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27話 縁者と妖幸不(2)

 目を開くと、見えるのは天井ではなく空だった。雲一つない快晴の空だ。いつの間に日向ぼっこでもしていたのだろうか。

 記憶がはっきりしない。もう少しこのまま寝ていようか。


「あれあれ? おにいさん!」


 まどろみに身を任せようとするのを一人の少女の声で起こされる。顔を覗き込んできたのはカクシだった。


「ああ?」

「どうしてこんな所にいるの?」

「どうしてってそりゃあ…………お前を助けに来たんだよ」


 ただのおちゃらけたジャブのつもりだった。だけど、何故かそう言った方がいいと思ったのも確かだった。


「あれあれ? 助けにって……助けられに、の間違いなんじゃないの〰〰?」

「はあ?」

「だってこの前助けられてたのはお兄さんのほうなんだもん! 妖怪に憑りつかれた人間に殺されそうになっていたのを助けたのはボクの方だよ?

 あれあれ? そういえばあの時の人間……お姉さんだったような……?」

「そんなこともあったな……」

「ついこの前の話だしっ!」


 体を起こすと、カクシは俺の隣に座った。

 俺達は草原の丘にいて、どうにも居心地がよさそうだ。心地良い風がそう思わせてくれる。

 こんな所が近所にあったんだな。今度、皆でキャンプ的なことでもしようか。


「カクシ、今度お前も一緒に……」

「ん?」


 言葉が詰まる。

 あれ、なんでこんなにこいつに何か言おうとするのが難しんだ? そういえばあの時、カクシには悪い事言っちまったからな。まずはあの時のことを謝らないと。


「カクシ……この前は本当に悪かった」

「あれあれ? お兄さんが謝るんだ、珍しいね!

 でも、ほんとだよ。お兄さんてば頑固だから全然ボクの言うこと聞いてくれないし、ダメダメだね! うん!」

「だから悪かったって……」

「ボクは神様だから、許してあげるんだけど! でも、皆にあんなんじゃ先が思いやられるよ?」

「神様らしいことは何一つしてない気がするけどな」

「あれあれぇ……それを言うの? でも、神様が人間に何かしてあげるなんてこと、普通ないからこれはこれで普通だと思うけど!」

「そうだな。世の中理不尽なくせに神様は一向に仕事をしてくれないから、俺達みたいな逸れもんが不幸な目に遭うんだよな」

「あはは……。

 で、お兄さんはどうしてここに? ボクに逢いたかったのかな?」

「…………ああ、逢いたかった」

「え……」


 カクシの顔が薄紅色に染まったが、今はどうしようもなくカクシに逢えたことが嬉しいのは本当だ。こうして逢えたのがとても懐かしく、とても喜ばしいことのように思えてならない。


「お前、うちに来いよ。一緒に暮らそうぜ。

 俺もなんとかあの屋敷に馴染んできてさ、少しずつだけど妖怪の中にいるってのも悪くないって思えるようになったんだ。あの時は突き放しちまって悪かったけど、もうあんなことには――」


 カクシの顔を見た。泣いていた。

 唇を震わせ、咽び泣いていた。


「おい、どうしたんだよ……。いや、別に無理に来いとは言ってないんだけど……」

「……もう手遅れだよ、お兄さん」



 ――ドクンッ!



 カクシの言葉と泣き顔が俺の胸を強く打った。

 なんだこの胸騒ぎは……今にも消えてしまいそうなくらい儚いカクシを見ていたくないと思っている。

 そうだ……俺は、カクシを助けにきたんだ!


「カクシ、ここはどこなんだ!? 早く出よう! これ、お前の世界なんじゃないのか? だったら――」

「出れないよ。誰一人としてここから出ることはできないよ」

「ど、どういうことだよ……」

「ボクは隠し神。人間を隠し、恐れられることで神となった忌むべき存在。

 そんなボクが人間から災いを受けて、そのまま帰す道理はないよ。彼らには死ぬまでここにいてもらうことになっているんだ」

「お前、なにかされたのか? だから七瀬達だけあの水の世界に置いていたのか!?」


 カクシの足元から黒い邪気が生えだした。その顔が憎悪に染められるのに呼応するかのように。


「人間はやっぱりボクにとって忌むべき存在だよ。自分勝手で傲慢、平気で他人から搾取する呪われるべき害悪さ」

「……本気で言ってんのか」

「もうお兄さんと遊ぶつもりはないよ。この国の全員が死んだ時、既にボクもいなくなっているはずだからね……」

「いますぐやめろ! そんなことしたって、この世から人間がいなくなるわけじゃないだぞ!!」

「安心してよとは言えないけど、少なくともお姉さんやお兄さんは外に逃がすつもりだよ。ボクに少しの間だけでも優しくしてくれたからね」

「…………たく、お前らはつくづく極端なんだよ。関係ない奴等を殺すのにどうしてそう躊躇いが無いんだよ!」

「これを見ても、そんなことが言える?」


 脳に直接映像が叩き込まれた。それはカクシがこの状況に追い込まれた一部始終だった。

 この国に基山達が訪れていたのには驚かされたが、嫌な予感を的中させられたように奴らは七瀬やカクシを襲った。カクシは七瀬を助けようとしたが、敵が多く不意打ちもあって敗北してしまった。

