好の餌食だ。詠唱している間にやられてしまう。くそ。失念していたな。この可能性はあったのに。

「なるほど!じゃあ私達とパーティ組むなんてどうですか?さっき話しあって、この後みんなでパーティ組もうって事になったんですよ。」

 その「みんな」に俺は入っていなかったが、それは良しとして。

 君達、断言できる。それだけはやめておいた方がいい。君達では、その子が持っている負のパワーに勝てない。忠告したいのだがそれもできないから、君達がそういう運命だったと思うしかない。


「あの~~。そちらのお兄さんも同じパーティですか~?」

 急にヒロインが俺の方を向いて質問してきた。

「えっ・・いや俺は・・・」そう言うか言わないかのタイミングで「あ!あの人は違います!」

 先ほどの若い子が全力で否定してきた。

 いや。あってはいる。あってはいるが。

 なんだろう。この屈辱感は・・・。

「そうでなんですか~。お兄さんさっきの練習で一番強そうだったから。」

 ヒロインの「一旦うつむいてからの上目目線」というコンボがさく裂する。こうして見るとやっぱり綺麗なんだよな・・・。

 いやいや!だまされるな俺!この子とは関わってはだめだ!

「お兄さんは~、誰かとパーティ組まれているんですか~?」

 なんでだ?さっきからグイグイくるな。この子。

「いや。組んでないけど・・・。」

「そうですか~。」

 何やら考えている模様。

 嫌な予感しかしない。

「じゃあ~、ここで会ったのも何かの縁ですし、講習終わったら私とパーティ組みませんか~?」

 ・・・。

 急遽、目の前にそびえたつ回避したはずの「仲間フラグ」。

 なんでそうなるんだ!?さっき会ったばかりだろう?

「さぁ!休憩終わり!次は的を相手に打ち込み練習だ!」

 教官が絶妙なタイミングで講習再開を告げる。

 助かった。ありがとう!ジーク教官!

「あっ行かなきゃ。」

 それだけ告げると、俺は真っ先に的の前に立ち指示を待つ。他の講習生もぞろぞろと的の前に立つ。ヒロインは・・・、俺の隣の的の前に陣取り、俺の方を向いて抜群のスマイルをかましてきている。まずい。非常にまずい。

「それでは先ほど教えた振り方の順で的に打ち込むように。ただ剣を振るのと的に打ち込むのとでは全く違うからな!剣があたった反動で怪我しないように気をつけろ!」

 教官の掛け声に合わせて的打ちがはじまる。


「どうしたどうした!それじゃあ何も切れないぞ!」

 教官は歩き回りながら、時折各自の後ろに立ち指導していく。次は俺の番だ。

「・・・やっぱりお前が一番筋がいい。」

 教官よ。今は褒めないでくれ。さっきから俺の隣で、自分の事のように嬉しそうにしているやつがいるんだ。

「ただな。お前ならもっといけるだろ!」

 俺に何かを見出したのか教官の教え方が白熱していく。

「もっと腰を下げて重心を低くしろ!そこから起き上がる時に全身の力を剣にのせるんだ!」

 正直、隣の子の目線を痛いほど感じているのだが、ただ俺はこういうのを習いにきたのだ。俺は明日からまた外に出て、本格的にモンスター達と戦闘していかなくてはいけない。先日のような無様な思いはもうしたくない。ここで手を抜いている場合じゃないんだ!

 俺も覚悟を決め、教官の言葉に併せて身体を動かす。

「そうだ!お前ならもっと早く振れるはずだ!足の親指を意識しろ!」

 ヒートアップしていく教官の掛け声に、俺の主人公ボディがどんどん順応していく。

 もっと早く!もっと強く!

 もっと速く!もっと自然に!


 !?

 今まで味わった事のない、剣と自分の腕が一体になったかのような、全身の力が剣先に全てのったような感覚。そんな俺の一閃が的にあたった瞬間。


「バン!!!!」


 破裂音のような音が練習場にこだます。気が付くと、目の前にある的の剣が当たった箇所が、爆弾でも使ったかのように砕けていた。その光景をみて練習場にいた俺を含めた全員が、言葉を忘れて立ち尽くす。

 その後、沸き起こる歓声。

「すごーーい!」「どうやったんだ!?」

 先ほどまで、俺をいなかった風に扱っていた奴らも歓声を上げる。

「やったな!俺を越えやがった!」

 教官もなぜか目を潤ませながら賛辞を続けている。

 そして隣の人は・・・だめだ。目のキラキラがとまらない。完全にロックオンされてしまったのは確かだ。

 考えてみれば俺のレベルは9。身体的な能力値がもう常人とは違うのだ。迂闊だった。また調子にのってしまった。


 その後、教官から「俺が教える事はもうない。」と言われ、教官との模擬戦は俺だけ免除された。ただ、もうこれ以上目立ちたくなったので甘んじて受けいれる事にした。

 1人の講習生が教官と模擬戦をしている間、他の講習生は自分の番になるまで素振りをして待っているので、俺もそれに倣って素振りをして待つ事にした。相変わらずヒロインは俺の隣に陣取っているが、受講中という事もあってか、自分の素振りや他の講習生の模擬戦に夢中なのか声はかけてこなかった。代わる代わる模擬戦が行われ、そして最後の受講生の模擬戦が終了した。


「それでは今日の講習はこれにて終了する!みんな死ぬなよ!」

 教官の言葉で(初級)剣術講習が終わった。俺はあまり疲れていなかったが周りは結構へとへとのようだ。俺は模造刀をすばやく返却しそそくさと帰ろうとするが、その前に彼女が立ちはだかる。

「やっぱり私の予感は当たってました~。ビビッときたんですよね~。」

 本日2度目の上目目線。だめだ。そんな目で見られたら。

 なぜだ?頭ではわかっているはずなのに、さっきから気持ちが揺らぎまくっている。

 少したれ目のブルーの瞳がじっと俺を見つめ、はにかんだ笑顔が最高に可愛い。たぶん今、ステータスを開けば、状態異常欄に「魅了」と書かれているかもしれない。

 これが俺の気持ちなのか、それとも主人公ボディがそうさせるのかはわからない。ただ俺は揺れる気持ちを、最後の最後のところで踏みとどまり、先ほど素振りをしながら考えていた作戦を実行に移すことにした。

「あー、アレはなんだろうー!?」

 棒読みにも程があるが俺はセリフを吐き、ヒロインの後ろを指さす。

 振り返るヒロイン。何もない空。

 その瞬間、俺は全速力で逃げだした。

 ヒロインが振りむくと俺はいない。

 あっけにとられ、たたずむヒロイン。


「これでよかったんだ。あとヒロインが、こんな古典的な手にひっかかるような天然でよかった。」

 頭に残る彼女の笑顔を必死にかき消しながら、主人公ボディの性能で疾走する俺。こんな短時間でも魅了されてしまうような彼女とは、やはり絶対に関わってはならない。

「だって・・・」

 走りながらゲームのラストを思い出す。

「だって、きみ。」

 思い出された苦い思い出。

「だって、きみ、彼氏がいるじゃないかーーーー!」

 心の中で絶叫する俺。

 そう。あのヒロインには彼氏がいる。道中、主人公に思わせぶりな態度をとり、ちょっといい感じになってきたと思っているのは自分だけ。物語の最後に告白されるのかもと期待してしまう主人公(俺)に、彼氏が待つ故郷に帰る旨を、さらっと笑顔で言って去っていく君。

 このゲームメーカーは何を考えているんだ!どうしてヒロインに彼氏がいるんだ!ゲームでも散々たたかれた箇所だ。

「クラッシャー」

 俺の淡い思いを一撃で打ち砕いたヒロイン。もう会わない事を願う。


 時刻は夕刻。帰路を急ぐ人波を疾風のようにすり抜けながら、俺は全速力で走り抜けた。宿につくと、女将に今日の夕食は部屋で食べたい旨を伝えメニューを選び、お金を余分に払って自室に戻る。ヒロインの仲間フラグが立ってしまった今となっては、1階で食べるのも、もう無理だ。

「はぁ~」

 溜息しかでない。宿泊客は、追加料金を払えば自室で食事をする事ができるサービスがあって本当に助かった。

 それにしても・・・。

 自分がしてきた事が頭の中でフラッシュバックする。

「何やってんだ?俺は・・・。」

 何とも言えない罪悪感。


 実際、何も知らないヒロインはただ俺をパーティに誘ってくれただけだ。それに対して、何の返答もせず、さらに子供だましみたいな事までして逃げ出した俺は、少なく見積もっても、そうとう恰好悪い。 大人としては、きっちり返答するべきだったのはわかっている。・・・わかってはいるのだが。

 断ったとして、その理由を聞かれたら何も答えられない。もし一緒に旅をする事になれば、きっとボロが出る。ゲーム内で語られるヒロインの情報も、これから先に起こる事も、故郷の彼氏のことも。

 本来、今の自分が知り得ない情報を隠して、この先ヒロインと旅していくなんて無理ゲーだ。

「これでよかったんだ」

 自分に言い聞かせるかのように、何度も同じセリフが口から洩れる。

 その時。


「コンコン。」


 自室のドアがノックされた。

 静寂が部屋を支配した。

 焦って何も言葉が出てこない。

 何だか嫌な予感しかしない。

 まさか・・・?ヒロイン?


「お待ちどうさま!」

 女将の声だ。結局、女将が注文した料理を運んできてくれただけだった。形式的なお礼をいって料理と麦酒を受け取る。

「勘弁してくれよ。」

 完全に「ヒロイン宿屋強襲イベント」が発生してしまったのかと思ったよ。

 正直、次ヒロインに出逢ったら決意が揺らいでしまう気がしてならないのに、そういうイベントじゃない事がわかり、残念に思っている自分がいる。それに、さっきから気づけばあの子の事を考えている。


 麦酒を飲みながら注文したフライ盛りを食べ始めたのだが味がしない。剣術講習自体の疲れはないが、ヒロインとのやり取りでイガイガした気持ちを麦酒で洗い流す。

 明日からは今日習った剣術をモンスター相手に実践していく事になる。すぐに通用するとは思えないので、しっかり気を引き締めないといけない。なので彼女の事は早く忘れるべきだ。

 それでも麦酒を眺めていると、

「返答次第では、今頃あの子とこいつを一緒に飲んでたかもしれないんだよな~。」

 なんて妄想が湧き出てくる。だめだ。まだ魅了されているらしい。

 フライ盛りを一気に口におさめ、麦酒で流し込む。

「ふぅ。」

 今日は早く寝よう。寝たら状態異常も治るんだから。


(第8話 俺は動き出した)

 剣術講習をうけた翌朝、俺はすっきりした気持ちで起きた。流石主人公ボディ。昨日の気持ちは完全リセットだ。ヒロインに対して抱えていた淡い思いも、言いようもない罪悪感も全て0だ。

 ふと思う。冒険者なんてやってるやつは、こういう精神構造じゃないとやっていけないんだろうな。自分なりに妙に納得した。


 その後、色々考えたが結論は一つ。今日から北の遺跡を目指す事にした。理由はヒロインの襲来。出来るだけ早くこの町を離れた方がいい。レベルは目標の10に達していないが、北の遺跡の手前に狩場があるので、レベリングを兼ねてそこでまず昨日習った剣術を自分のものにしよう。

 昨日全速力で走ってみて改めて主人公ボディの性能のすごさがわかった。北の遺跡まではそれほど遠くないし、遺跡自体も最短ルートで行けばそんなに広くないので、この身体なら今日1日で遺跡攻略まで出来るかもしれない。

 ただ野宿は避けたい。ソロだと寝ている間に交代で見張りをする事ができないから設営できる場所が限られるし、そもそも野宿を今までしたことがない。この先の事を考えると、ここらで慣れておくという手もなくはないが、町から近場という事もあり何となく乗り気がしない。なのでレベリングに時間がかかったら、遺跡攻略は明日へまわして日帰りで戻ってこようと心に決める。

 ・・・わかっている。俺がヘタレている事は。色々理由をつけてはいるが単純に一人野宿が怖いのだ。


 宿屋の1階で朝・昼・夕3食分のテイクアウトと、念のため保存のきく燻製肉を購入。それらを全てアイテムボックスに入れると、町を出て北に向かう。町の近郊にある草原を抜けると湿地帯があり、その先の森が今日最初の目的地となる狩場だ。

 ここのモンスターはどれも動物を模しているのだが、ドロップする魔石はそんなに高額じゃないし、経験値もそこそこ。ゲームでは狩場としてはあまり使わなかった場所ではある。ただネームドモンスターが出ず、割と色々なタイプのモンスターがいるので、剣術の練習にはもってこいだと思い行く事にした。


 道中は朝食用のサンドウィッチを食べながら進む。水はアイテムボックスに貯水してある名水を飲む。飲む時にはちょっとコツがあって、人差し指に気持ちを集中し「出ろ 水」と軽く念じるとちょろちょろと指から水が湧き出てくるので、だんだん強く念じていき、そのまま口に発射して飲む。ただ油断して念じ方が強すぎると、かなりの水量が出るので気をつけないといけない。


 狩場につくと最初に現れたのがキツネ型のモンスター「フォックス」。相変わらず名前に製作者の愛が感じられない。フォックスは俺を見つけるとすぐさま突進してきた。逃げられる可能性も考えていたが、どうやら危惧に終わったらしい。俺は剣をぬき構える。上体を低くし昨日ジーク教官に言われた事を思い出しながら身体の隅々まで意識し巡らせ、相手の動きをよく見る。

 突進のタイミングを合わせて・・・いまだ!

