31話 邪気漂う悲愴(2)
眠気が急に消え失せた時、俺は目が覚めた。瞼は軽いが、しかし視界はぼやける。
背中にやけに柔らかく程よい弾力のある布団があった。とても寝心地がいいのはそのせいだろう。
ふと誰かが俺の視界に入ってきた。俺の顔を見つめいて、なんとなく震えている気もする。
「…………よかった」
深い安堵の囁きの後、多人数の緊張の切れる息が漏れたのが聞こえてくる。まだ視界がはっきりしないが、何人かが囲って俺に注目していた。
「なにがだ?」
そう聞き返すや、優しい手に頭を撫でられた。
だれだ?
振り向くと、大人ゼラが母性を感じさせる柔らかい笑顔で俺を包み込んでいた。
「珍しいな」
「そうじゃな。じゃが、こっちの方がお主の好みではないか?」
「そんなことないさ。どっちも俺好みのいい女だよお前は」
ゼラは困ったような顔をして頬を薄紅色に染めた。らしくなく照れているようだ。
「お帰りなさいレッドさん」
漸く視界がはっきりする。ハクが泣いた跡を残しながら笑顔を零していた。
他にもスミレやクウ達、七瀬にスイレン、キロロ、ツジリにキリカ。上位関係なく来てくれているらしい。
「これはなんの集まりなんだ?」
「レッドさんから急に邪気が漏れはじめまして……」
「邪気? それはゼラが取り除いてくれたんじゃないのか?」
「邪気は、一度発症したら二度と治らん病気と同じじゃ。完全に取り除くことはできん」
「そ、そうだったのか……」
やっぱりそんな簡単な話じゃなかったよな……。ゼラならなんとかしてくれるんじゃないかって適当考えてたのが甘かったんだ。
「すまぬ……儂がもっと配慮しなければならんかったが、まさかここまで再発が早いとは思っていなかったのじゃ」
「でも、助けてくれただろ? 謝る必要なんかないし、悪いのは俺だ。
……結局こうなっちまったな。俺は、ここにはもういない方がいいのかもしれない」
「そ、そんなことはありません! 九尾様だっていますし、抑えることだってできるんですから!」
「ゼラ、お前の言った通り……俺がこの場所に居続けたら迷惑だろ。皆に迷惑をかけることなる。いやもうなってる」
「……儂らも共に行った」
「病原菌の俺がここに残っても、隔離生活になるのがオチだ。せめてここ以外の人里離れた所へ行くよ。
…………それが、あの時の代償だ」
障り……妖怪にとっても人間にとっても害悪でしかない異様。
邪気を発症した俺は、治らない感染症を身に宿してしまった。もう他人に近づくことはおろか、独りが当然の毎日となる。
「――クウがなんとかする」
項垂れる俺の前でクウが優しく微笑んでいた。
「……はあ……仕方ないわね!」
「空狐様なら解決できるかと思います」
続くようにリコとシノンが並んで歩み寄ってきた。
「なに言ってんだよ……どうにかできるのか?」
「いくら空狐様とはいえ、邪気への対抗策があるとは思えないがな」
「スミレ様の疑いは最もでしょう。邪気というものが体内から消えたという事実は存在しない上に、邪気によって滅んだ妖怪は数しれませんから。
ですが、空狐様は時間と空間を渡り歩いてきた中で解決策を見つけているのです。この世界ではないどこか……貴方様を見つける旅が無駄ではなかったと証明するよい機会だとは思いませんか。パパさん♪」
「クウ……」
クウは、「信じて欲しい」と目で訴えてきていた。
お前を疑うなんて、それこそ俺は心までひん曲がっちまってるよな。
放っておけばいい。俺は、娘の知らない俺だ。お前を真に可愛がってやることはできない。
だけど、それはゼラも同じこと。俺は俺で、紅葛じゃないし、お前達の知る俺じゃない。それでも俺はここにいることを選んだ。妖怪の道を心地良いと思ってしまったんだ。
ここから出て行かなくていい方法があるっていうなら、俺はそれを縋ってでも受けるべきだと思う。
「わかった、やろう。いや、頼む! 俺にもう一度チャンスをくれないか!」
人を殺したツケはどこかでやってくるだろう。胸に染みた罪悪感は消えることがない。
だけど、それまでは俺にもう少しだけ俺を想ってくれるみんなの下にいさせて欲しい……!
俺は我儘だな……。
◇◇◇
直ぐにクウによる治療が始まった。俺はなにをすればいいのかよくわからなかったが、クウの言うことを信じればいいのだと思っていたのだが――
昼食を終えて早速治療が始まる。
邪魔が入らないように、と修行用として建てた屋内修行場にクウとシノン、そしてリコに隔離された。
なにをするのか固唾を飲む中、
「座りなさい」
リコがクウの代わりに指示出すのか!?
