30話 勿怪な岐線(2)
七瀬はまだここの雰囲気に慣れていないみたいだな。ハクには丁重に対応していると聞いていたが、元が内向的だからな。
「幻獣は、例を挙げるならばドラゴンやフェニックスというところだろう。滅多に見られない幻の魔物であり、通常の魔物には持ちえない力を持っているとされている。
麒麟は、相手の心の中を読むことができるらしい。ゆえに、悪の心を持つものには一切懐かないのだとか……」
「つっても、こいつら皆妖怪だから悪の心に染まってると思うけどな!」
「……だから、本当かどうかは定かではない!」
あらら……スミレが珍しく臍を曲げてしまった。ゼラがいる手前、俺に仕返しできなくて歯痒そうなのは見てて面白いけどな。
「皆さん妖怪なんですか……?」
「…………」
おっと……変な落とし穴に落ちてしまった……!
ゼラがなにか弁解しろと目で訴えてきている! ハク、なんとかしてくれ――ってなんか訝しんだ目をされているんだが……。呆れられた!?
俺のせい? 俺のせいか。数日ここにいたんだからとっくに知ってると思ってたのに、お前ら頑張って隠してたのかよ……!
「その……だな。まあなんというか……妖怪が了解、なんつってね!」
俺は親指を立てて爽やかな顔で親父ギャグを言い放った。
案の定この場はシーンと静まり返り、密かに俺は追い詰められてしまっていた。七瀬の口から出る「へ、へー……?」という微妙な反応に心を締め付けられた。
「……なにをしているんだか」
「空狐様、お父様が頑張っていらっしゃいますよ?」
「ん?」
クウにまで分かって貰えていないとは……我ながらなんという罪を犯してしまったのか……!
「もう隠す必要もないじゃろう。当分ここに居座らせるつもりなら、いっそのことばらした方がこちらとしても動きやすい。変に気遣う必要もなくなるのなら、それはそれで心の距離も縮まるじゃろう」
「……そうだな」
俺のギャグの意味は無くなったが、黒歴史に一ページ加えられただけと思えばまだ気が楽なのかもしれない。
「七瀬、こいつらは俺の仲間だが――人間じゃない。いわゆる妖怪、お化けの類だ」
「……お化け、ですか? わたしはてっきりこの人達が噂に聞くエルフだと思っていたんですが……」
「エルフ!?」
こいつらのどこが!?
「皆さん肌は白くて綺麗ですべすべで、美麗で、輝いています。エルフはそういうものとどこかで聞いたので、てっきり……。
ですが、お化け……ですか。全然そんなふうには見えませんね」
「ま、まあそうだよな……」
今は尻尾も耳も隠しているし、獣人に見えないとなるとエルフになるのか。確かに全員可愛いけど、そうはならんよな。
「ちなみに言えば! この儂こそがあの伝説の白面金毛九尾狐なのじゃ! 日本でも九尾と言えば、聞いたことくらいあるじゃろう!