 俺が剣を薙ぎ払うと、フォックスの首が飛び魔石に変わった。

「ふぅ~」緊張したが、上手くいった。この調子でどんどんいこう。

 その後もモンスター達を相手に、剣術の復習をしながら倒していく。巨大な熊型のモンスター「ワ~ベア」が突然現れた時はさすがに驚いたが、一閃で倒せた時も驚いた。

「俺、こんな巨大な熊をあっさり倒せちゃったよ!」

 思わず自画自賛しそうになったが、考えてみたらレベル9の主人公なら、この辺りでは無双できる強さなので、これくらい当たり前だった。


 その後も順調に狩りをしレベル10になったのがお昼前。思っていたより早い。もしかしたら、昨日の剣術講習分も経験値に入っていたのかもしれない。この時間なら今日中に遺跡攻略までいけそうだ。

 休憩を兼ねた昼食を食べ終えてから、遺跡に向けて出発する。途中見渡しのいい草原があったので、ここは一気に走り抜けた。途中でモンスターに何度も見つかったが、これだけ広大な草原だとレベル10の俊敏性があれば簡単に逃げ切れる。

 草原を進むと前方に山が見えてきた。あの山のふもとに遺跡がある。目的地が目視できた喜びも手伝い、快走する主人公ボディがみるみる距離を稼ぐ。ほどなくして遺跡の前に到着した。あれだけ走ったのに全然息がきれていない。すごいな。ホント。


 この遺跡は、石造りの宮殿のような建物が数棟集まって出来ているのだが、あちこち柱が倒れ、壁が崩れ、天井が抜けている。石床の隙間から力強く生えた大きな雑草が行く手を阻んでくるが、モンスターはいないのでサクサク進む。

 遺跡を奥まで進むと、他とは違う豪華な石細工が特徴的な建物にたどり着いたが、扉は頑丈に閉まっていた。この建物、一見何かありそうな雰囲気を全開に醸しているのだが、こいつはフェイクだ。最後までこの扉が開く事はない。

 ゲームでは町の北に遺跡がある事は一応町の住人から聞かされるのだが、そこで一体何をすればいいのかは全くわからないまま、何となく他に行く宛もないのでこの遺跡に来る事になる。そんな時にこの開かずの扉を見つけたら、何とかしようと色々調べてまわるのがプレイヤーの性だろう。あちこち周りを調べたり、抜け道を探したり。

 結局、何てことはない。この扉は無視してそのまま奥に進み、別の建物の陰に隠れている階段から進めばいいだけなのだ。このプレイヤーに徒労感しか味あわせない作りに、くそゲーメーカーとしての匠の技を感じる。


 そんなわけで奥に進み地下へと続く階段を見つけた。階段を下りた先には通路が広がっているが、階段周辺以外は日の光が届かず暗くてよく見えない。

「たしかこの辺りに・・・」

 あった。目の前の壁に明らかにスイッチらしき石を見つけたので押してみる。カチッと音がしたと思ったら、遺跡の中に配置してある丸い玉が光りだし辺りを照らす。

 よし。ゲーム通り。後は一本道をただひたすら進むだけだ。この通路が無駄に長くて特に代わり映えがないので、ゲームをプレイしていた時は「何か対策しないと、いつの間にかワープで戻されて永遠に進めないような罠」かと疑ったりもしたが、ただただ長いだけの通路なので、気長に進んでいくと小さな部屋にたどりついた。


 部屋の真ん中に水晶玉をはめ込んだ装置のようなものがあり、その横にあるレバーを引くとワープ機能が解放される仕組みだ。さっそくレバーをひく。

「ガタン。」

「ガタン。ガタン。ガタン。」

 歯車が回るような音がしだすと目の前の水晶玉が赤く光りだした。これでOKなはずなので来た道を戻る。ゲームでもそうだが、一体今のスイッチが何だったのか、この場では明示されない。今は知っているからいいものを、知らずにプレイしていた時は、この後何かあるのではと部屋の中を調べてまわる事になった。こんなところにまで匠の技が冴えわたっている。

 出口まで戻り階段を登ると空はまだ明るかったが、町までの道のりを考えると早めに帰った方がいい。急いで来た道を戻る事にした。


 帰り道も草原を駆け抜け、それ以外のエリアは敵とバッティングしないように注意しながら、なるべく早く進んだので、辺りが夕焼けに染まる頃には遠くに町が見えてきた。どうにか夜になる前に着けそうだ。レベル10で何とかなるとはいえ、できれば夜モンスターとの戦闘はまだ避けたい。

 町に着くとその足で宿屋に向かい、そのまま自室に直行する。もちろん町の中の方が、外よりも気をつかったのは言うまでもない。

 自室でアイテムボックスを開き、食べそびれた夕食を取り出し食べ始める。焼いた肉とパン、それとすっぱい野菜が大きな葉っぱにくるまれている。どれも出来立てのようだ。

 何度か試してみた結果、アイテムボックスに入れておくと入れた時のままの状態で保管できるっぽい事がわかった。保存用に買った燻製肉は余分だったが良い発見ができた。


 今日ワープポイントの装置を動かした事で、次のエリアに進む準備はほぼ整った。明日、とうとう次の町に向けて出発するわけだが、その前に二つだけやっておく事がある。

 夕食を食べ終えると、自室の扉を静かに開け周りを見渡す。

 誰もいない。今がチャンスだ。

 1階へ降り常連と話し込んでいる女将を見つけ、テイクアウト用の食べ物を大量に注文する。ゲームでの移動距離から想定しているので、あっているかどうかわからないが、次の町までは3~4日はかかるはず。食料はアイテムボックスに入れておけば大丈夫な事がわかったので、ここの料理を買い込んでおくことにした。

 今後この町に戻る予定はなく未練もないが、ここの料理が食べられなくなる事だけは心残りだった。出発する前に思いついてよかった。

「後は・・・」

 まだ前回渡した分が残っているが、女将に次の宿代1週間分を前払いする。女将は少し驚いていたが喜んでうけとった。

 これが重要で、次の町に移動する時に想定以上に時間がかかってしまい「宿無し」になってしまったら元も子もない。明日以降、ここに泊まる予定はないのでその分は無駄にはなるが、ゲームオーバー対策の掛け捨て保険だと思えば安いものだ。

 ちなみに一日単位での支払いは「うちは1週間単位でしか受け付けていない」と拒否された。まー、ゲームでもそうだったのでしょうがない。大量に注文した料理は、後で部屋まで届けてくれるらしい。


 任務を終え自室まで細心の注意を払いつつ素早く戻ったが、アイテムボックスのお陰で改めて他に準備する事もないので、自室のベッドに横たわりながら料理を待った。それにしても今日は、我ながら充実した一日だった。レベル10にもなれたし遺跡攻略もできた。剣術もかなり様になってきたような気がする。

 そんな事を考えながら一人ニヤニヤしていると扉がノックされ料理が届いた。結構時間が掛かると思っていたが割と早めに届いたので助かった。早速最後の準備をしよう。


 麦酒5杯分はビールジョッキから手にかける感じでアイテムボックスに入れる。葡萄酒3本は瓶のまま入れる。料理はテイクアウト用に梱包してあるので、そのまま入れた。これで準備万端だ。

 部屋の外に空のビールジョッキ5杯分を置き、部屋の中に灯るランタンの火を消してから再度ベッドに横になる。

 ・・・。

 このベッドで寝るのも今日で最後か。ただ途中で死亡したら、またここに戻ってくるのかな?

 ・・・それは考えないようにしよう。

 ・・・。

 ブルーゴブリンの時は死にかけたけど、このゲームで最も死にやすい序盤を一度も死なずにこれたんだから。これからもゲーム知識をフル活用すれば何とかなるはず。本来、現実世界で普通に生活していたらネタにしかならない知識が、こうやって活かせたのは良かったな。

 ・・・いや、そもそもこんなところで生活させられている事が罰ゲームだ。良いわけない。

 ・・・。

 今のところ我ながらいいペースで攻略できているとは思うけど、一体クリアできるのはいつになる事やら。

 ・・・。


 明日の旅立ちに興奮しているのか、町というセーフティーゾーンから長期で離れる不安からか、事が順調に進んでいるという高揚感からか、妙に頭がさえて取り留めのない考えが浮かんでは消える。明日の出発は早いので、何も考えないようにして寝ようとするが、気づくと言葉が浮かんでくる。今夜は長い夜になりそうだ。


(第9話 俺は出発した)

 早朝、凛とした空気の中、俺は出発した。昨夜は結局、中々寝付けなかったが、主人公ボディはタイマーでもセットしてあったかのように予定していた時間に起きる事ができた。現実ボディにもこの機能がほしいくらいだ。


 いつの間にか見慣れた町をあとにし、まずはワープポイントの遺跡に向かう。途中、何度かモンスターを見かけたが、基本的にこちらを見つけると逃げていってくれる。戦闘になっても、たぶん問題なく倒せるとは思うのだが、ネームドモンスターが紛れていたら面倒だ。せっかくいい感じに出発できたのだ。イレギュラーで早々に躓くのは避けたい。

 レベルアップした主人公ボディの移動速度は常人のそれよりかなり速いので、遺跡にはすぐに到着した。さっそく台座の上に立つと、台座の床に魔法陣のようなものが映し出される。

「よし。作動している。」

 確認した次の瞬間、俺は飛んだ。飛んだといっても空を飛んだわけではない。瞬間的に目の前の風景がかわり、気づけば転移先の台座に移動していた。

 たまにファンタジー物で見かけるワープ酔いみたいなものをしないか若干不安を感じていたが、実際に転移してみると何てことはない。あっけなく転移して終わった。この先メインストーリーの攻略だけをしていくとしても、ワープは何度も使う事になる。その度に気持ち悪くなっていたのではたまらない。その憂いはどうやら解消できたようだ。


 転移先のワープポイントは台座のみのシンプルなものだった。遠くからみたら周りの雑草に隠れて気づかないくらい地味なワープポイント。台座から辺りを見渡すと広大な草原が広がっている。前のエリアは晴れていたが、こちらは曇り。雨が降らないといいが。

 頭の中でMAPを思い出しコンパスをアイテムボックスから出す。ここから北東に移動すると南北に縦断している道があり、その道を北に向かって進んでいけば次の町にたどり着けるはず。

 ただ主人公ボディをもってしても、それなりに時間のかかる距離なので、今日と明日は野宿し、明後日に到着できるよう進む事にした。レベル的にはここら辺のモンスターも余裕で倒せるはずだが無駄な戦闘はしない。このエリアには美味しい狩場があるので、そこまでは極力戦闘は避けたい。


 草原。ずっと草原。方角を確認してから台座を降りて歩き出したのだが、知らない場所で同じような風景が続くと不安になる。コンパスで確認はしてはいるものの、時間がたてばたつにつれ「俺の記憶が間違っていて、もしかしたら見当違いな方角に進んでいるのでは?」という疑念がどんどん大きくなっていく。こういう時に地図情報アプリがあったらいいのにと切に思った。周辺の地図。自分がいる場所。進んでいる方向。こういう不便な環境に身を置くと余計そのありがたさが身に染みるが、この世界にはないので諦めるしかない。もし位置情報アプリのような魔法があったら、ある程度お金をかけてでも習得したいが、ゲームをしていた限りではそんな魔法はなかったから期待薄だ。


 かなり早足で歩いているが体力的には全く問題ない。ただ精神的な疲労が蓄積していくのがわかる。それを紛らわすように、いつの間にか知っている曲を大声で歌っている自分に気づいた。傍目でみたらかなりヤバイ奴だが、今のところ誰とも会っていないので問題ない。知っている歌が5周目に突入しそうになった頃、ようやく最初の目標にしていた道を発見する事ができた。

「ふぅ。こういう移動は意外と精神的にくるな。」

 まずは一安心。到着した道は幅がかなり広く南北にずっと続いている。ただ周りを見渡してみても自分以外の人影は見当たらなかった。


 ここらで一息入れてもいいのだが、すぐに辿り着いた道を北へ進む事にした。時刻は、感覚だとお昼過ぎくらいか?今日の目的地までの進行具合から考えると時間的にはかなり余裕はあるので、多少ゆっくり風景でもみながら歩いてもいいのだが、空に立ち込める分厚い雲のせいで景色が暗く、妙に不安を煽ってくるからか、気づくと少し早足になっている。

 頭の中に地図を再度思い浮かべる。大分進んできたので、そろそろ目的地が見えてきてもいい頃なのだが・・・。

 今日、目的地としている場所は廃れた遺跡。いま歩いている道から少し逸れた場所にあるので注意深く探していないと、見落としてしまう可能性がある。このエリアも夜になると凶悪なモンスターが徘徊するようになるので、何も考えずそこらで野宿するのは自殺行為だ。

 目的地の遺跡はゲームでは敵が出現しない。最初のエリアにあったワープ機能を解放した北の遺跡もそうだったが、このゲームにはこういう、モンスターが昼夜あらわれないセーフティーゾーン的な場所が所々にある。理由はわからない。単純にモンスターの出現場所を設定し忘れているだけだと俺はふんでいる。

 明日の目的地である遺跡も同じようなセーフティーゾーンだ。ゲームをしている時は「敵がいないな」くらいにしか感じていなかったが、実際に旅してみると、かなりありがたい。


 しばらくすると道から少し離れた場所に廃れた遺跡を発見する事ができた。

「よかった~。」

 安堵感が半端ない。これで、ようやく一息つけそうだが、まずは野営の準備をしなくては。俺は目ぼしい更地を見つけると、アイテムボックスからテントを取り出した。

 テントを張るのは初めてだったので手間取ったが、一番簡単に張れるテントを購入し、張り方を店の主人に教えてもらっていたので何とかなった。テントの中に敷物と寝袋を設置して寝床は確保。食事はアイテムボックスの中にテイクアウト宿屋飯があるので、新たに作る必要はないが火はおこしておこう。

 近くに落ちている手頃な石と枯草、小枝を集める。草の生えていない場所に拾った石を竈状に設置し、その中に小枝と枯草をおく。お店で買った火打ち石をナイフで削るようにすると火花がでた。この火花をまずは枯草に移し、枯草に引火したらそれを細い小枝にうつし、最後に太目の薪にうつす。キャンプ動画の知識はここでも役にたったのだが、実際やってみると枯草に全く火がつかず苦労した。何度も何度もチャレンジして、ようやく火がついた頃にはもう夕方。せっかく早く着けた分の時間貯金を、火をつけるのに全部使ってしまった。ただ苦労して初めて自分でつけた焚火はとても感慨深く、ものすごく愛着を覚えた。


 さっそく焚火の前に陣取り夕食を食べ始めて、ようやく気付いた事がある。

「そういえばお昼、食べ忘れてた。」

この前みたいに食べ過ぎたり、大怪我して食べれないのならわかるのだが、いたって健康なのに食事を忘れるなんてありえない。

「やっぱり新しいエリアにきて、ちょっと緊張しているのか?ここは緊張を和らげるために麦酒で一杯やっておくか?」

 そんな甘い誘惑が頭の中にひょこっと現れたが今日はやめておく事にした。今日は初めての野宿なので何かあったら怖い。俺のヘタレがビールの誘惑に勝った瞬間だった。

 何かの漫画で、歴戦の勇者たちが焚火を囲みながらお酒を飲み、談笑するシーンを見た記憶があるが、自分がそんな勇者になれる日まで、どのくらい時間がかかるのだろうか?


