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2話 踏み入れた妖の道(4)

 洞窟か……。

 俺は、別に閉所恐怖症や暗所恐怖症ではない。目も特に悪い方ではないから比較的夜目もきくし、オバケが怖いといった子供じみた方便も言わない。

 だが、それらを差し置いて、何故か俺は洞窟を前にして恐怖心を抱いていた。

 足を一歩前に進めると、それはゆっくりと元の位置に戻る。

 自分でも不思議な感覚だった。


「何をしておる? 怖気付いたのか?」


 含み笑いをしながらにやけ面を見せてきた。

 本当に癪に障る狐だ。人の気も知らないで。

 俺には力が、魔法がない。装備も何も身につけていない。裸で歩いているようなものだ。

 さっきはどうにかなったけれど、それはゼラのおかげ。

 俺の命は、ゼラによって握られているようなものだ。ゼラのやる気次第で俺の生き死にが判断させるだろう。

 もし、ゼラがこのままやる気にならずにいたら、俺は死ぬのだろうか。自分のことだけを優先して敵を倒すとは思いたくないが――そもそも狐とは人間を化かし、己が欲を満たす生き物。

 普段テレビなどで見る狐にはそんな印象は持たないけれど、こうも意志のある狐に対してはそのくらい当たり前と思った方がいいかもしれない。俺はそう思っている。

 魂を渡して、すぐに死ぬものと思っていた。だけど、ここまで寿命を長くしてもらっている手前、生きたいという欲望が湧いてきた。だから、こんな洞窟の中で死ぬなんて、俺は嫌だ。


「早うせんと、小僧が殺されているやもしれんのじゃぞ?」


 いや、九分九厘、十中八九、おそらく、たぶん、それはないだろう…………。

 リネル、おそらく本名をリオネルがさらわれた理由は、金が目当てだからだ。

 身なり、そして従者を連れているところから見て、リネルは貴族階級以上の大物の息子ということが俺にも判る。

 そんな大物が護衛を連れていないとなると、邪な連中の目はどうしてもぎらつく。

 だから少なくともまだリネルが殺されることは、俺の考えるなかではない。交渉材料にするのに殺されていた、では通用しないはずだからな。


「仕方ないのぅ……」


 俺がまだ悩んでいると思って痺れを切らしたゼラは、呆れながらどこからか淡い光の玉を取り出した。


「な、なんだよ……それ……」


 少し怖気ながら問う。

 すると、あくびをしながら説明を説いてくれた。


「今日倒した、邪魅の妖力の欠片じゃ」


 月紫を人質にした妖怪。ゼラを封印している場所で、警護のような役割を担っていた妖怪。


「あいつの妖力……」


 聞いている限り、妖力とは魔力とは別物なんだろう。しかし、俺には違いは判らない。

 面倒そうとはいえそれを見せたということは、俺にこの妖力なるものを渡そうとしているんだと思う。

 ステータスには、妖力なんて項目はなかった。こんな物を渡されても、俺のステータスが向上するような事が起こるとは到底思えない。


「それがどうした? まさか、その妖力で俺が強くなったりと何かしらの得点があるなんて言うんじゃないだろうな?」

「妖力とは、妖怪にとって血液、もしくは魔力と同義。しかし、お主は人間で通常妖力に触れる機会はないじゃろう。

 じゃが、お主は儂と契約を結んだ。魂を介した契約じゃ。

 妖怪と交わす契約では、互いに妖力、もしくは霊力を相手に与えることでそれを目印とする。そうして妖怪は契約した相手がどこにいるのか、何をしているのか判るようになっておるのじゃ。

 今回の契約で儂はお主からわずかながら霊力を頂戴ちょうだいした。それと同時に儂はお主に儂の妖力を渡したのじゃ。じゃから、お主と儂との間には妖力と霊力によって契約が成されたことになる。

 となると、いま儂の体にはお主の霊力が存在し、お主の体に僅かでも儂の妖力が存在する。

 それは儂の妖力であると同時にお主の妖力でもあるのじゃ。この邪魅の妖力を取り込めさえすれば、お主の中にある儂の妖力が増えることになり、妖怪としての力が目覚める可能性がある」

「つまり、こいつを吸収すると俺は妖怪になるって言ってんのか?」


 苦笑いをしながら訊ねると、にひっと無邪気な笑みを見せつけてきた。

 半信半疑でも面白そうとでも思っているんだろう。


「ふざけんな! 妖怪になんかなってたまるか!」


 邪魅の妖力を嫌悪し、後ろの狐を引き剥がそうとする。

 しかし、いくら幼子の容姿をしていても、白面金毛九尾狐の名はだてではなかった。

 力が強く、体を揺さぶっても俺の背中から剥がすことができない。


「大丈夫じゃ! こんなものを入れても、妖怪になりきれはせん!

