25話 満月が映す妖光(3)
キロロはとてつもない速さで俺達を置き去りにした。一秒進む度どんどんその背中を遠く感じさせてくる。
「き、キロロ……」
「お、追え! 逃がしたらお前、この先ずっとあいつとこのままになっちまうぞ!」
「は、はいですの!」
頷き慌ててスイレンはキロロの背中を追った。
妖怪ってやつは、全然俺の思い通りに動いてくれない。いや、人間も同じか。妖怪も人間のように悩み苦悩し戦っているんだ。
「俺達も追うぞ!」
「……アカヒト~」
「っ、どうしたゼラ?」
「後は任せるのじゃ!」
人任せに全力なゼラは、目配せをしながら親指を立てた。
マジですか……。
「お前はそういう奴だったよ!」
「あ、待ってください! わたしは付いて行きますから!」
「……はあ、仕方ないわね……あたし達も行くわよシノン!」
「悪いのだけどリコ……」
「ん?」
「空狐様がお休みだから、わたし達の代わりにお願い」
「空狐様っ!!?」
◇
◇
◇
キロロ、スイレンは山の方へ向かっていた。キロロの足並みは速く、見失わないのがやっとの凄まじい脚力だ。
流石は狐なだけある。いや、それ以上に身体能力が桁違いだ。俺は妖気纏ってやっとだってのに、あいつ妖術も魔法も使わないでこれだけ動けるのかよ……! すばしっこいな!
だが、スイレンも凄い。小柄なだけあって身軽で離されていない。ストライドはそうでもないのに、ジャンプするように前に進むからバネがすごくて一歩で進む距離が長いんだ。
「ま、待ってください〰〰」
「アンタ達、早過ぎよ!」
もう顔がはっきりしないほど後ろにいるハクやリコとは大違いだ。あいつらは放っておいてキロロを追った方がいいな。
それにしても、なぜキロロは逃げるんだ? 昼間はスイレンを探していたじゃないか、どうして今になって……。
あ、そういえば……この先は崖になっていたはずだ!
「キロロ! 止まれ!! この先は崖だぞ!!」
キロロには耳がついていないのか、俺の声が届いていないのか、速度は落ちることなく山道だというのにむしろ加速していく始末。
「おいキロロ! キロロ!!」
くそ……こっちは脚が重くなってきたってのに! やっぱり全身を妖力で覆っている訳じゃないから、速力がこれ以上あがらない……! 間に合わない!!
「スイレン! 早くキロロを捕まえるんだ! じゃないと、崖から転落しちまうぞ!!」
「わ、わかっていますわ! でも……」
どうした? スイレンはまだ余力を残しているはずなのに、さっきより速く感じない。まずい、このままじゃ離される!
まさか、拒絶されたと思って追うに追えないのか!? ここまで来てまだ何か悩んでんのかよ!
「お前、このまま行かせちまったら――なにも変えられないんだぞ!! 歪を残したまま、もしかしたらこれから口が利けなくなっちまうかもしれない! そしたらお前、なんのために勇気だしたんだよ!! このままでいいのかよっ!!」
「っ……」
「今しか無いんだ、今じゃなきゃそのちっちゃい殻ん中から出る気迫まで縮こまってなくなっちまうんだぞ! お前は、自分を偽るのをやめたいんだろ! 苦しい自分から脱出したいんじゃないのかよ!!」
「わたくしは……キロロを追っていいんですの!?」
「一緒に戦うって決めただろ! お前が戦わなくて、一緒に戦えるわけねえだろうが!!
自分の殻を破れよ! お前じゃなきゃ……お前じゃなきゃキロロに手は届かないんだぞッ!!」
「っ――はい!!」
スイレンの髪が七色に光った。その瞬間、まるで羽を得た天馬のように山道を突っ切って行った。
やればできるじゃんかよ……!