「ほら早く!」
「……へいへい」
「お父様、わたし達が相手だからと軽く見ないでくださいね。これは、貴方様の為にやることなのですから」
そう言う割には楽しそうだけど……。
「座ったぞ。これからなにするんだ?」
「リコ」
クウがビシッとリコを指差した。なにかの指示なのだろう、リコが兵隊のように「はい!」と喜んで敬礼する。
嫌な予感しかしない……大丈夫なのか?
「心の乱れは良くありませんので、しっかり集中してください」
「うっ……」
やっぱりシノンは心が読めるのか!?
リコが俺の背後に入ったかと思えば、キツイ言い回しで命令する。
「さっさと足を開きなさい!」
「足を開くのか、なんで?」
「ごちゃごちゃ言わないの! あ・た・しが空狐様の代わりに手伝ってあげるんだから感謝しなさいよね!」
「お前の自己評価がよく分からんねえよ……。
ん、これでいいのか?」
リコの言う通り足を開いた。
運動をする前のストレッチでよく見る形だが、一人でこんな格好をするのは意外と恥ずかしい。しかも今回は三人に見られているからな。
「アンタ固いわね……それで開いてるつもり!? せめて右脚と左脚を直線になるようにしなさいよね!」
「ば、無理言うなっての! そんなの宇宙人でもなきゃ無理だ!」
「仕方ないわね。手伝ってあげるから、言うこと聞きなさい!」
リコに後ろから背中を押され、無理矢理こじ開けようとしてきた。
「い、痛い痛い痛い痛い! もげる! こんな事しても直線になるわけねえだろ!!」
「そこは重要じゃないのよ! 妖力を流しやすいようにするの!
曲がっていると効率が悪いし、後でどうせ身体は前に倒してもらうから、ちゃんとやりなさいよ!」
「そ、それなら寝ればいいんじゃないか!? 体が曲がらなきゃいいなら、その方がいいだろ!」
「三箇所から妖力を流し込むから。空狐様は妖力だけでなく仙術の類も行使するし、あたしとシノンの妖力とは干渉しにくいようにしないとなの! だから、これが一番楽!」
全然話が入ってこない……。痛すぎる!
「ぐぅぅぅぅぅ〰〰〰〰!!」
「まったく、融通のきかない体ね! こうなったら!」
小休止だろうかやっと背中の圧力が消える。しかし、ほっとしながら体を起こそうとしたのもつかの間、今度は全身で押し込むようにより強い力で背中を押された。
「へぐっ!!?」
背中に柔らかい感触……。腕だけでなく胸や体全体で押してきてる!
本来なら喜ぶシチュエーションなのだろうが、股裂けるし背中は引っ張られるような感じがするし関節がコンパス壊す勢いでギシギシ言ってるし。
死ぬ……もう喋る余裕もないくらいに息ができない!
「少しはやるじゃない? 結構体が床についてきたわよ!」
「……っ」
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!
お前後で覚えてろよ!? ゼラ顔負けの刑にするからな!!?
「空狐様、これ以上はお父様が失神してしまいますが――どうなされますか?」
「リコ……言ってたのと違う」
は………………?
「へ? あ、あれ〰〰そうでしたか?」
「り――こ――…………てめえ俺を殺すつもりだったなっ!!?」
俺は、すぐさま体を起こしリコに詰め寄った。
「そ、そんなわけないでしょ? まあでもよかったじゃない体が柔らかくなれば色々と……いい事があるかもよ?」
「ふざけんな! 股裂けるかと思ったわ! そんなに俺のことが憎いのか!? それならそうと正面きって言えっての!! 回りくどいにもほどがあるわ!!」
「し、仕方ないでしょ! まだちゃんと教わってなかったんだし、雰囲気でやってみたかったんだもの!」
「雰囲気で殺されたら死んでも死に切れるかぁ――――!!? この鬼畜! 筋肉バカ女! 妖怪ツインテールお化け!
お前には後で罰を与える! これは決定! 大決定だっ!!」
まだ申し訳なさのあったリコが俺の罵倒で開き直る。
「なん!? なんであたしがアンタの言うことを聞かなきゃいけないのよ!」
「お前のせいだろうが! 腰が痛くて火吹いてるぞ! 婆ちゃんびっくりのこの腰見て判るか!?」
「アンタがどうなろうが知ったこっちゃないわよ! 腰くらい折れればいいんだわ!」
「お前反省する気ないな!?」
「アンタになんか謝るわけないでしょっ!!」
「ぶへ!!?」
思いきり顔面を蹴飛ばされた。
俺が壁まで転がるのを他所にいじけたリコは外へと駆けだしてしまった。
「いけませんねえ……女の子にあんなに怒鳴りつけるなんて」
「……俺が悪いのか? てか、お前も違うってわかってたなら先に言えよ!」
「わたしにも説教ですか? まあ、楽しそうだったので止めなかったのは認めますけれど♪」
「…………ああもう! わかったよ……悪いクウ、リコ連れてくるからちょっと待ってろな」
「ん」
「頑張ってくださいね~」
俺は、修行場を後にしてリコを探しに出た。




