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25話 満月が映す妖光(1)

 夜が更けた頃、レッドさんの眠気は限界を迎えていました。昼にスミレ様との修行の続きがあり、滅多打ちにされた疲れもあってまどろんでいるご様子です。しかし、我々妖怪にとってこの時間に眠気を感じることはなく、無尽蔵の体力から昼間と変わらない調子でした。

 レッドさんが九尾様の椅子になれ果てていても、気にせずに女子会なるものが開催されています。

 空狐様達は誰もスイレンさんの髪に対して何も思っていないそうです。

 スイレンさんも空狐様やレッドさんの前で逃げるという大それた行動をとることはありませんでした。ただ色が変わる度にわたしの後ろへ隠れようとします。ですが、それよりも皆様と遊ぶ方が興味深いようです。


「ダウト! シノン、そんな嘘にはわたしは騙されないわよ!」

「うふふ……リコったら、また早とちりして。わたしは嘘なんてついていないわよ」

「そんな嘘はそのカードを捲ってから言うのね! 今度こそわたしがシノンをダウトよ!!」

「残念ねリコ。何度もわたしを嘘吐き呼ばわりしても――本当のことしか言っていないのだから、仕方ないのよ」


 シノンさんの嘲笑、リコさんの悔しさ溢れる声が響きます。彼女達はダウトに飽きもせず、獅子奮迅のような勢いでゲームを楽しんでいます。


「ちょっとシノン! アンタこれで三連続じゃない! 絶対不正しているでしょ!!」

「あら、言いがかりはよくないわよ。それほどの運を持っているってこなんじゃないかしら?」

「ぐぬぬぬぬ……そうやっていつも誤魔化して!」

「「うふふ」」


 わたしとスイレンさんは彼女達の雰囲気に呆気にとられながらも、顔を見合わせて笑ってしまいました。


「皆様、このゲームがお強いですね。わたくし、タイミングとか全くわからないですの」

「これは空狐様がお好きなゲームでして、レッドさんが初めて空狐様に教えたゲームでもあるんです」

「そんな重要なゲームにわたくしも参加させてもらっているなんて……すごく光栄ですの!」

「そんなに身構えなくていいですよ。リコさんやシノンさんはああやって盛り上げていますが、それも全て空狐様のため……だと思いますから」

「流石は空狐様のお付きの方々ですね! わたくしも頑張らなくては……!」



 レッドさんから眠気を誘うあくびが漏れると、九尾様が彼の体を支えていました。


「どうした、眠くなったのか?

 ふむ……人間じゃし、この時間はもう睡眠時間か。寝てよいぞ、儂が寝かしてやろう」


 横に倒れていく彼の体を優しく受け止めながら横にしてあげています。

 先程皆さんに記憶から取り出した衣装のプレゼント会があったからでしょうか。レッドさんに褒められてから機嫌がよくなっているようです。

 今も褒められたオーバーオールという衣装を着ています。天真爛漫さがにじみ出たとてもお似合いのファッション? ですね。

 相変わらず仲のいいご関係です。見ているこちら側はほのぼのさせられます。ただ九尾様は素直ではないので、こうしてレッドさんの意識が朦朧としていないと優しさを表現できないのがわたしとしては歯痒いです。


「……レッドさんはおやすみですか?」

「そうみたいじゃの。人間は非力じゃから、ちょくちょく休息を取らんといかんのじゃろう」

「では、わたしが布団に移しますので、ゼラ様はわたしの代わりにトランプを」

「いや、儂はもうよい。こやつのことは儂が見ているゆえ、気にする必要はないのじゃ」

「ですが、ここでは少し……騒がしくありませんか?」

「心配はない」


 そう言うと、九尾様はレッドさんの頭をはねっ毛を直すように撫でました。レッドさんは、夢の世界へと誘われるように寝息を掻き始めます。それを皮切りにレッドさんと九尾様を包み込むように碧いのベールが張られて行きました。

