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26話 怪しく冷たい悲壮(2)

 富樫くんを見つけてからずっと悪寒が全身を包み込んでいました。

 今すぐにでもここを離れないとカクシちゃんにまで危害が及んでしまう……。


「も、もう行くから! わたし達のことは放っておいて!」

「んなわけにいくかよ!」


 カクシちゃんの手を取って逃げようとしましたが、腕を掴まれてできませんでした。


「痛い!」

「こっちじゃ俺らを止められる奴なんていねえ! だからそこら辺の女とやりまくりさ! だけどよ、な~んか物足りなかったんだよなあ……! もしかしたらまだ同年代とやってないからかもな!」

「やめて! カクシちゃん逃げて!」

「ちっ、大人しくしろよ!」


 抵抗すれば、力づくでわたしの自由を奪おうとしてきます。カクシちゃんを掴む腕も無理矢理に放せられ、わたしは転ばせられてしまいました。


「ここは基山に見つかるからな、ちょ~っと移動するぜ?

 この前バレた時なんか取られっちまったからな。あれからストレス溜まってんだ!」

「――やめろ」


 カクシちゃんから静かに言い放たれた命令語。次の瞬間、まるで引力に引かれたかのように富樫くんの体が路地を吹き飛んだ。

 見ると、カクシちゃんの体はオーラのようなものによって包まれていました。髪が少し浮き上がり、重力を無視しているかのように宙に浮いています。わたしは、自分の目線と同じくらいにいることに驚嘆の息を漏らした。


「カクシ……ちゃん?」

「これだから人間は……。他の者を我が物顔で搾取しようとする浅はかな生き物は、これだから惨め極まりないね。

 残念だよ、まさかまたキミ達みたいなゴミ人間をまたこの目で見るはめになるなんて……」


 ため息混じりの口調は、まるで大人びていて唖然します。

 カクシちゃんがやったの……?

 カクシちゃんは、呆然と倒れ転ぶ富樫くんを鬼のようにつり上がった目で凝視していました。警戒というよりも殺人めいた意図が孕んでいるようです。


「っっ……いってえなあ゛!!」


 彼は立ち上がると、憤怒の形相でこちらへ歩み寄ってきました。それを阻むようにカクシちゃんはわたしよりも前へと出た。


「あれあれ、痛い? ふっ、本当の痛みも知らない外道が勝手なこと言ってどうしたのかな?

 そのくらいの痛み、お姉ちゃんの恐怖と比べれば風に吹かれたくらいなものでしょ」

「はあ? 何言ってんだ!?

 つかお前、許さねえから。八つ裂きに切り裂いて、血塗れにしてやるよ!!」


 冷たい眼差しで睨みつけたかと思うと、富樫くんはおもむろにカクシちゃんを指を差しました。

 魔法の類には見られませんでしたが、わたしは咄嗟に危険と判断しました。


「危ない!」


 その時、カクシちゃんの腕の中にいたはずの子供がわたしのもとへと浮き漂ってきた。投げられたのではなく、風に乗ってきたようにゆっくりと。


「――え?」


 わたしが子供を抱き寄せると、いきなり目の前で風が吹きました。暴風雨を連想させるほどの強風が目に映り、子供を抱く力を強めました。


「コイツだ、殺せ」


 冷酷なる言葉が囁かれ、一瞬にして竜巻が巻き起こっていた。狂気じみた高速の嵐がカクシちゃんを襲っています。

 しかし、不思議なことにその竜巻はカクシちゃんの体より後ろには流れてこなかった。緩い風を感じるだけで、まるでカクシちゃんが留めてくれているみたいです。カクシちゃんが掌を掲げるのに対し、その手から後ろへはその強さの片鱗すら感じられない。見掛け倒しなのではと幻想を抱いてしまうほどにこちらは静か。


「ボクより前に出ないでね、お姉ちゃん」

「あ゛あ゛ん!!? なあに、やってんだ!?

 ――さっさと殺せ! 殺せッ!!」


 富樫くんは、誰かに命令しているようで竜巻がより一層力を増します。その表情には焦りが帯び、この場を制圧しているのがカクシちゃんであることを表していた。

 カクシちゃんが…………女の子なのに、子供なのに、こんなに小さな子なのに……わたしよりもずっとずっと凄い……!


