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27話 縁者と妖幸不(3)

 紙一重で躱すことはできたが、俺は爆風で吹き飛ばされ50メートル程を後退するハメになった。魔法のパワーだけで言えば、俺なんて足下にも及ばないだろう。月紫と同じく、こちらに来て身に余る力を手に入れたらしい。

 爆発の影響か、それともカクシの力が弱まったせいか、どんどん世界が真っ白へと塗り替えられていく。

 カクシ……もう自身のいる世界でさえ保つことができないほどなのか。


「いいぞいいぞ基山! その調子だ!」


 カクシの世界だというのに俺の方がアウェイだ。俺を完全に下に見ている。

 けど、基山だけは少し違和感を感じつつあるみたいだ。顔にイラつきが表れている。今の攻撃で倒せなかったことを悔しがっているのか。


「てめえがこれまでどこでなにをしてたかどうでもいい事だけどな……てめえの置き土産のおかげで俺達はこの世界を堪能できている! 感謝するぜ赤人」

「別に、お前達の為に教えたわけじゃないしな。感謝される理由はないし、そのつもりもないだろ」

「あはあ……よくわかったな。そこで悪いんだが、てめえはここで死んどいてくれや。

 てめえは、生きていない方がなにかといいような気がしてならねえからさあッ!!」


 誰にも教えられていない型のない剣の振る舞い。いつも見ているのと比べて完全に見劣りする剣戟けんげき。そして、受け流すのにもってこいの拙い体捌き。基山の攻撃までの流れの間に隙が幾つも見つけられた。

 刀は当てるだけでいい。当てる場所さえ気をつければ、相手の流れに身を任せてなす!


「は?」


 それは一瞬の出来事だ。振り下ろされた剣に対して斜めに受けた刀でそのまま流す。基山をまるで子供を相手するかのように転ばせた。

 ここにできたのは強者と弱者の視点。これまでは――いやあっちの世界では俺が泥水を啜る奴隷で、威風堂々とした彼を見あげていた。

 ――でも、今は俺が弱者きやまを見下ろしている。


「お前だよ基山。お前の方がこの世界に不必要な人間だ」


 初めて味わう優越感に鳥肌が立った。基山に力で負ける気がしない自分を心底賞賛した。


「基山くんがいなされたね」

「いや、まぐれに決まってるだろ! あいつにあんなことができるなんて奇跡でしかねーよ!」


 基山の頭の血管が切れる音がした。


「ブチコロス……ッッ!!」


 すぐさま俺に襲いかかろうと剣を振り回し始めた。だが、それは子供のような適当な線を描き繰り返すだけのもの。当たらないからと徐々に大振りになっていって余計に躱しやすくなっていく。

 俺も前はそうだった。刀を持ち始めの頃、思っていたより扱い方がわからなかった。でも今は――妖術を何一つ使わなくても負ける気がしない。


 高らかな金属音が響くと、基山の剣は折れていた。剣の弱点は平たい側面だ。少し力を入れて叩くだけで同じ剣にも斬られてしまう。妖刀の前では鉄の定規みたいなものだ。


「もう終わりだ。武器を失ったお前とそうでない俺とじゃ戦力が違う」

「……は……ははは……あはっあはははは!!!」


 なんだ……? 変な笑い方して、壊れたのか?


「図に乗るなよ三下!! まぐれ当りで武器を壊したくらいで俺より強いつもりか!!? こんなボンクラ、いくらでも替えのきくただの棒きれに決まってるだろ!?

 よーしわかった! お前は魔法で消し炭にしてやる! そこのガキ女も一緒に処刑タイムだァ!!」

「魔法!?」


 まずい……自分はなんとかできてもカクシを守れる保証はない!


