31話 邪気漂う悲愴(1)
俺は、ゼラに倉庫へと案内された。元々屋敷造りの時に使わなかった木材、使わなくなった物や道具などをしまっていたのだが、現在は中にはそれらは無い。
「一応胴体と下半身が切り離された幻術を見せているが、死んではいない。こやつの処罰は、お主が決めるべきだろうと思うてな」
昏い部屋で寝かされた少年が一人。忌々しい富樫の苦痛に歪む寝顔があった。
ボロボロになった毛布の上で悪夢を見ているかのように顔が強張っている。
「どうしてここに?」
「詳細は知らぬが、カクシの消滅に関わった者の一人であることは見ていて判ったのじゃ。お主が首を跳ねた彼奴らを含めて、妖怪に憑かれていたようだったからのう」
「妖怪に憑かれていた!? そんな……俺、俺が全然気づかなかったんだぞ!!」
妖気の認識の鋭さは修行に取り入れていたこともあって自信があった。カクシを見つけることができたのも、その感の鋭さのおかげだった。
なのに、すぐ傍にいたにも関わらず俺が気付けなかったほどに妖気が薄い相手だなんて想像ができない!
「それも無理は無いのじゃ。儂も、こやつを調べなければ妖怪が関与していただなど、思ってもみなかったほどじゃからのう……。
相手がどれほどの腕だったのかも判らん。妖気を完全に悟られぬようにすることができるなど、儂もあまり聞かぬ話じゃった……」
「…………いや、たとえ妖怪が関与していたとはいえこいつらは元からクズだった。どっちにしろ結果は変わらなかったはずだ」
妖怪の影響を受けていたからカクシや七瀬に手を出したのか? だが、カクシがそれを見抜けなかったなんて……あいつがどれだけ妖気に敏感だったかなんて知らないけど……。
殺したいほどあいつらを恨んでいた訳じゃない。近寄りがたく、偶にはうるさい時や俺をストレスの掃き溜めにしているんだろうと思った時もあった。それでも、殺そうとまでは思っていなかった。
だけど、あれだけの事をやりやがったこいつらを俺は……許せなかったんだ…………。
どうしようもなくなって、俺は――カクシの仇を自分勝手に取ろうとしたんだ。
「……今は状況報告だけにしておこう。こやつの処罰はとりあえずこのまま幻を見続けさせるということでな」
「あ、ああ……悪いなゼラ……」
ゼラは、おもむろに手を握ってきた。そのまま誘導するように俺をこの場から連れ出してくれた。
俺は、あの日あの時の事を思い出して後悔の渦に囚われた。自分の握った刀で人二人を殺した事実を今やっと――実感した。
◇◇◇
俺は、二日ほど部屋に閉じこもっている。
人を殺したという罪が拭えなかった。なにより人を殺した俺がクウやキリリンの前に立つのが嫌で仕方なかった。
「またヒキニートモードですか?」
ハクが呆れながらに障子を開けて入ってきた。
そんな言葉どこで覚えてきたんだか……。
「仕方の無いお人ですね貴方は……」
「うるせい……別に、お前に関係ないだろ」
「その言葉ももう8回目になりますね」
「お前が8回も来てんだろ。一日4回以上も同じ会話してて楽しいのか?」
「……貴方と話すのは気楽でいいので、特にこれといって思うところはありませんよ」
「お前は良い奴だな」
「……せめてお布団は変えさせてください。湿気が溜まるといけないですから」
「勝手にしろ」
「勝手にさせて頂くので、どいて下さい」
「術を使えばいいだろ。俺を動かしてみせろよ」
「またそうやって……いつからそんなに甘えん坊になったのですか?」
「お前は俺の所有物なんだからこのくらい当たり前だろ」
「空狐様やキリリンさんが貴方に会いたがっていました。ですが、貴方の言う通りにここへ通さないようにしています」
「ああ……サンキュー……」
「レッドさんは恥ずかしくないのですか? あの方々に示しのつかない行動ばかりをとって……真似をされてしまったら貴方のせいですからね」
「そうだな……」
仕方ないだろ……動きたくなくて、なんにもする気にならないんだからさ。
我儘なことをしているのはわかってるけど…………また逆戻りしてんかな……。
「……」
俺は逆向きに寝返った。これ以上話してもただの与太話だ。
背中の方の布団が沈み込んだ。ハクが布団を交換しようとしているのだろう。
しかし、暫くしてハクの温もりが背中に在ることに気がついた。寝巻きを掴み、額を背中に当てられているのがわかる。
「なにしてんだよ……」
「たまにはいいじゃないですか。九尾様とはいつもこうしているのでは?」
「俺が寝ている時だ。……こっちの意思に関係なくだ。起きた時にはいないし」
「では、わたしが背中に控えるのは嫌……ですか?」
「っ……さあな!」
うるせえ……鳴りやめよ。鼓動の野郎、ザワついてんじゃねえよ……!