 大人しく、喰らうのじゃ!」


 それどころか口を開けられ、光の玉を口の中に押し込まれた。

 口を押さえられ、息ができなくなる。

 ゼラは、俺をただの人間にしか思っていないのだろう。鬼気として妖力を俺に強要してきた。

 押さえられる過程で膨らみかけの胸の感触が後頭部にあったが、そんなものに浸る余裕はなく、限界が近づいてくる。


「むー! んー! んん!!」


 ごくり。

 死ぬ、と思って諦めた。


「よくやったなお主。えらいぞ!」


 妖力を摂取し、頭を撫でながら褒められる。

 何が嬉しくて死んだ妖怪の妖力なるものを体内に入れなければならないのか。

 幼女に撫でながら褒められても、俺には一ミリも喜びはこない。代わりに無気力な感情が訪れた。

 突っ伏し、おえっ、と言ってみる。


「演技が下手じゃのぅ」


 しかし、この狐には――否、この歳誤魔化し幼女バカ狐妖怪には通じないらしい。嘘をついてきた年期が違う。

 この野郎……寝たらひん剥いて意地悪してやるからな!

 そう固く誓うだけで、改めて恐ろしさを感じてしまい何も言い返せなかった。


「これで恐怖はなくなったのではないか?」


 ああ……お前への殺意の方が何倍にも増しているけどな!

 しかし正直、妖力を得たにしては何も感じない。

 何も変わりはない。いや、歳誤魔化しバカアホ幼女変態クソ野郎への殺意の高まり以外は何も変わりはない。

 「さっさと寝てくれないかな? そうしたら殺せないにしろあんなことやこんなことしてやるんだけどなアホギツネ」と俺が嫌悪する幼狐のように尻尾が出てきたり頭に耳が生えたりはしていない。

 そして、この自己中横暴狐をおぶって進むという状況も変わりない。今の事があったから、それが余計にムカつく。

 拳を握りながら、そう愚痴を脳内でつづった。


「もうよいじゃろ? さっ、進むがよい」


 そう命令してくるのにも腹が立つ。

 しかし、俺は時が来るまでポーカーフェイスを崩したりはしない。嘘つきのプロフェッショナルだからな。ただ、眼飛ばすだけである。

 ああん?

 さすがに生きるか死ぬかのことをされては沸点が超えていた。



◇◇◇



 洞窟の中を進むと、途中から誰が設置したのか灯篭が薄気味悪く炎を揺らしていた。

 これで俺にもこの奥に誰かがいることがわかった。


「慎重に、息を潜めて行くぞ」

「なぜじゃ?」

「敵が俺らに気づいたら、何するか分からないだろ」

「ふむ……お主が言うのであれば、そうなのじゃろう。承知した」


 そうやっていつまでも俺の言うことを聞いてくれればいいのに……。


 少し歩くと、男たちの声が響いてきた。

 リネルを連れ去るのに成功したからか、高笑いをしている。


「ハ――ハハハハッ! これで任務は完了! いずれ、俺にも莫大な金が手に入る!

 しかし安い仕事だ。護衛がただのガキとは……。ヴァルファロスト王国の王子が標的にも関わらず、拍子抜けもいい所だな!」

「ああ、ケロイドももうすぐ帰ってくるころだろ。

 明日にはここを発ち、南の山間部で依頼主と合流。そして金を貰ったら、久しい豪遊が待っている!」


 じゃあお前等は雇われの身ってわけか。なら、こいつ等を倒しても、また敵が来そうだな。

 俺は、岩陰に隠れながら聞き耳を立てていた。

 相手は二人。話に出てきたカエルみたいな名前をしたやつは、おそらくさっきゼラが倒した男だろう。

 さて、あとはゼラの気分次第なんだが……。


「ゼラ、どうだ? やれそうか?」


 声を潜め、訊ねる。

 しかし、この我儘狐は嫌そうな顔をして軽口を叩いた。


「うぇ……偶にはお主がやったらどうじゃ。儂はもう今日は疲れた。

 どうせ相手はカスじゃ。儂が出る幕はもうない」


 てめえ……俺をここまで連れてきといて、やる気ゼロかよ!

 せめて俺に月紫並みのステータスがあれば、喜んで登場するところなんだけどな。

 仕方ない。二度目から少々嫌になったんだが、状況が状況だ。


「あれだろ? 俺の魂をまたお前にやればいいんだろ?

 さっさとやってくれよ。早く床に就きたいのは俺も一緒なんだからさ」


 当然のように了承してくれると思った。

 しかし、彼女の回答は俺の想定していたものとは真逆だった。


「――嫌じゃ」

「な、なんで……」


 さきほど聞かされた理屈に当てはめると、俺の魂の一部をゼラが吸い取ると、少しながら妖力なるものを回復する。そう思っていた。

 いや、たぶんあっているはずだ。一度目も二度目も、ゼラは妖力が増えたおかげで大人の姿になることができていた。

 ――なら、なぜ断るのか。

 ゼラが妖力を取り戻すことは、こいつにとって必要なことで、少しずつでもいずれは俺の魂を削りながら成し遂げるものと思っていた。

 ならば、俺から持ち出すこの提案にはイエス、それ以外の答えはない、と無意識に思い込んでいた。

 俺の思いこみはただの計算ミスで、本当は俺から魂の一部を受け取ることに別の意味があるのか?


「…………疲れた」


 長らく考え込んでしまう時間があるほどに、ゼラから答えが出るのが遅かった。

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