「クソッ!!」


 基山が掌を頭上に掲げるのを皮切りに俺は項垂れたカクシのもとに走った。


「死に晒せゴミカスがァ!! シャインクラッシュボールだッ!!」


 カクシの前に着き、振り返る。

 既に影ができていたから嫌な予感はあったが、想像以上に大きい光弾が俺達へと迫っていた。


「【黒衣武装こくいぶそう】!!」


 右腕を中心に漆黒を纏いながら俺は刀を前に構えた。

 妖力が柄を伝って刀を黒く染めながら禍々しいまでに妖気を漂わせた。


「お兄さん……」


 借りるぞお前らの力。

 雨堵さめがきは、天をも斬る妖刀だ。ただの光の玉くらい――


「ぶった斬ってみせろ――《黒絶こくぜつ》!!」


 縦に左右を別つように一閃が飛んだ。

 その瞬間、刀より現れた黒い斬撃が刀を振り下ろすと同時にプリンを切るように光の玉を二つに割った。

 一瞬だけ見れることができた魔力の断面が黄色のテーブルみたいで綺麗だった。

 魔法は、その状態を保つことができなくなったようで直ぐに左右で爆発を起こした。


「は、はは……ハハハハハハハ!! 弱いくせにしゃしゃりでるからこうなる! お前みたいな底辺が俺に勝てるわけねェだろうが!!

 ガキ一人守れない醜い醜悪しゅうあくクソカスが、さっさっと消えていればこうはならなかったのにな!! 亡霊なんざ、最初からいなかったということだッ!!

 俺の前に出て来たのがそもそもの――」

「霊?」


 昂って吐き捨てていた基山の表情が固まった。

 黒煙に巻かれる中に浮き出るシルエットに驚いているようだった。


「それは違うんじゃないか……確かにお前と同じ人間だというなら、俺は嫌だ。お前らなんかと一緒にされるのなんて死んだ方がマシだ。

 俺は人間じゃなくていい。お前みたいのが本当の人間だって言うなら、俺は……妖怪こっちがいい!

 お前達をぶっとばすあやかしを含んだ俺は、妖怪きらわれもので十分だ!」


 自身を含めカクシを護るように展開された俺の着る装束があった。妖気に反応するようにして袖が伸び、爆発から身を守ってくれていた。

 黒色無双の光遮断率は99パーセント以上。ゆえに光魔法によって受けるダメージは塵ほどしか通さない。

 ありがとな、ハク……。


「大丈夫かカクシ」

「ボクを庇って死ぬとこだよ! 早く逃げてって言ってんじゃん! 逃げ道はこっちで用意するから!!」

「うっせ! 俺はお前を助けに来たんだよ!

 それに、こいつらからまた逃げるなんて俺は嫌だね。過去の自分を乗り越えるにはもってこいの状況シチュエーションだ。逆に感謝したいくらいだよ!」


 伸び縮みするこの装束は使い勝手がいいな。少しくらいならカクシから離れても守れそうだ。


 元同級生の面々は、俺に余裕を与えたくないようだった。基山との一騎打ちを見るのに飽きたのか、富樫が背後を取るべく動いたのが視界の端でわかる。

 多人数が相手か。だが、妖怪相手ならそれも経験済みだ。むしろ足りないくらいだぞ!


「さっさとはけて身ぐるみおいてけよ――野獣銃サルベージガン!!」


 見ていない内に富樫が銃を持っていた。黒く大きなハンドガンで、銃身が長い。

 銃口から出たのはおそらく魔力そのものだろう。速度は先程の基山のものよりはるかに速く、スピードと貫通力の高い攻撃だ。

 その速度でも普段見慣れたスミレの動き以下だな。簡単に切断できる。


「なに!?」

「レオ! 邪魔すんな!!」


 軽々と切り裂いて見せると、富樫のおののく顔が見れた。

 性懲りもなく基山が距離を詰めてくる。先程より素早くなっているのは気のせいではないだろう。身体強化系の魔法でも使ったのか、足取りもしっかりとしてブレがほとんどない。

 武器を持っていないのに、このまま殴り合いにでもするのか。安易に乗るには情報不足、ここは受けるよりこっちの方がいいな。


「《粘罠円網ねんみんえんもう》」

「があ!!?」


 基山は足をつっかえて前へと倒れた。俺の出した蜘蛛の巣に足を取られたのだ。

 絡新婦ほどの粘着力と耐久力はないが、暫くの足止めはできるだろう。

 よし、先に富樫の方を――


 富樫の方へ足を進めようとした瞬間、顔面すれすれに一本のナイフが通り過ぎる。


「ちぇ……はずしたか」


 舌打ちをしながら睨み付けていたのは庄司。

 およそ百メートルは離れているだろう遠距離からナイフを放ってきたのか。バカみたいな腕力と技術……先にあっちの方がいいかもしれない。

 だが、あそこはカクシから離れすぎる。ここはこのまま富樫を倒す!