どうじゃ? 感動で声も出んか!」
「キュウビ……はっ! キュウちゃんと呼んでもいいでしょうか……!」
「はえ!? え、あ、ま、まあ……よいぞ……」
なんか思ってた反応と違う、て感じだな。七瀬にとってはゼラもカクシと同じく年少者なんだろうな。
「話が逸れたが、麒麟の名前……どうする?」
「主が決めればよかろう。実際妖怪にとって名前なんぞ人間が勝手に決めているだけじゃからな。それに肖って自ら決める妖怪も増えているが」
「レッドさんが決めるのでしたら問題ないでしょう。私の名前を決めたのもレッドさんですからね」
「あのなあ……人をあだ名つけ要員にすんなよな」
「この中ではお主くらいしか名前に拘る者はおらんからのう」
「じゃあ七瀬は?」
「え、わたしですか!? わたし……人に名前を付けられるほど偉くないですし……」
それじゃあ俺が偉いみたいじゃないか……。
「仕方ないな……」
どうせこうなるとは思ってたけどな。
麒麟か。どこかの酒のトレードマークが麒麟だった気がするが、それじゃあ酒の名前みたいで嫌だろうし。
「じゃあ妥当なところでキリリンで」
今の今まで服を貰った喜びの踊りや舞を披露していた麒麟が、ハッと動きを止めてこちらを見た。
「反応しましたね」
「お兄ちゃん! ボク、キリリン?」
「お、おう……嫌か?」
「ボクがキリリンかぁ! うふふ! フフフン♪」
まるでカクシに名前を付けた時のデジャブだ。あの時も答えを言わずにあいつは……こうしてはしゃぎ回ったっけ。
「気に入ったようですね!」
「はい、中にリが二つ入っているのがとても可愛らしいです! 降魔くんは、名付けのセンスもあるんですね!」
「と、当然です……! ご主人様はこの地の領主であり、皆の王でもあるのですから!」
「ご、ご主人!? 降魔くんは、この綺麗な人よりも立場が上なんですか!?」
「き、綺麗だなんてそんな……人間のくせにお世辞が上手いですね」
もうちょっと余韻に浸らせて欲しいのに、ハクはなにをムキになったんだか。今は照れてるし……。
「キリリンか。まあ儂の名には及ばす、良い名じゃな!
よし、人間の小娘のことはアカヒトとハクに任せるとしてじゃ、もう飯にしよう!
クウ、退屈させて悪かったのう。共に行くのじゃ!」
「ん」
「任せるったってお前ら……ここの第一責任者はお前だろゼラ」
「何を言っておる。領地の責任者はお主じゃろう! あとは任せたぞ!」
「パパ頑張って」
「あ、へい……」
もう我慢ができないらしく、ゼラはクウとシノンを連れて行ってしまった。
要件だけ狐か。妖怪ってやつは仲間想いに掛けてるよホント。
「人間、わたしもここらではける。修行はまだやめておいてやるが、体がなまらないようにだけはしておけ」
「スミレも行くのか!?」
「わたしはここに詳しいわけではないからな」
「そ、そっすね……」
スミレまでが去って四人が取り残されてしまった。
キリリンが楽しそうに俺を椅子のようにして座り始める。すると、ハクがパンと手拍子して皆の注目を集めた。
「では、四人ですし大富豪をしましょうか!」
「なんで!?」
「この前、わたし一度しかやってないじゃないですか! キリリンさんもきっとやりたいですよ!」
お前がやりたいだけだろ……。
「大富豪って……もしかしてトランプのゲームのことでしょうか……?」
「ま、まあ……こっちでのコミュニケーションの一つとして作ってみたんだが、結構好評でさ。こいつみたいにのめり込んだ奴が多いんだよな。
今じゃ屋敷内のどこにでもトランプが出回っていて、トランプで遊ぶ妖怪が増え始めているらしい」
「妖怪がゲーム……とても面白そうですね!」
「……ゲーム?」
キリリンが疑問符を生じさせていた。小首を傾げる様がとても可愛らしく、額の上にある角が獣感を逆撫でしてより愛らしい。
しかし、キリリンが一人でゲームをするというのは難易度が高い。ここは俺がレクチャーしながら一緒にやるようにするか。
「じゃあ俺がキリリンと一緒にプレイするよ」
「承知しました。でしたらわたしが二人分プレイしますっ! フンス!」
「いやいや、なんでだよ……」
「あの……すみません……。わたし、大富豪のルールがいまいちよく判っていないのですが……」
「そうだったのか。まあキリリンもいるし、改めて大富豪のルールを説明するから安心しろ。
まあでも、大富豪は結構奥が深いゲームだから説明が難しいんだけどな。追加ルールとかローカルルールもあるからな」
「はい、それは知っていました。ヤギリなるものがあるというのだけギリギリ知っています!」
「おっ! それを知っているなら、今回ヤギリは有りでやっていこうか」
「レッドさん!」
「な、なんだハク……?」
「ここからの説明はわたしが担当しますっ!」
「別にいいけど……」
ハクはトランプに対して大分やる気満々だな。ダウトの時はここまでじゃなかった気がするが、この前は賭け戦にしたからな……違う面白さを教えてしまったのかもしれない。道を間違えたか?
