第1話 【ミノタウロスになってしまった】
自分達が暮らしている現実は『表の世界』と呼ばれ壁や床を抜けたひとつ先には『裏の世界』と呼ばれる【別の異世界】であるという話をネット見た事がある。
自分の名は・・・ってそんな暢気に自己紹介している場合ではない状況にいる。
信じて貰えないだろうが、恐らく【裏の世界】と呼ばれる現実世界とは場所に多分、迷い込んでしまったようである。
・・・落ち着け。確か【裏の世界】への行き方はさまざまな条件があるというのは創作の話では良くある筈だ。
行き方は良くわかっていないし、ネットでホラー系のゲームという認識しかない。てか、入ったら死ぬまで一生出られないんじゃなかったか?
ここに来る前に自分が最後に覚えているのは身体を壊して会社から解雇宣告されて絶望していて消えたいと思いながらフラフラと家まで帰路についていた筈だった。
そして、地面がコンクリートから地面に変わっていた為に周りを見渡して閉鎖された空間にいる事に気づいたのだ。
「いや、落ち着け?ブラックで残業続きで身体を壊して鬱になって処方された薬の効果がキレて幻覚が見えてるだけだろう・・・」
・・・そうだ。自分はブラックな職場で疲労困憊が募り、鬱病と診断されて会社が指定した日までに治せなかった。だから『自主退職』という解雇宣告に絶望して心から消えたいと思っていた。
だが、ネットで見たことのある画像とは違う。
土煉瓦が積まれた壁や整備されていないむき出しのデコボコとした地面であったからだ。
前にネットで見たことのあるのは確か、黄色い部屋というよりもまるで迷宮回廊のような作りであった。
確かに消えたいとかこのままいなくなれば楽なのにとは思っていた。
実際に専門学校を卒業して社会人になってから不運続きで派遣から正社員なり生活も安定してきた時に無理に頑張り過ぎたせいで身体を壊して鬱病になって積み上げてきた信頼を無くしてしまったのだ。
こう言う系のホラーって確かこの場所に生息する化け物や怪物の類いに殺されるんだっけか?
けど、ここで必死になって化け物から生きて元の世界に帰れたとしても現実世界で生きていける訳がないだろう。
無職になって病気持ちでいつ働けるかわからない。それに帰りを待っている家族も友人もいないのだ。
そもそも、現実で積み上げてきたものを何度も崩して壊れてしまうのだ。
いつもそうだ。 頑張っても頑張っても努力が実った事など1度も無い。
もし、ここが異世界ならさっさと化け物や怪物の餌になった方が楽なのでは無いかと考えてしまう。
「 あー・・・もう薬キレてきてダメだわ。ここで寝よ。帰れんなら帰れないでいいし、化け物に食われたら食われたで人生終了だ。
もうやめたやめた。来世があるからもっとマシな人生を歩んでみてぇモンだぜ・・・」
精神科からかなり強めの薬を飲んでいたし、何よりも色々とあって心身ともに疲れてしまっていた。
もうダメだ。諦めて土壁にもたれ掛かって眠ってしまったのだ。
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ん、あれ・・・? ここどこだっけ? ・・・てか、俺は誰なんだんだ?何も思い出せない・・・?
・・・まぁ、良いか。どうでも良いか。
取りあえずは宝さえ守護できればどうでも良ぃか事か。
・・・は?ん?今俺、宝っていった?何の事だ?
あれ? 俺ってこんなに視野高かったけ? 腕の毛こんなに剛毛だったけ? あ、あそこにちょうど良い硝子玉があるな・・・。
「・・・ンン!!?牛の顔!?これってミノタウロスだよな!!?
なんで俺、【ミノタウロス】になってンだよ!?」
気が付くと、RPGの迷宮等のモンスターの定番ミノタウロスの身体になっていたのだ。
ミノタウロス独特の太い角と 黒茶の毛で全身が覆われており、腹筋は憧れのシックスパックに割れており、毛皮の腰布に両斧刃の巨大な戦斧が地面に突き刺さっていたのだ。
えっ?俺、人間だったよな?!