「よし庄司、どっちが先に当てるか勝負しようぜ!」

「……まあいいけど」


 バーカ。お前らにそんな余裕持つ資格なんかねーよ!

 呆れてしまうほどに隙だらけ。銃口を向けていつかは当たるだろうと夢を見てる奴の攻撃なんか当たるかよ!


「ちっ……」


 庄司は、動いている俺を的確に射貫く自信がないのか投げるのを渋りだす。その内に俺はゲームのボタンを連打するように乱発してくる富樫へと迫った。

 俺の腕は、雨堵をしなやかかつ鮮やかに動かして光弾を切り裂き無力化した。自分でも驚くほどの早業に胸が躍る。

 余裕余裕!


「くそ……なんで当たんねーんだよ!!」

「どこを狙ってんだへたくそ!」


 黒衣武装はしているが、妖力を感じることのできない鈍感な富樫は状況が理解できていないようだった。ほとんど真っ白な空間で直線的に走ったことにより、遠近感がバグったのだろう。富樫にとって俺は一時的に瞬間移動したかのように思えたはずだ。

 自信満々だった富樫の顔色が青ざめる。お気に入りだった拳銃を一太刀で真っ二つにし、喉元に切先を突き立てた。


「ど、どうするつもりだよ…………お、俺を殺したらお前犯罪者だぞっ!!!」


 震えながらの必死の命乞い。ぴーちくぱーちくとバカバカしい程にうるさいが、以前下に見られていたのが嘘のように滑稽に思える。


「俺が殺さないとでも思ってんのか? 生憎こっちには前の世界みたいに警察はいないし、人が殺されるのなんて当たり前だ。お前らを殺したところでどうもならないさ」

「お、お前ら! こいつを殺せ!!」


 ん? どこにも殺気はないのに、こいつは何を言っているんだ?


「お、おい! なんで出てこないんだよ!! このクズを殺せ!!

 なんでだよ! どうして出てこない!!」

「なんの遊びだ?」

「おおお、お前、わかってんのか! 俺を殺したら仲間全員で――」

「来ればいい。全員まとめて殺してやるよ! お前らみたいなクソ野郎共を根絶やしにできるのなら、俺は人殺しの鬼となる! 粋がって他人を見下していたお前らを地の底へと叩き落してやるよッ!!」

「…………」


 富樫の顔に恐怖の色が見えた。まさしく人間が妖怪に恐れるそれに思えた。

 もちろんその気はないが、ここまで怖がってくれるとやりやすい。


「赤人くんは――あの子は守らなくていいのかな?」


 富樫を脅していたことを嘲笑うかのような庄司の一言に寒気がした。

 妖怪が怖いだって? 違うな。怖いのは妖怪ではなく、妖怪を生み出す穢れた心を持った人間の方だ。


「ッ――」


 振り向きざまにひた走る。庄司によって放たれたナイフは速度を落とすことなく直線的にカクシへと向かって行った。


 俺は、この時間をスローモーションに感じていた。一足進むごとに幾分か進んでいるナイフを呪いたくなるほどに焦燥に襲われた。

 庄司あいつも平気で人を殺そうとすんのか!? 元の世界の奴らは力を得たせいで性格がひん曲がってんのか!!?

 やっぱり情けなんて不必要なクソ野郎共だな!!

 クソ……。まただ……このままじゃ間に合わない……!!

 いつもこうだ。一人でバカみたいに走って、戦って……そんなに壊したいなら――壊れてやるよ!!!


「――《黒衣武装こくいぶそうまだら》!!!」


 ぐわんと視界が揺らいだ刹那、一考する余地すらないほどに全身が何かに支配された。

 手や腕など局所が黒くなっているのはいつものことだ。だがしかし、今回はそれがチーターや虎などのようにまだら模様となって全身を包んでいる。

 気付いた時には俺はカクシを庇うように屈んでおり、俺の肩にはナイフが刺さっていた。

 痛みはないが酷く疲れる。思考も遅れているような気がする。更には、庄司へ向けて今まで考えたことがないほどの殺気と憎悪を向けていた。


 コロスコロスコロスコロス…………。


 何度もその言葉が脳裏で廻った。妖怪の本能を体現するかのように、目の前の害悪を殺したくて仕方がなくなっていた。


「グルルルル……」

「はは……まさか間に合うなんてね……。正直、その結果は想定していなかったよ」


 若干引いていたが、それでも庄司の表情には余裕が残っているように思えた。

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