「では実際に見せながらやってみせるので、ちゃんと覚えてくださいね!
レッドさん、以前行ったフツウルールなるものでよろしいのですよね?」
「それしかお前知らないだろ。あんまり複雑化したくないし、それが丁度いいんじゃないか?」
「そうですね!」
めちゃくちゃハキハキしてんな。相当やりたかったんだな、大富豪。
ハクは、トランプのカードを畳みの上に並べて見せた。
「初めに山札からそれぞれカードが配られます。今回は三人なので、三等分ということになりますね! 手札が揃ったところで、最初の手番になる人を決めてゲームがスタートします。
大富豪は基本的に数の勝負なんです! 3より4が、4より5が! 数が大きければ大きいほど強いのです! こうして前の手番より大きい数を場に出していきます。注意して頂きたいのは、既に出ている数より弱い数を出すことはできないという点ですね。
全ての手札を一番早く失くすことができた人が大富豪――勝者です!」
活き活きしてるよ、あのハクが。しかし何故だろう、楽しそうなところ悪いがあの縦に揺れる胸に目が行ってしまう……。
「わかりやすいですね。これなら覚えやすいですし、キリリンちゃんにもできそうです!」
「ここで一番のキモになるのは、数の大きさが強いとはいえ例外があるということ!
先程小さい数よりも大きい数の方が強いと言いましたが、中でも1と2は一番大きい数字である13よりも強いんです! 実際に強い順に数を並べて見せますね!」
2、1、13、12、11、10、9、8、7、6、5、4、3。
うん、合っているな。まだ一度しかプレイしていないというのに、ハクは物覚えがいいな。
「3が一番弱いってことでしょうか?」
「その通りです! この並び順は覚えておいてください。ゲームの戦略に多大な影響を及ぼしますからっ!」
「では、ヤギリというのは?」
「そうヤギリ……とてもかっこいいニュアンスですよね!
大富豪のワンプレイが終わるのは全員が出せるものがないとなった時限りですが、これには抜け穴があるのです! それがヤギリ!
8の数を出した時、他の手番に行く前にプレイが切れます。つまり、8を出したら次は自分の手番から再び開始することができるということなんです! 素早く手札を失くさなければならないこのゲームにおいて、このヤギリの使いどころは見極めなければなりません」
「……?」
難しいことを考えている顔になってるな。これに関してはやってみなくちゃわからないだろうな。
「とりあえず一度やって確かめながら覚えて行こうぜ」
「そうですね! では、例の革命というルールは無しでいきましょう!」
◇
◇
◇
それから俺達は大富豪を楽しんだ。
意外性というか驚かしてくれたのはダークホースキリリンだった。運という運に好かれているのか、よく山札を切っているはずなのにキリリンの下へと強いカードが揃ってしまう。
確かにキリリンはカクシという神に愛されていた。しかし、この子はトランプの神にでさえ愛されているのか……!
「大富豪は、前回ゲームの敗者――大貧民が手札の強いカード二枚を大富豪様が選ぶ好きなカードと交換しなければならないゲームです……。
しかし、どうしてキリリン様は開始時点で強いカードをいくつも持っているのか……。まさかこのわたしがリコさんの立ち位置に立つとは思いませんでした……!」
「あはは……でも、ハクさんもわたしよりもお上手ですよ」
「ふふ~ん! お兄ちゃん、ボク凄い? ボク凄い?」
「ああ、ハクのあんなに悔しそうな顔なんて久しぶりに見たぞ! その調子で大富豪の威厳を見せてやれ!」
「うん! ボク頑張る!」
手札が強すぎてもう戦略とか関係ないからできているような気はしているんだけど、異様に運がいい奴っているんだな……。
「お兄ちゃん、また2出た!」
革命なしじゃこういうのが続きそうだな……。