「キロロ――――!!!」
「スイちゃん!?」
スイレンの叫びにやっと反応を示してキロロは後ろを振り返った。しかし、キロロの足は既に崖端を超えていた。
我に返ってはっと目を丸めるキロロへとスイレンは突っこんでいった。
「嘘……うち、どうしてこんな所に……!? いやあああああっ!」
「――届きましたわ!!」
キロロの右腕をスイレンはしっかりと両手で掴んだ。
彼女は手が届いたことに安堵し笑みを零していたが、その脚はもちろんのこと体は地面から離れてしまっていた。
「クソが!」
空中に放り出される二人。その表情は明るく、俺は呆れてしまった。
そんなところで安心なんかしてんじゃねえ……!
スイレンの片足を掴めるかどうかギリギリな所まで俺も迫っていた。しかし、もう俺も脚を残すことさえ無理な状況だということを悟っていた。
ちィ……上で掴むのはもう無理だ、間に合わない! だったら、腕一本残して――黒衣武装なら行ける!!
俺は右手を必死に伸ばし、左手は崖端を掴んだ。
紙一重のところで俺はスイレンの右足を掴むことができていた。
「…………はぁ……こんなの落ちたら死んでる……」
崖下を見れば、川になっていた。何十メートルもの高さから叩き落されたことを想像して身震いする。
「良かった……」
「ご、ごめんなさい……」
「キロロはいつもおっちょこちょいなんですの!」
「えへへ……」
「そんな所で喋ってんなよ……」
だが、その想像の後を追うように俺の左手の感触がおかしくなった。崖の一部が崩れ、俺の左手はただの土片を砕いていた。
「嘘だろ!!?」
死ぬ!?
ジェットコースターに似た心臓が浮く感覚があって間もなく、吊り下げられるかのように服の袖が何かにつっかかった。
上を見ると、金毛の狐が服の袖を噛んでいた。
「……ゼラ、助かった」
「フン、世話の焼ける奴らじゃ」
◇
◇
◇
ゼラに引き上げられ、やっとのこと安心できる大地に戻ることができた。
どっと疲れた……体っていうより精神がだが。そろいもそろって手の掛かる狐達だよまったく。
「はぁ……はぁ……遅れましたあ……」
「はぁ……どうなったの? ってあれ? 九尾様!? いつの間に……」
「遅いぞ二人共、それでも狐か?」
「な、なんですって!? どうせアンタなにもやってないんでしょ! 疲れたフリするな人間!!」
あいつ本当は疲れてないだろ……。
グルルルルと狐の威嚇ばりの声を出して睨み付けてくるリコの方が疲れていないように見える。
「こやつはよくやった方じゃぞ? スイレンとキロロをギリギリの所で助けた。まあ、爪は甘いようじゃがな」
「うっせい……」
月影が色濃くなったかと思うと、スイレンの髪が再び光り始めた。赤、白、黄色と昼間よりも鮮明かつ点滅するかのように素早く色が切り替わっていく。
「す、スイちゃん……」
キロロも驚きを隠せなかったようだ。目を丸めて発光するスイレンの髪をまじまじと見つめていた。
「ずっと隠してたんですの……。実は、満月の日はいつもこのような見た目となってしまうんですの……」
スイレンは頑張って声を振り絞っていたが、次第に頭を抱えてうずくまっていった。
「話してくれておおきにスイちゃん。ずっとずっと一人で抱え込んでて苦しんでたんやね」
キロロはスイレンと同じ目線まで屈み、囁いた。頭を優しく撫でる面持ちには母性が感じられ、俺の見立てが間違っていなかったことに安堵する。
「キロロ……」
「そ、その……さっきはてっきり嫌われたのかと思って逃げ出したんよ。うちがいない所で皆と楽しそうに遊んでたみたいやったから、もうお払い箱になったて。
うちいつもスイちゃんにべったりやったからな……。お風呂も一緒、寝る時も一緒、食事も怒られる時も花摘みも紅葛様の監視もどんな時も」
……うん、お前らもう少し距離取ろうか。
「せやかてスイちゃんやって自分一人の時間が欲しくなる時もあるもんなあ」