 静かな時間。焚火を見つめる。火は起こしておいて正解だった。ようやく落ち着いてきた頃には、辺りはもう真っ暗だ。シーンとした静寂の中で時折パチッ、パチッとなる焚火の音と、揺らめく炎に癒される。明日のセーフティーゾーンまでは、今日よりも若干距離が長い。テントの設営は今日で何となくわかったから、明日はもう少しスムーズには出来ると思うが、火をつける方はまだまだ時間がかかりそうだから、早めに次の目的地に着けるよう明日も急ぎめに移動しよう。

 夕ご飯を食べ終えると眠気が襲ってきた。セーフティーゾーンとはいえ野外で寝るのは初めてなので少し緊張してはいるが、それよりも今日の移動で蓄積した疲労の方が勝っているらしい。そろそろ寝ようかな。


 焚火はテントや周りの草木に火がうつると怖いので、残念ながら寝る前に消さないといけない。

「そうだ、これこれ」ベルトにつけていた石を手に取る。最初の町の雑貨屋で見つけた石で、紐が取り付けられている。この石は日中、日の光にあてておくと、夜になるとうっすら緑色に光るのだ。蛍石と呼ばれていたこの石があれば、焚火を消しても真暗にはならない。言ってもそれほど明るくはないので洞窟とかの探索には心もとないが、テントの中を照らすくらいなら十分だ。今日は曇り空だったので効果を発揮するか心配だったが、うっすら光を放っているので問題なさそうだ。

 焚火を消しテントの寝袋にもぐりこむと、俺はすぐに爆睡してしまった。


 翌朝、どこかで鳴いている鳥らしき声で目が覚める。テントの入り口をあけると、もう空がうっすら明るい。今日は晴れてくれた。体調も万全だ。

 意外と寝袋の寝心地は悪くなかった。これなら今後も野宿をやっていけそうだ。朝食にハムと野菜のサンドウィッチを食べ出発の準備をする。現実世界だとキャンプした後に撤収するのが手間で時間がかかっていそうだったが、ここは異世界。アイテムボックスのお陰で手で触っていくだけで片付けられるから、すぐに撤収できた。

「さあ行きますか」

 順調にいけば夕方くらいに次の遺跡につけるはずだ。朝日を見ながら道を進む。今日も一日何事もないよう祈りながら。



(第10話 俺は勇者になった)

 一つめのセーフティーゾーンである遺跡を出発し二つめの遺跡へ。道中モンスターを何体も見かけたが、近寄ってこないのでやり過ごした。これほど立派な道だから、途中で商人やら冒険者やらとすれ違えるかもと少し期待していたのだが一人も出会っていない。会えたら町の情報とか聞ききたいと思っていたので残念だ。そもそも町の外はモンスターが徘徊していて危険なので、町の外にいる人自体がそんなにいないのかもしれないが、そうだとすると、この道が無駄に立派すぎる気がしなくもない。俺は助かっているが。


 その後も特に何事もなく、夕方になる前には次の遺跡に到着できた。二日目の野営の準備は一日目よりかなりスムーズにできた。昨日苦戦した焚火も運よく10分くらいで火がついたので暗くなるまでには全て完了。さっそく夕食にする。

 今日もずっと歩いただけで終わった。こんな日は食べる事だけが楽しみだ。今日の夕食は塩や香辛料を塗り込んで焼いた骨付き肉。前の町で大好物だったメニューだ。噛り付くとほろほろと骨から肉がはがれるくらい柔らかく、噛むと肉の繊維からうまみと脂が口いっぱいに広がる。少しピリ辛な香辛料と塩っ気が後をひくうまさ。

「・・・これはビールだな。」

 肉をかじりビールを飲む自分を想像する。絶対に旨い。こうなると、もう止まらない。

 口を大きく開け、指を口に向けてセット。

「アイテムボックスオープン」

 麦酒を思い浮かべて「出す!」

 その瞬間。勢いよく指から発射された大量の麦酒が喉の奥に直撃する。

「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!!」

 盛大にむせるだけの結果となった。これはしんどい。死ぬかと思った。どうやら麦酒への思いが強すぎたらしい。一瞬でビールジョッキ一杯分くらい出たかもしれない。もったいないことをした。

 直接飲みは危険な事がわかったので諦めてコップを出す。初めからコップで飲めばよかったのだ。洗い物が増えるからと横着したのが失敗のもとだった。

 麦酒を指から慎重にコップへ注ぐと、いい感じに泡が立つ。見るからにうまそうだったが、実際飲んでみると見た目以上にうまかった。外で飲んでいる事もプラスに働いていると思う。想像通り肉との相性も抜群だ。お陰で今夜は最高の夕食になった。

 ただ水を直飲みしている時は特に気にならなかったのだが麦酒をコップに慎重に注いていると、指がビールサーバーになった感覚というか、体内から搾り出ている液体を飲んでいるかのような感覚に陥り、なんだか頭がモヤモヤした感じになった。まぁ、そのうち慣れるだろう。


 夕食が終わり焚火を眺めながら、2杯目の麦酒を飲む。空を見上げると満天の星。こうしていると異世界にきている感じがしない。目の前に広がる夜空が現実世界と変わらないからか。俺は星座に無頓着なので厳密にいえば違いがあるのかもしれないが、今はどうでもいい。早く現実世界に戻りたい。

 星空を眺めながら決意を新たにする。

 麦酒を飲み終え焚火を消し寝床に入ると、麦酒の効果もあってか早々に眠気が襲ってきた。

「そういえば・・・」

 俺はいつの間にか歴戦の勇者になっていた事に気づく。思っていたより早く仲間入りだ。そんなくだらない事を考えながら眠気の誘いにのる。

 明日、町にたどりつけるだろうから、そしたらまた乾杯しよう。


(第11章 俺は町についた)

 移動し始めて二日目の朝。本日も快晴。天気が良いと心も晴れる。今日の目的地が野宿する遺跡ではなく、今回の移動のゴールである次の町だという事もあってか気分は軽やかだ。

 さっそく朝食のサンドウィッチを食べながら片付けを開始する。片手さえ空いていれば片付けできるなんて便利だな。試しに敷物や寝袋をテントの中に入れたまま、テントを触ってアイテムボックスに入れると、そのまま入れる事ができた。念のためもう一回取り出すと、しまった時のまま出てくる。これは良い事を発見した。今まで律儀に寝袋、敷物、テントと別々に収納していたので、次からはもっと早く設営と片付けができそうだ。


 準備はすぐに終わり、さっそく出発した。ここから町まではまだ距離があるが、お昼までには着けるだろう。いつまでも続くような道を少し急ぎ足で進んでいく。

 思い返せば、この二日間。モンスターと全く戦う事なくすんでいる。何体も見かけてはいるが、こちらを見ると逃げていくので、レベルアップしてきた成果が出ているのだろう。ただいつ襲ってくるかもしれないので気は抜けない。

 しばらく進むと右手に分かれる道を見つけた。この道は、この後しばらくお世話になるであろう例の狩場に続いている。時間的には少し寄ってみても問題なさそうだが、このまままっすぐ町に向かう事にした。ここで気を抜くとまた何かやらかしそうだから寄り道もしない。


 やがて前方に町が見えてきた。町は3階建ての家くらいの高さの石壁に取り囲まれていてそこそこ大きい。出入口となる巨大な門は開いていて、兵士と思しき武装した数名が門の横にたっていた。

 俺がそのまま素通りしようとすると、兵士の一人が声をかけてきた。

「おい!おまえ!通行証を見せろ!」

 かなり威圧的だ。通行証?ゲームではそんなものはなかったのだが。

 一悶着あったが、どうやら冒険者ギルド証が通行証を兼ねていたっぽく、見せると通してくれた。そういえば冒険者ギルドに入らないと魔石が換金できない事もあって、ゲームでは必ずギルドに入っていたけど、もし何らかの手段でギルドに入らずにこの町まで来れたら、こんなイベントが発生するのかな?そんなくだらない疑問が頭をよぎったが、もうこのゲームを一からやる気は全くないので、その謎は永遠に解かれる事はないだろう。断言できる。


 宿屋は町に入ってすぐの場所にあった。ここで宿代を払えば、復帰ポイントがこっちの宿屋に移動する。「ゲームでは」の話だが。

 さっそく宿屋に入り空き室がある事を確認し宿代を1週間分払う。ここの宿屋は、最初の町の宿屋と同じ作りで、2階が宿屋、1階が飯場だ。違いは前の宿屋は飯場を通らないと2階へいけなかったのだが、こっちは入口の受付の隣に2階へ上る階段があるので、外から直接2階にいけるようになっている。だから何だと言われればその通りで特段大きな違いではない。

 時刻はちょうど昼時。まだ最初の町で買っておいた食料はアイテムボックスに残っているが、今日はせっかくなので、この宿屋の飯場で食べてみよう。2階で自室を確認してから再度1階に降りて飯場をのぞくとかなり混んでいた。すでに酒盛りをしながら馬鹿話をしている冒険者もいる。いい雰囲気だ。


 席につきメニューを見ると、どうやらここは魚料理が多いらしい。近くに大きな川が流れているから、そのせいかもしれない。さっそく魚の煮つけみたいなものと、隣の人が食べていたご飯みたいな物を注文。暫くして到着した魚の煮つけは、結構大きめな魚が丸々煮られていて、上に香味野菜的な物がのせてある。ご飯は、まさにご飯。これがすごくありがたい。パンも好きだけど、やっぱりお米ですよ。

 魚の煮つけをフォークで崩して一口。甘辛の煮汁がふわふわした白身の魚ととてもあう。上にのっている香味野菜と一緒に食べるとさっぱりして、いつまでも食べられる味だ。これとご飯。うん、間違いない!