「ガキになに手こずってやがる! こんなチビ、お前らに掛かれば一発だろうが!!」

「煩わしい子達だね。妖怪でも神でも無いみたいだけど、煩いから――吹き飛べ!」


 カクシちゃんは、手で狐の形を作っていました。

 すると――刹那、カクシちゃんの前で暴れていた竜巻が瞬く間にかき消された。


「す、すごすぎます……」


 わたし達とは違って強者に入る富樫くんの力が一切通用しないカクシちゃんの力に驚愕します。

 富樫くんも慄いたようで、悔しげに後退っていました。

 やった、と気を抜いたのがいけませんでした。わたしは、突如横からあった衝撃に突き飛ばされていた。


「いたっ……!」


 路地の壁に追突し体に激痛が走る中、腕の中の子供がいないのに気づきます。


「……っ!!?」

「……たく、何やってんだよ富樫」

「げ……」


 目の前にいたのは、基山勝きやままさるくんでした。子供をくるんだタオルを雑に持ち上げ、不敵に笑っています。

 なにをしているんですかわたしは! 保護を頼まれても、抱えているだけで守ることなんてできていない……!

 わたしはいつも、どこででも……足手纏いだ…………。


「なんか騒がしいと思ったら七瀬がいて、お前の方が尻もちついているとは珍しいじゃねえか」

「あれあれ? キミ、なにやっているのかな? その子はこの世にとってかけがえのない存在なんだよ。そんな敬意のない持ち方は気に食わないな」

「口を慎めよ。どうやら、富樫のスキルを防ぐくらいにはできるみたいだが――俺はそんなに軽くないぜ?

 さて、このガキをどうしてやろうか? 一応仲間に手を出したんだ、簡単に帰す訳にはいかないよな」

「は、ははは……! いいぞ、いいぞ! 殺しちまおう! 七瀬も含めてコイツら全員八つ裂きだ!!」

「富樫、お前は黙ってろ!!

 ガキにやられて情けない。俺が全員相手してやるから、感謝しろよ」

「お、おう……」


 富樫くんも基山くんには頭が上がらないみたいです。冷や汗がどっと出ているのが鑑みえた。

 ですが、だからといって状況が変わる訳ではありません。人質を取られ、カクシちゃんは囲まれています。

 わたしがなんとかしないと。わたしのせいでカクシちゃんの弟が人質にされてしまったのだから……!


「おっと、七瀬お前も動くなよ。コイツがどうなってもいいのか?」


 基山くんは、指を子供の首にかけました。彼の指がみるみるうちに刃物と化していきます。動けば殺すということなのでしょう。


「俺は全身が刃にすることができるし、生やすこともできる。

 ――この意味、判ってんだろうな?」


 酷い、まだ子供なのに!

 この人は誰? 本当に基山くんなんですか!? 確かに素行が良かったとは思わなかったけれど、こんなに……人を玩具みたいにする人だったなんて……!


 冷たい眼差しで見下ろされ、死を悟って身動きが取れなくなりました。


 ダメだ……動けば殺される。カクシちゃんの弟だけじゃない、わたしまで殺される……。

 同級生だとか同じ境遇だとか、この人にとっては躊躇いの理由にならない。この人の目は人間のするような目じゃない。

 死にたくない。死にたくないよ……。怖い、怖ぃ……!


 怯え震えるわたしを他所にカクシちゃんは強い眼差しで基山くんへと近づきました。


「その手、離しなよ。じゃなきゃ――キミもカクシちゃうよ?」


 カクシちゃんも怖かった。まるで子供とは思えない殺気を放ち、人間とは思えない覇気を纏っていた。軍人のような百戦錬磨の圧力が上から押し付けるように流れ出てきていた。


「俺に命令するなよガキ。寸法足らずの掃き溜め風情が!

 まずはそうだな……這いつくばってもらおうか。殺さないでくださいと懇願してみろよ!!」

「あれあれ、人間に下げる頭なんて持ってると思う? キミこそ懇願しなよ、怪異送りしないでってね。

 それと感謝して欲しいね。ボクがこれまでキミ達のような人間を端から端まで全滅しないであげたのは、ちょっとだけ優しい人間もいると浅はかまでに思ってしまっただけなんだからね。もしその子に手を出したあかつきには、この国諸共誰もいない幽世に閉じ込めてあげるから。

 キミは知らないだけなんだよ、絶望という悪夢を。それが当然のように降り注ぐ現実を。あっちは何も無いんだ。食べ物も、ベットも、お風呂も、友達も、家族も、他人さえも。そうしたらどうなると思う?