「今度はここで独りになるつもりなんじゃないですか……?」
「わからない」
「わたしがレッドさんの下にいること、どう思っていますか?」
「……悪くない」
「――ここは貴方にとってどんな場所ですか?」
「…………さあな」
さっきからなんで質問攻めなんだ? いったいなにがしたいんだよ……。
「わたしと話すのは嫌ですか?」
「……………………嫌じゃ、ない……けど、今は話したくない」
「もうなにも言わないので、ここに居てもいいですか?」
「…………」
俺はなにも言わなかった。
暫くして俺は彼女の温もりに触れている中、再び眠りについた。
◇◇◇
「おやおや……また来てくれたんだね」
暗闇の中で美声が響く。聞き馴染みはあるけれど、誰かは判らない謎の声だ。
俺はまた夢の中で謎の声を聞いているらしい。この声が聞こえるのはこちらでだけだから、夢の中であると自覚する要因になっている。
「またそんなに傷付いてどうしたんだい?」
「誰だお前、馴れ馴れしいな」
「……そんなことを言われては傷付いてしまうじゃないか。こうして逢える頻度が増えてきて、こっちはほんっとうに喜んでいるというのに……」
なんだ? わざとらしく慰めて欲しいようなしおらしい雰囲気だしやがって……。
「君にこうして逢えるが、逢えていないのが不甲斐無い。声は届いても、君を慰める体がないのが悔しい……」
「急になんの話だよ…………。
まあでも、お前が俺をなんでか慰めようとしてくれるのは、ちょっとだけ嬉しかったりはするけどな」
「ほ、ほんとっ!!?」
「お、おう……」
まるでゼラに油揚げを買ってやると言った時くらいの食いつきだ。これは言わなくて良かったやつだったか。
「ふふ……ふふふっ! 君はいつでもどこでも優しくて言葉上手だな! そんな風に言われてしまうと、今すぐにでも君に逢いたくなってしまうだろう!」
「お前がポジティブに捉えすぎなんだ。俺は、別にそこまでのことを言っていないからな」
「すまない。どうも君の言葉一つ一つが嬉しくてしょうがないんだ。泣けない今を恨むほどに喜ばしいことなんだよ。
いやしかし、君と会話することができる今を大いに堪能すべきだな。さあもっと今の君のことを教えてくれ!」
「…………お前がせめてカクシだったなら、そういう気にもなったのかもな」
「カクシ!? それは……いったい誰のことだい……? 女じゃないだろうね!?」
俺に縋りつくような声の調子となった。まるで捨てられそうな犬のようだ。
「女…………そういえば、ゼラも最初は女がどうこう言ってたな。いや、あれは言い訳だったか」
「ゼラ――それはきっと彼女のことだね。君は、彼女を知る君なのか」
慌てふためいたかと思えば、重苦しい重圧を押し付けてくるような静かな声になった。
「……知ってるのか」
「うん……。いや、知ってはいないか……君を介して聞いたんだ」
「覚えていないな」
「君はここで話すことのほとんどを忘れてしまうから仕方ないさ。でも在ったんだ。
そう……逢ったこともあるんだ……。この手で触れたことすらある」
「また前世か。じゃあ、やっぱりお前も妖怪なんだな」
「君は、妖怪が嫌いかい?」
「…………嫌いじゃない。嫌いじゃないけど……今は特に、好きとは言えない。
これは人間でも同じか。妖怪だからとか、人間だからとか、で好き嫌いを判断すること自体が違うんだろうな。好きなやつは好きで、嫌いなやつは嫌いだ」
「そうか、君ならではの回答だね。そういう自己解決に及ぶ思考論理が素早いところは今も昔も、どれでも、変わらないようだ」
「その口ぶりだと、お前も多くの俺を知っていそうだ」
「勿論知っている! 知っているよ、この世で……いや、全知全能の神をも凌駕できるほど君という人間を知っている。愛がゆえにね!」
「ゼラと同じ口か。そんなに昔の俺、俺の知らない俺は魅力的だったのか?」
「ふふっ、君はなにもわかっていないよ。いや、君だからこそ君自身を知ることができないのだろう。
この胸をザワつかせる君は、他の誰も持っていないものを持っている。今も昔も、どんな時も、どこにいても、その素質と才覚は変幻しない。彼女もそれを知っているかは定かではないけれど、君は他に愛されるに相応しい人間だ。
しかし、それは同時に嫉妬するに値する欠点でもある。君にとってはそうでもないと思うが、こちら側にとっては胸を締め付けられる想いだよ」
「なんなんだそれ?」
「人に教えられては得られるものは少ない。君にはもっと頑張って欲しいんだ。心苦しくはあるけどね。
でも……その魂をくれるというのなら、この口も滑ってしまうかもしれないな!」
「どこのどいつとも知れないやつに教えられるかよ」
「そうだろうね。でも、君とはまた逢える気がするよ。こうして何度も逢いに来てくれるんだから!
肌を重ねることはできないけれど、遠い昔のように話ができるだけで廃れた心の癒しになるよ」
「ゼラにも言ったけど、俺は昔の俺じゃないんだからな」
「……偶に君の現在が見れる時があるんだ。
確かに違いはある。けれど、それでも君は君なんだ。仕草、佇まい、声、言葉、表情。なにからなにまでがときめかせてくれる要因になっているよ。
愛している。いくら時の針が進み、太陽が何度昇り沈みを繰り返そうと、君だけを愛している! きっとまた抱きしめてあげるから、待ってて。そしたらもう二度と離さない――」
彼女の言葉を遮るように声が遠のいていくのを感じた。
「……そうか――をする――。
や――――――たら――だよ」
なにを言っていたのかはわからなかったが、漸く眠れる気がした。