 この町でも食事に困らない事が確定したので、昼からビールでも飲みたいところだがまだ飲まない。今日は他にやる事があるからだ。


 しっかり完食してから宿屋をでる。行先は冒険者ギルドだ。このゲーム、宿屋とギルドは各町に必ず存在する。むしろ宿屋とギルドしかない町もある。俺は前の町の最終日、ヒロインと逢うのが怖くて、遺跡に向かう途中の狩場で狩った魔石を一切換金していない。この後、武器屋で装備を買い換えたいので、その前に多少なりともお金を増やしておきたい。ギルドは通りを挟んで宿屋の目の前にあった。

 さっそく受付でギルド証を見せて魔石を取り出す。この辺りでは生息していない魔物だったので換金してくれるか少し心配だったが普通に換金してもらえた。一つあたりは高くないが、それなりに数があったので、そこそこの金額になった。


 ギルドを後にして今度は武器屋へ。若い女性スタッフが応対してくれる。最初の町よりずっと感じがいい。さっそくロングソードより重量感があり切れ味が良さそうなブレードソードと、何かの硬い鱗が全体に張り付けられているスケイルメイルを購入した。盾はスケイルシールドが売っていたが、鉄の盾があるので新調しない。

 感じがいい定員に見送られながら、やっぱり接客って大事だなと思う。ここで買える最強装備になってしまい、壊れでもしない限りもう来る予定がないのが少し残念だ。


「後は・・・」

 武器屋のすぐ近くにあった薬屋にいき、これから通う事になる狩場で必須となる毒消し用ポーションを大量に購入した。あとはHP回復ポーションも買う。これでよし。

 かなりの出費になったが、これは先行投資。準備は整った。

「この後どうしようかな」

 このまま狩場に行ってもいいが夕方まではあまり時間がないので、行っても場所の確認くらいで終わってしまう。今日は午前中の移動で少し疲れているからな。ゆっくりしたいな。

「・・・今日くらいはいいだろ?」

 そう自分を甘やかしつつ、この後どうしようか考えていると、ある事を思い出す。そういえばゲームの時は全く利用していなかったから忘れていたが、この町にはあの施設があったな。思い出すと既にワクワクしている自分がいる。微塵の迷いなく俺はその施設へ歩を進めた。


 あの施設とは「温泉」。この町には温泉があるのだ。ゲームでは温泉に入るとHPが全快になるのだが、そもそも宿屋で寝るのと同じ効果なので、わざわざお金を払うのがもったいなかったし、特に行ったところでイベントもないので、その存在意義がわからなかった。

 ただ今は違う。長旅の疲れを温泉でしっかり流す。これ以上の選択肢があるだろうか?一直線に温泉に向かい、受付でお金を払い中に入る。中は現実世界の温泉と、かなり似ている雰囲気。脱衣所があり、その先に洗い場、そして奥に大きな温泉があった。脱衣所に入ると、既に温泉の熱気や匂いがして、いやが上にも期待が高まる。

 ちなみに温泉は屋内のみで、残念ながら露天風呂はなかった。ただ魔法が普通にあるような世界だ。今まで見かけた事はないが、魔法で空中に浮けるような人がいてもおかしくはない。そう考えると露天風呂は何かと問題が多いのだろう。

 早くお湯につかりたいので急いで準備をしだしたが、普段使っている汚れたタオルしか持っていない事に気づき、慌てて受付に戻って新品のタオルを購入した。さすがに汚れたタオルで入るのは忍びない。

 脱衣所には服を置いておく棚と籠が設置されていたが俺は使わない。

「俺にはこれがあるから大丈夫。」

 装備品一つ一つに手をかざしアイテムボックスにいれていく。この便利さよ。現実世界に戻ってアイテムボックスが使えなくなったら、ものすごく不便に感じるんだろうな。一度慣れたら戻れない。もうこの便利さの虜だよ。俺は。


「何とか現実世界に、このスキルを持ち帰れないかな?」

 そんな事を考えながらタオルだけをもって洗い場へ。先客の様子を伺うと、洗い場にある小さな浴槽のようなものから、その近くに置いてある桶でお湯を汲み、自分にかけて洗うのが正解のようだ。さっそく俺もまねして湯を浴びる。

「はぁ~」

久しぶりのお湯。これが本当に気持ちいい。全身の細胞がみるみるうちに蘇るような感覚。前の町では、宿屋に併設されていた水浴び場で、水をかぶるくらいしかできなかったから、尚更この温泉のお湯が愛おしい。

 アイテムボックスから前の宿屋で購入して使っていた石鹸を取り出し、せっかくなので、これでもかとよく洗いお湯で泡をしっかり流したら、いざ温泉へ。

 温泉には既に、おじいちゃん達が数名、気持ちよさそうに浸かっていた。まだお昼過ぎだからか、おじいちゃん率が劇高だ。ただこの光景。おじいちゃん達もファンタジー色の強い服を脱いで入浴いる事もあって、なんだか現実世界に戻ってきたんじゃないかと錯覚してしまった。

 念願の温泉は言わずもがな。透明なお湯が長旅の疲れを、どんどん癒してくれる。足をのばして入る温泉って、なんでこんなに気持ちいいんだろう。

「はぁ~」

思わずまた一息つく。これはもうリピート確定だな。明日からも絶対来よう。


 お湯が若干熱めなので思った以上に長風呂はできず、15分ほどで温泉から出る事に。その後、洗い場で流し湯をしてからタオルで身体をよくふく。脱衣所で鎧の下に着ていた布の服だけ着てから、頭をタオルで乾かしていると、隣のおじいちゃんが魔法の杖を持ち、そこから風を出してドライヤー替わりに髪を乾かしていた。

「おー、やっぱり異世界・・・。」

 そっか。魔法にはこんな使い方もあるのか。戦闘で使えないから無視していたが、もし覚えたら普段の生活で便利に使えそうな魔法もありそうだな。野営の時に火をつけるのも簡単そうだし。これは検討しておく必要はあるな。

 そう思いながら温泉施設を出る。外の風が気持ちいい。


「さて、締めは・・・」

 もうこの後は決まっている。他に選択肢はない。そそくさと宿屋に戻り麦酒を注文。先ほど食べたばかりだが、酒のあてに野菜の漬物的な奴と魚のフライを注文。ほどなくして到着した麦酒を片手に、とりあえず無事この町まで来れた事に・・・乾杯!ジョッキになみなみはいった麦酒を一気に飲み干す。

「ぷはぁ~~!」

 この旨さ言葉にならない。本当にお風呂上りの一杯は最高だな。速攻で麦酒のおかわりを注文し、麦酒と一緒にきた漬物を食べて一旦口をリセットする。次の麦酒は魚のフライと一緒に登場。フライは見た目も味もアジフライ。味付けは塩とバジルのような香りのする香草。ソースとからしがあったら最高だったが、この味付けも悪くない。フライを食べ麦酒を飲む。いやー揚げ物ってなんでこんなに麦酒とあうんだろう。そんなこんなで、その後も宴は続き、気づけば外が暗くなってきた。


 ・・・酔った。さすがに酔った。

 かろうじてお勘定を済ませ、2階の自室に向かう。我ながら足取りが怪しい。

 何とか部屋に滑り込み、そのままベッドに倒れ込むようにして寝た。

 今夜は良い夢が見られそうだ。


(第12話 俺は進化した)

 そういえば、こっちの世界に来てから本格的に呑んだのは昨日が初めてだった。前の町でもお酒は呑んでいたが、どこかよそよそしくというか、少しは緊張感を持ったまま呑んでいたので、かなり量は節制していた。

 昨日は温泉に入ってテンションが上がっていたのと、新しい町に無事来れたお祝いという側面もあったが、やはり前の町でヒロインの影に怯えながら過ごしていた事で、そうとう鬱憤がたまっていたのかもしれない。昨日の宴で発散できたのなら何よりだ。

 ・・・という事にしておこう。

 前日のお酒が残る事もなく、元気いっぱいで起きれた事を主人公ボディに感謝しつつ、装備を整え町を出る。行先は予定通り町の南東にある狩場だ。


 さっそく町を出て南に向かい昨日見つけた脇道を東にしばらく進むと、広大な森が広がっていて、その森と森の間を縫うように道が続いていた。このまま道沿いに行けば、次のメインストーリーが発生する火山帯の方へ続いているのだが、今回は道の途中にある大岩を目印に森の中に入っていく。雑草の生い茂った道らしきものを歩いていくと、木々がその場所だけ生えていない拓けた場所に出た。中央に大きな木が一本だけあり、その周辺が今回の狩場だ。

 ここの狩場は目印の大岩があるので一度見つけてしまえば来るのは簡単なのだが、この場所自体、ゲーム内でもノーヒントなので、見つけられないと後々苦労する事になる。なぜならここは、このゲーム内でも最高峰の狩場だからだ。利用するのとしないのとでは、この先の展開が全く違ってくる。せっかくこんな狩場を作っておいて、ユーザーにわからないようにしている製作者の意図が全くわからない。良く解釈すれば色々なところ探検してほしいともとれなくないが、このメーカーの事だ。単純にヒントを仕込み忘れたのだろう。


 この狩場には「ゴールデンバッド」という金色の蝙蝠のみが出現する。名前からなんとなく推測ができる様に魔石が高く売れるのだ。

「魔石になってしまうのなら、ゴールデンは関係ないのでは?」

 そんな疑問はとりあえず横に置いておいて、ここでお金を稼ぎまくれば、この先かなり楽ができる。さらにこのゴールデンバッドは経験値も高く、なおかつ強くない。ネームドもいない。何かしらの調整ミスを疑うくらい、いい事づくめだ。

逆にこの狩場を知っているなら、他の場所で稼ごうと思わないので、ゲームとしては失敗しているとは思う。

 ただ唯一厄介なのがゴールデンバッドの毒攻撃。攻撃を食らうとかなりの確率で毒状態になる。そのため、ここで狩りをするには毒消し用ポーションが大量に必要になるのだが、ゲームで毒を食らっても少しずつダメージをくらうだけなので、正直うまみの方がでかいからよく通っていた。


「さて、そろそろ始めますか。」

 辺りを伺いつつ木の方へ近寄りながら、ふと思う。

「実際に毒を受けるってどんな感じだろう?」

 毒消し用ポーションは準備済みとはいえ、ちょっと怖い。ただうまみを知っているので、ここ以外で稼ぐ気にはなれない。あとこの毒消し用ポーション。飲み薬らしいのだが、どうにも食用的な色合いとは程遠い緑色の液体が瓶につまっている。・・・これ本当に飲んで大丈夫だよな?


 頭を振り嫌な考えを一旦取り払い、辺りを見回すと・・・いた。大きな木の攻撃が届きそうな高さの枝に、3匹逆さになってとまっている。

 慎重に近づき、頃合いを見計らって一気に間合いを詰め、ジャンプをしながら剣を振るうと、かたまっていた2匹を同時に倒せた。残った1匹は急襲してきた俺に、空を羽ばたきながら、キーッキーッと威嚇してくる。

「逃げてくれるなよ。」

 ゴールデンバッドは俺の上空を旋回するように飛び回ると、一際高い鳴き声を発した。その声が合図となり複数匹のゴールデンバッドが集まってくる。

「よし!」

 こいつは1匹だけ残すと延々と仲間を呼んで増やしてくれるのだ。これを繰り返すだけで大量に狩りができる。集まった複数のゴールデンバッドが俺をとり囲むように飛びまわり、こちらの隙をついて攻撃をしてきた。俺はそれを切り伏せたり、よけたりしながら倒していく。

 気づけば残り一匹。危なく倒しそうになるのをこらえると、残った一匹がまた鳴き声をあげた。それに呼応して集まってくるゴールデンバッド達。魔石を拾っている暇はないので、後で一気に回収しよう。


 ゴールデンバッドの第2波が襲い掛かってきた。何匹か倒したがその中の一匹の爪が、露出している俺の腕を切り裂く。傷自体は軽傷。こんなのかすり傷だ。

・・・ただ。

「・・・・いてぇーーーー!!!」

 思わず叫んだ。傷口が焼けるように痛い!これが毒の症状なのか?全然「徐々にHPが減っていく」感じじゃないじゃないか!

 毒という言葉の響きから、フラフラしたり気持ち悪くなるような事も想定していたが、こんなに痛いとは考えていなかった。あまりの痛さに我慢できず、すかさずアイテムボックスから毒消し用ポーションを取り出し、瓶の栓を抜き一気に飲み干す。

 ・・・。

「まっずう!」

 思わず吐き出しそうになるのを堪える。この世の物とは思えないくらい苦く、来世が垣間見れるような気がするくらいえぐい。そしてドブ川のような臭い。しかし解毒用ポーションを飲むと、腕の痛みはすぐに消え去った。何たる即効性。

 その間も襲い掛かってくるゴールデンバッド達。俺は痛みから更に磨きがかった集中力でそれらをかわし、そして剣を振るう。

 その後も時折「痛い!」と「まずい!」を繰り返しながら、50匹以上倒したところで最後の1匹も同時に倒した。今日はこれで終りにしよう。ポーションの在庫はまだあるし、体力的にも戦えなくはないが、ポーションをガブ飲みしたせいでお腹が先に満タンだ。これ以上飲むと口から何かキラキラしたモノを吐いてしまいそうだ。


 それにしても。

「俺はゲームでこんな事を主人公にさせていたのか・・・?」

 なんとなく主人公に申し訳ない気持ちになった。まさか、こんなにしんどいとは。

「これを、この先繰り返さないといけないのか・・・。」

 そう思うとぞっとする。これを続けるのには、かなりの覚悟が必要だ。何かこの弱った精神がプラスになる事を考えなくてはと思いレベルを確認する。この短時間でレベル15まで上がっていた。驚異的な速さだ。さらに周りを見渡すと、秋口のどんぐりのように、あちこちに落ちている魔石。結果だけを考えると明日も続けるべきなのは明白だ。


 とりあえず、このまま突っ立っていてもしょうがないので、吐き気を我慢しながら魔石を回収していく。

「・・・くそ。もっと楽勝だと思ってたんだが。」

 毒の痛みと薬のまずさは思い出しただけで辟易する。あと、まさかポーションでお腹がいっぱいになるとは思ってもみなかった。完全に想定外だ。


 魔石の回収も終わったので今日は町に帰還する事にした。今の状態ではこれ以上戦闘はできない。まだ明るい帰り道を、時折襲ってくる吐き気と戦いながらトボトボと歩く。町までは特にモンスターと出会わずに帰れたので、気分を一新するために温泉に向かった。仕事の後は一風呂浴びたい。

 ただ温泉に入るのに、さすがに切り傷だらけだと感じが悪いと思い、町に入る直前にHP回復用ポーションを胃袋の限界と相談しつつ飲んでおいたのだが、温泉に入る頃には体中の切り傷がすっかり治っていた。こっちの即効性もすごい。ちなみにHP回復用のポーションは甘酸っぱいオレンジ味。毒消し用との、この差はなんなんだ?