「そんなこと……!」
「何かに悩んでいるのは前々から気付いてたんよ。でも、こうして打ち明けてくれるのはえらく嬉しいなあ」
キロロの目に涙が浮かんでいた。
気付いてて何も言わなかったのか。他者が隠す秘密を正面切って聞くことはできない。誰よりも近場にいる者こそそれは大きく、隔たりを感じてしまうものなんだ。
「わたくしのこと、怖くないですの?」
「どこにも怖がる理由なんてないよ? だってスイちゃん、こんなにカワイイんやから! 色んなスイちゃんを見れてむしろラッキーや!!」
スイレンの面相に微笑みが戻った。
「うちがスイちゃんのこと嫌いになると思ってたん? そりゃ心外や、うちスイちゃんのことめっちゃ、めっっっちゃ、すっきゃねん!!」
スイレンは、キロロの柔らかい胸の中に飛び込んでいった。涙を流し、言葉にならない声を挙げていた。
言わなくちゃ伝わらないこともあるってことだな……。
あいつらが少し輝いて見えた。俺には無い何かを掴んだ瞬間な気がして、ほっとしたのと羨ましくもあった。
「羨ましいか?」
うるさいゼラが微笑しながらこちらを見上げていた。
してやったりなのが少しアレだが、こいつに見透かされるのはいつものことだ。だてに前世からの付き合いじゃないってことなんだろう。
「あんまり俺の頭の中読むなよ、妖術を疑うだろ」
「ふふん! 儂にはそんなものは必要ないのじゃ! なぜなら、儂はお主のことはなんでもわかってしまうのじゃからな!!」
胸まで張って、なんの自慢だよ。まあでも、結局俺達のことを追ってくれたことには感謝しないとな。
俺もゼラにならあいつらみたいに言えるかもしれない。けれど、ゼラといる時は嘘をつかない気がするから余計な心配だろうときょどってしまう。
もし機会ができるなら、その時は俺も……。
「さっ、帰るのじゃ! 夜の宴はまだやっておるじゃろうな♪」
「機嫌がいいな、お前もお前で案外あいつらが仲直りしたのをほっとしてんだろ」
「う、うるさいわい! 偶にはこういう散歩も悪くないと思っているだけじゃ……妖怪同士の仲など、儂が知ったことではないわ愚か者!」
「い、いて……おい叩くなよ、体罰反対!」
珍しくツンデレなゼラに付き合って踵を返していく。そんな中、キロロは俺達の方をポカンとして見ていた。
「どうしました、キロロさんも帰りますよ」
「え、ええの? うち皆に迷惑かけたのに……紅葛様や九尾様にまで来てもらって……」
キロロは申し訳なさそうに狐耳を垂れ下げていた。
たく、こういう上下関係は下が勝手に誤解するから良くないよな。こういう時はゼラに主君らしき一言を添えて欲しいものだね。
俺が視線を送ると、ゼラは照れながらに腕組みした。
「フン、なにをとんちんかんなことを。お主も共に建てた家じゃろう、あそこは儂ら狐妖怪の家なのじゃ!」
「?」
言っている意味が理解できなかったキロロは小首を傾げた。これじゃあなに言っているのか理解できないのも頷けるか。
「とどのつまり、お前も一緒に帰ろうってことだよ。ゼラはいま素直じゃないから口には出ないだけなんだ」
「お主は帰ってこなくていいのじゃぞアカヒト」
「あーごめんって! て――ほら、早く帰るぞ! ゼラが先に行っちまうから!」
「キロロ、一緒に帰りましょう!」
「スイちゃん……おおきに。これからもずっと、うちと一緒にいてくれる?」
「当たり前ですの! わたくし、キロロがいないと早起きできないですの。それでは紅葛様の修行を眺める日課が滞ってしまいますわ!」
「ほんなら、また一緒に寝てくれます?」
「もちろん! 紅葛様もまぜて川の字を作りますの!」
「それは名案やね!」
あの二人、なんか変な話してないか……!?
ひとまず二人が仲直りできたのは良かった。
がしかし、夜更かししたせいで早朝の修行で「集中力が切れている」とスミレにどやされてしまうのだが、これはもうちょっとだけ後の話だ。




