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27話 縁者と妖幸不(1)

 ヴァルファロスト王国――。



 俺達が到着してすぐ、国門の前で足を止めざるを得なくなってしまった。以前見たヴァルファロスト王国とは様変わりした外観と異様な雰囲気がそうさせた。

 王国をスッポリと覆ってしまっているドーム状の膜があったのだ。白い濃霧となっていて中が何も見えない。ただひしひしと伝わってくるこれが妖気であることは確信できた。


「これは……」

「妖気の膜――【妖牢ようろう】じゃな」

「妖牢と言えば、相手に自身の居場所を特定させないように使う煙幕のような用途だったと思いますが……」

「うむ、基本的にはそうじゃが――ランクの上がった妖牢は、文字通りの牢となる。内部の者を一切外部に漏らさず、また外部の者を内部に入れないバリアーの役目を果たすのじゃ!

 相当な練度が無ければこのレベルの妖牢を使うことはできん。十中八九、使用者はただ者ではないじゃろう」

「カクシだ。あいつの妖気がする」

「判るのか!? 誰の妖気かが……」


 スミレが驚くなんて珍しいな。こんなの普通なのに、少しは俺を見直してくれたのかね。


「どうにか中に入れないか?」

「ふふっ、お主もなかなかにいい顔をするようになったな! スミレに稽古を受けた成果がさっそく出ているように見える」

「茶化すなよな……。

 胸騒ぎがするんだ。急がないと、何かいけないことが起きてしまいそうな――もしかしたらもう起きているかもしれないけれど」

「そうじゃな。儂もこれ以上この状況を長引かせるのは良くないと思うからのう。

 このレベルの妖牢を使えるのは素直に称賛すべきじゃが、範囲が広い上に妖気が徐々に乱れ始めている。おそらく妖気の使い過ぎで術を保つのが難しくなっているのじゃろう。中では別の妖術を展開している痕跡もある。

 このままでは中にいる王国の住民はもちろんのこと、周辺一帯を火の海にしかねん」

「なら早くしないと! なんとかならないのかよ!!」

「…………儂一人では――それこそ愚行じゃが、クウと共に妖牢に干渉すればあるいは……。

 しかし、中へ入れられるのは一人だけじゃろう」

「なら俺が行く! カクシを止められるのは、今いる中で俺しかいない!」

「クウ、手伝ってくれるな?」


 クウは、強めに頷いてくれていた。

 早速、ゼラとクウは妖牢へ向かって妖力を流し始めた。彼女達の妖気が妖牢に当たると同時に波紋を打った。


「レッドさん……」


 ハクが何かを持って歩み寄ってきていた。


「ん?」

「以前見繕った装束です。こういう時の為に購入したのですから、どうぞ着て行ってください」


 ハクが差し出してきたのは、初めにヴァルファロスト王国に来た時俺にと買ってきてくれた黒色無双の装束だった。

 そういえば今まで一度も着てなかったな。ずっと持っていてくれたのか……捨てられたと思っていたが、流石はハクだな。


「サンキューなハク。じゃあ制服の上着を持っていてくれ、これからはこっちの方が動きやすそうだ」

「はい!」

「おい、木偶の棒」


 ハクの微笑ましい笑顔の後、俺を呼ぶスミレがいた。怖い目付きなのは相変わらずで、その呼び方にぐうの音もない俺は言い返すことはできない。

 こいつの攻撃を避けられないから『木偶の棒』ってか。こんな時でも嫌なこと言ってくれるな。


「これを持っていけ」


 スミレは、不愛想にも一刀を押し付けてきた。


「裸で相手の陣地に乗り込むのは文字通りの愚者だ。本当ならもう一本渡してもいいところだが、貴様はまだ一刀での手合いしかしていない。二兎追う者は一兎をも得ず、無理に数を増やしても意味はないだろうからな」

「お、おう……ありがとな」


 雨堵……使うつもりはないけど、あの時の切れ味は忘れていない。


「勘違いするな。情けは人の為ならず、貴様の為ではない」


 ことわざに凝り始めたのか……?

 まあでも、こいつなりに弟子になにかしらしてあげたいって思ったのかもしれないな。


「アカヒト、行けるぞ」

「パパ……」


 準備ができたみたいだな。

 俺は、黒い装束で身を纏い刀を背に掛けた。


「行ってくる」

「もう一度言うが、彼奴はもう……」

「ああ、わかってる。だけど、無理だなんて決め付けんのは嫌なんだよ。

 それしかないと判ってやっと諦めるって文字を刻み付けなきゃいけないんだ。なんとかできそうなら、やってみる……!」

「絶対帰ってきて」


 クウの心配そうな声に俺は「おう」とだけ答えて中へと足を踏み入れた。



◇◇◇



 中へ入っても視界が晴れることはなかった。何も見えず、何も聞こえず、妖気以外何も感じない真っ白の世界だ。

 しかし、カクシの世界とは違って霧に包まれたような感じで億劫さが引き立っている。


「カクシー! どこにいるんだー! おい!!」


 走りながらカクシのことを呼び掛けても誰の返事もなかった。

 ずっと近くにカクシの存在を感じるのは何故だろう。近くにいるような気がするのに、ずっと遠くにいるような気もするんだ。

 そうか! これはカクシの世界の一歩手前のような場所なんだ! だから近くても遠く、存在を感じても掴み切れないような気がするんだ。

 このままじゃいつまで経ってもカクシのいる所には行きつけない。カクシの世界に入らなければ、カクシを捉えることはできない。



 ならどうすればいい? どうすればカクシのいる世界に飛ぶことができるんだ?