 これが最後の手段だったんだろう。カクシは憎悪に任せるようにして王国一つを術中に入れた。


「……わるか――」

「謝らないでくれるかな! 同じ人間でも、関係のないお兄さんからの謝罪なんてこれっぽっちも足しにならないんだからさっ!!!」


 言葉が見つからない。同じ人間といってもまさか同じ世界から来た基山達のせいだったなんて考えもしなかった。あいつらがあそこまで酷いことをするだなんて思いもしなかった。


「だけどそれなら、関係ない国の奴らまで殺すなんて間違ってる! お前が死ぬほど恨んでいるのは、あいつらだけだろう!!」

「やっぱりお兄さんは優しいね。どうでもいい他人の為にそんなことを言ってあげるなんてね。

 でも仕方ないんだよ。あのクズ共を今の状態で殺そうとしたら、全員殺すしかないんだから。結局程度の問題なのさ、人間なんて他にもいくらでもいるんだから必要な犠牲と思って放っておいてくれないかな」

「ダメだ。お前に誰かを殺させはしない!」

「また子供扱い? 何度も言うけど、ボクは神様なんだ。お兄さんの言うことを聞く義務なんて微塵もありはしな――っっ……ぐ……ぐふっ……」


 急にカクシが苦しみ出した。胸を押さえ、四つん這いになってえずく。


「もしかしてお前……もう……」

「はぁ……はぁ……あいつらを殺すまでは消滅できない……!」

「バカ野郎! そんな身体で膨大な妖力垂れ流して、そんなことできるわけないだろ!!」

「っ…………お兄さん知ってる? 妖怪はね、多大な怨念が形と成って現れるものが多数を占めているんだ。ボクもその一人だった……。

 親にね、忌み子として暗い洞窟に隠されたんだ。ただ幽霊が見えただけなのにさ。最初はどうしてって思ったり怖かったりしただけなんだけど、次第にねこんな目に遭わせた親を呪ったんだよ。殺したいほどに憎かった――。

 今回もそれとなにも変わりはないんだ。呪いたいから呪い、殺したいから殺す。妖怪は人間の理不尽以上に理不尽を享受し解放する存在であることを知らしめるんだよっ!!

 ……さあ、そろそろ時間だよ。お兄さんは外へ出てって」


 カクシが苦しそうにどこかを指差した瞬間、世界が割れる音がした。



 ――バリバリバリッ!!!



 連鎖的にガラスが割れるような嫌な音が、俺達を更なる不安へと駆り立てる。


「やあっと見つけたぜえ〰〰クソ野郎!!!」


 にたあと笑みを浮かべる基山達が世界を割ってこちら側へと入ってきていた。


「――どうしてここに!!? どうして眠っていない!?」

「ぴーちくぱーちくうるせえなあ! 現実を受け止めろよドカス!!」


 電気が走ったみたいな恐怖が全身を覆った。七瀬とこっちで逢った時以上の不安と焦りと恐れが脚を震わせた。

 鬼のような釣目に耳にピアス。赤みの強い茶髪は彼の存在を強調していた。

 基山だ……記憶で見た、人を殺すことをただの遊び程度にしか思っていない罪人。

 富樫とがしと庄司もいるな。力を自覚して、かなり天狗になっているみたいじゃんか。


「なんだあ? そこにいるのは赤人じゃねえか!?」

「そうだな。死んだと思ってたのに、生きてたなんて残念だ」


 よく思われはしないとは思ってたけど、まさかここまでクズ発現されるとは思わなかった。やっぱりこいつら、狂ってやがる……!


「あれあれ…………ここが見つかることになるなんて……」


 カクシはもう項垂れて息も浅い。拳を握り締め、報復が虚しく終わりそうなことを悔いているようだ。


「カクシ、見とけよ。お前の代わりに俺がこいつらぶっ飛ばすから、そしたら今やってるバカなことをやめるんだ」

「へ……?」

「あん? おい赤人、今なんつった?」

「相手は三人だよ!? お兄さんじゃ全く歯が立たないよ!!」

「お前を置いて帰るとでも思ってんのか!?

 俺はまだちゃんとお前に謝れてない。まだ本当のお前と面と向かって謝れてないんだよ! それができずにお前と別れるなんて、俺は絶対嫌だからな!!」

「この数週間、顔が見れなくてせいせいしていたが――まさか俺達がいない間にそこまでつけ上がってたとはな赤人ォッ!!」

「……お前らにはカクシに謝らせるから覚悟しろ!」

「コロス!!」


 抜剣の所作が疎か。しかし、俺へと届くまでの速度は不意打ちレベル。

 だけど、距離があった分こちらも抜刀できた。鈍い金属音が鳴り、目の前で火花が散った。


「へえ……彼が持ってるの、日本刀じゃない?」

「そりゃあレアものなんじゃないのか!? 使えんじゃんあいつ! おーい基山! そいつさっさと殺して刀を使わせてくれよ!」

「一人はアレだが、こっちでも富樫とつるんでんのか」

「ああ? てめえ風情が勝負の前でぺらぺら喋ってんじゃねえよ!!」


 予想外の横蹴り。だが、体重が乗っていないぶん腕で受けても支障はなかった。


「お前ら、カクシに謝れよ。自分達のしたことを自覚しているなら――」

「はあ? なんで俺が他人に頭下げなくちゃならねーんだよ!! ミソカスがあ!!!」


 出し抜けに炎魔法を発動された。

 詠唱無しで掌から放たれる爆発するような炎が俺の左肩を掠めた。

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