 ササっと支度をし温泉に入りほっと一息。しっかり浸かって疲労は回復できた。温泉を出ると今度は冒険者ギルドに向かい魔石を換金する。ギルドの男性職員が大量のゴールデンバッドの魔石をみて言葉を失っている。口を開けたまま動かないので完全にフリーズしたらしい。しばらくすると動き出し、奥の部屋に行ったと思うと、見るからに重そうな袋を抱えて戻ってきた。中身を確認。大きな袋の中には今まで見た事のない量のお金が詰まっていた。

「・・・これを見たらやめられないだろ。」

 温泉と目の前の大金のおかげで、ようやく俺の精神がプラスに転じたようだ。その後は宿屋の飯場で、お決まりの一人宴会をすることに。注文はもちろん麦酒と、あとは気になる一品料理を普段より多めに頼んだ。

「人間、急にお金を持つと気持ちが大きくなって余分に使っちゃうよな。」

 一人、麦酒で乾杯しながらそう思う。今夜の料理はどれも最高だ。こんな宴で一日の締めくくれるなら申し分ない。

「この宴のために明日からも頑張ろう。」

 そう思えるようになる頃には、完全なよっぱらいへと進化していた。

「うぃーーー。明日もがんばるぞーー!」



(第13章 俺は決意を固めた)

 気持ちの良い朝。昨夜、俺が飲んだ酒量を考えると奇跡だ。精神的にもやる気に満ちている。ただ主人公ボディが優秀すぎるがゆえに記憶もなくさない。流石に連日、あんなペースで宴会していては、人として色々と問題だとは思う。周りから毎日豪遊するやつと思われたら狩場の事もバレるかもしれない。今日からは気をつけよう。


 その日からゴールデンバッド道場に通う日々となった。前日使った分だけポーションを補充し、周りに冒険者がいない事を確認してから狩場に向かい、ゴールデンバッドを見つけ出来るだけ倒す。

 相変わらず毒は痛すぎるし、毒消しはマズすぎる。

 ちなみに二日目に、お腹のあたりに突進してきたゴールデンバッドをよけきれず、その勢いでとうとうキラキラを吐き出してしまうという事故が起きた。吐き出すと薬の効果も消えるのか、また激痛がよみがえってきたので、しょうがなくもう一本飲む羽目に。痛みと気持ち悪さのせめぎ合い。

 この日はそれ以外初日と代り映えのない日だったが、三日目に変化が訪れた。レベル20を超えたくらいからゴールデンバッドの攻撃を食らう回数が明らかに減ったのだ。

 そして四日目。なんと一度も攻撃を食らわずに夕方まで狩り続ける事ができた。何か覚醒したような感覚。

「俺、すげー強くなった気がする。」

 レベルが上がったのが主な要因だろうが、比較的小さくて動きの速いゴールデンバッドを狩り続けたおかげで、俺の剣術や戦闘スキルが飛躍的にあがった気がする。いつの間にか殺気のようなものも感じ取れるようになり、後ろからの攻撃にも反応できるようになっていた。

 そりゃそうだ。攻撃を食らう度に強烈な痛みとマズさという地獄のような罰ゲームを受け続けたのだ。上達しない訳がない。

 この日、目標にしていたレベル25を早々に突破できたので、そろそろゴールデンバッド狩りは終わりにしてもいいのだが。

「ただなー。この先のモンスターってコスパ的にあんまり美味しくないんだよな。どうしよう?」

 正直お金の面だけ考えると、豪遊さえしなければクリアするまで、もう狩りをする必要がないくらいは貯まっている。レベル的にも十分だ。そういう意味では、ここでの狩りはもう終わりにして次へ進むべきだろう。ただ、ようやく慣れてきたこの狩場の旨味を考えれば、もう少し続けてもいい気がしなくもない。悩みどころだ。

 とりあえず、明日以降の予定は宿に帰って乾杯しながら考えようと決め、夕日を背に帰路についた。


 町に着くとお決まりのコース。まずは温泉で汗をながす。温泉で疲労を一気にふっとばして、脱衣所で髪を乾かしていると、初日に見かけたおじいちゃんが、また魔法の杖で風を起こしている。よく見ると髪を乾かしているだけではなく、身体にも風を吹きかけていた。

「はっ。扇風機だ。湯上りにあたる扇風機。気持ちいいよな~。」

 気持ち良さそうに風をあびるおじいちゃんを見ていたら、どんどん羨ましくなってきた。

「帰りにちょっと寄ってみるか。」


 温泉を出て、まずギルドに向かい魔石を換金する。今日も大漁だ。

 その後ギルドを出て、いつもなら宿屋の飯場に直行するところなのだが、今日はその足でギルドの裏手にある魔術書屋に向かった。初めて入る魔術書屋は何とも言えない古書の匂いがした。店内にはいたるところに書籍が並べられ、ところどころに杖やら、よくわからない物が置かれている。

 店員は・・・おじいちゃん?

 どうやら温泉で魔法を使っていたおじいちゃんは、ここの店主だったらしい。温泉に行っている間はお店を閉めているそうだ。それを聞いて一瞬やる気がないのかと思ったが、もし、あの風魔法ドライヤー&扇風機が計算されたパフォーマンスだとしたら、俺のようなやつが他にも来るかもしれない。もしかしてやり手なのか?

 店内を見渡し、目のつく場所に置かれていた「風魔法の書(初級)」という分厚い本を手にとってパラパラ中身を読んでみた。

「・・・これは?」

 文字は読めるのだが内容が全くもって理解できない。

「なんだ?体の中のマナの流れを変換するって?」

 しょうがないのでおじいちゃんに、俺が魔法超初心者な旨を告げると、どうやら属性魔法を覚える前に魔法自体の基礎知識を学ばないといけない事がわかった。

 おじいちゃんが教えてくれた場所を探すと・・・あった。

 魔法基礎学(初級編)

 魔法基礎学(中級編)

 魔法基礎学(上級編)

 魔法基礎学(応用編)

 ズラッっとならんだ本たちは、どれもかなり分厚い。これらを全て暗記するほど読み込んだら、ようやく各属性魔法を学べるくらいの知識が身につくらしい。読むだけで、いったいどのくらい日数がかかるのか?

 ・・・。

 おじいちゃんに一応礼を言って店を出る。


 ・・・無理。

 魔法は諦めよう。俺には向いてない。

 高額な杖や魔術書を購入し、あれだけの量の知識を莫大な時間をかけて覚えた成果が、風呂上りの扇風機扱いでは割りが合わなさすぎる。っていうか魔法使いの人達は、こんなに努力していたのか。知らなかった。それなのに戦闘ではあの程度の威力なのか・・・。

 あまりの魔法使いの不憫さに、なんだか製作者への怒りフツフツと湧き上がってきた。

「別に物理で殴るからいいや。」

 気持ちを新たに宿屋に向かおうとした時、目の前の建物から男女の話し声が聞こえてきた。何となく足をとめ聞き耳をたてる。


「おつかれー!今終わったところ?」

「お疲れ様です。そうなんですよ。」

「そういえば今日も来たよ。「蝙蝠さん」。ゴールデンバッドの魔石を大量に持って。」

 ・・・。

 それって俺のことだよね?

 よく見ると、目の前の建物はギルドの裏側だ。窓が開いているから声がよく聞こえる。

「あー、あの人ですよね。昨日、別の支部の人と話したんですけど、あちらでは「うさぎの人」って呼ばれていたみたいですよ。ウサギガーばっかり狩ってたみたいで。」

「まじでwちょーうけるんですけど。あだ名がつく人の方が珍しいのに。二冠じゃん!」

「しかも、ウサギガーとか狩れて強いはずなのに、剣術講習の初級を受けたらしいです。」

「あれって素振りとかしかしないやつでしょ?」

「そうなんです。しかも模造刀で的を破壊しちゃったみたいですよ。」

「・・・何それ?ただ自分が強いって初心者に見せびらかしたかっただけじゃん?まじうけるw」

「その支部の人も同じような事を言ってて・・・」


 俺はレベル25の俊敏性をいかんなく発揮してその場を離れた。これ以上は俺の精神が持たない。

 いやいや。別にどう思われようと全然かまわないんだけど。せめて窓くらい閉めて話してほしい。丸聞こえだよ。

 恥ずかしいやら情けないやらで、きっと今、鏡をみたら顔真っ赤だろう。

 宿に戻り秒で麦酒を注文。駆けつけ1杯で何とか生き返る。

「・・・明日この町を出よう。メインストーリー攻略だ!」

 俺の決意は固い。


(第14話 俺は別れを告げた)

 宿屋で目を覚ます。まだ早朝だ。昨日うけた精神的ダメージも回復している。問題ない。

 問題ないが、俺は今日からメインストーリーを進めると決めたのだ。昨夜の内に飯場で食料を大量に購入しておき、宿代2週間分の支払いもしておいた。このまま最短ルートを進むとなると次の町まではそれなりに時間がかかる。なぜなら、これから魔王四天王との連戦が控えているからだ。


 ゲームで普通に攻略する場合は、この町の領主と話して厄介事を何件も頼まれ解決していくと、最後に東の火山帯に凶悪なモンスターが住み着いているという情報が得られる。そいつが実は魔王の四天王最初の刺客なのだが、別に領主と話さなくても火山帯に行けば普通にいるので、面倒なクエストは回避して直接向かう事にした。ちなみにヒロインがいると、ここの領主に水をかけて更に面倒な事になっていたはずだ。本当によかった。連れてこなくて。

 この町にはもう戻らない予定だが、この宿屋の料理と温泉というコンボがもう味わえないかと思うと、それはそれで残念な気がするが、しかたない。俺は朝日をうけながら町を出た。


 火山帯までのルートはゴールデンバッドの狩場への行き方と途中まで一緒だ。大岩を脇に逸れずに、そのまままっすぐ進めばいい。途中、目印にしていた大岩で一旦休憩にする事にして朝食をとった。ここら辺は地味にセーフティーゾーンなのだ。

 食事を終え一息いれながら頭の中でMAPを思い出す。ここから火山帯までは結構距離があったはずなので、途中でまた一泊野営をする必要がある。野営場所の目ぼしはついているので。今日はそこを目標に進もう。

 森の木々に囲まれるように続いている道は舗装こそされていないが、しっかり土が踏み固められているので歩きやすい。空気も美味しいし木漏れ日を受けながら歩いていると何だかハイキングでもしているような気分になってきた。森林浴という言葉を思い出し、こういうのも悪くないなと思う。

 時折鳥の鳴き声が聞こえてくる静かな道を歩いているとふと思い出した。この森には動物型モンスターが結構いるはずなのだが、まだ一度も見かけていない。たぶんここら辺だと高レベルすぎる俺の気配を野性の勘で察知し逃げ出しているのだろう。そんな気がした。周囲への警戒は怠らないが安心して進んでいく。


 道を進んでいくと右へ続く脇道があった。

「あー、そういえばこんな道もあったな。」

 この脇道を進むと二人目の仲間となる木こりが住んでいる小屋がある。確か泉に落とした家宝の斧を拾ってきてあげると仲間になったはずだ。木こりは一応物理特化のステータスを持っているのでヒロインよりはマシなのだが、結局ステータスの伸びが普通なので肉壁にしかならない。しかもむさいオヤジキャラだ。この先一緒に旅をするなんて考えたくもない。

「さらば。木こり。君はこの先も木こりとして精進してくれ。」

 会ってもいない木こりに勝手に別れを告げ俺は道をまっすぐ進んだ。


 数時間は歩いただろうか。ようやく森を抜け草木のない赤土のエリアに突入した。結構砂埃がすごいので買っておいて外套を着こむ。フードがついているので砂埃が目に入るのを若干やわらげてくれた。

 そのまま進むと今日の野営場所となるオアシスが見えてきた。オアシスといっても特に何かあるわけではなく、学校のプールくらいの広さの水場があり、その周辺だけ草木が生えているというだけ。ただ赤土の大地にその一角だけ緑があふれているので、遠目からでも見つけやすかった。とりあえず今回も道を間違ってないなかった事に安堵。


 オアシスに着くと、さっそく野営の準備。何となくヤシに似た木の下にテントを取り出す。中身はそのまま入っているので四隅をペグで地面に固定したら終わり。

 拾っておいた良い感じの大きさの石をアイテムボックスから取り出して竈状に並べる。相変わらず火をつけるのには少し時間がかかったが、我ながらだいぶ野営に慣れてきたと思う。

 設営が終わったのは夕刻前といったところ。遅い昼食、というか早めの夕食をとる。今夜は最初の町で買っておいた肉の串焼きとパン。串焼きはほんのり暖かいままだが、せっかくなので焚火で炙り直してからいただく事にした。前の町では魚料理ばかり食べていたので久しぶりの肉料理。やっぱり旨い。パンも軽く表面を炙って食べると、よりカリッとしてこちらもいける。ここはビールでも飲みたいところだが、流石に四天王に挑む前日なので控える事にした。

 早々に料理を食べ終え、ちょっと早いが就寝する事にした。寝袋にもぐりこみ明日の事を考える。

 火山帯って、やっぱり暑いのかな?そうなら水分補給はこまめにしないとな。

 あとはゲーム通りならいいんだけど。

  ・・・。

 色々考えてみても、結局明日になってみないとわからない事だらけなのでやめた。

 準備はしてきた。あとはやるだけだ。


(第15章 俺は達人になった)

 火山帯突入の日はあいにくの曇り空。雨が降ってくるとやっかいなので、朝食をとり早々に出発する。いつまでも続くような赤土の大地を進んでいくと、前方に「見るからに火山です」といった感じの山が見えてきた。まだまだ遠いが、主人公ボディならそれほど時間は掛からずに着くはずだ。あまり代わり映えのない景色が続くが、今日は目の前に目標が見えている分、何の目標もなく進んでいくよりは気は楽だ。しばらく進むと段々とごつごつした岩が増え、徐々に上り坂になってきた。境界線はよくわからなかったが、どうやら火山帯エリアに突入したようだ。

