「えんぴつは僕の友達」
「あのね…せんせ?ぼくのすきないろは、あおなんだ。」
クラスのみんなが大きな声で答える中、私のそばに来て小さな声で教えてくれたのはカズくんだった。
カズくんは、大人しい性格で普段から何かを主張したり、発言したりするのが苦手な子だった。こちらから話しかけても困ったように眉をへの字に曲げてモジモジしてしまう事が多かった。
勇気を出して伝えてくれた事が凄く嬉しかった私は、お絵描きの時間に持っている沢山の色えんぴつを用意して、青色にも種類がいっぱいあると教えてあげたのだった。
「カズくんは、どの青色が好きかな?」
「う〜んとね、え〜っとね……ん〜?これ、かなぁ?」
カズくんが手に持ったのは空色のえんぴつだった。
「素敵な色だよね〜!先生も大好きな色だよ!」
私がそう伝えるとカズくんは嬉しそうにニッコリ笑って、二人で画用紙いっぱいに空の絵を描いたのだった。
帰りにお迎えに来たお母さんに伝えると、とても嬉しそうに笑って「新しい色えんぴつを買ってあげようと思います。」と話していた。
その日からカズくんは沢山の空の絵を描いてくれた。
青空だけでなく、夕方の茜色の空や夜の満天の星空など。
毎日楽しそうに描いている姿が私はとても嬉しかった。
幼稚園を卒園する日。
少しモジモジしながらカズくんが私の元へ来て白い筒をくれた。
「…あのね、これあげる!先生ありがとう!」
リボンを巻いた画用紙を広げるとあの空色のえんぴつで描かれた青空の絵だった。
「カズくんありがとう…この絵は先生の宝物だよ!」
そう言って涙ぐみながらカズくんと笑顔でさよならしたのだった。
……
それから30年後。
長い間続けてきたこの仕事もそろそろ引退かしら?なんて考え始めたある日。
幼稚園に一枚の絵葉書が届いた。
蒼く澄んだ青空のように綺麗にデザインされた絵葉書。
「綺麗な葉書ね。一体誰がこんな素敵なお手紙をくれたの?」
…差出人はカズくんだった。
手紙には『幼稚園で好きな色を先生も同じく好きだと言ってもらえて嬉しかった。先生のおかげで今、僕は絵を描いています。あの日からずっとえんぴつは僕の友達です。』とお礼の言葉と共に綴ってあった。
園長室の壁に額に入り飾られた青空の絵。その隣に新しくこの絵葉書も飾られた。
「ありがとうカズくん。私、もう少し頑張ってみるわ。」
私は雲ひとつない澄んだ空を眺め、大きく息を吸い込んだ。