 人間って面白いんだよ! だって何も食べるものが無くなると、自分を食おうとする生き物なんだからねぇ!」


 もう彼女の笑みを可愛いとは思えなかった。

 その迫力に押されたのだろう。基山くんが怖気付いたのが表情から読み取れました。

 今だ――ここしかない……!

 わたしは一瞬の隙を狙って体を投げ出した。


 わたしは、お姉ちゃんなんだ!

 7人家族の長女で、ずっと家族を陰ながらに支えてきた!

 なのにこっちでは守ってもらってばかり……。家族とは話せるのに一歩家を出たら弱いわたしが出てきて、他者とは話せなくて友達もできなかった。

 そんなわたしを降魔くんやカクシちゃんは見てくれた。だから、死ぬことなんて怖がったままじゃなく、わたしも本当の自分のように人を助けられる人間になりたいんだ!


 子供を包むタオルに指が掛かり、引きずり下ろすように両手で掴むことができました。

 ――やった!


「つ……テメエ゛!!」

「お姉ちゃん!!?」


 基山くんの腕が剣となって振り上げられます。わたしは、子供抱きかかえながら庇うようにしてかがみ込みました。

 死を連想して涙ぐみ、脳裏で最悪の事態、事故を思い浮かべて生きている心地がしない。

 やれることはやった! わたしは、頑張った! もう悔いは――



 悔いは、あった。ここぞとばかりに家族の顔が脳裏に流れ出てきます。

 お母さん、お父さん、美玖、信吾、大吾、心、菜月。走馬灯のように素早く顔が廻りました。


 死にたくない……死にたくない……助けて……!!


 次の瞬間、わたしの近くで何かが刺さる音が聞こえた。

 ゆっくり目を開けて振り返ると、わたしと基山くんとの間で木の根が割って入っていた。彼の刃をせき止めていました。


「――ちぃ!!」


 基山くんの怖い釣り目がカクシちゃんへと向きます。その顔は人間とは思えない犯罪者のそれでした。

 カクシちゃんは、小声で「やった……できた……」と安堵していた。

 命拾いしたのも束の間、カクシちゃんへと襲い掛かる富樫くんが見えた。


「カクシちゃん、後ろ!!」

「くァ……!」

「このガキ! 手こずらせやがって!」


 富樫君は安心するカクシちゃんの後ろから魔法を放った。バスケットボールくらいの大きさをした火炎弾でした。赤い炎が揺らめきながらに勢いよくカクシちゃんの背中で爆発してしました。

 爆発の勢いでカクシちゃんの体は軽々と吹き飛び、わたし達の頭を通り越して転げ落ちます。大きな音と骨が地面にぶつかる音がリアルで、わたしは全身に鳥肌が立ちました。

 「あ……あ……」とみぞおちを撃たれたように息が苦しそうです。彼女の背中は焼け焦げており、むしろそっちの方が重症に見えます。


「あなた達、なんてことをするんですか……! あの子はまだ――」

「なんてことぉ? 人の心配なんかしてねえで、自分の心配をするんだな!! おら、こっち来やがれッ!!」


 そう言うと、基山くんは壁のようにして隔たる根っこをきりさいて襲い掛かってきます。

 なんとしても腕の中の子供だけは守ろうとしたけれど、腕を掴まれ強い力で抵抗しきれなかった。


「ははっ! 久しぶりに息のいい女だ。こっちの世界ならではの拷問の刑執行だな!!

 いいぜ、その声が俺にとってはご褒美みたいなもんなんだ! あはははははは!!!」


 いきいきとした声に「いやぁ!」と反抗するも掻き消されます。

 わたし自身になんの力もないことを悔やむも遅く、顔を殴られて這いつくばることを強要された。

 わたしは、無力だ。どんな世界でもなんにもできない弱者だ……。

 情けない。悔しい……悔しい…………っ!!

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