30話 勿怪な岐線(1)
セーリジュリア公国南東にあるグラエラ伯爵領のグラエラ家が所有する館。一日が終わりそうな夕方、そこをわたしと月紫、梶ケ谷さんの三人で訪れた。
お呼ばれした理由は、移動派にある。彼らがグラエラ伯爵をとある伝手で色々と世話を焼いてもらっているらしい。
久しぶりに会って早々、武蔵野くんの変わりようには驚かさせた。元々こちらの貴族と遜色ない顔立ちだったけれど、皇帝のような衣服に身を包んでいたのでそれが更に増した気がする。
「久しぶりですね、とても見違えました」
「ああ、運が良かっただけなんだけどね。他国へ移動している最中に山賊の不意打ちに遭って怪我人も出たんだけど、ここの凄腕が助けてくれたんだ」
「怪我した人達は大丈夫だったの?」
「それも伯爵が気を利かせてくれてね。それでいて衣類も見繕ってくれたから凄く助かっているよ。
何人かはまだ療養中なんだけど、もう少し時間がかかりそうでさ。話し合った結果、重症者は君達の所にいてもらおうと思って来て貰った訳なんだ」
「武蔵野くん……それでその……カヒトがいたなんてことなかった……?」
「……一応探しはしたんだ。伯爵にも聞いてみたが、それらしい情報はまだ出ていない。制服を着た黒髪の男といえばこちらでは珍しいはずなんだけどね……」
「そ、そっか……」
月紫は残念そうに俯いてしまった。
ここ最近はずっと彼のことを気にかけていたから余程残念なのね。これだけ探して見つからないんだもの、仕方ないけれどやっぱり探す場所が見当違いなのかもしれないわ。時間が掛かりそうね。
「皆は元気? あれからそろそろ二週間経ちそうだけど」
「元気かどうかはわからないな。でも、大きい魔物を狩った時とかはうるさいくらいはしゃいでいるけどさ」
「まあそうだよね……この世界へ来てずっとはしゃいでいるのなんてきっと基山達くらいなものか」
「……そろそろ本館に着くよ」
皆が泊めてもらっているのは館の一階と二階。二階は、元々メイドなどの従者を寝泊まりさせていたところを空けてくれたらしい。余程寛大な心を持った貴族なんでしょう。おかげで重傷者以外の皆が同じところを使えている。
外から見れば一つの館なのだけれど、内側は東の館、西の館、そして中央の館に分けられる。全て一階から行き来ができて、東の館は絵を描く為に造られたらしく芸術作品が多いのだとか。わたしは、そういうものに興味があるから是非一目見てみたい。
反対の西の館は、元は家族の――確か死んだ母の部屋だったみたい。伯爵はそこを改装して医務室兼多くの人が寝泊まりできる寝室にした。重傷者の多くはここで寝泊まりしている。
と、これらは近くの街からの移動中に武蔵野くんに聞いたこと。なかなか快適に暮らせているみたいね。
外観は、庭も含めてまるで少女漫画に出てくる学園のような広さ。お庭に花が一杯で正直憧れるわね。
「くれぐれも失礼なことは言わないでくれよ?」
「勿論!」
たぶん武蔵野くんが一番警戒しているのは返事をした梶ケ谷さんね。でも、わたしも気を引き締めないと。
武蔵野くんが扉を開けると、とても広いエントランスで二人の男性と一人の女性の計三名が迎えてくれていた。
一人は、おそらく伯爵本人だろう壮年そうな男性。黒いマントに身を包み、釣眼も相まってなんとなく怖い。
二人目は、物言わぬ岩のように表情がなくそれでいて体が大きい男性。従者の一人だろうけれど、愛想がないからこの人も怖い。
三人目は、メイド服に身を包んだ女性。ドレッドヘアーでニタニタした笑顔が印象的。しかし、この二人の隣にいるせいかぎこちない笑みに思えてしまう。真っ黒のサングラスを掛けているのが更に怪しい。
この人達、大丈夫なの……?
「よく来たね、ミスター・エヴァンスの友人達。私はここの主人で伯爵でもあるグラエラ・コモン・バインだ」
まあ、武蔵野くん達がお世話になっているのだし、失礼するわけにはいかない。
「はじめまして、わたしは朱里。こちらが月紫で、こちらは来琉です。
この度はわたし共の友人を助けて頂いたようで、誠にありがとうございます」
握手を要求すると、伯爵は快く受けてくれた。
「いやいや、感謝など不要だよ。人助けというものは当たり前にできてこそ貴族の誇りというものだからね」
「流石はグラエラ様、その名に恥じない行いに感服致します。ええ」
「俺からも改めてお礼がしたい。しかし、こちらもあまり裕福ではない身の上で、差し出せるものがなく……ですが、冒険者としてなら役に立てることはあるはずです」
「それはそれは有難い! キミ達のような有能な冒険者がいてくれると、民衆がとても安心して生活することができる。ささやかではあるので安心して欲しいのだが、私も後で頼むことがあるだろう」
「はい! お任せ下さい!」
「素晴らしい提案ですね! ええ」
「今は体を休めるといい。ミスター・エヴァンスの友人達も今日のところは泊まっていきたまえ。部屋なら十分の広さがあるのでね」
「えっと……」
「すみません、そこまでして頂けるなんて!」
「なあに、未来の投資というものさ! 部屋ならまだ余っている。このメイドに女性専用の部屋を用意させよう、ここには大浴場もあるゆえごゆるりと満喫してほしい」
「大浴場!」
梶ヶ谷さんが一番に目を輝かせていた。それまでの粛然とした態度が一変するほどの食いつきだ。
「こちらです。ええ」
「では、ここでいったんお別れだ三人共」
「皆集まれるよう、夕食は広間に用意させよう。キミ達の話も聞きたいからね」
「なにからなにまで……ありがとうございます」
笑みを綻ばせる伯爵の綺麗顔を一瞥し、わたしは先を行くメンドさんの後を追った。
ただわたしは不安でしょうがなかった。武蔵野くんもああやって信用しきった目をしているから言えないけれど、どうも胡散臭くていけない。
伯爵から視線を切る最中、舌なめずりをしたように見えたのも勘違いだったのか。
それになにより、伯爵や大男、メイドさんだけでなくこの伯爵邸の至る所から感じる不穏な空気がわたしの背中を凍えさせていた。
この異様なまでの雰囲気はいったいなんなの……?