 これは……九尾様の妖術――《音絶おんぜつ御簾みす》。

 確か外部の音を遮断することができるけれど、それ以上の意味はないのであまり使用されない稀有な術。まさか妖術を使ってまでレッドさんを休ませるとは……。

 やはり、あなたが九尾様を…………。


「ほら、ハク! アンタの番よ!」


 リコさん達はまだゲームに熱中しているようですね。九尾様達のお邪魔をしてはいけないですし、わたしは戻りますか。

 しかし、なぜでしょうか。わたしもあの二人の間に入りたいと思ってしまう望みが、切なくなってしまいます……。



◇◇◇



 雪月下、一匹の狐が脚を怪我しながらも村の中へと入っていく。

 家々に明かりが灯っているものの、誰一人として外へ出てくる者はいない。

 狐の血で轍が赤く染まる中、一人の村人が外へ出てきた。誠実そうな男性が傷付いた狐を見つけて駆け寄った。


「おお……可哀想に。怪我をしているではないか!」


 優しい声に狐の足が止まる。駆け寄ってきた男性を一瞥すべく見上げると、こと切れるように横に倒れていった。



 数日が経ち、狐は男に救われたらしく嘘のように元気になったようだ。雪の中をはしゃぎまわり、男と遊ぶのがとても楽しそうで無邪気さをめいいっぱいに表現している。


 ――しかし、彼らの中で岐路があった。


「お、おまえ……なんだその体は……!?」


 満月の夜、狐の体が様々な色に変化しながら光り始めたのだ。

 男は狐におののいて逃げた。家屋に閉じこもり、二度と狐の前に姿を見せることはなかった――。


 狐は、また独りで歩き始める。

 行き場の無い旅は、どこへ行っても過酷だった。同じ狐を見つけても、攻撃を受けては追い返され。人間を見つけても逃げられるか、忌み嫌われる。



 やがて彼女は妖怪になった。

 なぜそうなったのかはわからない。何者かの作為か、彼女自身の願いの表れか、はたまた運命か。

 しかし、妖怪になろうとも彼女の体質が変わることはなかった。満月の下で色の変わる体。それは妖怪にとっても珍しく、弾かれる対象だった。


 彼女は隠れることを覚えた。ある者に助言を得たのだ。花の色を搾り取ったような紫色のローブを深く被った老婆だった。


「満月の日は一日中隠れてるとええ。そうすれば、もう仲間外れにする者なんかおらんくなる。

 なにせオマエは妖怪なのじゃから……」


 不気味に笑う妖しい相手だったが、それを信じることにしたようだ。彼女は、戒めのように老婆の助言を思い出して隠れるようになった。

 主に屋根の下が良かった。誰も屋根の下にまで探しに来る者はいなかった。


「隠れていれば大丈夫……隠れていればバレない。隠れていれば、一人にならない……」


 孤独という檻が彼女を密かに隠していた。そのせいで自分をより独りにするとは知らずに。



 いつしか彼女は一人の妖怪と出逢う。大きくて強く、また愛情溢れる同じ狐の妖怪だった。

 彼女はその妖怪の愛情を憂えることになる。隠し事をすることに罪悪感を抱くようになった。

 しかし、嫌われたくはない。惜しむような葛藤が常に足元を掬おうとしていたのだ――。





「スイレンのあの体質は生まれ持った血の呪い。それが妖怪となっても残ってしまったんじゃな」


 スイレンの記憶を無意識下で改めていた。

 そこへ慣れ親しんだ少女の声と口調がコダマして目覚める。いや、目覚めたというのは明確ではない。俺の無意識は、彼女が招いた幻へと吸い寄せられて混じっていた。


 紫、青、グレー、黒。暗い色で塗り固められた昏い世界。そこに二人、俺と悪戯狐が存在する。


「お前、またなんかやったな?」


 呆れ台詞も鼻で笑われて一蹴。


「飲み込みが早くなったのう。妖怪という障りに慣れてきた証拠か」

「お前の近くにいたら嫌でもこうなるっての。それより、ここはどこなんだ?」

「妖怪にも人間と同じように心がある」

「無いって言われたら結構疑うけどな。これだけ一緒にいれば嫌でも理解できるよ」

「妖怪へと変化する過程で薄汚れはするのだろうが、我々狐妖怪も妖怪となる以前の記憶を持っている。しかし、妖怪となってからそれらはもはや長い年月の一欠片。忘れいくのが条理じゃろう。

 ただ――スイレンのように生前から保有している種があれば話は別なのやもしれん」

「……俺からすれば体の色が変わるくらいだけどな」

「お主はやはり妖怪慣れをしているようじゃな。おそらく儂と出逢う前のお主ならば、忌み嫌う存在として認識したはずじゃ。

 人間も妖怪も第三者に対して抱く印象は同じ、他人と違う要素は未知ゆえの恐怖。体が光るというのは、妖怪からすれば地獄か天国の使者と誤解してしまうものなのじゃ」

「……そうなのかもな…………。

 俺が嘘つきだったからってのとそう違いはないのかもしれない。だが、悩みが違うだけに一概にわかるとは言えないな」


 どっちの背負うものも類似しているだけで、環境とか対象とか色々違うものはあるからな。


「いや、お主にはわかるはずじゃ。知ってもいる。スイレンが自分を隠す理由は、他より嫌われる自分を避ける為なのじゃから。

 お主にはできなかったが、隠れることができた者の先を見たはずじゃ! スイレンとお主で何が違う? 性別、環境、種族、妖怪であるか否か、そんなものはただのこじつけか理由付けでしかない! 要は結果から得た何かが互いに同じならば、それは結局同じということじゃ!

 妖怪も人間も辛いものは辛く、苦しいものは苦しい。絶え間なく頭で交錯しのたまうことも、必然を偶然と装う逃避的思考も、まごうことなき同じ習性じゃ!

 お主が過去に感じ絶望した記憶と、目の前で見たスイレンの苦悩した記憶、感じたものは何か違うのか!?」


 そうか……やっとわかった。スイレンが何に脅えて、何を避けようとしているのか。

 ――孤独だ。虚ろに塗れるのが嫌だからひた隠しにしてきたんだ。記憶に囚われて、二度と同じ目に遭わないように縮こまっているんだ。

 俺にバレた時、あいつはすごく落ち込んでた。誰にも見せたくないものを見せてしまったのだから。

 ……嫌なことしたな……。無理矢理引っ張りだして、隠し事をこじ開けてしまった。


「あいつ……スイレンはどこにいるんだ?」


 ゼラは、無言で暗闇を指差した。

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