名前とか色々と忘れて殆んど思い出せないけど『俺は人間だった』筈だ。
だが、目覚めたらミノタウロスになってしまっているのは事実である。
これはあれだな? 変な迷宮で寝たから変な夢を見ているに違いない。
取りあえずは顔を叩いて目を覚まそう。
・・・俺の手ってこんなゴツゴツしてたっけ?やっぱり夢じゃないし、ミノタウロスになってるよ!?
ミノタウロスってどういう事だよ!!?
俺はんだのか?転生してミノタウロスになったのか・・?
いやいや、寝た覚えはあるが死んだ覚えはない。
もし、転生系だと女神様とか神様に導かれてとかそういう系あったよな?
それも記憶が曖昧なのは異世界に飛ばされたからか?
取りあえずは自分が人間だった記憶を・・?記憶・・・?
・・・・アレ? マジで何も覚えてねぇぞ!?
俺の名前何だっけ?どうしてここにいるんだ!!?
てか、宝を守護できればってどういう意味だ?
手に取った硝子玉を良くみれば水晶であった。
水晶だけでなく周りには大量の金貨や銀貨や王冠等が山の様に積まれているのだ。
「・・・えっ?ミノタウロスとしてこの宝を守護するのが仕事って事はいずれは殺されて死ぬって事だよな…?」
ミノタウロスはこの迷宮にある莫大な財宝を守護する為に産み出された怪物の可能性が高いだろう。
こんなにも金貨があれば国家規模の財政力はあるだろうし、少なくとも国や冒険者らが狙ってやってくるのは間違えないだろう。
オイオイ、冗談じゃねぇぞ!? 意味わからないまま、ミノタウロスになって殺されるなんてゴメンだぞ!?
何とかこの状況をというか自分の役割りをどうにかしなければまずいだろう。
よし、落ち着け。とりあえずは冷静になって今わかっている情報を整理しよう。先ずは俺は人間だった事以外の記憶がない。
そして、今はミノタウロスとしてこの宝を守護する事が仕事である。
いや、宝を守護するって誰の為にだよ!!?
俺は何で宝を律儀に護ってんだよ!?
こんだけあるなら使えよ!! 何で怪物に宝護らせてんだよ!!?
ふざけんなよ!?タダ働きで宝を命掛けて守護するとかわりに合わないだろう。
それならば、この宝を持ち出してここから抜け出した方がましだろうし、何処かでこの宝を渡せば少なくとも命の保証はされると信じたい。
いや、待てよ。仮に宝を持ち出して外に出ても怪物のミノタウロス相手に親切にしてくれる人間が国があるだろう。
人間の立場ならば怪物から自国を守るために全力で討伐するだろう。少なくともこちらの話を聞く耳をもって貰える気がしない。
「・・・取りあえずは何が出来るのか色々と試してみるか? 少なくとも人が来る気配は感じないしな 」
ミノタウロスになったからかやたらと気配に敏感になっていたのだ。
少なくともここから離れた場所に巨大な生物がいるは感じ取る事ができる。
何よりこちらに近づこうとしてこないのだ。
よくよく冷静になって考えてみれば、こういった財宝がある迷宮に棲む守護者の生活など考えた事がない。
少なくとも人間の立場であれば迷宮に入って攻略して倒すだけの存在であるからだ。
だが、今の自分の立場はミノタウロス側であるのだ。
少なくとも何処の誰の財宝か知らないがただでこき使われるのはゴメンだ。
取りあえずは何か他の情報が欲しい。
目の前には財宝の山があるが反対側にはその出入り口がある。武器はあるし、今はミノタウロスだ。
ここから出てみてどういった化物がいるのか把握しておく必要があるだろう。
力ずくで地面に突き刺さった巨大な戦斧を手に持ち地面から引き抜いて最奥にあるであろう宝物の間の守護者を放棄して、少しばかり迷宮攻略の為に情報収集とミノタウロスの身体でどこまで戦えるのか知っておく必要がある。
生き抜く為にも戦える術は身につけておくに越した事はない。
顔も知らない誰かの為に働くなんてゴメンだからな。
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