 四天王はこの山頂近くにいるので、ここから本格的な登山となる。曇ってはいるが霧などは発生しておらず視界は良好。あちこちに大きな岩があるが道なりに進めば問題ない。

「さて、ゲーム通りなら、そろそろいるはず。」

 前方に集中する。


 いた。まだ距離はあるが、この先にかなりの数のモンスター達が群れている。この山は道がほぼ一本道で迷うことはないのだが高エンカウント率で有名なのだ。それもそれなりの強さのやつがうじゃうじゃいる。そして一本道なので戦闘は避けられない。ゲームでいうところの難所。

 そうこうしているうちにモンスターの一群が俺を見つけて押し寄せてきた。数は・・・まずは10体か。翼が燃えている鳥「ファイアーバード」2体が先行し、全身真っ赤な毛の生えた鬼のようなモンスター「レッドオーガ」8体がその後ろに続く。

 俺は剣を抜くと呼吸を整え、ファイアーバードとの間合いを図る。ゴールデンバッドと比べて身体の大きいファイアーバードは、いくら高速で飛行してきているとはいえ、今の俺にとっては格好の的だ。剣を一振りすると1体が魔石に変わり、返す刀でもう1体も撃破。

 少し遅れてきたレッドオーガ8体は、それを見ても臆する事なく特攻してきたので、8体の間を全速力ですり抜けながら剣を振るう。レッドオーガ達は何をされたのか、わからなかったかもしれない。次の瞬間、8個の魔石にかわった。

 ふぅー。問題ないな。やはりこの辺りでレベル25もあれば余裕だ。集中すると敵の動きが遅く見えるし、剣を振るうべき軌道もみえる。後はそれを実践するだけ。

「いやー。俺ツェーーーー!」

 レベル上げしといてよかった。ここのエリアは敵が多いのでモンスター達と互角程度の強さだとかなり苦戦するのだが、レベルさえしっかり上げておけばただ倒していくだけの作業と化す。この辺が「レベルを上げて物理で殴れ」といわれる由縁だろう。

 その後も何十体ものモンスターに襲われたが、敵の攻撃は一度も俺をとらえる事なく、全てを一撃でなぎ倒した。そして進んだ先に・・・。


 頂上の火口の前に立つ一際大きく、背中に翼の生えたモンスター。こいつがここのボス。

「我こそは魔王軍四天王が一人。イフリート様だ!」

 こいつらは何で見ず知らずの人がきたら勝手に名乗ってくれるのだろう?挨拶はちゃんとしなさいと言われて育ったのかな?

 ただ自分に「様」をつけてしまったので、礼儀正しいのか正しくないのかはよくわからない。

「魔王様の復活は近い。お前をその生贄にしてやろう!」

 唐突に語られる魔王の復活。今までそんな話、微塵もなかったよな?とゲームをプレイしている時に思ったが、同じ事を今日も思った。


 口上が終わると、イフリートは両手を上げ、魔力を集中しはじめる。

「我が最大の必殺技を味わえ!」

 いきなり全力のイフリートが呪文を唱え始めると、上空に突如大きな火の玉が現れた。

「はっはっは~!恐怖で動けなくなったか~!?」

 セリフを言い終えるや否やイフリートの首が飛ぶ。

 俺の一撃で火口に沈む四天王イフリート。勝負は一瞬で終わった。

「・・・やっぱりね。」

 俺はこの展開をわかっていた。っていうか、この展開がこの後3回つづく事もわかっている。このゲーム全般的に言える事なんだが、ボスとして登場する敵が明らかに弱い。何なら道中で突如現れるネームドモンスターの方がよっぽど強いし怖い。

 さらに四天王は火・風・土・水の4属性の中から1属性を冠していて、メイン攻撃がその属性魔法なのだ。一応最強クラスの魔法を使ってくるとはいえ所詮は魔法。

 詠唱に時間が掛かりすぎるし威力もそこそこだし、詠唱中は完全に無防備になるから殴り放題。レベルを上げてからいけば一撃で方がつく。

 普通のゲームなら強力なボス敵を倒せた時の達成感があるから、その前のレベリングも苦にならないが、このゲームは逆なので、ボスを倒した達成感はなく、さらにレアドロップや魔石のドロップさえもないので完全に「無」。

 ボスを倒す度に空しくなっていくゲームというのも珍しい。


 イフリートを倒した事で山頂の火口の近くに光輝くワープゾーンが出現した。ここをくぐれば次の四天王がいる場所に転移される。まずは一人目撃破。

「さあ、チャチャっといきますか」


 ワープゾーンをくぐると、今度は緑豊かな谷間に移動した。谷間には川が流れ一見のどかな雰囲気。ただワープ直後には、すでに前方に数十体のモンスター達が待ち構えていた。あのモンスター達を突破した先にここのボス。第二の四天王がいる。俺は剣を握り直しモンスターの群れに突進していく。

 さっきの火山帯でモンスターを大量に倒しているから、その分レベルも上がっている。ここら辺のモンスターはもう敵ではない。数十体いたモンスター達も、ものの5分くらいで片付いた。さらにレベルが上がる。

 このゲーム、最初の頃は激高の難易度を誇るのだが、この辺りから主人公の成長に敵味方共についてこれず完全に「ぬるゲー」と化す。ゲームの時は「クソだな」と思ったが、今は「ようやく軌道にのれた」という安堵感が強い。

 モンスターの群れを倒しながら谷間を川上へ進むと、本日二人目の四天王がいた。

「我が名は四天王が一人 風のジン!」

 今度は自分の属性まで教えてくれた。

「火のイフリートは四天王の中で最弱」

 ジンはどっかで聞いたセリフを吐きながら、片手を前に突き出し魔力をためる。辺りの大気が震えだす。

「我の風刃で切り刻まれて死ねー!」

 ジンのセリフが谷間にこだましたが、魔法が発動する事はなかった。魔法が発動する前に、もうジンの身体は真っ二つになっていたからだ。これで二人目。


 ふと辺りを見渡すと、夕焼けが谷間を赤く染めている。もうこんな時間か。モンスターとの戦闘には、それほど時間はとられないが、火山帯の登山で結構時間がかかったからな。次へのワープゾーンは現れているが、この辺りでそろそろ休もう。

 この場所はジンを倒した後は敵が出ないので、今日はここで一泊する事にした。順調すぎて逆に怖いが、ゲーム通りならもう後は作業ゲーとなるはずだ。そんな事を考えながら、野営の準備を済ませ食事にする。

 丸い白カビのチーズを取り出し半分に切ったら、近くに落ちていた枝を削って作った串にさす。後は焚火で切り口を軽く炙って、トロッとしたチーズをパンにつけて食べる。あー。しみじみ旨い。

「これはワインだな。」

 昨日は控えたが、クリアまでの軌道にのれているのでもう我慢はしない。四天王を二人も倒したお祝いをしよう。ま~、四天王の強さを考えれば、つくづく自分に甘いなーとは思うが、これくらいの楽しみがあってもいいはずだ。

 意気揚々とワインの瓶を取り出したところで、俺は決定的なミスに気づいた。

「あーーー!俺やってるよー。これ」

 ワインオープナーを買い忘れている。宿屋には備品として用意されていたので完全に見落としていた。

 ・・・。

 ワイン瓶を片手に呆然と立ち尽くす俺。今日の俺は。もうワインを飲まないとダメな身体だ。一旦こうなると麦酒でもその穴は埋められない。

「うーん。1回試してみるか。もし駄目でも3本あるし。」

 何となくやれそうな気が満々な俺は、ワインを近くの平な岩の上におき、先ほど一旦片付けた剣を再度取り出し握る。

「何か四天王と戦うより緊張するな。」

 すぅーーー。息を吸い、気持ちを整え、目を閉じてイメージする。

 モンスター相手だとダメージをより多く与えられるように剣を振ってきたが今回は違う。剣の切れ味を最大化する事に集中する。

 この動きだ。頭の中で何度も動きをイメージする。

 一旦息をゆっくり吐きだし、またゆっくり吸う。

 ゆっくりと目を開け、そして剣を握る拳に力をこめた。

「チェストーーーーー!!!」

 俺の気合が生んだ謎の掛け声とともに剣を薙ぐと、コルクがはまったワイン瓶の先端だけが宙を舞う。岩の上に倒れずに立っているワインの瓶は、切り口にひび一つなく、ガラスの欠片が中に入ったような形跡はない。

「・・・俺、すごくないか?」

 もはや達人の域に達している俺の剣術。無駄遣いも良いとこだが、これでやっとワインが飲める。コップにワインを注ぎ、再度、チーズを食べたところにクイっと流し込む。あー旨い。チーズの油っぽさがすぅーーとなくなる。やっぱりワインで正解だった。


 コップでワインをゆったりと飲みながら辺りを見渡す。川の流れる音や風に揺れる木々。ここがさっきまで四天王がいた場所だとは思えないくらい、のどかな雰囲気だ。買った事をすっかり忘れていた燻製肉を取り出し、ナイフで少しずつ切りながら食べる。若干硬いが強めの塩っ気と香辛料の香りがワインのあてにちょうどいい。

「明日四天王戦が全て終われば、とうとう後半だな。」

 そう。もう後半だ。このゲームのメインストーリーは正直薄い。その分サブクエストで水増ししているのだが、それらのサブクエストを全部すっとばしてきているので薄さが際立つ。後半戦を控え、この世界に来てからの事を思い出す。長かったような短かったような。

 ・・・。

 あまりいい思い出がない。食べ物がおいしい事と温泉が気持ちよかった事だけが救いだ。あとはどうでいい。

 思い出に浸るのをやめ、景色を眺めながらワインを飲み、チーズをつまみ肉を食べる。気づけば俺は、それしかしないマシーンと化していたが、残念ながら終焉はすぐに訪れた。

 ワインが空いたので今日は寝よう。明日も順調でありますように。


(第16章 俺は魔王を復活させた)

 今日は四天王第三戦。ジンを倒して出現したワープポイントをくぐると、今度は海岸沿いの小高い丘の上にある石の台座の上に転移された。台座から続く道を、まっすぐ進めば3日程で町に着くはずだが、そこには行かない。食料はまだまだ十分あるし、その町には3人目の仲間がいるからだ。

 そいつは町に入るとすぐに、人込みの中でぶつかってきて、なんやかんやあって強制的に仲間になる盗賊少年。スピードを武器に戦うアタッカーのはずなのだが、加入時のレベルが低すぎて使い物にならない。この辺りで戦ってもすぐ床ペロしてしまうので、もし使おうとしたら温泉の町あたりまで戻って、わざわざベルリングしないといけなくなる。しかもレベルを上げたところで、それほど強くならない。完全なるお荷物。そんなキャラが街中を歩いているだけで強制加入させられるんだから、そんな怖い街には近づきたくない。一応、本来はその町で次の四天王の居場所が明かされるのだが、行かなくてもわかっているからメインストーリー攻略に影響もない。


 俺は道を逸れ海岸線につづく坂道を下りていった。砂浜に着き辺りを見回すと、遺跡側からちょうど死角になる岩肌に大きな洞窟を発見した。あそこに四天王三人目がいる。

 洞窟は壁全体に生えているヒカリゴケのお陰で明るさは十分あるので助かるのだが、無駄に深くまで続いており水生系のモンスター達がうじゃうじゃ徘徊していた。

 下り坂を歩きだすとすぐに、俺に向かって魚型のモンスターが突進してきたので一刀で切り伏せた。魚に人の手足が生えたようなモンスター「ヒューマンフィッシュ」見た目がただただ気持ち悪いだけのモンスター。それにしても顔もボディも魚なのだが、水のないこの場所で息ができるのだろうか?エラ呼吸じゃないのか?


 坂道を下りきると大きなトンネルのような空間が続いており、そこにも多くのモンスター達が蔓延っていた。そいつらをなぎ倒しながら奥へ奥へと進むと行き止まりに辿り着く。

 正確にはトンネルは続いているのだが、その先に海水が流れ込んでおり大きな水たまりになっていて、もし無理やり先に進もうとしたら、この水の中を泳いでいかないといけない。だが問題はない。この場所にボスが現れるはずだからだ。


 しばらく待っていると、やがて水たまりの中から巨大なイカが姿を現した。白い巨大な足をうにょうにょと動かしながら自ら這い上がってくるイカ。こいつが四天王だ。

「我は四天王3人目の刺客 クラーケンだクラー」

 ・・・つっこみどころが混雑していて、何から手をつけていいのかわからない。

「ここをお前の墓場にしてやるクラー!」

 自ら死亡フラグをおったててくるイカに、もはや哀れみしか感じないが、海の中に逃げられても厄介なので、一思いに一刀のもと切り伏せる。魔法の詠唱すら出来ずに消滅するイカ。何だか、この展開にも飽きてきた。もう早く終わらせたい。


「次で最後だ。」

 ワープポイントが出現したので、すぐに飛び込む。最後は山間にある迷路のように入り組んだ遺跡。その入り口に飛ばされた。この遺跡には何個も宝箱が設置されているが、どれも少量のお金しか入っていないので無視して最短ルートを進む。ただ流石にダンジョンMAP全てを覚えているわけではないので、行き止まりに進んでしまい何度も戻る羽目になった。やはりゲームと視点が違うので、こういう迷路のような場所はかなりしんどい。

 ここにも敵は沢山いるが、走りぬけながら剣を振るうだけで突破できるので、なんだか違うゲームのような様相を呈している。

「ふぅ。こんだけ倒すと流石に魔石の回収も面倒になってきたな。」

 そう言いつつも律儀に魔石を回収してしまう俺。俺の所持金を考えると、敵を倒して得られる魔石は、もういらないのだが、なんでだろう。目の前にこういうキラキラしたものが落ちると、面倒でも拾っておきたくなるのは、単純に俺が貧乏性なだけなのだろうか?それとも冒険者ゲーマーの性か?