◇◇◇
動けるようになって間もなく、俺は自室で七瀬と再会を果たした。麒麟を連れていたということと、俺がゼラやハクにあげた制服と同じ物を着ていたということで、領地に連れてきたらしい。
麒麟も懐いているらしく、相変わらずのカクシの姿で二人して手遊びをする姿は本当に微笑ましい。「せっせっせーのよいよいよい」と懐かしい言葉も聞けて和むことができた。
そんな折、ゼラを初めハク、スミレ、クウ、シノン、七瀬、麒麟の8人を交えて話し合いをすることになった。
主に麒麟の意向についてが目的だが、そもそも七瀬と会うのが久しぶりというのとこの場所について説明しなければならないと思い立った。
皆、七瀬の前だからか耳と尻尾を隠している。命じていないのに配慮してくれるのはありがたい。
「やはりアカヒトの友人じゃったか」
「ああ……ここを離れた時に再開したんだ。
どうやら妖怪に乗り移られていたみたいでさ。ほら、お前と出逢った時にいた妖怪がいただろ? あいつが七瀬の中にいたみたいだったんだけど、そん時俺はカクシに助けられた……」
「…………そうじゃったのか」
「他にも同じような人間がいらっしゃるんですか?」
「あ、ああ……そういえばあまり言ったことなかったな。俺達、こっちには計30人くらいで来たんだ。学校のひとクラスぶんだな。俺にとってはどうでもいい枠組みだけど、できれば七瀬はあっちに戻してやりたいと思っている」
「ま、待ってください降魔くん! わたし、一人で戻るつもりはありませんよ!?」
不安そうな顔だ。放り出すとでも思ったのだろうか。
いや、単に俺も戻れという意味だろう。
「あいつらも心配しているだろうしな……」
「それは降魔くんもです! 月紫さんなんか見栄は這っていましたけど、ずっと心配していたんですから!」
「……」
月紫が心配……なくはないとは思えるかもしれない。けれど、今更あそこに戻る気持ちはまったくもってしてこない。
俺にとって居心地のいい場所は、あそこではなくここなんだ。
「まあ、暫くはここに居てもらうことになると思う。まだあいつらがどこに居るかわかったわけじゃないし、麒麟もお前に懐いているみたいだしな」
「キリンって…………この子のこと――ですか?」
そうだ。カクシの容姿を持ち、尚且つその意志は元小さな俺の容姿を持っていた性別不肖のこの子供だ。
大きくなったことで成長しているということらしいが、これなら麒麟であることを隠しやすそうだし助かりはするかもな。
「にしても……その格好と名前はなんとかしないとな」
「そうじゃな。彼奴と同じ服装に愛着を持っているならまだしも、そんなボロ雑巾のような格好ではなにかと不便じゃろう」
「ハク、この前記憶遊びでゼラが出した衣類の中から何か適当に持って来てくれないか? たぶんゼラかスイレンあたりのサイズが合うはずだから」
「承知しました」
記憶遊びというのは、俺が寝たきりだった時にゼラが始めた遊びだ。俺が動けなかったことで暇したゼラが「妖怪をドレスアップさせるのじゃ!」とかなんとか言ったのが事の始まり。
おかげで俺の記憶からいくつかの女性ものの私服を生成し、ファッションショーなるものが行われた。俺はその審査員の一人だったのだが、案外俺の記憶の中にあった服は役に立つらしい。
暫くしてハクが持ってきた水色のワンピースを与えると、麒麟は興奮した面持ちで身体をくねらせた。
「わぁあ! あはは♪」
「やっぱり女の子の体だから、こっちの方が合うな」
ハクが一枚しか持ってこなかったので心配になったが、こいつの見立てもかなり成長しているようだ。麒麟の無垢な性格に映える彩りとフリフリだ。
「ありがとうな、ハク」
「いえ」
素っ気ない返答はハクらしいが、頬を赤らめているのは照れている証拠だ。
「で、名前だけど……流石に麒麟てそのまま呼ぶのは避けたいんだよな。麒麟って幻獣って聞いたし、狙う奴もいるかもしれないからな」
「幻獣は各々の国では特別保護獣に認定されている。見つけたら手出し無用という法に則るのが世間一般だろうが、確かここヴァルファロスト王国では領を統治している人物が規定を作る方針だったはず。
ゆえに、この領地を統治している人物――お前が幻獣を保護するか否かを決めることができるし、幻獣に関して領地限定の法を定めることもできる」
そ、そうだったのか……領主なのに初耳なんだが。スミレは物知りだな。
「あ、あの…………ゲンジュウっていったいなんなんでしょうか……」
七瀬が苦笑いしながら小さく手を上げていた。