 いや、考えるまでもない。俺でも見つけられるはずだ。妖気を辿ればいいんだから。

 しかし妖気はそこら中に張り巡らせられていて特定するのは難しい。妖気の流れを見つけ、彼女に繋がる一本の糸を掴みとるしかない!


 カクシ……俺をそこへ連れて行ってくれ――。


 俺は瞼を閉じ、集中しながら妖気を探った。






 瞼を開くと、俺は水の中に溺れていた。

 思わず吹き出して空気を漏らしてしまう。ブクブクと泡吹く口から出た空気が天へと向かって上って行った。しかし、頭上を見ても光はなく暗くはないにしても水の中から上がれるかは判らない。

 これが今のカクシの世界なのか……?


 どこからともなく泣き声が聞こえてきた。

 水の中で声が聞こえたってことは、やっぱりこの水は本物じゃないのか。脚が地面についている感触はないから定かじゃないけれど。


「誰かいるのか!」



 声が聞こえる方へと泳ぐと、鉄の檻に囲われた一人の少女を見つけた。見慣れた制服から少女が誰かを悟った。


「七瀬!? どうしてお前がここに!? はっ!」


 七瀬の腕の中に白い布切れが抱きかかえられていた。カクシと共に見つけた麒麟の子供だ。俺の写し鏡のような小さい子供を七瀬が大切そうに抱きかかえている。

 寝息を掻いていることから無事ではあるみたいだ。よかった……。


「七瀬! 七瀬!! 聞こえるか、七瀬!!」


 七瀬はやっとのこと顔をあげてくれた。涙に乱れた泣き顔は赤く腫れており、幾つか傷跡も見られた。制服が少々はだけていることから争った形跡も見られる。

 いったい何があったんだ……。


「ご、降魔……くん……」

「大丈夫か」

「降魔くん……?

 た、大変なんです! カクシさんが……! わたしはやめてって何度も言ったんですけど、全然聞いてくれなくて!!」

「カクシを知っているのか!?」


 いや、麒麟の子を持っていればそれもありえるか。

 何をしゃべればいいのか判らず、冷静さが欠けているようだ。今は早くこいつをここから出さないと!


「今は何も話さなくていい、ここから出るんだ!」


 鉄格子に力を入れると、軽々と全てが崩れさった。

 かる……見た目だけのハリボテだったのか。


「七瀬、無事か?」


 七瀬に手を伸ばそうとした刹那、視界が一気に遠のいた。まるで急加速した新幹線の先端にいるようにたちまち七瀬も視界の水もが消え失せた。

 辿り着いたのは、見覚えのある真っ白の世界。カクシのいたカクシの世界だ。


「だれ……だ……」


 目の前に亡霊のように現れたのは項垂れたカクシ。

 ドス黒い妖気のような……邪気と呼称する気を垂れ流した少女。カクカクとした傀儡のような動きからは生気が感じられず、上げた顔は目がひん剥いていた。


「ボクのタイセツに……触れるな!!!」


 刺々しい殺意が突風となって吹き荒れる。目の前に来て初めてゼラが言っていた手遅れという話に実感がわいた。

 彼女の目には既に俺は映り込んでいなかった。


「カクシ……俺だ、アカヒトだ!」


 「わめくな」とでも言わんばかりにカクシの邪気が頬を掠めた。個体ではないソレだというのにも関わらず、俺の頬は切れていて赤い血が垂れる。


「本当に俺がわからないのか……カクシ!!」

「ああ……ああ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


 初めてカクシを怖いと思った。殺気や邪気以前に容姿が普段見ている妖怪以上に妖怪らしかったから。

 ……俺は、どうすればいいんだ。



 クソッ!! 迷うなよ! ここまで来るって決めたのは俺だろうが!

 カクシを助けたいと思った。ここに来ればなんとかなるんじゃないかって思った。なのに、なのに…………

 目の前まで来てやっと思い知らされる。現実の不合理さと無力さを。

 ゼラに無理言って中に入れてもらった。ここに来るだけで危険だってわかっていたのにも関わらず、押し切ってきたんじゃないか!!

 だけど、だけど……だけど…………!!

 こんなの、俺一人でどうすればいいんだよ……!!



「――おにい……さん……」



 ッ――バカ野郎っ!!!



 俺はカクシに抱き着いた。

 手を伸ばし続けろ! こいつはずっと助けを求めているのに、俺が気付かないでどうするんだよ!!


「あ゛あ゛あ゛……!!!」


 カクシらしき者から出る悲痛の叫びが俺には、「触れるな」、「どけ」、「失せろ」と聞こえた。肩を噛まれ、腕で押し抜こうとする所作からそう感じた。

 噛まれているところも痛いが、それ以上にカクシが纏う邪気の方が痛かった。俺の体を汚染するかのように黒く腐敗させてきた。


「ぐうぅぅぅ…………――カクシ! 俺がわかるか!! 来たぞ! ここまで来たんだ!!

 お前を助けたい! でも、俺にはどうすればいいのかわからねえ!! どうすればいいのか教えてくれ!!」

「う゛るさ゛いッッ!!!」

「くっっっ――」


 邪気が強まり俺を引き剥がそうとしてくる。しかし、俺は梃子てこでも動かないようにしがみ付いていた。


『名前!?』

『嫌か?』

『ううん! つけてつけて!』

『じゃあお前は――カクシだ。隠し神の略称みたいな感じだけど、この方が馴染みがあるだろ』

『カクシか……! うん、そう呼んでいいよ!』


 名付け親になった以上、俺は最後まで責任を取る男だ!!

 体が黒に塗れる中、どんどん意識が遠のいて行った。

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