 道中適度に迷いながら魔石もきっちり回収してきたので、かなり時間はかかったが、何とか遺跡の最奥に到着した。

 目の前には大きな石像。

「ヨク来タナ。我コソハ 四天王サイゴにシテ サイキョウの戦士 ゴーレムダ!」

 土属性の四天王がゴーレムって人選おかしくないか?

 度重なる四天王との闘いによって、気づけば突っ込みをしてしまうという呪いにかかってしまっている事に気づく。

 危ない。危ない。もうこいつらに突っ込んでる時間ももったいないので早く倒してしまおう。ゴーレムが何やら「ゴゴゴゴゴ・・・」と自分で呟きながら力をためているので、無防備なところをサクッと切って一丁上がり。これでようやく四天王を全て撃破した。

 二日間で四天王を全部倒せたのは思っていたより早く終わってよかったが、グダグダな展開のせいか、ものすごく長い時間戦ってきたような錯覚に陥る。

 疲れた。それもこれで終わりだ。・・・そろそろくるはず。


「がぁ~はっはぁ~!!!」

 辺りに野太い大きな笑い声がこだまする。

「礼を言うぞ~!勇者!」

 今まで他の人から勇者と呼ばれた事が一度もない俺を勇者と呼ぶ、こいつが魔王だ。

「うさぎの人」とか「蝙蝠さん」とかはある。

 ・・・なんだか悲しくなってきた。

「我は魔王!お前が倒した四天王の力を得て、ようやく復活できたぞ!」

 知ってる。四天王を倒せば魔王が復活する事を。ただ魔王が復活しない事には、このくそゲーをクリアする事もできない。何となく俺が魔王復活の手助けをした雰囲気が漂っているが、しょうがないのだ。

「南の空に我が魔王城も復活した!来れるものなら来るがいい!がぁ~はっはぁ~!」

 辺りがまた静寂に包まれる。っていうか、四天王が死んだら復活できるんだったら、全員自爆させればすぐに復活できたのに、なんでそうしないの?馬鹿なの?

 こいつらと関わっていると、どっと疲れる。自らの居場所も親切に教えてくれた魔王に会うべく、ゴーレムを倒した後にできたワープゾーンに飛び込む。飛び込んだ先は平原が広がっていた。直ぐ先に町が見える。

 俺はとうとう最後の町に辿り着いた。


(第17話 俺は裏切られた)

 最後の町は、「必要最低限、これだけあればいいでしょ?」的な、開発の匂いがぷんぷんしている町だった。宿屋と冒険者ギルド、あとは武器や薬を売っている雑貨屋。以上だ。畑も生活用品を扱っているお店もないし、何なら民家すらない。

 それにしても最初の町とこの町との、この落差はなんなんだ?このゲームは、後半になるにつれ、どんどん町の作りが雑になっていくのだが、俺自身が駆け足でここまで来たから余計その落差が目に余る。最初の町では人々の生活感があり、居住区やら商店街やらゲーム進行に関係ないようなエリアもきっちりあったから、異世界なりの現実味があったのだが、最後の町のこのやっつけ感。こんな辺鄙なところに3施設の人だけ住んでいるなんて。・・・さすがに無理でしょ。

 こっちの世界に来て感じていた違和感が、ここにきて目の前に顕在化している。あらためて俺は異世界というよりも「ゲームの世界」にいる事を実感した。


 町に入ると、まずは雑貨屋に向かう。時間が止まっていたような店内に、これまた時が止まっていたような白髭のおじいちゃんがいた。

「ふぉっふぉっふぉ~。客人とは珍しいのぉ・・・」

 漫画とかでしかお目にかかれない流暢なおじいちゃん語を話すおじいちゃんに、魔法の剣と魔法の鎧と魔法の盾を買いたいと伝える。

「それはそれは・・・ありがたいのぉ~」

 おじいちゃんがゆったりと動き出すが、任せているとこのまま明日になりそうなので全て自分でとってくる。お金を支払い一旦アイテムボックスに全部入れた。

「・・・まいどありぃ~」

 おじいちゃんに見送られながら店を出る。この店に次の客がくるのはいつになるのだろう?いっても、俺が強くなりすぎているだけで、この辺りのモンスターはかなり強敵だから、ここに来れる冒険者なんてほぼいないだろうに。

 あのおじいちゃんの行く末を勝手に考え、ちょっと暗い気持ちになりながら今度は宿屋に向かう。こちらも広い店内に店員のみ。他の客はいない。1階建ての平屋で手前が飯場。奥に泊まれる部屋が2部屋だけある。受付で宿泊を申込み宿代を払った。この後の行程を考えると1週間分で充分だが、お金が余っているので2週間分支払った。さっそく部屋に入り一息つく。


 この後は町の北側にある遺跡で飛空艇を手にいれて、南の海に浮かぶ魔王城に乗り込んで、魔王を倒せばクリアだ。ゲームをしていて後半ダレてくると、途端に出来るだけ早くクリアする事だけを目的にプレイしている事があったが、今はまさにそんな気持ち。一刻も早くこのくそゲーを終わらせたい。

 そんな逸る気持ちを抑えて今日はここで一泊し明日出発する事にした。今の俺の強さなら多少何があっても問題ないはずだが、最後に足元をすくわれるような事があったら笑えない。最後まで慎重にいこう。


「せっかくなので今日買ったものを装備してみるか。」

 今まで身に着けていた物は全てアイテムボックスにしまい新しい装備をとり出す。この魔法シリーズの装備は店売りの中では最強で、その名の通り特殊な金属に永続魔法が掛かっているという代物。剣は切れ味がまし、鎧と盾は魔法攻撃や炎に強くなるという効果があるらしいのだが、正直、今の俺なら今まで装備していた物でもクリアは可能だった。ただこの先、俺の知っているゲームには出てこない強敵が急に現れた時に後悔したくないので、保険的に購入したという意味合いが強い。

 ちなみに、このゲームの最強装備は有料オプションに課金しないと手に入らない。こんなゲームに一体誰が追加課金するのだろう?っていうか製品版ゲームの最強装備を入手するのに追加課金が必要な時点で、もうゲームとして終わってる気がする。当然、今の俺には追加で課金する術もそんな気もないので無視した。

 新しい装備に着替えた自分を鏡に映す。全体的にキラキラしていて色合いも派手。地味な顔のせいか全く似合っていない。たまに漫画とかで「装備だけは豪華」なキャラが出てくるが、あんな感じだ。

「ま~、いいか。町の外に出てしまえば誰に見られるわけでもないし。」


 一旦装備をアイテムボックスにしまい飯場に向かう。何だかこの町に来てから、この閑散とした雰囲気のせいで気が滅入るので、自分を鼓舞するためにも町で食べる最後のめしは豪華にいきたい。

 さっそく席につきメニューを見ようと思ったのだが、メニュー表が見当たらない。周りを見渡してもそれっぽいものがない。不思議に思い店員に尋ねると、食事は宿代に含まれていて3食決まった時間に作ってくれるとの事だ。ちなみに飲み物は別料金。

「あ。そのスタイルか。」

最後は贅沢にいきたかったがしょうがない。夕食がそろそろできるとの事なので、俺はそのまま席で待つことにした。もちろん追加で麦酒を注文する。

ほどなくして麦酒とサービスだという漬物が出てきたので、まずは麦酒で乾杯。

「ん?これ、ぬる過ぎないか?それに炭酸も抜けているような・・・。まぁこんな辺鄙なところだから、こんなものなのか?」

 そう思いつつ漬物をパクリ。

「ん!なんだこの生臭さは!」

 塩っ気が少なく、野菜の香りではない何ともいえない生臭さ。うわ~。これはキツイ。サービスで出してもらった物だとしてもキツイ。

 その後に出てきたスープも塩っ気が少なく、具材も根菜のみという一品。こっちはかなり薄味なだけで食べれなくはないが、それほど美味しくもない。

 続いてこの辺りの名物料理だという焼いた何か出てきたが、これに至っては、何だかぬちょぬちょとする歯ざわりの黒い何かで、もはや本当に食べていいものなのかどうかもわからない。

 一瞬吐き出そうかと思ったが、食材と作ってくれた人に感謝の気持ちを忘れないのが俺のスタイルだ。全てをなんとか口に放り込み、ぬるいビールで流し込んで完食した。お腹は全然いっぱいじゃないが、もう食べられない。

「げふっ。」ゲップも何だか臭い。もういやだ。


 無言で部屋に戻る。

 ・・・。

 静まりかえった部屋で思う。

 ハズレだ。最後の最後で、完全なハズレをひいた。

 こっちの世界にきて、どんなに辛い目にあっても、食事が美味しいのだけが救いだったのに。

 絶望だ。俺は世界に裏切られた気がした。

「もうあれだ。未練は全くない。早くこの世界から出ていこう。」

 そう決意を新たにしながら、俺はふて寝した。


(第18話 俺は飯を食べた)

 この町の冒険者ギルドには顔をだしていないが、この先お金を使う機会がないので換金する必要はないし、前の町でおきた嫌な思い出がフラッシュバックしそうな気がするので行くつもりはない。

 宿屋を後にし早々に町を出て、早足で北の遺跡に向かう。歩きながら繰り返し深呼吸をする事で、最後の町の雰囲気にやられて滅入った気持ちを一旦リセットする。一応宿屋で寝た事で、昨日抱えていた滅入った気持ちはリセットされたのだが、町を出るまでに戻ってしまった。

「・・・あの町、呪われているんじゃないか?」

 そう文句も言いたくなるが、あの町の事はもう考えてないようにしよう。こんな状態では、先に進めない。

「気を引き締めよう。」

 頬を両手でパンパン叩き気合をいれる。というのも、これから挑む飛空艇が眠る遺跡はゲームで最難関といわれていた場所だからだ。


 この遺跡、モンスターが強いわけではない。むしろモンスターは出現しない。問題なのは遺跡のギミック。内部にワープポイントがこれでもかと設置されており、正解ルート以外のワープポイントに入ってしまうと、即スタート地点に戻されるという考えるだけで面倒な構造なのだ。もちろんゴールまでの正解ルートはノーヒント。なので攻略情報のない頃は、こんなゲームをここまで進めてきた猛者たちでさえも、さすがに心が折れて挫折する人がいた。

 それでも乗り越えた勇者達が悲鳴を上げたのがワープポイントの不具合。数あるワープポイントの内の数か所が、入ってしまうと何もない空間に飛ばされて身動きがとれなくなりリセットするしかなくなるのだ。たぶん転移先の座標指定が間違っているのだろう。

「ここまでくると逆に笑える」という場合もあるが、これに関しては全くもって笑えない。ホントこのゲームは、最後まで抜かりしかない。この開発者はテストプレイしたのだろうか?

 ゲームならリセットしてやり直せばいいので百歩譲って許せるが、今の俺にとって、そんなミスは許されない。リセットなんて機能は今の俺にはないのだ。絶対にそのワープポイントだけは避けなければいけない。考えただけで憂鬱になる。


 しばらく歩くと遺跡に到着した。

「そうそう。あれを準備しないと。」

 そういってコンパスを取り出す。これまでも、ちょこちょこお世話になったこのコンパスだが、本来は、ここの攻略のために買ったのだ。町があった方向と遺跡の方向とを確認し正常に動いている事を確認してから遺跡に入る。

 壁の所々が青白く光り幻想的な雰囲気が漂っている遺跡の中を、コンパスを見ながら歩いていく。一番恐れていたのは磁場が狂っていたりして、遺跡の中でコンパスが誤作動を起こしてしまう可能性。そうなった場合は、別の対策を考え直さないといけない。

 進んだ方向とコンパスの挙動を見る限り今のところ問題ないように思う。普通に動いているコンパスをみて、まずは一安心しながら先に進むと、早速左と右にそれぞれワープポイントがある小部屋にたどりついた。

 さっそくの二択。この部屋の正解はゲームでいう上。つまり北だ。コンパスが北を指す方向にあるワープポイントに入る。正解ルートなら次は北と南と東の三択のはず。


 転移してたどり着いた部屋には三つのワープポイント。

「よし。大丈夫そうだ」

 正解ルートはゲームでプレイしていた時の方向で覚えているのだが今は主人公目線。ワープポイントで転移した後、自分がどの方角を向いているかは転移してみないとわからない。そうなると正解ルートの方向だけわかっていても、正解のワープポイントがわからなくなる恐れがあった。コンパスがあれば、その問題を解決できる。 我ながら、この事を事前に気づけたのはグッジョブだ。


 さて、この先は余計な事は考えてはいけない。どこまでいったか、わからなくなるのだけは御免だ。モンスターはいないはずだから、入るワープポイントにだけ集中して進めばいい。俺ならできる。


「次も上」

北の方角にあるワープポイントに入る。今度は東西南北4択の部屋に入る。

「次は下」

南側にあるワープポイントに入る。

「次も下」

「次は左」

「次は右」

順調にワープしていく。後二つ。

「次は左」

後一つ。

「最後に右だ!」

 最後のワープポイントの先は、体育館くらいの大きさの部屋。その中央にあったのがヘリコプターくらいの大きさの前衛的なデザインをしている何か。「子供が描いた白い長靴」と揶揄され「どうやったらこれが飛ぶのか全くわからない」と評された何か。そう。これが飛空艇だ。


「よし!ゴール!」

 無事に難所を乗り切れた事に安堵する。

「確かこの辺りの装置を触れば・・・。」

 壁際にある台座にあったボタンを押してみると部屋全体に明かりが灯り、飛空艇の進行方向にある壁がパカッと割れて開きだす。開いた先には空。壁が開いた場所へ行き下をのぞいてみると、かなり下に海が見えた。どうやらこの部屋は切りたった崖に面しているらしい。

「これで飛空艇に乗れば、魔王城まで飛んでくれるはずだ。」

 ようやくだ。ようやくここまできた。後は魔王城に乗り込んで魔王を倒せばクリアだが、飛空艇にのる前にここで最後の休憩をしておこう。

 アイテムボックスから残しておいた食事を取り出す。これがこの世界、最後の食事となる・・・はず。メニューは最初の町で買った鳥の唐揚と、次の町で買った魚の串焼きとおにぎりだ。おにぎりは宿の人に頼んで作ってもらった特注品。中には山菜の漬け物を刻んだ物が入っている。

「いただきます。」

 こいつらを残しておいてよかった。この世界、最後の食事が昨夜のあれでは気持ち的に納得できない。まずは唐揚から。

「うーーーん。これだよ。これ。」

 カラッとした衣。噛むとあふれる肉汁。香辛料の香りが口の中に広がり、しっかりした塩味が食欲をそそる。そして魚の串焼き。ホクホクしていて、表面の焦げた皮目が香ばしい。味付けは塩のみとシンプルだが、その分魚の旨さを実感できる。最後におにぎり。しっかり味付けされた料理の後に頬張る米の旨さよ。

「はぁ~。幸せだ。」

 最後の食事は、しっかり味わいたいと思っていたが、旨すぎて一時も止まらず、結局すぐに食べ終わってしまった。

「・・・ご馳走様でした!」

大満足だ。美味しい料理で気力も完全回復。準備は整った。


(第19話 俺の願いは)

 最後の食事を終え、ひと休みしてから飛空艇に乗り込む。普通、ゲームで飛行できる乗り物をゲットしたら、今まで行けなかった場所にいけるというワクワクした気持ちや、新しい装備やダンジョンを発見する喜びがあるものだが、このゲームに、そのようなものを求めてはならない。

 この乗り物は飛空艇とは名ばかりで、一度飛び立つと魔王城に一直線。他の場所にはいけない。しかも一方通行なので一度魔王城に行くと戻ってこれなくなる。簡単に言うと、かろうじて着陸だけはしてくれるミサイル。

 そんなものに今から乗らなければいけない自分を呪うが、これ以外で魔王城にいける方法がないので諦める。この強靭な主人公ボディなら何とかなるだろう。


「行くか。」

 緊張しながら乗り物の前方にある操縦席だと思われる椅子に座り、背もたれの上部取り付けられているジェットコースターについているようなセーフティーバーを下げて、しっかり固定する。目の前にあるボタンを押すとモニターのような板に「行先を指定してください」と表示された。

「あれ?行先指定できるの?ゲームとは違うのか?」

 ただ行先の指定方法がわからない。試しに念じてみても特に何もおきない。どうしたものか。

 行先指定の方法はわからないが、もし別の場所にいけるなら一旦温泉の町とかに戻って一風呂浴びてくるか?それとも最初に町に戻って、当時は手が届かなった最高級のステーキでも食べるか?

 ただ、もし他の場所に行けたとして、その後こいつは再度飛べるのか?ゲームだと魔王城に行ったら戻って来れないんだぞ?万が一別の場所に移動して再度飛べなくなってしまったら、魔王城へ行く方法がなくなる。そうなってから、他に行ける手段が見つからなかったら・・・詰みだ。

「・・・行先は魔王城一択だな。」

「イキサキヲ ニンシキ シマシタ」

 流れる電子的な音声。その後モニターに表示される「マオウジョウ」の文字。

「え?俺のつぶやきに反応した?音声認識なの?」

 そんな事を考えた刹那。飛空艇の後方から物凄い音がしたと思った時にはもう、飛空艇は空を物凄いスピードで飛んでいた。これは重力なのか、なんなのか。ものすごい圧に主人公ボディが悲鳴をあげる。すでにこの世界では常軌を逸した強さの俺でもこれなら、常人が乗れるのか?この乗り物は!?


 飛空艇は一直線に魔王城に飛び、そしてものすごい音を立てながら着陸した。飛行時間はたったの数十秒。あのスピードで無事着陸できたのも奇跡だが、着陸した飛空艇自体が無傷なのにも驚きだ。こうなる展開はわかっていたのに、あまりのスピードに思考が追い付かず、恐怖を感じる事すらできなかった。ふらふらしながら飛空艇から降りる。

「もうこいつには乗りたくない・・・。」

 何だか、まだまだ飛べそうな飛空艇を見ながら、もしかしたらゲームの主人公も、本当は乗って帰れるけど乗船拒否していただけなのかもしれないと思った。


 見上げると目の前にそびえたつ魔王城。城の上部が、鬼の顔のような造形をしているクラシカルな外観。俺は息を整え目の前の階段を登り始めた。

 階段を登っている途中「カチッ」という何か仕掛けが動き出しそうな音がしたが気にせず、そのまま階段を登り切る。

 その先にある広場には明らかに「ガーゴイル」といった風貌の石造が、難十体も設置されていたが構わず進む。

 そのまま広場を進むと今度は城内に入るための大きな扉があり、その両脇に明らかにこの後襲ってきそうな二体の巨人のような石造がたっているが気にせず扉に近づく。

 扉をあけると長い登り階段。階段の先に大きな鉄の球体があるが構わず階段を登る。

 そのまま階段を登りきり、鉄球の手前にあった扉を開けると大広間にたどり着いた。そして、この広間の奥にある扉の先に魔王がいる。


「・・・みなさんは、もうお気づきだろうか?この魔王城がラストダンジョンなのに関わらず1本道である事に。意味ありげな物が多数設置してあったが、どれもこれも何も起こらなかった事に。そしてモンスター1匹いない事に。」

 ラストダンジョンって何?結局、最後まで開発の手がまわりきらずに力つきたのかもしれない。もはや、ここまでくると哀愁に近いものを感じる。何かのナレーションのマネと自問自答が続いた結果、あらためて思った。

「ホントくそゲーだわ!」

 やはりこの一言につきる。結局、これ以外の言葉が思い浮かばない。


 奥の扉に近づくにつれ、この世界に来てからの記憶が再び蘇るが、何度蘇ろうとも食事と温泉以外、本当にいい思い出がないから、そんな回顧はすぐにやめた。

 部屋の奥の扉を開ける。音もなく開いた扉の先は大きなバルコニー。いつの間にか黒々とした暗雲が空を覆っており、嵐のような雨風と落雷の音が鳴り響く。その中央にある玉座に座っているのがこのゲームの魔王。頭から羊の角のようなものが2本生えた巨大なオーガといった風貌だが、ローブをまとい、手に髑髏をあしらった杖を持っており、そしてずぶ濡れだ。

 魔王、ずぶ濡れだ。

 信じられない事に、玉座は屋根のないバルコニーに設置してあった。野ざらしの玉座に一人座っている魔王。誰がこんなところに玉座を設置すると言い出したのだろう?もはやこの世界で一番悪いのは開発者で、この魔王も被害者なのかもしれない。


 魔王は玉座から立ち上がりながら話しかけてきた。

「よく来たな勇者よ。待ちわびたぞ!さあ、最後の戦いを始めよう!」

そういうと魔王は杖を前に突き出し詠唱をし始めた。せめて屋根のある部屋の中で待っててくれたらよかったのに。そう思わずにいられない。

 律儀に雨に降られながら玉座で待っていた魔王。もし立場が違ったら分かり合えたかもしれないな。

 そんな事を考えていると、魔王の杖にどんどん魔力が集まっていくような感じはわかる。

 ・・・わかるのだが。

「もう、終わらせよう。このくそゲーを。」

 すでに人類の限界を遠に超えた主人公ボディが一瞬で間合いを詰める。

 なぜこのゲームのボスは、すぐに魔法を使いたがるのだろう。

 なぜこのラスボスはこうも弱いのだろう。

 俺の剣が魔王の首をはね、勝負は一瞬で終わった。

 ラスボスならこの後、第二形態やら第三形態あたりまで変身しても良さそうなものだが、こいつは、それもない。

「RPG史上 最弱のラスボス」

 そう評されたラスボスにたどり着いた時点で勝負はついていたのだ。

 辺りに雷の音が轟く。

「終わった。」

 ようやく終わった。安堵ともに湧き上がる達成感。しかし残る不安。

「さあ、この後どうなる?」

 すると玉座の前に光が集まり、やがて光はワープポイントになった。

「ここに入れってことか?」

 ゲームではこんなシーンはなかったが、しかし他に道はない。俺は意を決してワープポイントに入った。


 闇。

 真っ暗闇だ。

 やがて流れ出す壮大な音楽。

「あそこか。」

 流れ出すエンドロール。こっちの世界に来た初日に見た時と全く同じ光景。エンディングを迎える場所だ。長いエンドロールを眺めながら、この先に起こる事に期待と不安が入り混じる。

「これでダメだったら、どうしようかな・・・。」

 もしそうなったら、どうしたら良いかなんて全くわからない。

「でも流石にこれで帰れるだろ?」

 そう思う。いや思いたい。

 まだ続いているエンドロールを見ながらふと思う。

 仮に。もし仮に、この世界から脱出できずにずっといる事になるとしたら、どうなる?

 俺は魔王を倒したが、誰かに依頼されて倒したわけでもないし、そもそも、この世界の人達は魔王が復活した事自体、気づいていないだろう。だから英雄として崇められて生きるような未来じゃない。きっと普通の冒険者として、余りまくったお金で豪遊して暮らすんだろうな。

「うーん。・・・それも悪くないか。」

 やがてエンドロールも終わり、メーカー名とENDの文字が表示される。

「さあ、どうなる?」


「よくぞ世界を救ってくれました。」

 静かな、でも力強い女性の声が辺りに響き渡る。もちろんゲームにこんなシーンはない。

「私はこの世界の女神。あなたをこの地に召喚して本当に良かった。」

 ・・・。

 こいつか。

 こいつが俺をここに連れてきた犯人か!?

 ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ。

 なに勝手に感慨にふけっているんだ!

 こっちはどんだけ迷惑していると思ってんだ!

 ふざんけるなー!!!

 と口に出しては言わない。

 この女神にへそを曲げられ、元の世界に戻れなかったら最悪だからだ。

 俺は大人だ。言いたい気持ちをぐっと抑えこむ。

「あなたの願いは心得ております。願いを叶えましょう。」

 やった!これで帰れる!

「あなたが、こちらに来て最初に願った願いを・・・。」

 ・・・え?

 今、なんていった?

 ENDの文字はいつの間にか消え表示される文字

「勇者は願いを叶え、また旅立っていった」

 その瞬間、俺の身体は光に包まれ、やがてこの世界から消えた。



(エピローグ)

 ふと目を覚ます。

 ベッドに寝ている。

 何だがずっと悪い夢を見ていたような気がする。

 寝汗がひどい。

 木目の天井を眺めながら俺は思う。


「・・・違う。ここじゃない!!!」

 ここは俺の家ではない。

 どこだかはわからないが宿屋のような内装だ。

 おい。責任者出てこい!

 女神!出てきて説明しろ!


「コンコンコン。」

 ドアがノックされると共に、綺麗な女性がドアを開けて部屋をのぞき込んできた。

「あら。起きてたの?下でみんな待ってるわ。はやく来てね。」

 そういうと女性はドアを閉じた。

 ・・・。

 どうなってるんだ?どこだ?ここは。

 記憶を整理してみる。

 確かに女神は言った。

「願いを叶えると。」

 ただ最後に言っていた言葉。

「あなたが、こちらに来て最初に願った願いを」

 最初に願った願い?

 腹痛が痛い的な?

 いや。問題はそこじゃない。

 俺の願いは「現実世界に戻してくれ!」だろ?

 恐る恐る記憶をたどる。

 いつだ。いつ言った?

 なんて言った?

 記憶をどんどんたどる。

 ・・・。

 ・・・。

「・・・あっ。」



 窓の外はすこぶるいい天気だ。窓を開けると気持ちのいい風が吹き込んできた。日差しが暖かい。町は草木や花々にあふれ、往来を行き来する人達は活気に満ち、みんなRPGに出てくるような恰好をしており、太陽が二つある。

「・・・いい天気なはずだ。」


 もういい。また頑張ればいい。

 いいじゃないか。俺が願ったんだから。

 俺の願い通りだ。

 ただ俺はこのゲームの事をほぼ何もしらない。今回は攻略情報0だ。大丈夫かな?・・・俺。

 そんな俺に、後ろからまた声がかかる。

「もー、早く来てっていったでしょ。みんな待ってるよ。」

 俺は現実逃避を諦めて自室の出口へ向かう。

 もうどうとでもなれ。

 美女達とキャッキャキャッキャしながらの旅なんて最高じゃないか。


 どうやら俺はまだ現実世界に帰れそうにない。それだけは確定したようだ。

 俺は自室を出て階段を下りながらつぶやく。


「俺の冒険は、まだまだこれからだ。」

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